伴 忠彦
税務大学校
研究部教授


要約

T 研究の目的

1978年の導入後30年を経過した我が国の外国子会社合算税制(以下「CFC税制」)は、21年改正による外国子会社配当の益金不算入制度(以下「配当免税」)の導入を契機として、大きな転機を迎えている。その背景には、欧米諸国での配当免税導入やCFC税制改正を巡る議論と動向、タックス・ヘイブン規制に係る国際協調の潮流、CFC税制の根幹に関わる訴訟等の増加などがある。
配当免税の導入により、我が国CFC税制が前提としてきた国外所得課税の体系が大きく変化したことから、制度の趣旨や理論を改めて整理し、再確認する必要があると認識する。配当免税は企業の国外事業や投資活動を促進し、軽課税の外国子会社への所得集中の動きを活発化させるであろう。これに伴う租税回避行為等の拡大も懸念され、対抗措置としてのCFC税制の役割は一層重要になると考えられる。
本稿は、配当免税の下で、制度の趣旨に則った合算課税が効果的・効率的に行なえるような今後のCFC税制の在り方を探るため、特に制度の要である合算方式と適用除外基準を中心として問題点を整理し、現行制度を再考するものである。
第1章では総論的に、配当免税の導入がCFC税制に与える少なからぬ影響を整理し、制度の趣旨や合算の根拠を再考する。第2章では、我が国と類似のCFC税制を有する英国の配当免税導入とCFC税制の抜本的改正案を巡る動向、そしてその根底に横たわるEUのCFC税制適用に対する姿勢を概観し、今後の我が国制度への示唆を探る。第3章と第4章は各論として、それぞれ合算方式と適用除外基準を取り上げ、現行制度の論点を整理し、今後の在り方を考察する。特に、合算方式については現行の法人アプローチから取引アプローチへの変更可能性の検討、適用除外基準については制度の構造的な問題を中心に各基準の論点を具体的に検討する。最後に第5章では、それまでの検討を踏まえ、結論に代えて、CFC税制のひとつの改善策を提案する。

U 研究の概要

1 配当免税の下でのCFC税制

2009年4月にロンドンで開催された首脳サミットにおいては、税の透明性と情報交換の観点からタックス・ヘイブンの問題性が大きく取り上げられた。OECDが長年取り組んできたタックス・ヘイブン対策プロジェクトは、主要国首脳会議という世界の檜舞台でスポットライトを浴びることとなった。租税情報交換条約の締結等を通じて、タックス・ヘイブン国・地域との公式チャンネルが開かれつつある。世界的な経済秩序の安定という視点からの、タックス・ヘイブンに対する国際協調的な措置は、各国国内法によるタックス・ヘイブン対策と並んで、今後さらに推進されることとなろう。
このような潮流の中、我が国では、CFC税制に大きなインパクトを与える配当免税制度が導入された。我が国CFC税制は、全世界所得課税と外国税額控除という枠組みの中で、外国子会社からの受取配当が課税となることを前提に、一定の軽課税外国子会社(特定外国子会社等)の所得相当額の親会社への益金算入と二重課税排除措置を抱き合わせた「留保金課税制度」として、理論と実務を蓄積してきた。その中では、適用除外にならない特定外国子会社等の所得を配当せずに留保すること(課税繰延)が制度のターゲットとする租税回避であるという、中間省略的な認識もまま見られたところである。
しかし、制度本来の合算対象金額は特定外国子会社等が計上した所得全体であり、これが我が国での課税が回避された所得を表象する金額である。特定外国子会社等の所得の合算課税と、それを原資とした配当に係る課税は二重課税を構成することから、その排除のために配当課税を優先し、合算課税は未配当の部分だけを対象とするという、二重課税排除がビルト・インされた手法が「留保金課税」の外観を呈していたにすぎない。
配当免税の導入と、それに伴うCFC税制の必然的・連動的な改正は、この本来の合算対象を再認識させた。改正により、合算対象金額は特定外国子会社等の留保所得ではなく決算に基づく所得とされたが、これは配当課税との決別により課税繰延という現象が消滅し、合算と配当の二重課税が生じなくなったことによる当然の結果である。制度趣旨を巡る不明瞭さは払拭され、租税回避防止措置の本来の性格が表面化した。
配当免税の下では、外国子会社の租税負担の軽減が企業グループ全体の租税負担率の低下に直結するため、外国投資及び外国子会社段階でのタックス・プランニングのインセンティブが高まり、税負担の低いCFCへの所得の集中化が想定される。これを背景に、丸1我が国課税所得の国外逃避と無税配当による還流、丸2第三国から我が国に流入する所得の、特定外国子会社等を介在させることによる無税配当化(所得種類の転換)、丸3特定外国子会社等に複数の事業を組み合わせることによる合算回避や合算額の圧縮、などの租税回避や脱税の拡大が懸念されるため、対抗措置としてのCFC税制の重要性が増加する。
所得流出(丸1)への対処としては水際での防止・否認が重要であり、CFC税制を含む各種の国内法が適用できる。しかし、第三国と特定外国子会社等との外−外の取引を通じた我が国への所得流入の回避(丸2)に対しては、一般的に国内法の適用が難しくなることから、損益取引ではなくストックに着目したCFC税制が最大の防止・否認手段となる。また、現行の合算方式である法人アプローチ(CFC単位で合算の要否を判定し、合算であればCFCの全所得を対象とする方式)による合算の粗さを利用した合算回避(丸3)は、配当免税の下でさらに拡大される可能性がある。
我が国CFC税制は、その防止・否認の対象とする租税回避の存在を、損益取引からではなく、「適用除外基準を充足しない特定外国子会社等の決算で所得が計上される」という財務諸表上の事実を以て認識し、その結果と推認される金額を合算するという、特殊で強力な制度である。複雑化する租税回避スキームはもとより、CFCを受け皿的に悪用する脱税や、タックス・ヘイブンの利用自体の規制等に総合的に対処でき、他の規定に代え難い。
今後の課題としては、合算方式については、制度趣旨外の合算又は合算もれが生じる可能性のある法人アプローチの見直しがあげられよう。取引アプローチ(CFCの所得金額のうち、定義された特定の種類の所得だけを抜き出して合算対象とする方式)への変更は有力な候補である。しかし、税制の性格を変えるともいえるような改正となるため、慎重な検討が必要である。また、適用除外基準については、法人アプローチによる合算の粗さを表面化させている「主たる事業」に基づく判定や、事業実態のある特定外国子会社等への適用をどのように考えていくか、などがあげられよう。さらに、一層適正な執行を担保するための、国際的な情報交換や各国当局間の協力体制の構築も不可欠であろう。

2 英国のCFC税制改正の抜本的改正案とその動向

  • (1)CFC税制に対する欧州司法裁判所の姿勢
    欧州連合(以下「EU」)の司法機関である欧州司法裁判所は、2006年9月に、英国CFC税制が欧州共同体条約(以下「EC条約」)43条(会社設立の自由)に抵触するか否かについて英国裁判所が解釈を求めていたキャドバリー・シュウェップス事件において、「英国CFC税制は、EC条約が保障する会社設立の自由を制約している。この制約は、英国の制度が、第三者により客観的に確認可能な「完全に偽装的な仕組(wholly artificial arrangement)」による租税回避だけを対象とする制度と解釈できない限り正当化されず、EC条約に違反する」旨の先決裁定を下した。「完全に偽装的な仕組」の定義は明確ではないが、概念的にはCFCに事業実態がない場合を指し、丸1事業場所・施設や人員、丸2事業運営能力と決定権限を有する者、丸3事業活動、などの現地における不存在等を要件とする。これにより、EU加盟国間でのCFC税制の適用は極めて限定されることとなった。
    本件裁定は、課税理論から導かれたCFC税制の在り方としての結論というよりも、子会社所得の合算がEUの理念(統一市場)に抵触しないための条件を示したものである。しかし、法的に独立したCFCの所得を親会社に合算する場合の考え方や、課税繰延対策の入り込む余地のない、租税回避対策に純化した適用除外基準の在り方など、CFC税制の一つの原点を示した点で、大きな参考となるものと考える。
  • (2)英国における抜本的改正の動向
    上記の先決裁定を受け、英国は迅速にCFC税制の一部改正を行なったが、さらに2007年6月、「企業の外国利益課税:討議文書」により、配当免税の導入とCFC税制の全面的な改正等をパッケージにした改正案を公表した。改正内容は、丸1合算方式を取引アプローチに変更する、丸2外国子会社だけでなく英国居住子会社も合算制度の対象とする、丸3軽課税を条件としない、等を中心とするドラスティックなもので、欧州司法裁判所の裁定を強く意識したものであった。これに対して産業界は猛烈に反対し、本社の国外移転を計画・発表する大手著名企業も多く現れた。主な反対理由は、丸1課税強化となること、丸2事務負担が増加すること、丸3欧州司法裁判所の裁定に違反すること、の3点に集約される。
    2008年8月、英国は配当免税を含むパッケージ案全体の2009年成立を見送る方向を発表したが、同11月の予算前報告(Pre-Budget Report)では一転して配当免税制度の2009年単独導入を発表し、CFC税制改正案をパッケージから切り離して、一旦白紙に戻した。
    英国は、EU法との抵触を避けつつCFC税制の抜本的改正案を作成し、これを配当免税の導入に伴う租税回避の防止措置(課税ベースの保護)と位置付けて公表したが、法人アプローチから取引アプローチへの移行は、納税者には租税回避防止措置の充実というより、むしろ課税ベースの拡大(課税強化)と認識されたことがうかがえる。これは、2つの合算方式の性格の違いを反映しているものと考える。一連の動向は、合算方法の変更や事務負担の増加に対する納税者の認識など、我が国制度を再考する上での示唆に富んでいる。

3 合算方式の再考

汚れた所得(tainted income)、足の速い所得(mobile income)等と呼ばれる一定の所得の課税を目的とする限り、理論的には法人アプローチよりも取引アプローチの方が合目的的で、精緻な制度設計が可能である。しかし、所得種類の判定や所得源泉のトレース、種類毎の所得金額の切出計算など、非常に大きな事務負担が納税者・課税庁双方に生じる。一方、法人アプローチはCFCの全所得を対象とするため、大雑把な合算課税となるリスクを有しているが、簡潔な制度設計が可能で、納税者・課税庁双方の事務負担が少なく、予見可能性や執行安定性が相対的に高い。また、国際的な潮流であるタックス・ヘイブン自体の規制や、悪質な脱税の防止などの観点からも有効と考えられる。
いずれの方式を選択するかは、最終的には制度の精密度とコンプライアンス・コスト、そして制度の守備範囲を秤にかけた、多分に政策的な判断となろう。法人アプローチは、特定外国子会社等に事業実態がないか、又は1つの事業のみ営んでいる場合には、取引アプローチと比較しても大きな差異は生じない。しかし、特定外国子会社等が複数の事業を営んでいる場合には、「主たる事業」により合算の要否が判定されるため、「従たる事業」から生じる所得が内容不問のまま、主たる事業の判定に連座して合算になったり、合算を逃れたりする場合が生じる。これには納税者有利・不利いずれの場合もあるが、配当免税の下では、このような合算の粗さを利用した合算回避の拡大も懸念されるところである。
法人アプローチから生じる従たる事業所得の連座問題は、合算方式を取引アプローチに変更することで、理論的にはおおむね解消する。しかし、取引アプローチを採用する以上は、合算対象所得を精緻に規定しなければその特性を生かせず、変更のメリットは薄れる。そして、対象所得を精緻に規定することは、租税回避の防止という機能を越えて(又は機能から外れて)、対象所得に対する課税ベースの拡大につながるものと考えられる。取引アプローチは、対象所得が世界のどこで発生しても確実に合算する制度であるが、その中から租税回避による所得だけを抜き出して合算することには向いていないのではないか。納税者からも、取引アプローチへの変更は、現行方式の欠点の解消というより、課税ベース拡大策として認識されることになろう。
これに対し、事業実態のないCFCの道具的利用による租税回避や悪質な脱税の否認、タックス・ヘイブンの利用自体の規制などのためには、法人アプローチの方がその特性を発揮するであろう。取引アプローチは性格的に課税ベース拡大に向いており、法人アプローチは租税回避否認に向いていると思われる。
このようなことから、歳入増加や国外源泉所得への課税強化(課税ベースの拡大)などに係る積極的な要請が国内に高まり、そのような要請が合算方式変更に伴う大きなリスク(CFCの道具的な悪用の防止機能の低下を含む)や事務負担の増加を凌ぐような状況下であれば、取引アプローチへの変更は大きな効果が期待できるであろう。しかし、そのような状況には至っておらず、現行の法人アプローチの欠点解消や、租税回避防止・否認機能を高めることを目的とするならば、合算方式の変更は得策ではないと考える。そのような場合には、現行の法人アプローチの枠組みの中で、租税回避防止機能を高める改正を行なうことが望ましいであろう。

4 適用除外基準の再考

正常な海外事業を阻害しないための適用除外基準は、裏返せば「適用基準」として、制度の趣旨が凝縮される要である。事業基準、実体基準、管理支配基準、所在地国基準/非関連者基準(事業内容によりいずれかを適用)の4基準で構成され、特定外国子会社等の主たる事業が上記基準を1つでも満たさなければ、特定外国子会社等の全所得が合算課税となる。
現行の適用除外基準は特定外国子会社等の事業を柱とした体系になっており、特定外国子会社等が複数の事業を営む場合には「主たる事業」について適用除外の判定を行ない、その結果を特定外国子会社等の所得全体に及ぼす。ここに制度的な粗さが存在し、合算判定上全く考慮されない「従たる事業」に係る所得の合算もれや過大合算、主・従の事業間での所得と欠損の相殺による合算額の圧縮などの問題が生じる。「事業」を巡って生じる問題は他にもあるが、これが現行制度上最大の問題であろう。
一旦、主たる事業で適用除外と判定されれば、それ以外の事業として全く実態のない取引を行っていても、制度上その所得は合算されない恐れがある。また、所在地国基準/非関連者基準においては、適用する基準をまず主たる事業の業種で判定し、次に、その主たる事業が「主として所在地国で」又は「主として非関連者と」行なわれているかという「主たる」の重畳的判定を行なうため、合算の粗さという問題が増幅される。
また、事業基準の対象である受動的所得は、もともと利益の発生地を容易に操作できる足の速さが合算対象とされる所以であり、地に足の着いた(人員や設備投資の必要な、存在感のある)事業を行なう法人に兼業させやすいが、受動的所得の性格が反映しにくい「総合勘案」により主たる事業と判定されにくく、合算を免れるという懸念もある。さらに、適用除外となる特定外国子会社等に、適用除外というステイタスを維持できる範囲内で合算対象の事業も兼業させるといった合算回避行為も想定される。このような、事業の組合せにより合算回避が可能となる法人アプローチの状況は、極力改善されるべきである。
一方、事業実態を有する特定外国子会社等の合算は、人件費の10%控除(平成17年改正)等を通じて緩和されてきている。この方向性は、法人アプローチの進化として大いに評価でき、配当免税(国外所得免除)の趣旨とも合致しよう。今後も、我が国企業の競争力強化や、事業実態の尊重という観点から維持されるべきと考える。

5 「事業アプローチ」(仮称)の提案

配当免税の導入は、我が国CFC税制の趣旨が租税回避防止であることを再確認させるとともに、軽課税の外国子会社に企業グループが所得を集中させるインセンティブを高め、CFC税制の重要性を高めた。租税回避の防止については、今後さらに厳格な制度と執行が求められるべきであろう。一方、事業実態を有する特定外国子会社等には一定の経済合理性を認めるという考え方が標準化されつつある。このような現状を適切に反映するための制度見直しが必要な時期を迎えている。
理論的に優れる取引アプローチへの合算方式変更は、課税ベースの拡大が積極的に求められるような状況下でなければ、得策ではないと考える。しかし、法人アプローチと主たる事業による適用除外判定から生じる合算の粗さは早急に是正するべきである。そこで、本稿での考察に基づき、結論に代えて、以下のような「事業アプローチ」(仮称)の導入を提案する。

【事業アプローチ(仮称)】
適用除外基準における「主たる事業」判定を廃止し、特定外国子会社等が複数の事業を行なっている場合には、主・従に関係なくそれぞれの事業ごとに適用除外基準を適用し、事業ごとに合算か適用除外かを判定する。言い換えれば、1つの事業を1つのCFCと見るということであり、事業単位での法人アプローチの適用である。これにより、従来から蓄積されてきた法人アプローチと適用除外基準に基づく理論と実務を踏襲しつつ、法人アプローチの利点を維持しながら、合算の正確性という取引アプローチの利点を取り込み、合算の粗さの大部分を解消することができると考える。
一定のコンプライアンス・コストの増加は生じるものの、合算方式を取引アプローチに変更する場合に比べて軽く、さらに配当免税の導入により想定される、特定外国子会社等への所得集中に伴う租税回避や脱税等、さらにはタックス・ヘイブン自体の規制にも有効な対処が可能になると考える。改正内容も比較的簡潔で、改正に伴う実務的な混乱も少ないと考えられる。
なお、この「事業アプローチ」では、現行制度でターゲットとなっている課税範囲はそのまま維持される。前述のとおり、例えば受動的所得のような特定の所得に係る課税をより充実又は強化しようとするならば、このような方法の採用と取引アプローチへの変更の得失を比較検討すべきであろう。

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