1 相続財産が分割されていないときの相続税の申告手続
相続税は、原則として、相続又は遺贈により財産を取得した個人に対して課される税であり、相続税の申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から 10 か月以内に行うこととされている。この場合、財産が共同相続人等によってまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人等が民法の規定による法定相続分等の割合に従ってその財産を取得したものとして課税価格を計算して、申告を行う必要がある(相法 27、55)。
これは、遺産の分割が行われない限り、相続税の課税ができないとすると、遺産の分割を恣意的に遅延して相続税の課税を遅らせることができることとなり、遺産分割を早期に行った者とそうでない者との間で相続税の負担について不公平が生ずることになるためにこのような制度とされているものと解されている。
その後、遺産分割があり、共同相続人等が当該分割により取得した財産に係る課税価格について、当該法定相続分等の割合に従って計算された課税価格と異なることとなった場合において、既に確定した相続税額に不足を生じたときは修正申告書を、新たに相続税の申告書を提出すべき要件に該当することとなったときは期限後申告書を提出することができる(相法 30、31)。また、課税価格及び相続税額等が過大となったときは、その分割が行われた日の翌日から4か月以内に更正の請求をすることができる(相法 32)。
問(1)及び(2)は、実務でしばしば見受けられる遺産が未分割である場合の相続税の申告手続及びその後遺産分割が確定した場合の相続税の申告手続等について、配偶者居住権の評価方法の基礎知識があることを前提に、税理士として習熟しておくべき基本的な取扱いの内容を問うこととしたものである。
2 配偶者居住権の相続税及び贈与税の課税関係
民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成 30 年法律第 72 号)により民法の改正が行われ、令和2年4月より配偶者居住権が創設された。
具体的には、被相続人の配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき等は、その居住していた建物(以下「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下「配偶者居住権」という。)を取得することとされた(民法1028 等)。この場合、その配偶者は配偶者居住権に基づく居住建物の使用及び収益に必要な限度でその敷地を利用することができると解されている(以下この敷地を利用する権利を「敷地利用権」という。)。
この配偶者居住権については、遺産の分割等により定められ、具体的相続分を構成することから、相続等により取得した財産として相続税の課税対象となるが、借家権類似の建物についての権利とされるため、土地(土地の上に存する権利を含む。以下同じ。)を対象とする小規模宅地等の特例(租税特別措置法第69条の4)の適用の対象とはならない。しかし、配偶者居住権に基づく敷地利用権については、建物でなく土地を利用する権利であること等から、当該特例における土地の上に存する権利に該当するものとして、居住建物の敷地の用に供される土地(以下「底地」という。)も含め、当該特例の対象になるものと解されている。
この場合、小規模宅地等の特例の適用を受ける宅地等が配偶者居住権に基づく敷地利用権又はその底地であるときは、それぞれの面積が二重に計算され、限度面積要件を満たさなくなるなど配偶者居住権が設定されない場合より不利なケースが生じ得ることを防ぐため、当該特例の適用を受ける場合のその宅地等の面積については、その面積に、それぞれその敷地利用権又はその底地の価額がこれらの価額の合計額のうちに占める割合を乗じて得た面積であるものとみなして計算をして、特例を適用することとされている(措令40の2⑥)。
なお、配偶者居住権は、配偶者居住権を取得した配偶者とその建物の所有者との間の合意等によって、配偶者居住権を消滅させることができ、合意等により配偶者居住権の存続期間の満了前に配偶者居住権が消滅することとなった場合において、建物の所有者が、その対価を支払わなかったとき、又は著しく低い価額の対価を支払ったときは、適正な対価の支払いなしに、建物の所有者が当初予定されていた存続期間の満了を待たずに居住建物等の使用収益ができることとなり、配偶者から建物の所有者へ居住建物等を使用収益する権利が移転したものと考えられることから、原則として、相続税法第9条の規定により、建物の所有者が、配偶者が有していた配偶者居住権の価額に相当する利益又はその敷地利用権の価額に相当する利益に相当する金額(対価の支払があった場合には、その価額を控除した金額)を、配偶者から贈与により取得したものとみなされる。
問(3)及び(4)は、令和元年度税制改正により整備された配偶者居住権の相続税及び贈与税に関する課税関係の出題を通じて、実務上の重要事項である小規模宅地等の特例の基本的な要件を理解しているか、近年の税制改正事項を理解しているかを問うこととしたものである。
1 本年の基本方針
本年は、例年出題している問1の納付すべき相続税額を算出する問題に加えて、問2において、令和6年から適用されている相続時精算課税制度等に係る令和5年度税制改正の内容を踏まえた贈与税の個別問題を出題した。
2 各問題の出題のポイント
問1(30点)
相続税を適正に計算するためには、民法における相続人の判定、相続税法及び財産評価基本通達による個別の財産評価、そして相続税法における法定相続人の判定や相続税額の算出方法を正確に理解していることが必要となる。
問2(20点)
令和5年度税制改正において、相続税及び贈与税については相続時精算課税制度の見直し、
相続開始前に贈与があった場合の相続税の課税価格への加算対象期間等の見直し等が行われた。贈与税は相続課税の補完的な役割を担いつつ、他方、相続税と贈与税はその一体化が検討されてきていることからも、当該改正は一体化を促進させる意味合いを持つものと思われる。
以上を踏まえ、本問は、当該改正にポイントを置きつつ、税理士として実務を行う上で重要、かつ、基本的な贈与税等の取扱いについての理解を問う問題であり、その主なポイントは次のとおりである。