寺内 将浩
研究科第44期
研究員
生命保険は、公的な救済制度と並び「万一の保障」(リスクの移転)として文化的生活を保障する機能を果たしていると言われている。しかしながら、現在販売されている生命保険商品を概観すると、これらは決して「万一の保障」という領域には留まらず、多分に貯蓄(投資)性を有している。
ところで、生命保険商品から生ずる満期保険金、死亡保険金及び解約返戻金(相続や贈与に該当するものを除き、以下「一時金等」という。)は、現在、一時所得に分類され、所得金額の計算上、収入金額から保険料の総額が控除されている。この取扱いは、生命保険の本質的機能が伝統的に保障的機能にあると説明されてきたことに由来するものと考えられるが、例えば、養老保険は預貯金に近似した商品として説明されて販売されているところであり、変額保険など更に貯蓄(投資)性を高めた商品も多数見られる現状を考えれば、すべての一時金等を一律に取り扱うことに疑問なしとはしない。
そこで、本研究においては、生命保険契約から生ずる一時金等の個人所得課税に焦点を当て、保険数理や保険会計などの観点から一時金等の性質について分析を行い、現行所得税法上の問題点及び課税のあるべき姿について考察することを目的とする。
保険契約者が支払う保険料及び保険金受取人が受け取る一時金等は、保険数理・保険会計の観点から、次のとおり整理することができる。
現在、一時金等は一時所得として取り扱われているが、裁判例等を検討すると、一時所得の該当性は、具体的には所得の基礎に源泉性を認めるに足る継続性・恒常性がないこと(以下「所得の非源泉性要件」という。)、
一時金として支払われたものであること(以下「一時性要件」という。)、
給付が抽象的・一般的な労務・役務行為に密接・関連しないものであること(以下「役務の非対価性要件」という。)という点にあると考えられる。
これを上記(1)のロで整理した一時金等の構成要素に着目して検討すると、次のとおりである。
所得税法施行令第183条第2項は、危険保険料、貯蓄保険料、付加保険料及び特約料を「保険料の総額」として、一律に一時金等から控除する旨規定しているが、これについては、収入した一時金等と対応しない支出が過剰に控除される点が指摘されている。入院給付金など特約に係る給付の多くが非課税であることにかんがみれば、これは見過ごすことのできない問題と言える。
上記(2)のとおり一時金等の所得区分を整理することができたが、そこから控除する保険料についても、その一時金等と対応するもののみを控除すべきと考えられ、具体的には次のとおりである。
これまでの整理を基に生命保険商品に対する課税方式を検討するに、他の金融商品との課税の中立性の確保の観点から、預貯金等と競合すると考えられる雑所得部分に源泉分離課税制度を導入し、一時所得部分は現行どおり総合課税に留め置くのが適当と考えられる。
これは、生命保険契約の長期性から生ずる束ね効果問題の解決策、更には満期保険金等に係る申告が不要となることから、申告手続の簡素化にもつながるものと考えられる。
本研究では、生命保険商品の貯蓄(投資)的機能の高まりを背景に、保険数理・保険会計の観点から一時金等の性質・構造を分析し、その課税の在り方を考察した。その結果、満期保険金等は、雑所得に分類して貯蓄保険料を控除する、
死亡保険金は、貯蓄相当部分(死亡時における解約返戻金相当額)を雑所得に、危険保険金部分を一時所得に分類し、雑所得部分からは貯蓄保険料とこれに対応する付加保険料を、一時所得部分からは危険保険料とこれに対応する付加保険料を控除する(付加保険料については、その総額を一時所得部分から控除する方法も考えられる。)、
課税の中立性などの観点から、雑所得部分に源泉分離課税制度を導入し、一時所得部分は総合課税に留め置くのが適当であると結論付けた。
生命保険商品の多様化や貯蓄(投資)的機能の高まりを考えると、一時金等をすべて一律に取り扱う現行の制度は、もはや妥当とは言えない。他の金融商品との課税の中立性の確保の観点からも見直しが必要と考えられるのであり、上記のように、所得の本質に着目した課税をすべきと考える。
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