篠原 克岳
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 京都議定書に定められた二酸化炭素削減目標達成のための政策手段として環境税の導入が議論されていることから、エネルギー関係諸税との関係も念頭におきつつ、環境税を導入する場合に検討すべき論点を整理する。

2 研究の概要

(1)理論的背景

  • 丸1 「ピグー税」としての環境税
    環境税は、財の生産に伴い生じる外部費用を課税により価格に上乗せし、生産量を経済厚生上最適な水準に調整しようとするものである。(提唱者にちなみ「ピグー税」と呼ばれる。)
    地球温暖化問題においては、二酸化炭素が主要な温暖化ガスであることから、二酸化炭素の排出が課税対象になる。但し、社会における二酸化炭素排出を全て監視し課税するのは非現実的であり、実際には、化石燃料に対し二酸化炭素含有量に比例する税率で課税することになる。
    諸外国の実例をみると、必ずしも二酸化炭素比例税率とはなっておらず、また各種軽減措置も存在するため、理論どおり機能しているとは言い難い。
  • 丸2 財源としての環境税
    • イ 環境目的税
       一方、社会一般にはむしろ、環境税は税収を環境対策として使う「環境目的税」として認知されているようである。経済理論面からは目的税化を支持する見解は少ないが、二酸化炭素排出を「大気という公共財の利用」と見做せば、受益者負担原則により環境税の環境対策費への充当を基礎付けられる、という見方もある。
    • ロ 減税財源(「二重の配当」論)
      欧州では、環境税収を減税財源とすることにより雇用にも好影響がもたらされるとする「二重の配当」論(環境改善と経済改善の二つが期待できるとするもの)が、環境税導入に際し影響力を有した。減税の対象として念頭に置かれたのは、主として労働コストとなっている税(労働所得税や社会保障負担)であった。
      また、このような最適課税論的な視点を進めれば、現在の減税でなく将来の減税に充てるという意味で、当面は国債発行の抑制に充てることも考えられよう。

(2)諸外国の状況

  • 丸1 「環境税」の導入状況
    • イ 「二酸化炭素税」の導入 二酸化炭素に着目した税を導入した国は、フィンランド(1990)、スウェーデン、ノルウェー(1991)、デンマーク、オランダ(1992)である。
      各国とも、スウェーデンを除いては、他のエネルギー税(特に自動車燃料への課税)に比べて二酸化炭素税の税率はかなり低い。税収についても同様である。ノルウェーでは、税目は「二酸化炭素税」であるが、税率は二酸化炭素含有量に比例していない。オランダでは、「一般燃料税」(エネルギー量と二酸化炭素含有量を税率の基準としていた)を2004年に廃止している。
      なお、各国とも国際競争力に配慮し、産業部門への様々な軽減措置を導入しているため、実効税率は産業部門ごとに異なる。
    • ロ エネルギー課税の強化 ドイツでは、1999年に「環境税制改革」が実施されたが、これはエネルギー課税の強化(鉱油税増税と電力税創設)と社会保障負担の軽減のパッケージであり、二酸化炭素に着目した税が導入されたわけではない。
      イギリスの「気候変動税」(2001)の課税対象は、既存の炭化水素油税の課税品目に対し補完的に定められており、税率も二酸化炭素含有量に比例しない。
      イタリアやフランスにおいてもエネルギー課税は強化されている。
  • 丸2 評価
     評価分析事例は多数存在する。分析手法は多様である。
    • イ 二酸化炭素削減効果
       二酸化炭素削減には効果があったとする分析が多いが、他の政策手段(自主協定や補助金)の効果を強調する研究もある。また、軽減措置により二酸化炭素削減効果が弱まっているという指摘もある。
    • ロ 「二重の配当」論の成否
       成否両論分かれており、評価モデルの設計に依存する面があるため、その妥当性の判断は難しい。

(3)我が国における環境税の検討状況

  • 丸1 既存エネルギー関係諸税と環境税案
     我が国の既存のエネルギー関係諸税においては、二酸化炭素含有量換算の税率は品目によりかなり異なっている。また、昨年11月の環境省による「環境税」の提案は、既存税制を補完するような形で設計されている。
  • 丸2 効果予測分析
    • イ 二酸化炭素削減効果
       環境省の環境税案の下地となっている二酸化炭素削減効果の推計では、課税による削減効果よりも環境対策支出による効果が大きなものとなっており、その妥当性には疑問がある。
    • ロ 経済への影響
      経済全体への影響に関しては、我が国では「二重の配当」論のような主張(減税財源への充当による雇用拡大)はあまり見られない。
      産業の国際競争力については、産業連関表を用いた課税による価格上昇効果の分析があり、特にエネルギー集約産業において影響が大きくなると予想される。
      家計負担における逆進性の問題についても、一定の分析がある。

(4)我が国で環境税を導入する場合に検討すべき点

  • 丸1 制度設計上の論点
    • イ エネルギー関係諸税との関係
      環境税を導入するに当たっては、既存のエネルギー関係諸税とは独立に、二酸化炭素含有量に比例した税率の新税を上乗せするべきだろうか。それとも、既存エネルギー関係諸税にも二酸化炭素排出抑制効果があることから、既存税と新税を併せたエネルギー税全体の税率が二酸化炭素含有量に比例するように調整するべきだろうか。
      理論的には、前者(比例税率での上乗せ)が正しいと考える。なぜなら、既存の税制において品目毎に税率が異なるのは、そこに何らかの理由があるはずだからである。(応益負担原則、生活必需性の考慮、ラムゼイ・ルールなど、理由は様々であり得る。)後者の主張は、「既存税制の品目間税率差異には理由が無い」という主張に他ならないが、そのような主張は環境税の議論の射程を超えている。
      (また、石油製品は「連産品」であり、石油製品間での税率の差異は価格に吸収される。従って、石油製品間で税率を調整しても消費量は変化せず、需要者間での所得分配に影響を及ぼすのみなので、環境政策としては意味がない。)
      もっとも、既存エネルギー関係諸税の見直しと環境税の導入を同時に行うことは妨げられない。むしろ、円滑な行政運営の観点からは有効であろう。
    • ロ 国際競争力への配慮
      産業の国際競争力への配慮という観点からは、丸1国境税調整(輸入製品への課税、輸出製品への還付)、丸2国際競争下にある産業部門への課税軽減措置、という政策的対応が考えられるが、丸1は執行費用面からみて困難と思われる。このため、諸外国でも様々な軽減措置が導入されているのが実情であるが、軽減措置には問題が多い。
      第一に、軽減措置はピグー税の「二酸化炭素排出削減費用の均一化」という機能を損ない、環境税の理論的根拠を浸食する。受益者負担原則から考えても、負担の平等を失することとなる。
      第二に、軽減措置は執行面で複雑なものとなるため、執行費用が高くなる。特に、我が国においては、執行体制を新しく整備する必要が生じると考えられる。
      第三に、「国際競争力への配慮」という基準は不明確であり、対象範囲について争いが生じることが予想される。実際、ドイツでは軽減措置を巡り裁判となったケースもみられる。
  • 丸2 執行面における検討
    • イ 課税段階
      課税段階を輸入・製造(石油石炭税、揮発油税)段階とするか、流通(石油ガス税、軽油引取税)段階とするか、いずれにせよ既存税制の執行制度に例がある。一般論としては、いわゆる「上流」の方が納税者数が少なく、執行費用を抑制することが出来る。
      但し、軽減措置を導入する場合には、軽減措置実施段階(=消費段階)と課税段階を近接させる必要がある。すると、課税事業者が増加して執行費用が高まるというジレンマが生じる。
      なお、環境省案のように(大口事業者限定ではあるが)申告納税とする例は諸外国には見られない。
    • ロ 軽減措置への対応
      • (a) 減免と還付
        環境税に軽減措置を講ずる場合、大きく分けて丸1課税時点で減免、丸2事後的に還付、の二つの方式が考えられる。減免方式の場合、課税時点で消費者の軽減要件該当性を判断するため、課税段階と消費段階が近接している必要がある。(流通経路が減免の場合とそうでない場合とで明確に峻別出来るのであれば、離れていても可能であろう。)課税段階と消費段階が離れている場合は還付方式を採らざるを得ないが、過大申告(不正還付)を防ぐためには、消費者の消費量を確認するための実効的な手段が必要となる。
      • (b) 既存エネルギー関係諸税における軽減措置
        国税における軽減措置を見ると、化石燃料を製品(鉄鋼、石油化学製品等)の原材料として用いる場合に、免税としている場合が多い。(還付は例外的。)
        一方、軽油引取税(都道府県税)においては、原材料用途のほか、船舶・鉄道用燃料等、様々な用途が免税とされている。その手続きは、丸1あらかじめ免税軽油使用者証の交付を受けた上で、丸2必要量の軽油につき免税証の交付を受け、販売店で免税証と引換えに免税軽油を購入する、という二段階の仕組みとなっており、慎重な手続きとなっている分、執行費用は高くなっていると考えられる。
      • (c) 環境税に軽減措置を導入する場合の執行上の問題点
        環境税では、国際競争下にある産業部門を対象とした軽減措置の導入が求められると予想されるが、国税のエネルギー関係諸税には参考となる措置が存在しない。軽油引取税には幅広い免税措置があるが、これと同様の減免の仕組みを環境税に導入するならば、各化石燃料について免税証を発行するなどの手続きが必要となり、執行費用が相当高くなってしまうであろう。
        この点、欧州諸国では、VATのインボイスを利用して還付を行っているとの情報がある。しかし、我が国で還付方式を実施するには、別途、消費者の消費量を把握するための実効的な手段が必要である。

3 結論

(1)検討のまとめ

以上の検討をまとめると、丸1理論上、環境税は化石燃料の二酸化炭素含有量に比例する税率とすることが望ましい、丸2特定産業部門への軽減措置は、理論上も執行費用面からも望ましくない、ということである。
但し、税率を高くするならば産業の国際競争力への影響も看過し得ない。この点も踏まえるならば、我が国では、「税率は国際競争力をなるべく阻害しない程度とし、軽減措置は極力限定する」という、薄く広いタイプの環境税が選択肢の一つと考えられよう。

(2)排出量取引制度との「棲み分け」

税率を高く設定する場合には、環境税と排出量取引制度の「棲み分け」という案が検討できる。すなわち、排出量取引制度への参加企業には環境税を課税しないこととし、環境税の国際競争力への影響を緩和しつつ、排出量取引により二酸化炭素排出削減へのインセンティブは維持する、という制度設計である。
但し、この場合は排出量取引参加企業に対し環境税を還付することとなるが、過少申告・過大申告のリスクは依然として存在する。このため、排出量の監視体制の整備、及び企業における制度遵守体制の確立が必要となろう。

論叢本文(PDF)・・・・・・937KB

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。