伊丹の清酒は、穏やかな麹と長尾山・北摂山系の良質な水を使用した、適度な甘味とキレのいい酸味が感じられる酒質である。
口に含むと、甘味や旨味からなるコクが広がるとともに、適度な酸味と苦味による余韻のキレが味全体に締まりを与えることにより、原料である米由来の甘味の中にきれいですっきりとした味わいが感じられる。
また、この地で醸造される本醸造酒・吟醸酒・大吟醸酒は、甘味、旨味及び酸味のバランスがとれた、さらにキレのある酒質となる。
イ 自然的要因
産地の範囲である伊丹市は、兵庫県の南東に位置し、六甲山、長尾山及び北摂山系の山々に囲まれた、猪名川と武庫川の間になだらかに広がる丘陵地である。
数万年前、海が広がっていた伊丹市は、時代の変化とともに隆起した地盤に猪名川と武庫川が運んできた砂礫が積もり重なることにより、貝殻を含んだ粘土層と砂礫層が重なり合う特徴的な地層を形成している。
長尾山・北摂山系の山々に蓄えられた水は、これらの地層を通ることによって、適度なミネラル分を含む中硬水となると考えられている。これらの豊富で清冽な水を酒造用水に用いることにより、もろみの発酵をほどよく促し、よりきれいで渋みの少ない、すっきりとしたのど越しの良い酒質を生み出している。
また、伊丹市は、冬季に降水量が少ない瀬戸内気候である。北西からの季節風が六甲山に遮られ、雨を降らせた後の乾いた風が吹き下ろすことにより、乾燥した気候となる。この気候が、適度な甘味と旨味をもたらす破精込みが適度に進む麹造りを可能にしていることからも、冬場の酒造りに適した土地であったといえる。
ロ 人的要因
この地域の酒造りは、かつての城下町である伊丹郷町が発展した江戸時代に始まる。
天正2年(1574年)、織田信長の家臣であった荒木村重が伊丹城に入城し、城下町の整備を行ったことにより伊丹郷町の礎が形成され、寛文元年(1661年)には近衞家の領地となり、その庇護のもと酒造業が発展していった。
この時代の酒造りは、おもに京都や奈良の寺院での僧坊酒造業として行われていたが、伊丹を中心とする上方においては、商人により営業化され、江戸市場を主軸に江戸積酒造業として発展したことが伊丹の酒を語る上で欠かせない特徴の一つである。
江戸時代の庶民の食品について解説した「本朝食鑑」によると、麹米と掛米双方に高精白米を使用した「伊丹諸白」が、江戸の人々の好みに合った酒として台頭し始め、「丹醸」と呼ばれ、次第に江戸での人気を博すようになったとされている。江戸市場において伊丹の酒は、他郷の酒と比べて高値で取引された高級品であり、元文5年(1740年)頃になると、将軍家の「御前酒」となり重宝されていたことからも当時の人気ぶりがうかがえる。
このように伊丹の酒が江戸で人気を博した中、江戸市中を始め全国で模造品が出回り始める。これに対して、域内の生産者は近衞家及び幕府に対策を求めた結果、寛保3年(1743年)に近衞家は「伊丹御改所」と記した焼き印を各蔵に授けた。伊丹酒造家であっても他の産地造りの酒を「伊丹酒」と銘打って販売していた者はこの近衞家の焼き印が没収されるという罰則付きで、現在の地理的表示としての性格を強く帯びたものであった。
また、伊丹の醸造技術の特徴として、木灰清澄法と柱焼酎の開発が挙げられる。木灰清澄法とは、木灰により清酒中の物質を吸着、沈殿させることにより、酒を清澄させる製法である。柱焼酎とは江戸への輸送の際の品質維持を目的としてもろみに添加する焼酎であり、この柱焼酎の開発により、上質な酒を江戸に送ることができたといわれている。
これらの製法は形を変えながらも、現在まで伝承される重要な技術であり、伊丹の酒造りが発展した一因と考えられている。さらに品質向上への取組だけでなく、江戸の需要に応えるため、仕込み日数短縮による大量生産を可能にし、長時間の江戸への輸送に品質が耐えられるよう、仕込容器や輸送容器に吉野杉の樽を使用するなどしていた。
このように生産方式や輸送方法にまで工夫を凝らすことにより、江戸での確固たる地位を確立してきた。
江戸時代から品質のみならず輸送方法までこだわり、創意工夫を凝らした伊丹の酒は、その伝統と日本山海名産図会等の成書及び数多の酒造家所蔵の古文書に、その黎明期から近代にいたるまでの酒造の実態が詳細に記録されている酒造地であることや現在でもその製法が継承されていることが評価され、令和2年に「伊丹諸白」が文化庁により日本遺産に認定されるに至っている。
地理的表示「伊丹」を使用するためには、次の事項を満たしている必要がある。
イ 米及び米こうじは国内産米のみを用いたものであること。
ロ 水に産地の範囲内で採水した水のみを用いていること。
ハ 酒税法(昭和28年法律第6号) 第3条第7号ロに規定する「清酒」の原料を用いたものであること。ただし、酒税法施行令(昭和37年政令第97号)第2条に規定する清酒の原料のうち、アルコール(原料中、アルコールの重量が米(こうじ米を含む。)の重量の100分の10を超えない量で用いる場合に限る。)以外は用いることができないものとする。
イ 酒税法第3条第7号ロに規定する清酒の製造方法により、産地の範囲内において製造すること。
ロ 清酒の製法品質表示基準(平成元年11月国税庁告示第8号)第1項の表の右欄に掲げる製法品質の要件に該当するものであること。
ハ ろ過剤に活性炭を使用したものであること。
ニ 製造工程上、貯蔵する場合は産地の範囲内で行うこと。
ホ 消費者に引き渡すことを予定した容器に産地の範囲内で詰めること。
地理的表示「伊丹」を使用するためには、当該使用する酒類を酒類の製造場(酒税法第28条第6項又は第28条の3第4項の規定により酒類の製造免許を受けた製造場とみなされた場所を含む。)から移出(酒税法第28条第1項の規定の適用を受けるものを除く。)するまでに、当該使用する酒類が「酒類の産地の主として帰せられる酒類の特性に関する事項」及び「酒類の原料及び製法に関する事項」を満たしていることについて、次の団体(以下「管理機関」という。)により、当該管理機関が作成する業務実施要領に基づく確認を受ける必要がある。
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