高橋 正朗
研究科第44期
研究員


要約

1 研究の目的

労務出資又は信用出資(以下「労務出資等」という。)は人的会社といわれる合名会社の社員及び合資会社の無限責任社員に認められている出資の形態である。これらの会社は所有と経営が一致しており、会社の内部関係が定款により自由に設計できる小規模で前近代的な会社であるといえる。
法人税法上、資本金等の額を構成する「資本金の額又は出資金の額」には独自の定義規定が存しないことから、その解釈は会社法からの借用概念によることとなる。会社法では、合名会社及び合資会社に対して財産出資(金銭その他の財産による出資をいう。以下同じ。)のほかに労務出資等を認めていることから、これらの会社の労務出資等の価額は一義的には法人税法上の資本金等の額に含まれるものと解される。
しかしながら、労務出資等に関する法人税法上の取扱いについては、昭和25年に制定された通達において二つの場面についてのみ定められていたが、昭和44年に廃止されていることもあって、これらの取扱いがいかなる理由によるものであるかは明らかではない。また、その余の取扱いについては、通達上も、実務上も、明らかにしたものは見受けられない状態である。
そのような状態の中、近年の税制改正(例えば、平成13年度におけるみなし配当に係る計算など)により課税所得の計算上、資本金等の額が従来以上に重要となってきている。また、労務出資等が認められている弁護士法人や税理士法人といった資格者法人が平成13年の規制緩和以後年々増加していることや、平成18年の会社法の施行に伴い法人が無限責任社員になることが可能となり個人に限らず法人が信用出資を行うことも想定される、といった環境の変化も見られ、改めて労務出資等に関する法人税法上の取扱いを明確にする必要が生じていると考える。
そこで、本研究では、会社法や企業会計における労務出資等の意義や取扱いを考察した上で、労務出資等に関する法人税法上の取扱いについて明らかにすることを目的とする。

2 研究の概要等

(1)労務出資等の意義と法人税法上の位置付け

  • イ 労務出資等の意義
    労務出資等は社員自身の労務又は信用を給付することにより出資となすものであるため、出資の履行により会社財産は増加しないという特異な出資である。また、労務出資等は会社財産を構成しないことから、会社債務に対して連帯して無限の責任を負う無限責任社員に対してのみ限定的に認められている出資であり、会社法では、この無限責任社員は持分会社である合名会社及び合資会社にのみ認められている。
  • ロ 法人税法における資本金等の額の位置付け
    法人税法上、資本金等の額を構成する「資本金の額又は出資金の額」については、独自の定義規定が存しないことから、その解釈は会社法の借用概念によることとなる。会社法では労務出資等が認められていることから、一義的には資本金等の額には労務出資等の価額を含まれるものと解される。
    一方、会社法の制定に伴い、会社法会計(会社法における会計をいう。以下同じ。)では持分会社であっても資本金の額を計上することとされている。その資本金の額は出資として払込み又は給付された財産の価額を基礎として計上することとされており、これらの財産の存しない労務出資等は会計処理の対象とはならないこととなる。このように、労務出資等は会社法において認められている出資であるものの、会社法会計においては会計処理の対象とならないため、資本金として表示されないことから、法人税法上の資本金等の額に労務出資等の価額を含めて解釈することについては疑問が生ずる。
    この点、「資本金等の額」の定義規定について、法人税法創設時から現在までの変遷を検証したところ、出資を受けた金額については、法人税法創設時は資本又は資本金額という定義の中で、株式会社にあっては払込株式金額、合名会社又は合資会社にあっては出資金額として、会社の形態ごとに規定されていたものが、昭和40年度税制改正において、法人全体の出資を受けた金額としてまとめた形で規定され、会社法の制定に伴う平成18年度税制改正を経て現在に至っている。平成18年度税制改正においては、会社法会計における資本金の額を「資本金の額又は出資金の額」とする改正は行われていないことから、合名会社又は合資会社の出資を受けた金額は、従来から出資金額であることは変わりなく、一義的には資本金等の額には労務出資等の価額を含めて解するべきと考える。

(2)従来の法人税法上の取扱いの検証

 労務出資等に関する法人税法上の取扱いについては、昭和25年に制定され昭和44年に廃止されている取扱いとして、丸1同族会社の判定における「出資の金額」には労務出資等の金額を含むものとする、丸2労務出資等をした社員が退社により持分の払戻しとして受ける金額は利益の分配と認める、という二つの取扱いが定められていた。すなわち、前者においては労務出資等は通常の出資と同様に取り扱われるが、後者においては労務出資等がどのように取り扱われるのか必ずしも明らかではない。更に、企業会計上、貸借対照表には労務出資等は資本金として表示されないと解されており、この点、税務上のみ丸1の取扱いとなることについて疑問なしとしない。また、丸2の取扱いについても、旧商法及び会社法上、労務出資等を行った社員(以下「労務出資等社員」という。)について、このような取扱いとなすべき明文の規定は存せず、これらの取扱いの趣旨は明らかではない。

(注) 上記の取扱いは、廃止後も「従来どおり取り扱うこと」とされている(昭44直審(法)25)。

(3)労務出資等に関して検討すべき問題点

このほか、従来からある問題として、丸1清算所得の金額を計算する場合における残余財産から控除される資本金等の額に労務出資等の価額を含めるのかという問題、丸2寄附金の損金算入限度額の計算や交際費等の損金不算入規定などにおいて法人の規模を測定する基準として用いられる「資本金等の額」又は「資本金の額又は出資金の額」に労務出資等の価額を含めるのかという問題があるが、これらについては従来から判然としていない。
更に、近年の税制改正に伴い、この労務出資等に関する取扱いについて、次のような新たに検討すべき事項も生じている。

  • イ みなし配当の計算
    平成13年度税制改正によりみなし配当の計算規定が改正され、みなし配当に該当する事由が生じた場合における資本金等の額のうち交付の基因となった株式又は出資に対応する部分の金額の計算についての重要性が高まっているため、この計算に当たり労務出資等の取扱いについての検討が必要である。
  • ロ 特殊支配同族会社の判定
    平成18年度税制改正により特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入制度が創設されているが、特殊支配同族会社の判定に当たって、同族会社の判定と同様に取り扱うべきかについての検討が必要である。
    また、労務出資等に関する環境にも変化が生じている。一つは労務出資等が認められる法人の範囲が拡大されたことによる法人数の増加である。平成13年以降、規制緩和の一環として弁護士や税理士などの資格者の法人組織化が認められる法改正が行なわれている。これらの弁護士法人や税理士法人は基本的に無限責任社員から構成されており、この無限責任社員には労務出資等が認められている。現在では、公認会計士、弁護士、司法書士、行政書士、税理士、弁理士、土地家屋調査士及び社会保険労務士に法人制度が認められている。もう一つは、労務出資等が認められる社員の多様化である。平成17年の会社法の制定前においては、会社は無限責任社員になれないこととされていたのであるが、会社法の制定に伴い法人が無限責任社員となることが認められたことから、制度上、法人が社員として信用出資を行うことが可能となっている。
    このように、労務出資等に関する法人税法上の取扱いについては明らかにされているものがない中で、最近の税法改正及び環境の変化に伴い労務出資等に関する法人税法上の取扱いについて検討すべき事項が生じていることから、その取扱いを明らかにする必要がある。

(4)会社法及び企業会計における労務出資等の取扱いについて

 労務出資等に関する法人税法上の取扱いについては、会社法の借用概念によることとなるため、一義的には資本金等の額に労務出資等の価額を含めて取り扱うものと解される。しかしながら、会社法会計においては労務出資等は会計処理の対象とはならないとされており、その取扱いについては疑問の生ずるところであるため、改めて会社法及び企業会計における労務出資等の取扱いについて考察していくこととする。

  • イ 会社法における労務出資等の取扱い
    • (イ)会社法上、労務出資とは社員自身の労務を提供するものであり、信用出資とは社員自身の信用を供与するものである。これらの出資の価額は総社員の同意により決定され定款に記載される。
      労務出資等社員は、会社の業務執行権や無限責任社員としての会社債務に対する責任といった会社との権利義務関係については、財産出資を行った社員との間に差異は設けられていない。また、社員に対する損益分配の割合及び残余財産の分配の割合について、定款に定めがないときには、その割合は労務出資等を含めた各社員の出資の価額に応じて定めることとされている。
    • (ロ)このように、会社法上、労務出資等について別異に取り扱う明文の規定は存しない。
      ところで、退社した社員は出資の種類を問わず持分の払戻しを受けることができることとされており、この点については上記(イ)と同様に、労務出資等について別異に取り扱う明文の規定は存しないものの、通説では、労務出資等社員が退社した場合においては、会社財産が財産出資の総額を超える場合に限り持分の払戻しを受けることができると解されている。
  • ロ 会社法会計及び企業会計における労務出資等の取扱い
    会社法会計では、資本金の額は出資の履行として払込み又は給付をされた財産の価額を基に計上することとされており、労務出資等は会計処理の対象とはならないこととされている。また、企業会計においては、資本金は法定資本をいうものとされており、会社法会計における資本金と同義である。会計処理についても、労務出資等については何の記帳もしないとするのが通説となっている。
  • ハ 小括
    会社法上、労務出資等を財産出資とは別異に取り扱うという明文の規定はなく、労務出資等は財産出資と同じく取り扱われるものと考える。
    一方、退社に伴う社員の持分の払戻しでは、労務出資等は財産出資と異なる取扱いとなると解されており、会社法上の労務出資等の位置付けについては、なお疑問なしとしない。
    この点、退社に伴う社員の持分の払戻しにおける「持分」とは、会社財産の分け前を示す計数上の数額を意味するものと解されており、それは財産による出資の払戻しと会社損益の分配額から構成されるものと考えられる。出資の履行により会社財産が増加しない労務出資等社員の持分は当然にして会社損益の分配額のみとなるため、会社財産が財産出資の総額を超える場合に限り持分の払戻しを受けることができるのである。このことは、会社法において、出資の払戻しに関する規定が財産出資にのみ設けられていることとも合致する。
    また、企業会計における労務出資等の取扱いについては、労務出資等が会社財産を構成しない出資であることにより、簿記上の取引として認識されないため、貸借対照表に表示されないというにすぎず、このことのみをもって法人税法における労務出資等の取扱いを決するのは適当ではないと考える。

(5)法人税法における労務出資等の取扱いについて

以上のように、会社法上、労務出資等を財産出資と別異に取り扱う明文の規定はないことから、労務出資等は財産出資と同じく取り扱われるのである。しかしながら、労務出資等は会社財産を構成しない特異な出資形態であるため、出資の払戻しを含む会社財産の払出しの場面に限り財産出資とは別異に取り扱われることとなる。このことからすれば、法人税法上の資本金等の額には、原則として労務出資等の価額を含めることとなる。ただし、会社財産としての資本金等の額を計算する場面にあっては、労務出資等の価額は資本金等の額に含めないこととなる。
このように考えると、従来の取扱いである丸1同族会社の判定における出資の金額に労務出資等の金額を含める取扱い、丸2労務出資等社員が退社により持分の払戻しとして受ける金額は利益の分配と認める取扱いについては、いずれも、現在においても妥当するものであるといえる。
なお、上記以外の具体的な取扱いについては次のとおりとなると考える。

  • イ 資本金基準
     資本金基準とは、課税所得の計算上、「資本金等の額」又は「資本金の額又は出資金の額」を基準として法人の規模を測定するものであるが、会社財産として計算するものではないことから、労務出資等を財産出資と別異に取り扱う理由はなく、原則どおり、資本金等の額には労務出資等の価額も含めることとなる。
  • ロ みなし配当の計算
     みなし配当とは、出資の払戻しや社員の退社に伴う持分の払戻しなどにより、株主等が会社から金銭等の交付を受けた場合において、その交付を受けた金銭等の額が資本金等の額のうちその交付の基因となった株式等に対応する金額を超える場合のその超える部分に相当する金額を配当とみなすものである。これは会社財産から株主等に交付される金銭等を、出資の払戻しに相当する金額と利益の分配に相当する金額とに区分するものであるから、会社財産としての資本金等の額を計算する場面に該当することから、労務出資等の価額は資本金等の額には含めないこととして計算することとなる。
  • ハ 清算所得の金額の計算
     法人が解散した場合における清算所得の金額の計算については、残余財産の価額から資本金等の額と利益積立金額等の額との合計額を控除して計算することとされている。会社財産である残余財産には労務出資等は含まれないことから、残余財産の価額から控除する資本金等の額には労務出資等の価額は含めないこととなる。
  • ニ 法人無限責任社員の持分の取得価額
     法人無限責任社員が信用出資を行った場合には、法人税法上は有価証券を取得することとなる。この場合の取得価額については、信用を供与するのみで取得のために財産を拠出しておらず、また、出資を受けた法人についても会社財産は増加しないことから、法人税法上、取得の時における通常要する価額についてはないものと考えられる。したがって、信用出資の価額は、取得価額に含めないこととなる。

(6)他税目との整合性について

  • イ 消費税に関する取扱い
     消費税における事業者免税点制度については、基準期間の課税売上高により判定することとされているが、基準期間がない場合には「資本金の額又は出資金の額」により判定することとされており、この場合の「資本金の額又は出資金の額」には労務出資等の価額を含めることとして取り扱うという見解が示されている。この点については、資本金基準における労務出資等の取扱いと同様に考えることができるため、「資本金の額又は出資金の額」には労務出資等の価額を含めることとするのは妥当であると考える。
  • ロ 国税徴収法における取扱い
     滞納者が株主等となっている同族会社がある場合において、滞納者である株主等が有する株式又は出資を譲渡すること等ができず、かつ、滞納処分の執行をしてもなお不足する国税があるときには、滞納者の有する株式又は出資の価額を限度としてその同族会社は第二次納税義務を負うものとされている。この出資の価額は同族会社の時価純資産価額を「出資の数」で按分することにより計算されるが、この「出資の数」については、労務出資等の価額がある場合には現金による出資の価額と同様に取り扱うこととされている。この取扱いについては、社員の会社に対する権利義務関係は出資の種類による差異はなく、会社財産として計算するものではないため、本取扱いは妥当なものであると考える。

(7)労務出資等に関する事務運営上の提言

労務出資等に関する法人税法上の取扱いについては、社員の地位は出資の種類によって差異はなく労務出資等は財産出資と同じく取り扱われることから、原則として、労務出資等の価額は資本金等の額に含める。ただし、会社財産としての資本金等の額を計算する場面にあっては、労務出資等の価額は資本金等の額に含めないものとして取り扱うのが相当である。
本研究により、労務出資等に関する法人税法上の取扱いについて明らかにされたことから、法人税基本通達を改正し、労務出資等に係る取扱いを新設すべきであると考える。また、労務出資等の価額は定款に記載されるのみであることから、課税当局においては労務出資等の有無及びその価額を的確に把握、管理するための措置を講ずる必要があることを提言する。

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