2. 経営基盤強化事業の評価と課題

今回の調査をもとに、経営基盤強化事業の評価と課題をとりまとめる。

(1) 5つの事業に関する評価

5つの事業それぞれについて、実施したあるいは実施している酒類卸売業者の評価を総合すると以下のような成果が確認できた。
 人材育成及び組織管理事業に関しては、職員の能力向上による効率化、職員の仕事に対する意識向上及び人件費のコスト削減が図れている。
得意先強化事業に関しては、業態別の粗利益把握による客観的な得意先への対応が可能となり、得意先の売上・利益向上に貢献するとともに得意先の引き留めにもつながっている。また、得意先強化事業を実施することにより、自社の従業員の能力向上にもつながっている。
 新商品開発・販売戦略事業に関しては、オリジナル商品の開発によって他社との差別化が図れ、価格競争が回避できることから利幅の確保にもつながっている。さらに、自社の知名度向上にも結びついている。
情報ネットワークの基盤整備・活用促進事業については、社内の情報化によって取引先別利益管理や売上管理が容易になり、取引先評価、営業担当者の評価も容易になった。また、在庫の把握が簡単にでき、在庫量が削減できた等の効果もあった。
 物流業務の合理化事業については、受注締め時間の設定・徹底等による配送業務の効率化、在庫管理の精度向上による帳簿在庫と実在庫の違算の縮小、ロケーション管理によるピッキング時間の短縮等の効果が得られている。

(2) 経営基盤強化事業の認識に関する評価

経営基盤強化事業の項目は多岐にわたっており、酒類卸売業者が経営改善のための行動を起こせば必ずいずれかの項目を実施することになるはずである。実際、「経営基盤強化事業を実施していない」と回答している酒類卸売業者の中にも人材研修を実施している企業や物流効率化等に取り組んでいる企業は多数あった。今回の経営相談では対象となる酒類卸売業者のほとんどは経営トップに対応していただけたことを考えると、経営トップのレベルで経営基盤強化事業を十分に認識・理解していないケースがかなりあると言えそうである。おそらく事業が開始された平成15年には、説明会等が実施され酒類卸売業者の認知も高かったと推察できるが、時間が経過したことと具体的なメリットを意識しにくかったことがこのような状況を招いていると考えられる。
 今回の経営相談の対象となった酒類卸売業者の中には、調査の範囲を超えて経営相談員に研修を依頼したり経営診断を依頼したりというケースが見られた。このような関係は、経営基盤強化事業の中で経営診断受診の啓発として掲げられているものである。あらためて酒類卸売業者にこのようなニーズがあることを確認することとなった。ただし経営基盤強化事業に関する認識が十分あれば、これまでにも経営相談窓口が活用され、このような形での経営診断が実施されていたと考えられる。
 経営基盤強化事業では、まず全国酒類卸売業協同組合がマニュアル等を作成し、そのマニュアルを活用して各組合員が経営基盤強化に取り組む、あるいは同じく経営基盤強化事業で設置された経営相談窓口を通じて経営基盤強化事業に取り組むこととなっている。しかし、経営基盤強化事業に参加していてもマニュアルの存在を知らない企業があり、経営相談員として登録されている中小企業診断士等の専門家でさえもマニュアルの存在を知らない場合があった。このように組合員側の認識不足とともに提供される情報が不足している可能性がある。
 なお、参考のため、以下に経営基盤強化事業を進める上で活用すべきマニュアルのリストを示しておく。

  • 「経営基盤強化計画推進のための得意先強化の「考え方」と「手引き」」
    平成16年4月 全国酒類卸売業協同組合
  • 「情報ネットワーク研究導入促進」
    平成16年12月 全国酒類卸売業協同組合
  • 「酒類卸売業経営相談のための説明会資料」
    平成17年度 全国酒類卸売業協同組合
  • 「酒類卸売業のコスト管理と価格決定マニュアル」
    平成17年4月 全国卸売酒販組合中央会
  • 「物流効率化マニュアル」
    平成15年3月 中小企業庁

(3) 経営基盤強化計画に対する評価・問題点

実施されている事業は一定の成果を上げているといえるが、実施した酒類卸売業者の経営基盤が強化され、競争力が大きく向上したというところまでは行っていない。その理由としては経営基盤強化計画自体に次に指摘するような問題点があるからと考える。

1 企業の経営計画と経営基盤強化計画の関係
企業の経営計画のレベルは大きく分けると4つの段階がある。まず、企業の存在意義としての「企業理念」があり、一定期間後の企業の姿・目標として「経営ビジョン」がある。さらに「経営ビジョン」を実現するための道筋が「経営戦略」、実際の活動プランとして「経営戦術(施策)」が立てられる。
経営基盤強化計画の事業の項目は、人材育成及び組織管理、得意先強化、新商品開発・販売戦略、情報ネットワークの基盤整備・活用促進、物流業務の合理化の5項目であり、経営計画の体系からみると経営戦術(施策)に位置している。
図表2-5 企業の経営計画のレベル
 各酒類卸売業者が、自らの経営ビジョン、経営戦略を容易に描くことができる時代であれば、効果的な経営戦術(施策)を提供することによって経営の基盤を強化することが可能である。しかし、後述するが現在は酒類卸売業者が経営ビジョン、経営戦略を描きにくい環境下にある。したがって、経営ビジョンの存在を前提とした経営戦術レベルの基盤強化計画を立案し、事業として実施したとしてもその効果はあがりにくくなるのが当然といえる。この観点からは、経営基盤強化計画の上位概念となる酒類卸売業の経営ビジョンを策定しておく必要があったと考える。
2 酒類卸売業の経営ビジョンの確立
酒類卸売業は酒類の中間流通の担い手として、メーカー及び小売業に対して、物流、商流の双方に関してサポートすることが基本的な役割である。この役割をどのように果たしていくかということが各酒類卸売業者のビジョンとなる。しかし、小売業者、メーカーが以下のような状況にあるため酒類卸売業者は成長していくビジョンを描きにくくなっている。
1) 小売業者側
酒販免許の規制緩和等により、特に中小の酒類卸売業者にとっては主要な取引先である一般酒販店が疲弊している。さらに一般酒販店酒は経営に対する意欲の低い場合が多く酒類卸売業者によるサポートにも限界がある。
酒類の取り扱いを増やしている大手組織小売業者は、中小酒類卸売業者にとっては取引先となりにくい。 飲酒運転の問題等、酒類消費を取り巻く環境は厳しくなっており、酒類自体の市場拡大が望みにくい状況にある。
2) メーカー側
大手酒類メーカーはオープン価格の導入等取引制度を見直しており、酒類卸売業に対するリベートも透明性の高いものに変えつつある。酒類卸売業者は小売業者からの値引き要求を自らの経営判断で対応することになるなど、メーカーとの関係が変化してきている。例えばメーカーが特約店向けに実施していた研修を取りやめるような事例もみられる。
 中小酒類メーカーについては焼酎ブーム等で業績拡大する企業がある一方で、経営不振に陥る企業もあり、酒類の需要動向の影響を大きく受けている。
 したがって、各酒類卸売業者が経営ビジョンを確立することをサポートするようなメニューが経営基盤強化計画に必要であると考える。
3 事業領域拡大への対応
経営基盤強化計画はあくまでも酒類卸売業としての事業領域を対象としている。しかし、例えば加工食品・飲料等の業界では大手組織小売業の成長に伴って卸売業のフルライン化が進んでいる。つまり酒類、菓子類等の業種卸売業の市場が縮小しつつある。一方で卸売業者の吸収・合併の進展による構造変化、小売店の店頭を管理する等の卸売業者による新しい事業分野への進出も発生している。酒類卸売業者に関しても、その経営ビジョンは酒類の卸売に限定するのではなく、自らの経営資源を活用したものが必要となる。例えば配送機能を活用した宅配事業への参入、倉庫等の立地によっては不動産業まで視野に入れる必要がある。このような事業領域の拡大の可能性や取組み方等の視点も経営基盤強化計画には必要であったと考える。

(4) まとめ

以上、経営基盤強化計画の評価と問題点をとりまとめた。具体的な経営基盤強化事業を実施することによって経営改善が図れることを確認したうえで、問題点としては経営基盤強化事業の周知が不足していた可能性があることを指摘した。さらに、経営基盤強化計画は経営戦術レベルにとどまっており、経営ビジョンや経営戦略策定支援の視点が含まれていなかったことを指摘した。
 しかし、そもそも経営ビジョンや経営戦略は企業経営の根本であり、行政や他者から示されるものではない。個々の経営者が事業環境と自社の経営資源を勘案して構築すべきものである。酒類卸売業を取り巻く環境は厳しいものがあるが、場合によっては事業領域が酒類卸売業の範囲を大きく超えることも模索しつつ、個々の企業が経営ビジョンを確立することが望ましい。その過程で外部の専門家のサポートを受けたり、酒類卸売業界の外に目を向けることも必要であろう。
 経営ビジョン・経営戦略が確立されれば取るべき経営戦術を立てることができる。個々の酒類卸売業者は、酒類卸売業に関しては経営基盤強化計画で示されたメニューを活用し、事業領域を拡張する場合には必要に応じて経営相談員等の外部のサポートを得ながら主体的に経営改善の方向に進んでいくことが望ましい。