出題のポイント

【第一問】−50点−

問1(30点)

 金融資産を保有する個人にとって、税負担額は重要な事項であり、個々人の金融資産の保有状況や他の所得の状況等を踏まえた的確な判断をするためには、保有する金融資産ごとに選択できる課税方式や損失が生じた場合の取扱いなどを正しく理解することが、税理士の実務において重要となる。
 本問は、金融商品の取引を行っている給与所得者において、上場株式の譲渡損失が生じたという事例を通じて、当該個人の確定申告における上場株式等に係る譲渡損失及び繰越控除の取扱い等についての理解を問うものであり、その主なポイントは以下のとおりである。

  1. (1) 居住者が、上場株式等の譲渡をした場合、その上場株式等の譲渡による所得の金額については、他の所得の金額と区分し、上場株式等に係る譲渡所得等の金額として、その15%相当額の所得税が課される。なお、特定口座内における上場株式等の譲渡による譲渡所得等の金額及びその損失の金額については、特定口座内で生じる所得に対して源泉徴収することを選択した場合には、その金額を除外したところにより、確定申告することができる。
  2. (2) 先物取引の差金等決済による差益が生じた場合、その差金等決済による所得の金額については、他の所得と区分し、先物取引に係る雑所得等の金額として、その15%相当額の所得税が課される。
  3. (3) 上場株式等に係る譲渡損失の金額は、他の上場株式等に係る譲渡所得等の金額から控除できるが、一般株式等に係る譲渡所得等の金額から控除することはできず、また、他の上場株式等に係る譲渡所得等の金額から控除してもなお控除しきれない金額は、上場株式等に係る配当所得等の金額(申告分離課税を選択したものに限る。)を除き、他の所得の金額から控除することはできない。
  4. (4) 上場株式等に係る配当所得等の金額から控除してもなお控除しきれない金額は、確定申告により、翌年以後3年間にわたって、上場株式等に係る譲渡所得等の金額及び上場株式等に係る配当所得等の金額から控除することができる。

問2(20点)

 我が国の所得税は、納税者が自ら所得金額と税額を正しく計算し納税するという申告納税制度を採っており、業務を行う者が適正に申告するには、取引に伴い作成し、又は受け取った書類を保存し、収入金額や必要経費に関する日々の取引の状況を記帳しておく必要がある。
 事業所得、不動産所得又は山林所得を生ずべき業務を行う者のほか、令和2年度税制改正において、業務に係る雑所得を有する者についても、一定の場合には収入金額や必要経費に関する事項を記載した書類を保存しなければならないこととされた。
 業務を行う者が負う記帳義務等を正しく理解し、適切な指導をすることが税理士の実務において重要となる。
 本問は、業務を行う者の記帳義務等に関する基本的な理解を問うものであり、その主なポイントは以下のとおりである。

  1. (1) 青色申告者について
    青色申告者は、帳簿書類を備え付けて、これに不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額に係る一切の取引を正規の簿記の原則に従い記録し、かつ、その帳簿書類を保存しなければならず、貸借対照表、損益計算書、その他不動産所得の金額、事業所得の金額若しくは山林所得の金額又は純損失の金額の計算に関する明細書を青色申告書に添付しなければならない。ただし、帳簿書類については、簡易な記録の方法及び記載事項によることができ、その場合には、貸借対照表の添付は不要となる。
  2. (2) 青色申告者以外の者について
     ・不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う者について
     事業所得等を生ずべき業務を行う者は、帳簿を備え付け、これにこれらの所得に係る総収入金額及び必要経費に関する事項を簡易な方法で記録し、かつ、その帳簿(業務に関して作成したその他の帳簿及び業務に関して作成し、又は受領した書類を含む。)を保存しなければならず、これらの所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した書類を申告書に添付しなければならない。
     ・雑所得を生ずべき業務を行う者について
     雑所得を生ずべき業務を行う者で、その年の前々年分のその業務に係る収入金額が300万円を超えるものは、その業務に係る総収入金額及び必要経費に関する事項を記載した書類を保存しなければならない。また、その年の前々年分のその業務に係る収入金額が1,000万円を超えるものが確定申告書を提出する場合、その雑所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した書類を添付しなければならない。

【第二問】−50点−

1 本年の基本方針
 本年の計算問題は、不動産所得を中心として、各種所得の計算を満遍なく取り上げることを意識して作問した。基本的な論点の中で、所得税法上の特徴的な規定である対価課税の原則と個人単位課税の例外規定の理解を問う内容とした。
 対価課税の原則は、所得税法第36条(収入金額)に規定されており、収入金額を取引当事者間で決めた対価で認識するものである。所得税法は、対価性のある収入に基づいて計算された所得金額に担税力を見出していることから、この考え方は重要な基本原則と位置付けられる。一方で、所得税法第40条(たな卸資産の贈与等の場合の総収入金額算入)及び第59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)のように、例外的に時価をもって収入金額を認識することもある。これらの論点について、次の設問で理解を問うこととした。

  1. 1 アパートの家賃収入と管理費収入において、乙及び乙の友人は市場相場よりも明らかに安価な賃料で契約を締結している。不動産所得の総収入金額には、時価に引き戻すことなく契約金額を算入することになる。
  2. 2 発行会社への株式の譲渡にあたって、時価が1株あたり1,450円にも関わらず、1株あたり1,500円で譲渡している。配当所得及び譲渡所得の計算の基礎となるのは、時価ではなく、譲渡の価格として合理的と認められる実際の対価である1株あたり1,500円となる。
  3. 3 更地を法人へ贈与している。譲渡所得の基因となる資産を法人へ贈与すると所得税法第59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)の適用によって、時価で譲渡したものとみなす。
  4. 3 暗号資産を配偶者へ贈与している。暗号資産を贈与した場合においても所得税法第40条(たな卸資産の贈与等の場合の総収入金額算入)が適用されて、贈与時の時価をもって雑所得の総収入金額となる。

 所得税法は個人単位課税を原則としているが、親族間での恣意的な所得分散などを防止する観点から、例外的に世帯単位課税で捉える規定が設けられている。例外規定は、所得税法第56条(事業から対価を受ける親族に関する所得の計算)である。居住者と生計を一にする親族が対価の支払いを受ける場合には、居住者が生計を一にする親族へ支払った対価を居住者の必要経費に算入しないこととし、生計を一にする親族において必要経費に算入されるべき金額をその居住者の必要経費に算入する。この場合において、生計を一にする親族では、支払いを受けた対価の額及びその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額はないものとみなす。
 本年の計算問題に当てはめると、甲と乙の関係においては、甲が生計を一にする親族であって、居住者が乙となる。一方で、甲と配偶者の関係においては、甲が居住者であって、配偶者が生計を一にする親族となる。これらの論点について、次の設問で理解を問うこととした。

  1. 1 乙が甲へ支払った家賃及び管理費の取扱い
  2. 2 甲が負担したアパートの固定資産税のうち乙への賃貸部分に対応する金額の取扱い
  3. 3 甲が負担したアパートの火災保険料のうち乙への賃貸部分に対応する金額の取扱い
  4. 3 甲が配偶者へ支払った掃除代の取扱い
  5. 3 アパートの減価償却費のうち乙への賃貸部分に対応する金額の取扱い

2 個別項目の出題ポイント
 上記1の基本方針に示した項目の他に、次の個別項目について判断を問うこととした。

  1. 1 外貨建資産の期末換算替えの必要性
  2. 2 中古資産を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却
  3. 3 使用人から役員になったときに使用人であった勤続期間に係る退職手当等を受領し、その後に役員であった勤続期間に係る退職手当等を受領したときの退職所得控除額の計算
  4. 4 贈与によって取得した資産に係る名義書換料の取扱い
  5. 5 相続によって取得した資産に係る相続登記費用の取扱い
  6. 6 暗号資産に係る期末評価額の算定方法
  7. 7 自己資金で認定住宅等の新築等をした場合の特例措置

【所得税法の学習ポイント】
 所得税は日本で生活する私達にとって常に関わりのある税であり、税理士にとって、所得税法に対する理解は納税者の信頼に応えるために欠くことのできないものである。所得税法に基づいた所得税の税額計算を正確に行うためには、納税者に関する様々な情報から税額計算に影響を与える事実を的確に抽出・評価し、これを法令の規定に適切に当てはめる必要があり、そのためには、所得税法に関する基本的な事項を理解した上で応用的な論点に対応できる力を身につける必要がある。
 所得税法の学習に当たっては、まずは課税単位、各種所得の金額の計算、所得控除及び税額控除等の基本的な事項を正確に理解することがポイントになる。これらの基本的な事項については、理論問題と計算問題とに共通する横串として学習するとともに、根拠条文や通達をその都度確認することで理解が深まる。基本的な事項を正確に押さえることで、応用的な論点の理解も促進される。
 次に、応用的な論点の学習としては、社会構造等の変化に伴い、新たに論点となった事項(暗号資産の課税関係など)や措置された制度(業務に係る雑所得を有する者に係る現金預金取引等関係書類の保存義務など)について理解しておくことが重要である。
 税制は、その時々の社会構造等の変化に対応するため、頻繁に改正されており、また、新しい論点が常に提示され続けている。
 国税庁HPには、このような新しい論点や税制改正に関する情報が掲載されており、応用的な論点を学びたい税理士試験の受験生にとっても有益な情報の一つと捉えることができるだろう。