木村 昌代
研究科第44期
研究員


要約

1 研究の目的

非居住者及び外国法人(以下「非居住者等」という。)に対する課税対象所得を国内源泉所得(所税161)といい、そのうち、一号所得(事業所得等)以外の所得については、その支払の際、所得税の源泉徴収を行うこととされているが(所税212)、源泉徴収制度の制度的要請から、源泉徴収をすべき所得の範囲等は法令・通達の規定により明確に判断できるものでなければならない。
本研究の対象である工業所有権等及び著作権の使用料(所税161七)は、源泉徴収をすべき国内源泉所得の一つであるが、近年、知的財産権等取引が多様化し、いわゆる知的財産法による保護対象も拡大しているといった状況の下、ある知的財産権等に係る支払対価が源泉徴収をすべき使用料に該当するか否かが先に述べた法令・通達の規定により一義的に明確でないケースが生じているのではないかと危惧される。
また、上記の点とは別に、近年、OECDにおいて、PEに帰属する所得の算定についての議論が行われている。かかる議論の方向性及びこれを踏まえた我が国の国内法のあり方次第では、上記で指摘した点に加え、また新たな視点で知的財産権等の使用料に係る源泉徴収の問題を検討することが必要となってくることも考えられる。
本研究では、このような問題意識の下、いくつかの事例について知的財産法の規定に照らして課税上の取扱いを検討することにより、現行法令・通達の問題点を明らかにするとともに、OECDの議論と我が国の国内法との関係について、特に、源泉徴収の観点から検討されるべき事項にも目を向け、知的財産権等の使用料に係る源泉徴収の規定の整備の方向性を考察することを目的とする。

2 研究の概要

  • (1) 使用料に係る国内源泉所得規定の内容
     上記のような問題意識の下、本研究では、使用料に係る規定を中心に検討するが、使用料については、所得税法161条7号に規定されており、同号は、丸1工業所有権等の使用料(同号イ)、丸2著作権の使用料(同号ロ)及び丸3機械等の使用料(同号ハ)から構成される。このうち、本研究の対象は丸1及び丸2であり、丸1については、「工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料」と規定されており、「準ずるもの」の範囲が、また、丸2については、「著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料」と規定されており、著作権法で規定される権利の利用の対価かどうかがそれぞれ問題となると考える。これらの規定については、所得税基本通達に解釈指針が示されているが、法令・通達とも基本的には近時改正は行われておらず、先に述べた状況変化の下、知的財産権等に係る支払対価の国内源泉所得該当性を検討するに当たり、以下のような問題点があると考える。
  • (2) 現行法令・通達上の問題点
    • イ 工業所有権等に関する規定の問題点
       所得税法161条7号イ規定の制定当時の状況や所得税基本通達の文理解釈から、当該規定の対象は、元来、工業的なものを想定しており、「特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるもの」とは、工業所有権と同等の経済実態を持つものを当該規定の適用範囲に含めるための規定であると解される。しかしながら、その後の取引の多様化により、例えば、次のような知的財産権等取引について、どこまでを「準ずるもの」として取扱うかといった問題が生じている。
      • 丸1 ノウハウ使用の対価
         所得税基本通達161−22において、「特別の技術による生産方式若しくはこれに準ずるもの」には「いわゆるノウハウ」が含まれるとされているが、同通達に規定するノウハウは、所得税法161条7号イが工業的なものを想定した規定であること等を前提にすれば、いわゆる工業ノウハウを指すものと解される。ノウハウとは、一般的に工業的な語感を有する用語として用いられてきたが、知的財産法の分野では、必ずしも工業的なものに限定せずに商業的なものも含めて用いられる場合があり、現行所得税法等の規定に照らせば、同号イには企業経営ノウハウなどの商業ノウハウは含まれないと解される。しかしながら、我が国に所得の源泉があるものについて課税するという観点からは、工業ノウハウと商業ノウハウを特段区別する必要はないと考えられ、また、実際、近時の我が国の条約例ではこれらを含めて「使用料」としているという事実もあることなどから、人的役務の対価との区別を明確にした上で、商業ノウハウのうち一定の法的保護の対象となりうるものについても国内法上の使用料に含めるとする明文の規定を設けることが望ましいのではないかと考える。
      • 丸2 ブランド使用の対価
         ブランドとは、従来は、商標登録の対象となりうるロゴやマークなどの標章を指す用語として用いられることが多かったが、最近では、例えばキャラクターブランドなどのほか、音、香り、色彩などもブランドを表すものとして用いられている。このため、ブランドを保護する法律は、商標法、特許法、会社法、著作権法、不正競争防止法など多岐にわたり、ブランド使用の対価が7号イに規定する使用料に当たるか否かは一義的には明確でない。したがって、源泉徴収の要否判断に当たっては、契約の中身を個別に検討し、それが商標権等の工業所有権と同等のものかどうか、著作権法で保護される権利の利用かといった基準に基づいて判断する必要があると考える。
    • ロ 著作権に関する規定の問題点
       所得税法161条7号ロ規定の「出版権及び著作隣接権その他これに準ずるもの」の「これに準ずるもの」とは、文理解釈上、「著作隣接権に準ずるもの」であり、これは、著作権法の解釈から同法に規定する報酬請求権等を指すものと解される。そうすると、7号ロ所得の範囲はあくまでも著作権法で保護される権利の対価に限定されると考えられ、この結果、「準ずるもの」の範囲は、著作権法の規定により明確となることから、問題となるのは、「著作権」の対価か否か、更には著作隣接権の使用料と人的役務の提供の対価の区分であり、これが7号ロ所得に当たるかどうかのメルクマールになろう。
      • 丸1 パブリシティ権侵害の損害賠償金等
         著作権法で規定されている権利侵害に対する損害賠償金又は和解金(以下「損害賠償金等」という。)であれば、著作権の使用料として取扱うこととなるが、例えば、芸能人などの肖像を無断で商業用に転用した場合などに生じるパブリシティ権侵害の損害賠償金等もこれに当たるかどうかが問題となる。パブリシティ権とは、法律上確立された概念ではないが、一般的に「芸能人などの著名人がその肖像等が有する顧客吸引力を経済的な利益ないし価値として把握し、これを独占的に享受することができる法律上の地位」であるとされ、判例・学説によれば、その法的性格は著作権法で保護される著作隣接権や著作権とは異なる権利であるとされている。したがって、パブリシティ権侵害による損害賠償金等は、現時点では著作権の使用料には該当せず、また、新たな人的役務を行っていないことから161条2号所得にも該当しないと考える(ただし、損害賠償金等の性格次第では、源泉徴収の対象となりうる場合も出てこよう。)。
      • 丸2 ソフトウェア取引の対価
         ソフトウェアについては、著作権法で一定の要件を満たすものをプログラム著作物として保護している。プログラム著作物の取引については、例えば、譲渡契約によりその複製物を取得した者と賃貸契約によりこれを保有する者とでは、著作権法上の権利の範囲が異なり、譲渡契約に基づく支払対価であっても著作権の使用料が含まれると解すべき場合があるなど、源泉徴収の要否判断が困難な場合が少なくない。このため、代表的な取引事例について、源泉徴収の要否判断が明確となるよう解釈指針を示すことが望ましいと考える。
    • ハ ソース・ルールに関する規定の問題点
       所得の源泉地に関する法原則をソール・ルールと呼ぶが、使用料について、国内法では、いわゆる使用地主義を採用している。これに対し、我が国の租税条約では、いわゆる債務者主義を採っているのが一般的である。「使用地」の判定を巡ってはいくつかの裁判例があるが、使用地の判断が困難なケースが多く、また、条約適用により所得源泉地が置き換えられるケースが多いことを踏まえれば、源泉地の判断を容易にすることを優先させる観点から、債務者主義への移行という可能性も含めて、使用地主義の意義を検討する余地があると考える。
  • (3) OECDにおける議論と我が国の国内法との関係
    現行国内法では、原則として、国外本店及び国内支店間の内部取引自体からは所得が生じないとされている(所令279丸3)。仮に、OECDにおけるPEに帰属する所得に関する議論を我が国の国内法に取り入れようとした場合、内部取引に係る損益を認識するかという問題があり、例えば、内部利子や内部使用料については、併せて源泉徴収の問題が生じる。そうすると、使用料概念が拡大する可能性や源泉徴収のタイミングの問題など、知的財産権等の支払対価に係る源泉徴収の問題が更に複雑化することになろう。

3 結論

知的財産権等に係る支払対価が所得税法161条7号の使用料に該当するか否かは知的財産法の規定に照らした判断が必要であると考えられるところ、上記2(2)でみた例のように判断が困難なケースを確認することができることから、それらについては、法令・通達の整備が必要であろう。
さらに、国内源泉所得に関する法令・通達の規定を検討するに当たり、看過されない問題として、OECDにおけるPEに帰属する所得に関する議論がある。これらの議論と我が国の国内法との関係については、国際課税の基本的枠組み全体の中で検討すべき事項であろうが、源泉徴収制度の執行可能性という観点からすれば、慎重な検討が必要であると考えられるところであり、今後は、それらの動向をも注視しつつ、まずは上記2(2)でみた内容について、国内法及び通達の整備を図っていく必要があるものと考える。

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