池田 誠
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

近年の都市再開発事業等では、ある建物の敷地の利用されていない容積率(以下、「余剰容積率」という。)を他の敷地に移転し、より高層のビルの建築を可能とすることによって、土地の有効・高度利用を図るといったケースが見受けられる。このような容積率を移転する取引(以下、「容積率移転取引」という。)は、土地の上空を一定範囲で区切り、それを利用する権利を取引の対象とするものであることから、空中権取引とも呼ばれている。
わが国における容積率移転取引は、容積率を規制する都市計画法及び建築基準法上の容積率緩和制度等の適用に関連して行われているが、これらの法律が直接容積率の移転について規定しているわけではなく、また、空中権といった権利が私法上の権利として明示されているわけではない。
このような容積率移転取引によって生ずる所得に係る現行の税務上の取扱いは、適用を受ける都市計画法及び建築基準法上の制度や用いる契約形態によって異なるものと考えられるが、容積率移転取引によって生ずる経済的効果は、適用を受ける公法上の制度や契約形態によって異なるものではない。したがって、適用を受ける公法上の制度等の違いによって差異が生じる現行の取扱いが妥当であるのか疑問である。
昨今、土地の有効・高度利用を図るために容積率の移転を可能とする新たな公法上の制度も創設されている中、容積率移転取引の対価に係る所得区分を巡る訴訟も提起されていることから、容積率移転取引を巡る税務上の取扱いの在り方を研究することには意義があると考える。

2 研究の概要

(1)容積率の移転を可能とする公法上の諸制度の概要

都市計画法・建築基準法において容積率を制限する目的は、建築物の密度を規制することにより、道路、公園、上下水道等の公共施設の供給・処理能力のバランスを保ち、市街地環境の悪化を防止することにあるとされているが、一方では、土地の有効・高度利用を図る観点から、一定の要件の下で容積率を緩和する制度等が用意されており、わが国ではこのような容積率緩和制度等の運用に関連して容積率の移転が行われている。
この容積率の移転を可能にする制度には、都市計画法に根拠を置くものと建築基準法に根拠を置くものとがある。

  • イ 都市計画法に根拠を置く制度
    都市計画法に根拠を置く制度には、地区計画によるもの(容積適正配分型地区計画制度・再開発促進区制度等)と、地域地区によるもの(特例容積率適用地区・特定街区等)とがある。
    都市計画に根拠を置く制度は、地区計画や地域地区などの都市計画において容積率の適正配分がなされるものであり、その容積率の配分によって各敷地等の利用容積率に差異が生じる際に、地権者間で容積率の移転が行われることになる。なお、特例容積率適用地区は、都市計画において各敷地に適用される容積率が指定されるわけではなく、都市計画で指定された特例容積率適用地区内の敷地権者が、建築基準法の規定に従い特定行政庁に特別の容積率の指定を申請し、指定を受けることになる。
  • ロ 建築基準法に根拠を置く制度
    建築基準法に根拠を置く制度には、一団地の総合的設計制度、連担建築物設計制度等がある。
    建築基準法による建築物の形態規制は、原則として敷地を単位とする。この敷地とは、建築基準法施行令1条1号において、「一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物のある一団の土地をいう」(一敷地一建築物)と定義されている。このため、原則として、ある敷地の容積率は、その上に建築される一つの建築物においてのみ実現することとなり、他に移転することはできない。
    この一敷地一建築物の原則に対して、建築基準法は、複数の敷地を一体のものとして容積率を適用する、一団地の総合的設計制度、連担建築物設計制度等の特例を認めている。これらの制度では、複数地権者の敷地が一団地として認定されることにより、一団地としての総容積率が規制値以内であれば、その敷地内に建設される建物の容積率の配分を自由に設定できる。そこで、地権者間で容積率の移転が行われることになる。
  • ハ 容積率の移転に対する公法上の効果
    都市計画法に根拠を置く制度は、都市計画の決定という手続きを経ることから、容積率移転についても計画決定という公法的担保効力があると考えられる。すなわち、都市計画は、制限を通じて都市全体の土地の利用を総合的・一体的観点から適正に配分することを確保するための計画であるところ、このような都市計画において指定される各敷地等の容積率は、都市計画の変更等がない限り永続的に適用されると考えられるため、公法上、一定の担保がされるものと考えられる。なお、特例容積率適用地区は、都市計画において直接各敷地等の容積率が指定されるものではないが、特定行政庁が敷地権者の申請に基づいて特例容積率の限度を指定するものであり、指定された特例容積率の限度及びその敷地の位置等は、法令の規定に基づき公告及び閲覧対象とされることから、指定された特例容積率には公法上一定の担保的効力があると解することができる。
    一方、建築基準法に根拠を置く制度は、複数建物について総合的に設計される場合等に、これらが一敷地に区域内にあるものとみなされて建築基準法が適用される制度であり、その結果として、私人間で容積率移転が行われることとなるものであって、これら建物の間で移転した容積率について担保する制度が存在しない。このため、移転取引後の容積率は、これらの制度の適用を利用して建築された建築物についてのみ有効であり、建替えには対応しないと解されている。

(2)容積率移転の法的性質

容積率の規制は敷地の利用権に関する規制であるから、余剰容積率を移転するということは、余剰容積率を利用する権利(以下、「余剰容積率利用権」という。)を移転することであるといえるが、わが国では、余剰容積率利用権といった権利が、私法上の権利として明示されているわけではない。このため、余剰容積利用権は私人間の契約による債権と解される。しかし、債権は権利の保護などの点で不安定であるため、実際の取引では、私法上認められている各種権利が応用又は適用されており、様々な契約形態が用いられている。
上記のとおり、実際の取引においては様々な契約形態が用いられているが、いずれの契約形態を採ったとしても、容積率を移転する側では一定の容積率以上の建築物を建築することができないという効果が生じ、容積率の移転を受ける側では基準容積率を超える建築物の建築が可能となるといった効果が生じることに変わりはないから、容積率移転の法的性質は、土地の所有権又は借地権に基づく使用権の一内容としての建築権の移転であると解すことができる。そして、わが国の私法上、このような建築権を土地の所有権又は借地権から切り離し、独立した処分可能な財産権と構成することは困難であるから、譲渡という法的形態により取引が行われたとしても、その実態は譲渡先に利用権を付与するものであり、それは土地の一部の貸付けに準じたものと解すべきと考える。

(3)容積率を移転した場合の税務上の取扱いについて

  • イ 現行の取扱い
    現行の法令において、容積率を移転した場合の課税上の取扱いを定めたものとしては、建物若しくは構築物の所有を目的とする地上権若しくは賃借権(以下「借地権」という。)又は特定街区内における建築物の建築のために設定された地役権で建造物の設置を制限するものについて、一定の要件を充たす場合に、所得税法では譲渡とみなし(所得税法施行令79条1項)、法人税法では土地の帳簿価額の一部損金算入を認める(法人税法施行令148条1項)規定がある。これらの規定の趣旨は、借地権の設定等により土地の利用が長期間にわたって固定され、いわば土地の用益権と底地権とが分離された状態が生じたと認められる場合にその用益権部分についてキャピタル・ゲイン課税の清算をしようとするものであると解されており、地役権の設定の範囲に特定街区内における建築物の建築のために設定された地役権が追加され趣旨も、特定街区の申出に同意を与えた土地所有者は特定街区に指定された後は建築制限を受けることとなり、その土地は地価の低下をきたす結果となることから、実質的には所有権の一部の部分的な譲渡があったものと考えられることにあるとされている。なお、上記施行令は、所得税と法人税の基本的な課税方法の違いから規定の仕方が異なっているが、資産の譲渡とみなして課税関係を考える点は共通であると考えられる。
    上記施行令による現行の取扱いでは、容積率の移転が、丸1借地権を設定する場合、及び、丸2特定街区内で地役権を設定する場合には、一定の要件を充たせば資産の譲渡として取り扱われることとなるが、上記丸1丸2に該当しない場合、すなわち、特定街区の適用に関連して容積率を移転する場合以外で借地権の設定によらないもの、及び、特定街区内であっても借地権又は地役権の設定によらないものについては、資産の譲渡として取り扱われないと解される。なお、譲渡所得における譲渡対象資産は、法的権利として確立したものといえなくても、行政官庁の許可等により発生した事実上の権利も含まれると解されていることから(所得税基本通達33−1)、容積率の移転が余剰容積率利用権(債権)の譲渡として行われた場合には、資産の譲渡に該当するのではないかとも考えられるが、前述のとおり、都市計画法等が直接容積率の移転を規定するものではなく、かつ、余剰容積率利用権を所有権又は借地権から分離・独立した処分可能な財産権と解することはできないから、これを資産の譲渡と解することはできないと考える。
  • ロ 容積率を移転した場合の税務上の取扱いの在り方の検討
    上記施行令の規定は、一定の要件を充たすものを資産の譲渡とみなす特例であると解されるから、その要件を充たすか否かは厳格に解すべきであって、むやみに拡大して解釈すべきではないし、このように厳格に解することによって取扱いに差異が生じたとしても、それが違法な取扱いとなるものではない。しかしながら、容積率を移転した場合に土地の利用が制限されるという効果は、すべての容積率移転取引に共通するものであって、適用される公法上の制度や用いられる契約形態に影響されるものではない。そうすると、上記施行令の趣旨や昭和44年の改正の趣旨に照らし、現行の取扱いが合理的であるのか疑問が生ずる。一方、私法上の権利として明示されていない権利が取引の対象となっている場合に、経済的実質だけで課税上の取扱いを決してしまうことにも問題があると考える。
    上記の点を踏まえて容積率を移転した場合の税務上の取扱いを検討すると、容積率を移転したことによって、その土地の利用が著しく制限されるという経済的効果に対して一定の法的根拠があると考えられる場合には、資産の譲渡とみなす特例の対象とすることが合理的であり、かつ、上記施行令の趣旨にも合致するものと考える。すなわち、都市計画法に根拠を置く制度の適用に関連して容積率を移転する場合には、都市計画法による決定手続きを経ることなどによって公法上の担保効力を有すると解されることから、当事者が用いる契約形態に関係なく特例の対象とし、また、建築基準法に根拠を置く制度の適用に関連して容積率を移転する場合であっても、それが借地権や地役権を設定して行われ、かつ、登記されている場合には、容積率移転による権利関係が明確に表示されることから、特例の対象とすることが合理的であると考える。
    なお、現行の施行令が設けている容積率移転の対価として収受する金額又は容積率移転による地価の下落幅の要件については、現行の基準を維持すべきであると考える。

(4)容積率の移転を受けた場合の取扱いについて

容積率の移転を受けた場合の対価について、建物の取得価額とすべきか、土地等の取得価額とすべきか、あるいは繰延資産と解すべきかといった問題があるが、現行の法令等においてこの点を明確に規定したものは見受けられない。
容積率移転取引は、より高層の建築物を建築するために行われるものであるから、その対価は建物の取得価額又はそのような便益を享受するための費用とみることも可能であると考えられるが、容積率の移転を受けることによって、その土地の利用価値が増加するという効果が生ずるのであるから、容積率移転の対価は土地の取得価額と解すべきであり、その取扱いを明確にするためには、法令に明記すべきであると考える。

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