岩佐 由加里
税務大学校
研究部教育官
贈与税とは、贈与によって財産が移転する機会にその財産に対して課される租税であり、相続税を補完する性質を持つ。わが国の贈与税は、基本的には暦年ごとに課税されているが、平成15年度税制改正において相続時精算課税制度が創設されたことから、資産移転について生前贈与によっての資産移転のタイミングも選択することができるようになった。
しかし、相続時精算課税制度でも贈与者・受贈者双方に年齢制約等があるため、選択の機会が不均衡となっており、わが国の贈与税制は相続と生前贈与とのタイミングに対する中立性が十分には確保されていないという状況にある。また、相続時精算課税制度に年齢制約等がなくなり、誰にでも選択が可能となったとしても、暦年課税が制度として残っている限りは同じ問題が残ることとなる。
相続税が課税されない部分を補完する必要から、贈与税は相続税よりも累進構造が重く、生前贈与抑制的な高い税率となっているのであるが、このことが将来の相続税の負担だけでなく、相続税の負担回避を目的とした生前贈与に係る贈与税の負担も重ねて回避しようとする一因となってしまっているとも考えられる。例えば、制限納税義務者の地位を利用しようとしたことが争点となった東京高裁平成20年1月23日判決(判タ1283号119頁)を始めとして、相続税や贈与税に係るトータルの税負担を最小限にするよう、贈与税の租税回避が行われているのである。また、実態は個人間の贈与であるにも関わらず、あえて法人を介在させることにより、税負担の軽減を図っている事例までも存在している。
今後、わが国において、相続税も含め、贈与税の租税回避行為が拡大していく可能性もあることから、現行の贈与課税の問題点等について整理した上で、贈与税の課税制度に係る問題を中心に検討し、贈与税の在り方について提言することとしたい。
相続と贈与は、財産の移転という意味では共通しているが、贈与は贈与者、受贈者の意思により時期、金額を自由に選択可能であるという点が相続とは大きく異なる。この点に着目して贈与税の租税回避行為が行われると考えられる。
贈与税の負担を回避するための方策について整理すると、おおむね通達上の財産評価方法を利用したもの、
著しく低い価額の対価による財産の譲渡、利益の享受があるもの、
納税猶予の適用を受けるもの、
法人等を介在させた迂回取引によるもの、
制限納税義務者の地位を利用したもの、
除斥期間を利用したもの、の6つに分類することができると考えられる。具体的な内容は以下のとおりであり、それぞれが単独で用いられることはもちろんであるが、複合的に用いられることも多いと考えられる。なお、これらのうち、実務上でも問題となることが多く、現行の「暦年課税」という贈与税の課税方法から生じている問題は、「
除斥期間を利用したもの」であると考えられる。
(1)の贈与税の租税回避行為について、特に贈与税の課税制度から生じる固有の問題であると考えられるのは「除斥期間を利用したもの」であることから、これを中心に生前贈与への課税方法の変更等について検討を行うこととする。
相続税の租税回避行為という観点から見ると、贈与は相続と異なり、生前に資産を分割して何度でも繰り返すことが可能であることから、生前贈与を行うことで低い累進税率や基礎控除の適用を通じて、容易に相続税の負担を回避することができる。つまり、相続と生前贈与を使い分けることで相続税の租税回避を行うことができることとなるのである。現行制度の下では、相続開始前の3年以内に贈与された資産については、相続税の課税ベースに含めるという課税方法も採用されているが、原則的には生前贈与に対して相続税とは独立して贈与税を課税するという対応がとられている。資産移転につき、相続を用いるか生前贈与を用いるかの選択において中立性を完全に確保することが、相続と生前贈与を使い分けることによる租税回避への対応として有効であると考える。
生前贈与への課税方法としては、次の三つが考えられる。
贈与税の課税方法の変更による租税回避への対応策としては、上記の3つの課税方法のうち、生前贈与と相続による財産取得とを累積して課税する方法の導入について検討する必要があるのではないかと考える。生前贈与と相続の累積課税のうち、一生累積課税の導入の必要性については、以下のとおりである。
第一に、贈与税課税の争いとなりやすいものは、贈与事実の認定、贈与の時期についてである。この点については、相続時精算課税制度の適用を受ける場合には、その後の贈与には全て相続時精算課税が適用され、相続時に相続税の課税価格に含まれることとなるため、暦年課税の下における除斥期間と贈与事実の認定、贈与の時期の間で生じる問題について、制度上できる限りの対応がなされていると考えられる。これをさらに進め、相続税と贈与税を一体化し一生累積課税を行うことは、最も徹底した対応策となると考えられるからである。
第二に、生前贈与と相続を一生累積して課税することで、資産移転に係る相続と贈与とのタイミングの選択に関する中立性が確保され、生前贈与に対する税負担を合理的なものとすることができると考えられるからである。現行制度においては、相続時精算課税制度が導入されたことで中立性がある程度確保されたものの、贈与者・受贈者双方に年齢制約等があるため、十分とはいえないと考えられる。また、「贈与税は相続税の補完税」であることを念頭に置けば、資産の移転の時期の中立性の観点からも、親子間の資産の移転については、相続によって一度に行われる場合、生前贈与とともに何回かに分けて行われる場合、双方で移転された財産の総額が同じであれば同じ税負担であってもよい、という考え方もある。これは、相続税と贈与の一生累積課税とを統合して課税する考え方によく合致すると考えられる。
第三に、現行の相続時精算課税制度の適用にあたって、将来相続税の負担のない者にとってみれば、生前贈与に係る贈与税の負担がなくなることから、相続税の補完税という役割に完全に特化しているのに対し、暦年課税制度は相続税の補完にとどまらず、贈与による資産の取得による担税力に対し課税していることとなる。相続時精算課税制度を適用できる推定相続人への贈与については、制度適用者、非適用者間の課税の公平という観点からも、暦年課税を廃止して相続税と贈与税を一体化して課税すべきであると考えられる。なお、推定相続人以外への者への贈与については、租税回避防止のため、現行どおり暦年課税制度により贈与税を課税するか、所得課税に移行させる等により課税することとし、贈与税は相続税の補完税という役割に完全に特化させるべきであると考える。
このように、相続税と贈与税を一体化し一生累積課税とすることはメリットも多いと考えられるが、贈与に係る資料情報を長期にわたって管理する必要があり、納税者番号制度の導入がなされていない現状にあっては、適正な執行は困難であると考えられる。相続税と贈与税を一体化する場合であっても、イギリスやドイツ、フランスのように一定期間内の生前贈与だけを加算する立法例が多いのが事実である。
わが国においては、現行制度では相続開始前3年以内に被相続人から贈与を受けた財産については相続財産に加算されることとなっており、一定期間累積課税と同様の措置が講じられているが(相続税法19条)、これを進めることで、さらに長期間の累積課税を導入することは可能であると考えられる。
なお、相続と被相続人の死亡前の一定期間になされた贈与を累積して課税する方法を導入する場合であっても、相続と累積されない贈与に対する課税の取扱いについて問題となるが、課税が全くなされないこととなると、資産移転に係る相続と贈与とのタイミングの選択について、税制により中立性が阻害される程度が大きくなると考えられることから、別途課税がなされるべきである。この相続と累積されない贈与に対する課税方法については、暦年課税よりも、フランス、ドイツのように、一定期間を累積して課税するほうが中立性を阻害する程度がより小さく、望ましいと考えられる。
課税方法の変更がなされない場合には、相続と生前贈与の選択の中立性を確保することは難しいと考えるが、この場合であっても、除斥期間の不正利用への対応は別途講じる必要がある。具体的には、登記、登録の制度がないような財産の贈与又は登記等の制度があるにも関わらず、贈与の際に登記等がなされなかったものについては、除斥期間の見直しを行い、贈与の事実を把握した時に贈与税を課税することができるようにする等が考えられる。また、金融資産の確実な捕捉のためには納税者番号制度の導入が望まれるが、現行では名義預金等の贈与の事実の把握が難しいものへの対応、けん制策として、預貯金残高が一定金額以上のものについては法定調書の提出を義務化する等が考えられる。
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