井出 裕子
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

平成18年5月の会社法施行による一人会社の全面的解禁等によって、「法人成り」が容易になったことにより、所得税逃れ等を目的とした個人の法人事業形態の濫用の増加も懸念される。そこで、そのような濫用への対応としての所得税法等の適用関係に係る明確化措置として、同年の法人税法改正において、同法132条に3項が追加された。この改正により、例えば、同族会社の代表者たる個人について、所得税法157条の同族会社等の行為計算否認規定の適用により所得税の増額更正があった場合、これに対応する法人税の減額更正(以下「法人税法132条3項の対応的調整」という。)を行うことができる旨が明文化されたと解されている。
本規定が追加される前、課税実務では、株主等個人の所得税について、同族会社等の行為計算否認規定の適用により増額更正があった場合、例えば、株主等個人の不動産所得について同族会社である不動産管理会社への管理委託料の是正が所得税法の行為計算否認規定の適用により行われたときには、当該不動産管理会社の法人税の計算上は、その是正に係る金員を返還した日の属する事業年度の損金算入を認めるにとどまり(以下、「従来の課税実務の取扱い」という。)、当該個人の所得税の是正年分に対応する事業年度の法人税には影響がないものと取り扱ってきたところである。
しかし、今回の改正を契機として、同族会社等の行為計算否認規定の適用により所得税の増額更正があった場合にはこれに対応する法人税の対応的調整による減額更正を義務的に行うべきと解する学者等がいる一方、法人から個人に対して金員の返還が行われたことを条件に対応的調整を行うべきとする学者等もいるなど、論者によって意見が分かれていることころである。
このため、今後、所得税等において株主等の個人に同族会社等の行為計算否認規定の適用により増額更正を行った場合に、同族会社等の法人税の課税所得の計算はいかにあるべきかについて実務上混乱が生ずることも懸念されることから、学説を検討するとともに、これまでの裁判例を通じ本規定の適用関係を明らかにしておく必要がある。
なお、本稿で行う検討は、株主等個人に所得税法157条1項が適用された場合の同族会社における法人税法132条3項の対応的調整についてであり、所得税法157条1項に係る論点については本項の対応的調整への学説等に関する最小限の記述にとどめている。

2 研究の概要

(1)平成18年改正前の従来の課税実務の取扱い

 個人の所得税等において同族会社等の行為計算否認規定が適用された場合、同族会社の法人税の計算上、当該同族会社からその是正に係る金員等を当該個人に返還した日の属する事業年度において損金算入を認めていた従来の課税実務の取扱いは、既に金員等の経済的価値(以下、「経済的価値」という。)が当該同族会社に流入し、それが法人税法上所得である以上、その経済的価値の返還が行われない限り損金算入を認める必要はなく、妥当であったといえる。

(2)法人税法132条3項の対応的調整

  • イ 法人税法132条3項の対応的調整に対する学者等の主な見解
     法人税法132条3項の対応的調整に係る見解は、明示的でないものもあるが、主に、(1)例えば株主等個人に同族会社等の行為計算否認規定が適用された場合、当該同族会社において全てのケースについて無条件、義務的に減額更正するべき(以下「義務規定」という。)とする見解、(2)税務署長の裁量規定と解しケースバイケースで減額更正すべきとする見解があり、(2)は更に二つの見解に分かれ、丸1株主等個人から同族会社に対する無償又は低額な役務提供にのみ税務署長の裁量権を行使し同項の対応的調整を行うべきとするもの、丸2株主等個人から同族会社へ流入した経済的価値を当該同族会社から当該個人へ返還し、所得が変化したことを条件に税務署長の裁量権を行使し対応的調整を行うべきとするものがあると考えられる。
    • (イ)義務規定とする見解
       法人税法132条3項の対応的調整を義務規定と解した場合、経済的価値、所得の変化との関係において検討を行ったところ、義務規定と解することについては次のような疑問が生ずるところである。ここで、所得の変化は課税理論に通じることなので、課税理論も考慮に入れて検討を行う。
      • ・ 例えば、株主等個人の所得税について同族会社等の行為計算否認により同族会社へ支払った管理料の過大部分につき増額更正があった場合、当該同族会社において当該過大部分も含め受取管理料として当該個人からの経済的価値の流入が存在しそれが収益として法人税法上益金に算入され所得と認識されているところ、当該同族会社から当該個人への経済的価値の返還がないにもかかわらず法人税の減額更正を行うこととは、法人税の所得計算を歪めることとなるのではないかと考えられる。
      • ・ 例えば、法人税において同族会社等の行為計算否認規定が適用され、個人に対し経済的価値の流入があったとして当該個人においても増額更正がなされる場合もあり得ることから、一概に減額更正の義務規定と主張することはできないのではないかと考えられる。
         また、この場合においても、株主等個人に対する経済的価値の流入などの事実認定により、それが所得税法において所得となるかという課税理論の検討を経て当該個人における増額更正がなされるものであり、このように考えると法人税法132条3項の適用においても、増額、減額問わず経済的価値の流入などの事実を把えた上で、法人税法上所得が増減するかという課税理論の検討が必要であると考える。
      • ・ 過去の立法経緯からすれば、例えば、現行法人税法34条過大役員給与の損金不算入規定は、昭和34年の改正により個別の否認規定として創設されたものであるが、それ以前は過大な役員報酬は同族会社等の行為計算否認規定として適用されていたものである。この規定の適用により法人税において損金不算入とされても、所得税において給与所得を減算することはないが、これは、個人が得た経済的価値は所得税法上給与所得としての性格を失っていないからと考えられる。このことからすれば、現行の同族会社等の行為計算否認規定の適用に当たっても、経済的価値等の事実、所得の変化、課税理論を考慮することなく本規定を減額更正の義務規定と解することは一面的な解釈であるとも考えられる。
      • ・ このように、それぞれ法人、個人は人格が別であり、それぞれの課税理論があるのにもかかわらず、経済的価値等の事実や所得の変化、課税理論を考慮することなく法人税法132条3項を義務規定と解し、所得税法157条1項の引き直しの上に法人税法132条3項により無条件に引き直しを重ね、株主等個人に同族会社等の行為計算否認規定が適用された全てのケースにおいて無条件に対応的調整が行われることは課税理論を超えることにも繋がりかねず、法的安定性を損なう可能性もあることから否定されるべきと考える。
    • (ロ)株主等個人から同族会社に対する無償又は低額な役務提供のみを対象とすべきとする見解
      この見解は、そもそも株主等個人から法人に対する利益の移転について同族会社等の行為計算否認規定の対象ではないから、過大管理料等については所得税法37条を適用すべきであり、一方、無償又は低額役務提供については同法36条の適用対象外であるところ、実際に株主等個人から同族会社への無利息貸付について同法157条が適用された裁判例も存在することから、非同族会社等との権衡を図るべく法人税法132条3項の対応的調整が必要となる、というものである。
      しかし、株主等個人から同族会社に対する利益の移転が所得税法157条の適用対象外であるということはできないし、個別の事例によるものの、過大経費や無利息貸付等について所得税法157条1項の適用がすべて否定されるものではない。いずれにしても、法人税法132条3項の制定により、株主等個人に係る所得税法157条1項の適用について再整理が望まれる。
    • (ハ)経済的価値、所得の変化等を考慮する見解
      上記の検討から、いかなる場合に法人税法132条3項の対応的調整ができるかについては、経済的価値等の事実、所得の変化を考慮すべきとの結論が導き出され、上記見解イ(2)丸2によるべきであり、また、本項はこのように解される。経済的価値のみで所得を測ることができないので、所得の変化の考慮にあたり課税理論の考慮が重要であると考える。
  • ロ 事例 本稿においていくつかの事例について検討したが、個人と法人は人格が別であり、それぞれの税法上の検討がなされなければならないものと考えられる。また、法人税法132条3項の対応的調整は減額更正の義務規定でないし、株主等個人から同族会社に対する無償又は低額な役務提供のみを対象とするものでもなく、経済的価値、所得の変化、課税理論を考慮すべきとの結論が是認されると考える。
    ここで、株主等個人に同族会社等の行為計算否認規定が適用された事例は2つのグループに分けられるといえよう。
    まず、二面的取引関係、すなわち過大管理料や無利息貸付等といった同族グループ(同族関係である株主等個人とその同族会社)内においてそれらの者の間で不自然かつ不合理な行為計算が行われるものである。このような二面的取引関係については、例えば、株主等個人から同族会社に支払った不動産管理料が過大としてその過大部分が当該個人において所得税法157条により否認されたとしても、不動産管理契約は私法上有効であり、また、同族会社においては受取った管理料は所得であることに変わりはないのであるから、当該個人への増額更正に伴って、反射的に当該同族会社の減額更正を行うことが義務付けられると解することは適当でない。当該同族会社においては、当該個人から当該同族会社に流入した経済的価値を当該同族会社から当該個人へ返還したときに、過去の取引金額の修正による前期損益修正として損金算入することが適切な処理といえよう。
    これに対し、三面的取引関係、すなわち、外部の第三者からの経済的価値がストレートに流入することを前提として、同族グループ内において不自然かつ不合理な行為計算が行われ、外部からの経済的価値の同族グループ内の流入に当たって株主等個人と同族会社において所得の分散が行われるようなものは、上記の二面的取引関係において株主等個人(又は同族会社)のいずれかの所得計算を是正するものとは異なるものといえる。このため、適正な課税を実現するために、税法上の観点から、株主等個人、同族会社の所得の両方を是正し、あるべき所得金額を算出する必要性が生じてくるとも考えられる。
    このように解することは、財務省担当者の改正趣旨説明における、反射的に減額更正を行う権限を明確化するとの趣旨にも合致すると考えられる。とすれば、法人税法132条3項は減額更正の義務規定ではないが、株主等個人、同族会社の両者を同時に引き直さないと適正な所得計算がなしえない場合に本項が適用される場面においては、文理上は税務署長の裁量規定と解されるものの、実務上は課税庁の義務規定として機能するといえよう。
    ただし、このように解したとしても、三面的取引関係について、従来問題とされてきた二面的取引関係の事例において義務的に減額更正することはできないことの根拠となる、経済的価値が同族会社にとどまっている点については更なる検討が必要であろう。この点、例えば、その経済的価値の返還が現実に行われたことや確定決算における修正経理を条件に是正年度の減額更正を遡って行うことが考えられ、別途、立法措置を検討する必要があると考える。
    また、株主等個人と同族会社を巡る取引には様々なものがあることから、上述の二面的取引関係、三面的取引関係という分類が汎用性ある基準足りえるかどうかについては、なお、問題なしとしない。三面的取引関係であっても、法人税法132条3項の適用は、株主等個人、同族会社の両者を同時に引き直す必要がある場合のみに限られる。いずれにしても、新たな課税の弊害を生じることがないよう慎重な検討が必要であろう。

(3)法人税法132条3項の対応的調整と移転価格税制

同族会社等の行為計算否認規定における対応的調整は、移転価格税制における対応的調整とは異なるものの、一方の税額の増加が他方で税額の減少を必要とする場合の調整をいう局面の問題であるので、移転価格税制におけるそれと親和性を有するとの疑問も生ずるところである。
しかし、条約未締約国の国外関連者との取引に移転価格課税が適用された場合に相互協議は行われずその結果対応的調整は行われないし、また、条約締約国との間でも相互協議が必ず合意に至ることはなく、合意に至らないときには対応的調整はなされず、すべてのケースにおいて対応的調整がなされることにはならないから、同族会社等の行為計算否認規定の対応的調整を義務規定と解すべきという議論にはならないのではないか。
また、移転価格税制は、法人税法22条、37条、132条から離れたものとして個別の規定として制定された経緯があることからも、同族会社等の行為計算否認規定と移転価格税制は親和性を有するものではないといえよう。

(4)消費税

 同族会社等の行為計算否認規定が存在するのは、所得税法、法人税法、相続税法及び地価税法に限られており、消費税法には存在しない。消費税については、事業者が、事業として、課税資産の譲渡等を、対価を得て行われていれば課税となる。同族会社等の行為計算否認規定は税務署長による引き直し規定であるので、所得税等の課税に連動して消費税の増額更正することはできないと考える。また、同族会社において法人税法132条3項の対応的調整が必要となる場面においても、法人所得の減少に連動的して消費税の減額更正を行うことはないと考える。

(5)外国法人の行為計算

 同族会社等の行為計算否認規定に係る平成18年改正の第2点目は、所得税法157条1項の適用対象に外国法人を含むこととされたことである。これに伴い、例えば、外国法人たる同族会社と我が国の居住者たる株主等個人との取引について、同族会社等の行為計算否認規定が当該個人に適用された場面を考えてみると、企業間の取引ではなく個人と法人の取引であること、同族会社等の行為計算否認規定は移転価格税制とは異なる規定であり「条約の規定に適合しない課税」とはいえないと解されることから、相互協議の対象にはならないと考えられる。

(6)結論

 今後、財務省担当者の改正趣旨説明にある、会社法制定に伴う一人会社の解禁等による「租税回避的な法人成り」への対応の観点から、同族会社等の行為計算否認規定により是正を図っていく場面は必要性が増していくものと考えられ、法人税法132条3項の規定の適用については、今後の事例の集積を重ねた上で、新たな課税上の弊害を生じさせないことを念頭に、汎用性ある基準を模索していく必要があろう。

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