日野 雅彦
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

青色申告制度には青色普及率の推移から次の問題を指摘することができる。
第一に、所得税の青色申告制度の見直しの問題である。所得税の青色普及率は約40年もの間50%台での横ばい推移となっている。青色申告こそが適正申告を実践する理想的な申告方法だとすればこの普及停滞は看過できないと考えられるからである。
第二に、法人税の青色申告制度の存在意義の問題である。青色申告制度が記帳慣行定着のための過渡的制度であるとするならば、90%程度に達した今日の青色普及率は法人税の青色申告制度の役割の終焉を告げるものと考えられ、一般的な記帳義務制度(以下「一般記帳制度」という。)に切り替えるべきと考えられるからである。
以上の問題意識に基づき、本研究は、青色申告制度の意義と今後の在り方を検討する。

2 研究の概要

(1)青色申告制度鳥瞰

  • イ 青色申告制度の概要とその特徴
     青色申告制度は税務署長の承認を受け所定の帳簿書類を備え付ける納税者が青色の申告書で申告を行う制度である。そして、青色申告者には損失の繰越し等50を超える特典が与えられる。このように、青色申告制度は記帳の義務を課す一方で特典を付与する記帳制度であるが、適用を「承認制」とする点が特徴的である。
  • ロ 税務行政の混乱と青色申告制度の導入
    終戦直後の1947(昭22)年、GHQの指導下で両税に申告納税制度が導入された。だが、当時の納税者に記帳の慣行がなかったことに加えインフレの高進などの悪条件が重なったため、軒並み過少(無)申告が続出し、これに対する大量の更正(決定)とおびただしい不服申立て、減額の訂正、再び行われる不十分な申告、という悪循環に陥った。
    1949(昭24)年、シャウプ使節団は我が国税制の調査・研究を精力的に行い先の税務行政の混乱(悪循環)に対する解消策を提示した。納税者に正確な記帳慣行を醸成させ当局もその記帳を尊重した課税を行う制度、すなわち青色申告制度創設の勧告である。そして、翌1950(昭25)年、両税に青色申告制度が導入された。
  • ハ 青色申告制度の普及とその取組
    • (イ)所得税
      制度導入時の所得税の青色申請は111千件(4%)と低調であった。これを踏まえ、簡易簿記の認容等の措置のほか当局は記帳指導に力点を置く運営を行った。1955(昭30)年、青色申告者数は519千件(32%)に急増した。
      しかし、青色申告者の増加で白色申告者との負担の均衡の批判や反省がなされ、当局は青色申告の勧奨は誠実に記帳する者を中心に行う方針に舵を切った。すると、当局のこの姿勢は納税者に敏感に伝播し青色普及は再び停滞した。
      1963(昭38)年、当局は再度量的拡大策を打ち出し指導体制を強化した。制度面でも1967(昭42)年に現金主義による所得計算を認めるなど特典が拡充された。
      現在当局は、青色申告者の質・量両面の向上に努めているところであり、2007(平19)年の青色申告者数は5,315千人(56%)となっている。
    • (ロ)法人税
       制度導入時の法人税の青色申請は145千件(48%)であった。その後、当局は、記帳の指導、頻繁な説明会の開催など関係民間団体の協力も得つつ青色申告の普及に努めた。結果、青色申告法人数は漸次増加の傾向をたどった。青色申告法人は、1980(昭55)年には1,612千社(90%)に至り、2007(平19)年には2,680千社(89%)に達している。ちなみに、同年の状況を稼動中の普通法人で見ると、青色申告法人数は2,544千社、青色普及率は98%に及ぶ。
  • ニ 関係民間団体の支援
    青色申告制度の普及・育成は広く関係民間団体の支援を受け行われてきている。この「関係民間団体」には、青色申告会、法人会、納税協会、業種団体等、税理士会、日本税務協会、商工会議所、商工会、農協等様々な団体が存在する。
    このうち、青色申告制度の導入と時期を同じくして結成された青色申告会と法人会の活動の概略を見ると、次のとおりである。青色申告会は個人の青色申告者を構成員とし、法人会は法人を構成員とする団体であるが、両会いずれも、税の知識の普及その他の税務支援を会員に対して行っている。また、両会は、e-Taxの普及推進や租税教室の開催等による税の啓蒙活動などの公益的活動も積極的に行っているほか、一署・一会の原則により全国各地に単位会を設置し当局との連絡強調体制を確保している。
    現在の会員数は、青色申告会が約100万人、法人会が104万社を擁する。

(2)青色申告制度の今日的意義

  • イ 青色申告の理想性―白色記帳制度との対比
    1984(昭59)年、白色事業者を対象とする記帳制度(以下「白色記帳制度」という。)が設けられた。このため、冒頭に述べた所得税の青色申告の普及停滞は問題足り得ないと考える向きもあり得る。そこで、この点の検討を試みる。
    所得税の白色記帳制度における記帳項目は、売上げ、仕入れ、経費の損益項目となる。他方、青色申告制度では損益項目に加え資産負債項目も記帳の対象とする。つまり、両制度の相違は資産負債項目の記帳の有無にある。では、この相違がいかなる意味を有するか。ポピュラーな資産たる現金を記帳する現金出納帳を例にとる。現金出納帳は、日々の現金の出納と残高を記録するものであるが、同時に実際の現金有高との照合により記帳漏れ等を検証するものである。つまり、資産負債項目の記帳は帳簿の正確性の検証作業を意味するのである。そして、このような検証を経た帳簿から計算した所得が所得税法の求める所得であると解される。よって、白色記帳制度をもって所得税の青色申告の普及停滞の問題は解決し得ず、青色申告制度における記帳こそが理想的な記帳方法と言えるのであり、その普及促進を行う意義がここに認められるのである。
    参考に、法人税の青色申告制度と白色記帳制度を見ると、前者は後者にない仕訳帳と総勘定元帳の備付けが要求されており検証可能性の点で秀でている。ゆえに、法人税においても青色申告制度における記帳がより望ましいと言える。
  • ロ 青色申告制度廃止論
    • (イ)青色申告制度の位置付け
       青色申告制度は承認制であることから、同制度が定める記帳の実践は納税者の意思(選択)に委ねられる。しかし、青色申告制度における記帳は両税制上理想的なものであり、すべての納税者が実践するのが望ましいと考える。また、青色申告制度は記帳慣行が乏しくかつ行政混乱という時代背景の下で導入された制度である。さすれば、納税者の意思(選択)に記帳を委ねる青色申告制度が恒久的な制度であるはずがない。青色申告制度は一般記帳制度を設けるまでの過渡的な制度と解すべきである。
    • (ロ)青色申告制度廃止論の検討
      以上のとおり青色申告制度は過渡的制度と解するが、既に今日において、青色申告制度を廃止し一般記帳制度を創設すべきとの指摘が存在する。その理由は大要次のとおりである。所得税にあっては、青色普及率が永年横ばいであり、承認制を採る青色申告制度では更なる普及率の向上は困難である上に、青色申告への誘引機能を発揮しない特典の存在は公平の観点から問題がある、との理由である。他方、法人税にあっては、高い青色普及率からして法人税の青色申告制度の役割は終えているとの理由である。
      この点、以上の青色申告制度廃止論は法人税については説得力を有するが所得税については慎重に検討すべきものと考える。すなわち、同廃止論はすべての納税者に一律に記帳義務の網を掛けることで上述の問題の一掃を企図するものである。しかし、現在の青色申告の普及の程度からすると、法人は別にしても個人事業者の記帳は満足な水準に達しているとは言い難い。このため、一般記帳制度の導入に当たっては、記帳水準を下げる例外規定(損益項目のみの記帳等)を設けるなどの調整を余儀なくされるものと考えられる。これでは、記帳制度の複雑化は不可避なものとなろう。
      また、青色申告の普及停滞が惹起する特典の公平性の問題であるが、10万円の青色申告特別控除のように専らが青色申告への誘引策と認められる特典は普及停滞が公平の問題を投げかけると解されるが、他の特典については、青色申告制度における正確な記帳を行っている場合に限り認めるとするのは合理的な政策の範囲であると考える。したがって、普及停滞が直ちに特典の存在を不公平なものに導くものではないと考える。
      よって、所得税の青色申告制度廃止論は将来的展望との位置付けでは賛同するが、同制度を直ちに廃止すべきとする見解には組し得ない。
  • ハ 青色申告制度の今日的意義
    • (イ)所得税
      青色申告制度における記帳は検証機能を備えた理想的な記帳制度であり広く普及が望まれる。ところが、所得税の場合は普及停滞に陥っている。適正公平な課税が強く叫ばれる今日、こうした状況を打開すべく対策を講ずる必要があることは明らかである。そこで、今一度、青色申告制度の今日的意義を検討してみる。
      翻って申告納税制度を考えると、それは納税者が自発的に適正申告を行うことで成り立つ。ゆえに、納税道義の高揚が最も望まれるところである。この点、青色申告は納税者の当局への申請で行われるが、青色申告制度が正確な記帳に基づき適正申告を行う制度であることから、その申請を当局に対する適正申告を行う旨の意思の表明と捉えることができる。また、青色申告制度の記帳は一般に高度なものと認知されていると思われ、青色申告者の中には、その記帳を実践することである種の誇りのようなものを抱く者も少なくないと考える。そして、この誇りが適正申告を生むのである。
      また、仮に青色申告制度が廃止された場合「青色申告」という制度の名称を付す青色申告会に与える影響(名称の再検討やモチベーション等の問題)は少なくないものと考えられる。
      このように、青色申告制度の納税道義の高揚機能や同制度廃止による青色申告会への影響等を考慮すると所得税の青色申告制度は今後も一層の普及が図られるべきものと考えられる。
    • (ロ)法人税 法人税の場合は、青色申告制度がほぼ普及し切った感がある。稼働中の普通法人においては青色普及率は98%に及んでいる。また、法人は税法以前の設立根拠法等により正規の簿記に相当する記帳の義務付け又は要請がなされている。これらのことから、青色申告法人に個人のような青色申告への誇りを見いだすのは困難であると考える。 加えて、青色申告制度を廃止した場合の法人会をはじめとする関係民間団体への影響は所得税の場合に比し少ないものと思われ、また、青色申告制度の廃止は申請書提出等の手続がなくなり、税制も簡素化されるという利点が得られることになる。 以上から法人税の場合は一般記帳制度の導入を積極的に検討すべきである。

(3)青色申告制度の今後の在り方

  • イ 所得税―青色普及策の検討
     青色申告制度の普及促進策は執行面と制度面の双方のアプローチが考えられるが、既述のとおり同制度の導入から今日までの60年間、青色普及の道のりは平坦ではなく様々な執行面の工夫が尽くされたものと推測される。このため、執行面で普及の道筋を模索するよりも制度面の検討を行うのが有益であると考える。以下では制度面を検討する。
    • (イ)特典の拡大策
       青色普及率の横ばい推移は特典の誘引効果の不十分さを物語る。これを踏まえ、税の減少に直結する特典の拡大策を提案できよう。特に、青色申告制度は実効税率の低い事業者にも十分な普及が望まれるから、高い誘因効果を備えるべく大胆な拡大措置が必要である。しかし、こうした特典の拡大措置は、本来あり得べき税を減免するものであり課税の公平に大きな歪みをもたらすため、採用し得ないと考える。
    • (ロ)白色記帳制度の再構築
      白色記帳制度には青色申告制度への移行促進機能が期待されている。とはいえ、白色記帳制度の適用は所得300万円超に限られ、それ以下の所得者階層への青色普及の寄与度は限られる。また、白色記帳制度が適用される場合にあってもその履行を確保する規定がないため実効性が十分とは言えない。重加算税の要件たる仮装・隠ぺいは帳簿がある場合に比し帳簿がない方が立証困難であること等を奇貨として積極的に記帳を怠る白色事業者も存在する。こうした行為への制裁欠如は、申告納税制度を没却する行為を看過するものであるほか、青色普及の足かせとも酷評することができよう。これらをかんがみると、青色申告制度への移行を促進する観点、更には適正公平な課税の実現の見地から、白色記帳制度は抜本的な見直しを行う必要があると言える。その制度設計の概要を以下に提案する。
      第一に、白色記帳制度の適用基準(所得300万円)はこれを廃止しすべての白色事業者に同制度を適用すべきである。現行の適用基準の設定は零細企業の記帳能力への配慮とされる。しかし、記帳制度が要求する記載事項は損益に係る極めて基本的なものである上、零細企業の場合は取引回数も少なく記帳時間もさほど要しないと考えられる。また、従来に比し、IT技術の進展を受け記帳環境は格段に向上し、就労時間も総じて短縮化の傾向にあり、加えて、記帳は経営の分析等にも資するものである。よって、ことさら零細企業を白色記帳制度から除外する必要はないと考えるのである。
      第二に、履行確保規定を設けるべきである。帳簿書類が不存在又は不備と認められる場合に適用する措置である。この場合、丸1加算税(記帳等不備加算税)又は丸2所得計算上の不利益(記帳等を欠く経費の否認、高めの推計課税)の採用が適当であると考える。なお、零細企業等を考慮し、履行確保の実効性を損なわない限度において、制裁を留保する例外措置を検討すべきである。これには、初回に限り制裁を見合わせるなどの方法が考えられよう。
      第三に、以上の整備により白色申告者への特典の付与の問題が生ずる。この点、上述の整備は、従来の平易な記帳水準を据え置くものであること、青色申告制度への更なる移行促進を期待するものであることから、特典の設置は見合わせるのが妥当である。
  • ロ 法人税―一般記帳制度導入の考察
    一般記帳制度を導入するに当たっては、とりわけ記帳水準、現行の特典の取扱い、履行確保規定の在り方を検討しておく必要がある。
    まず、記帳水準は、法人税の青色普及率の高さからして現行の青色申告制度のそれと同等に設定すべきである。この場合、人格のない社団等に対しては、任意団体ゆえ事業性が希薄な団体も含まれるなど、記帳水準を緩和する措置を講ずることも一案として考え得る。しかし、人格のない社団等には、同団体等が特定の事業を継続して事業場を設けて行う場合に限り記帳制度が適用され、また、現行でも公正処理基準(法法22丸4)が適用されていること等からすれば、特段例外措置を講ずる必要はないと考える。
    次に、特典の取扱いであるが、一般記帳制度の導入に伴い現行の特典をすべての法人に付与(一般化)すべきである。なお、特典のうち特定の政策目的のために設置されているものは、一般化に当たり再度適正性を検証すべきである。
    最後に、履行確保規定は、記帳水準の維持と記帳等を欠く場合の措置という二面から制度構築すべきである。前者の措置としては、一般化された特典は一般記帳制度の記帳方法を履行しない場合にはこれを認めないとする措置を講ずるのが妥当である。この場合、履行の判定は現行の青色申告の承認の取消基準を参考にすべきである。また、後者の措置としては、上記イ(ロ)の所得税の履行確保規定と同様の措置を講ずるのが相当であると考える。

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