酒井 克彦

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的、問題点等

(1) 研究の背景及び目的等
 申告納税制度の下で、納税者が適正に申告を行うには、納税者自身が税務上の取扱いについての十分な理解をしておく必要がある。したがって、国税庁としては、納税者が税務上の取扱いについての理解をしてもらうために、納税者サービスの一環として申告前における照会あるいは取引前における照会(以下「事前照会」という。)に応じてきた。
 一方、かねてより「行政の透明性確保」、「納税者の便宜」といった手続的観点から、事前照会に対する文書による回答手続(以下「文書回答手続」という。)の整備が要請されてきた。例えば、昭和43年の政府税制調査会答申においては、国税庁において慣行として行われている照会回答制度の育成が指摘され、平成12年の行政監察においても、事前確認制度の整備への検討が勧告されている。
 このような中、国税庁では、申告納税制度の下における適正公平な課税の実現に資する手続として、平成13年6月に文書回答手続を整備した。
 その後も、文書回答手続については、更に利用しやすい制度設計を要請する拡張論が議論されており、特に最近、対日投資会議や総合規制改革会議などでは「投資環境の整備」という観点からの要請がみられるところである。
 これらの意見等を踏まえつつ、国税庁では、文書回答手続の改善・充実を図ることとした。そこで、平成16年には従来受け付けてこなかった特定の納税者の個別の事情に係る照会をも文書回答手続の対象とするなど、抜本的な見直しがなされた。
 本研究においては、国税庁において見直しが行われた文書回答手続についての評価を行う。その際、更なる文書回答手続の発展に寄与することを目して、諸外国におけるアドバンス・ルーリング制度や国内他省庁の実施する日本版ノーアクションレター、関税法における事前教示制度との比較検討を通じ、改正された文書回答手続が納税者サービスとして如何なる意義を有するのかについて考察を加えることとする。

(2) 問題点
 我が国における文書回答手続では、照会者に対して回答したことが爾後的に否認されることも可能性としては在り得る。法的安定性を確保すべきとする要請にどう応えていくべきかについても検討を加える必要がある。
 また、この度の文書回答手続の見直しによって、特定の納税者の個別の事情に係る照会も文書回答手続の対象としたところなどは、米国アドバンス・ルーリング制度に近似したとも評価し得るが、他面、米国においてはアドバンス・ルーリング制度の濫用防止のための様々な努力が行われている。ここでは、米国における濫用防止のための施策の検討も要請されよう。

2 研究の概要等

(1) 申告納税制度と納税環境整備
 申告納税制度は、納税者が自ら課税標準及び税額を確定する方式であるが、納税者が自発的に適正な申告をするためには納税環境の整備が不可欠である。文書回答手続の目的は、納税者の自発的な適正申告に資することにあるため、文書回答手続は納税環境整備の一環と位置付けられる。
 また、一方で、経済取引前の予測可能性を担保し得ることから、投資環境整備としても意義を有することになる。

(2) 予測可能性・法的安定性の要請と文書回答手続
 法的安定性と予測可能性を高めるために、租税行政庁が公定解釈の表明を求める手続を構築することは有効と考えられる。現行の文書回答手続は、このうち予測可能性の要請に応えるものとして位置付けることができる。一方、米国アドバンス・ルーリング制度では回答内容について行政庁に対し一定の拘束力が認められており、法的安定性の要請に応えるものであるといえよう。
 「文書」による回答手続が要請される理由として、「文書」に法的安定性への希求を看取し得る。また、法的な安定なくしては、本当の意味での予測可能性は担保できないともいい得るのではないだろうか。

(3) 濫用防止と手数料徴収システム
 米国アドバンス・ルーリングは一般に開かれた制度と説明されてはいるものの、一方で厳格な要件を付し、手数料を徴することによって照会の濫用を絞る仕組みが構築されている。過去においては、この手数料の徴収が個人納税者からの照会に対する障壁であるとして批判もされてきたが、行政コストを利用者に負担させる応益負担の考え方や、濫用防止に対する取組みとして、我が国の文書回答手続の検討においても示唆を得られると考える。

(4) 行政コストの独占利用に係る問題
 申告納税制度は、一方で、申告のために要する調査・検討費用の負担を納税者に強いることにも繋がり得る。文書回答手続という行政コストの利用は、いわば社会的共通経費の利用でもあるため、その独占を認めないとする建前から、従来、直接的に他の納税者にも資すると思われる照会のみに対して文書による回答を行ってきたところである。
 ところが、今日では直接的に他の納税者にも資すると思われる照会に限定せず、特定の納税者の個別の事情に係る照会にも応ずべきとする社会的要請が強くなってきているし、納税環境整備という観点からかかる要請に応えることに十分な意義を見出し得る。そこで、国税庁としては、個別事例の照会に対する回答の要請に応えつつ、社会的共通経費の独占を排除するといういわばトレード=オフの関係にあるこれらの問題の解決手法として、個別事例に対して行った回答についても、ホームページ等において公表することにより、照会者による情報の独占を排し、広く共通の情報として国民がアクセスし得るものとした。
 このような積極的な検討は十分に評価されるべきであると考えるが、その一方で、公表については、プライバシー保護との関係で問題が生じないとも言い切れないし、社会的共通経費の独占利用をどの程度まで許容し得るかという問題は、いわば執行当局の裁量の臨界にあるのではないかという疑問も惹起されるのである。

3 結論

(1) 法律による制度化
 個別照会に文書回答手続の途を開いた積極的な改正は、十分に評価されるべきであると考える。しかし、文書回答手続が法定化されていないために、この手続によって回答された内容に特段の法律上の拘束性を持たせるといった改正を行い得なかったのも事実である。
 米国内国歳入法典においては、米国アドバンス・ルーリングに係る財務長官の裁量権限が付与され、当該権限を基礎として制度が運用されており(IRC7805(a))、また、我が国の関税法においても、申告納税方式の下で事前教示制度が法定されている(関税法73)。
 法律による文書回答手続の制度化は、同手続に拘束性を付与するための前提であるのみならず、通達行政への批判がある中において、行政の透明性確保に資する重要な課題であるとも指摘し得るのではないだろうか。

(2) 文書回答手続を行う事前照会の範囲
 個別事例についての照会や、同業者団体からの照会を受けることとされたため、他の納税者に資するかどうかといったスクリーンにかける必要がなくなった。この改正は評価できよう。
 一方で、加算税の対象となるかどうかに関わる照会は文書回答手続の趣旨に沿わないと考えられることから、対象から除外すべきではないだろうか。

(3) 濫用防止
 この度の改正では、濫用防止のため、税の軽減を主要な目的とする取引に係る照会等については、文書回答手続の対象から排除した。濫用防止機能として相当の効果が期待されるが、更なる具体的な判断基準の構築は事例の蓄積を待つほかないのかも知れない。
 手数料制の導入は濫用防止の観点からも有用であるが、その前提として文書回答手続の法律による制度化が必要となろう。

(4) 文書回答手続に対する信頼の保護と醸成
 米国アドバンス・ルーリングでは、クロージング・アグリーメントを伴う場合、納税者を拘束するとともに、回答に対して行政庁も拘束される等一定の拘束力が定められている。これに対して、我が国の文書回答手続ではその拘束力については判然としない。
 文書回答手続を納税申告制度における納税環境の整備の一環として位置付けるのであれば、予測可能性に加えて、法的安定性の要請にも一層応えるべきではなかろうか。そこで法律による制度化が考えられるが、当面の措置としては、例えば、照会者が照会どおりの取引等を行っている限り、当該照会者に対しては、回答した内容どおりの税務上の取扱いを行うという拘束性を持たせることとすべきではないかと考える。具体的には確定申告書に文書回答手続による回答の写しを添付させる仕組みを採用することが考えられる。
 また、回答に不服のあった場合の再照会手続や、第三者的機関による審査なども検討に値しよう。
 なお、信義則の適用に当たっては、文書回答手続の回答は公的見解の表明であると解する余地があると思われる。

(5) 民業圧迫
 文書回答手続の充実は、一方で税理士業務に対する民業圧迫に繋がるという指摘もある。この点については、申請の代理人となれるのは税理士のみと改正されたため、結果においてかかる問題が起こる場面は少ないと考える。個別照会を文書回答手続の対象としたことから、税理士以外の代理人が個別照会を行い得るとすれば、報告書の作成等に関連し、法律で定める税務相談(税理士法21三)との関係で問題が生じる虞があるため、この度の改正において代理人は税理士に限定することとされている。

(6) 開かれた文書回答手続に向けて
 公表には、他の納税者の予測可能性を高めることや行政情報の独占を排除するという意義が認められる。また、公表すること自体が文書回答手続の濫用防止に資するとも考えられるし、その反射的利益として、執行の均一性を図ることもできる。
 個別事例の照会については、特定の者による行政コストの独占利用の問題が起こり得る。その点、この度の改正では、例えば、取引等に関するすべての契約書等の写しを照会者に用意させるなどしてコストを負担させ、照会回答の公開を原則とすることによって、問題を解決した。
 一方で、照会者氏名の公表は照会における大きな障壁ともなり得るし、プライバシー保護の観点からの問題も惹起されよう。また、特定の納税者の個別の事情に係る照会について公表するということは守秘義務の一部を照会者の了解を得て解除することでもある。
 もっとも、この度の改正では、公表に当たっては、チェックシートの活用等により申請者の意思を確認する仕組みが採用されるとともに、説明書や申請書にその旨の記載がなされており、公表に対して慎重な仕組みが構築されていると評価し得るが、照会者氏名の公表については再考の余地もあり得ると思われる。

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