小林 尚志

研究科第43期
研究員


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 近年、経済のグローバル化に伴い、国境を超えた人・財貨・資本等の移動が盛んとなり、富裕層を中心として個人の海外投資が急拡大し、国境を跨いだ相続・贈与の件数が増加しており、その結果、各国の相続税等に係る課税方式の相違や納税義務者あるいは課税財産の範囲の規定の相違を原因として、複数の国家で課税権が競合し、国際的二重課税の発生という問題が深刻化している。このような国際的二重課税の発生は、相続税の負担水準を著しく引き上げ、経済関係の発展及び個人的な資本移動を特に阻害することから、この負担水準をある一定の範囲に抑えるために、国際的二重課税を調整する必要性が生じる。
そこで、本研究は、相続・贈与に係る国際的二重課税の発生原因を分析した上で、国際的二重課税を適切に対処するための措置の在り方を論考することを主な目的としている。

2 研究の概要

(1) 相続・贈与に係る国際的二重課税の発生原因
相続・贈与に係る国際的二重課税の発生原因については、全世界財産に対して課税する無制限納税義務とそれ以外の国内に所在する財産についてのみ課税する制限納税義務という課税範囲の概念に基づいて、次の3つの態様に分類することができる。なお、このような分類は、関係国において同一の課税方式を採用している場合のみならず、例えば、A国では遺産税方式、B国では遺産取得税方式などの異なる課税方式を採用している場合であっても、税の納付の起因となった経済的取引を重視すればあてはまる点には留意する必要がある。

1 無制限納税義務と制限納税義務間の競合
A国の居住者がB国の財産を取得する場合であって、最も典型的なケースといえる。すなわち、居住地国における無制限納税義務と財産所在地国における制限納税義務が併存することによって国際的二重課税が発生する。

2 無制限納税義務相互間の競合
A国の居住者がB国の居住者でもある場合又はA国の居住者がB国の国籍を有しているような場合であって、AB両国で無制限納税義務が課されることによって国際的二重課税が発生する。

3 財産の所在地概念の競合
複数の国から自国所在の財産であることを理由に納税義務を課される場合であって、財産の所在に関する考え方の相違から生じる。例えば、同一株式について、発行法人の本店所在地国と物理的な株式の所在地国の双方から課税されることによって国際的二重課税が発生する。

(2) 国際的二重課税の対応策
上記の原因により発生した国際的二重課税に対しては、国内法上の措置のみにより解消するものもあれば、国内法による片務的な救済措置のみでは不十分であり、租税条約により国内法とは異なる要件を定めるなど双務的な救済措置をあわせて講じることが必要な場合もある。そして、国内法上は専ら上記(1)1に起因して発生する国際的二重課税を調整することに重点が置かれ、その調整方法として外国税額控除による方法が採用されている。しかし、現行の国内法上の措置では、対象となる外国租税の適示が不明確であるという問題があり、これについては、対象とする税目を明らかにする租税条約による措置をあわせて講じることが国際的二重課税の緩和に効果的といえる。
なお、相続税条約については、そもそもどのようなアプローチに立脚して締結するのが望ましいかという問題があり、これについては、相続税条約をOECDモデル相続税条約等が採用し、現在、国際的に主流な条約類型である「住所地型」の条約と日米相続税条約において採用されている「財産所在地型」の条約に大別し、どちらの条約類型がより国際的二重課税を調整する上で効果的であるかという見地から検討した。その結果、「財産所在地型」の条約は、財産の所在地について統一的な規定を置くことを重視するので、同一の財産が同時に両国に存在することが原則として無くなり、合意された財産所在地を基準として、制限納税義務としての課税・非課税の決定がなされる等の長所を有するものの、無体財産をはじめとした多様な財産についてそれぞれ所在地を定めることが困難であるという問題点が指摘されている。一方、「住所地型」の条約は、合意により被相続人の課税上の住所地を一国に決定し、その国のみが全世界的に無制限課税し、非住所地国は国家との結びつきが強い不動産など条約で許された財産に対してのみ課税するため、財産の所在地に関する問題が生じることがなく、効果的な国際的二重課税の調整という重視すべき点についてメリットが多いことから、今後は我が国でも「住所地型」の条約の締結が望ましいと考えるが、「住所地型」の条約が第一に問題とするのは被相続人の住所地であるのに対して、我が国の相続税法が納税義務者を区分する基準は、基本的には、相続人の住所地であるため、現行制度との整合性の観点からは問題がある。これについては、被相続人の住所地が日本であるならば、相続人に対してその者の住所地に関わらず無制限納税義務を課す制度の導入が課題となるものの、遺産税方式をとるアメリカと遺産取得税方式をとるドイツ間の相続税条約のように、課税上の住所地を決定し、例外的な課税につき合意する等の措置を講じることで対処できるものと考える。

(3) 外国税額控除の在り方に関する論点整理
我が国が締結している相続税条約については、50年以上前に締結した日米相続税条約が唯一であるという現状を踏まえると、相続・贈与に係る国際的二重課税を解消するためには、国内法上の外国税額控除による措置しかとり得ない場合が多い。そこで、相続税法上の外国税額控除に関する論点について整理すると、まず、外国税額控除については、対象とする外国租税を明確にすることが課題であるものの、現行法上対象とする外国租税の範囲については、「相続税に相当する税」及び「贈与税に相当する税」としか規定されず、具体的な明示がなされていない。この点については、個人の国際的経済活動を円滑にする必要性から、各国の法制度や課税方式に捉われずに、「課税の公平性」を一つの指標として、相続税法独自の見地から「実質的な判断」による解決が求められるものと考える。とりわけ、「実質的な判断」により、相続税の課税物件を「被相続人の死亡を原因として移転あるいは取得した財産」と捉えることは、各国の相続法の仕組みに由来する相続税制の差異を度外視し、相続税の課税対象が日本と同じ相続税制度及び課税方式を採用する国の納税義務者に限られるという矛盾を解消できるので、国際的二重課税の緩和には効果的といえる。
次に、「実質的な判断」によるアプローチを行い、我が国と異なる相続制度を採用する国の租税を外国税額控除の対象とすることの妥当性は、アメリカやドイツが制度上対象とする租税について、国外の相続法の差異を当然の前提として、自国の課税方式に限定せずに広く明文化している点からも確認し得よう。確かに、相続税法上の「相続」が民法からの借用概念の通説的理解である統一説では、原則として、民法上の「相続」と同意義に解釈していることとの整合性を考えると疑問が生じうるが、統一説においても本来の法分野における制度の趣旨目的によっては別意に解釈すべきことを容認しているので、上記の「実質的な判断」は、統一説による枠組みの範囲内で法的効果を一義的に判断しているに過ぎず、従来の統一説による解釈を逸脱するものではないといえよう。
最後に、これまでの考察結果を念頭において、相続税法上の外国税額控除の対象となる「相続税に相当する税」及び「贈与税に相当する税」の具体的判断事例として、1アメリカの世代跳躍移転税、2韓国の贈与税、3日本・ドイツ・スイスの三国間にわたる相続課税、4デンマークでの贈与に係る課税、5カナダのみなし譲渡課税を採り上げ、「実質的な判断」に焦点を当てて検討を行った。その結果、基本的には、「実質的な判断」に基づいて課税物件を捉えることで我が国租税との同質性が認められるものについては、たとえ我が国には存在しない課税制度に基づく租税であっても、相続税法上の外国税額控除の対象とすることが妥当であるという結論を確認することができた。例えば、「実質的な判断」に基づいて課税物件を捉えた結果、外国税額控除の対象とならないことが明らかとなったカナダのみなし譲渡課税を採り上げると、カナダのみなし譲渡課税は、相続税と同様に個人の死亡を契機とするものであるとしても、被相続人が死亡直前に所有していた資産を処分したものとみなす場合の純利益が課税対象であることから、外国税額控除の対象となる「相続税に相当する税」に該当しないものと解される。また、このような解釈ついては、カナダでみなし譲渡課税の対象とされた租税が、アメリカで課税された遺産税から外国税額控除できるか否かが争われた事件に対する1985年のアメリカ租税裁判所での判決においても同様の判示がなされている。

3 結論

 上記のような対応を行うことによって、国際的二重課税の問題への効果的な対応が可能となると考えるが、このようなアプローチによっても、十分に対応しきれない問題が残る。これらの問題については、国内法上の措置や租税条約において個別対応が必要となろう。この点は、例えば、上記2(3)のアメリカの裁判例は基本的には妥当性があると考えられるものの、相続税とカナダのみなし譲渡課税との課税のタイミングが等しいことに対する納税者の租税負担を考慮すれば、相続税法における債務控除の対象とするという見地から別途検討する必要性があることからも示唆されよう。

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