清水 一夫

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 租税回避行為においては、税負担軽減のみを目的とし、その効果を除けば、経済的には、全く不合理または実質がない取引ではあるが、私法上の法律形式としては、課税減免規定に定められた要件を満たしていることを否定できない場合(調査権限の制約から、十分な証拠を把握できない場合も含む。)も少なくない。このような形で、濫用的に課税減免規定が用いられた場合、課税の公平を実現するためには、形式上要件を充足している課税減免規定の適用を否定する形で、「租税回避行為の否認」と同様の効果を得ることができないか考える必要がある。
研究の出発点としての最高裁平成17年12月19日判決(以下「外税最高裁判決」という。)では、制度の趣旨から著しく逸脱する態様で、損失が生じるだけの取引をあえて行ったような場合には、制度の濫用であるとして、当該規定の適用が否定された(いわゆる「課税減免規定の限定解釈」)。すなわち、私法形式としては、課税減免規定の適用要件が満たされているにもかかわらず、あえて、それを制度の濫用であるとして、税額控除を認めなかった。租税法律主義のもと、何ゆえにこのような解釈・適用が許されるのか、研究者等の間では、結論に反対する者も含め、さまざまな解釈が行われており、意見の一致するところとなっていない。外税最高裁判決は、課税庁にとって、租税回避行為に対する相当に強力な対抗措置となり得る可能性を有しているが、その法理論的根拠、そのような扱いが許されるための要件、他のケースへの応用可能性など、不明確な面が残っている。
本研究は、外税最高裁判決の事案や判示を検証するとともに、私法と租税法の関係を中心とした従来の判例、学説の検討、海外の議論との比較を行い、同判決の位置づけを明らかにしようとしたものである。あくまで私見の域にとどまるかもしれないが、結論を先取りして言えば、以下のように考えている。
本判決は、租税法の規定を、その趣旨・目的に照らして、柔軟に文言解釈を行おうとする最近の最高裁の傾向の延長上にあるものと思われるが、政策的な課税減免規定について、さらに踏み込んだ判断をしたといえる。すなわち、文言解釈上、その適用を否定できない場合であっても、制度全体の趣旨から、租税法規の濫用として、当該規定に定める課税減免効果を認めない場合があり得ること示した。形式的な要件充足にかかわらず法の適用を否定することは、租税法律主義と緊張関係に立つことから、立法趣旨としての政策目的からの逸脱、取引自体の経済的不合理性、当事者の濫用の意図など厳しい要件が課せられるであろうが、判決の射程としては、必ずしも典型的な「租税優遇措置」に限られるものでなく、課税庁にとっての応用可能性は狭くないと考える。もっとも、課税減免規定を濫用した租税回避行為には、事実認定や個別否認規定のほか立法趣旨による文言解釈によって対応できる場合もあろうから、外税最高裁判決は、これらによって対処できない場合のいわば最後の砦として位置づけるべきである。

2 研究の概要

(1) 課税減免規定の「限定解釈」の法理論的根拠(第1章)
形式的には、当事者の意思の合致として、私法上の法律関係が真に成立しているにもかかわらず、それに基づいた課税減免規定の適用を否定するための法理論的根拠については、主に、以下のような説明が考えられる。

1 租税法の適用に当たって、私法上、真正に成立している取引を無視又は引きなおす(いわゆる「狭義の租税回避行為の否認」)。

2 条文の文言の意味について、借用概念としての意義や言葉の通常の意味にとらわれることなく、租税法独自の観点から「限定解釈」をした結果として、本件取引は、規定された要件に該当しないとする(立法趣旨を踏まえた柔軟な文言解釈)。

3 納税者が課税減免規定を適用することを民法1条2項の「権利の行使」と捉え、立法趣旨に著しく反する態様の取引は、同条3項の「権利の濫用」として、課税減免規定の援用を認めない(民法の濫用法理の適用)。

4 私法上の法律関係に関し、租税法の適用要件を形式的には満たしていても、当該規定の趣旨・目的に反する態様で税負担軽減を図る場合は、「法の濫用」であるとして、当該条項の適用を否定する(当該租税法規に内在する当然の前提としての濫用禁止)。

 
上記について、租税法解釈のあり方を巡る学説や判例も参照しながら、外税最高裁判決がいかなる法理論的根拠に拠ったと考えるべきなのかについて検討した。
外税最高裁判決が、厳格な要件のもと、狭義の租税回避行為の否認を認めたと考えること(上記1)については、わが国は、租税法律主義の観点から、明文の根拠のない否認については、否定的な見解が支配的である。本判決も、「納付した外国税を税額控除の対象とすることは許されない」と言っているだけで、税法上、「納付」した事実を否認すると判示しているわけではないから、このような解釈は困難と考える。
租税法規の「文言」の解釈については、従来は、特例規定の「厳格解釈」など文言に忠実であるべきとする考えも強かったが、最近の判例では、当該法規の立法趣旨に従って、比較的柔軟に拡張・縮小解釈をする傾向が認められる(その結果は、納税者に有利になる場合もあれば、不利になる場合もある。)。租税回避行為においても、最高裁平成18年1月24日判決(以下「フィルムリース最高裁判決」という。)の事案では、法人税法31条の「減価償却資産」という文言の限定解釈により、損金算入が否定された。外国税額控除事件において、法人税法69条の「納付」には、事業目的を有しない場合は含まれないとする限定解釈は、国側主張によるものであるが、最高裁は、それをそのままは採用しなかった。よって、本判決は、立法趣旨による限定解釈の延長線上にはあるものの、言葉の通常の意味を離れた文言解釈(上記2)までを認めたものではないといえる。
法人税法69条の適用を否定した根拠として、民法1条3項の権利濫用の法理を持ってくること(上記3)については、本判決を法律に根拠のない否認とする批判に対する回答になるという利点はあろうが、税額控除を適用して申告することが、同項にいう「権利」の行使ととらえるべきなのかという疑問も生じる。最高裁判決も、民法1条3項を引いているわけではないので、このような考えは難しいと考える。
よって、外税最高裁判決については、あくまでも法人税法69条の制度全体の立法趣旨から、課税減免効果を得るためだけに、同条の政策目的から逸脱して濫用的な取引を行った場合には、たとえ、形式的に要件を満たしていたとしても、同条を適用しないという要件を読み込み、その要件を満たしていないとして適用を否定したものと考える(上記4)。
なお、租税回避否認に関する海外の判例法理として、アメリカのeconomic substance doctrine(税の軽減以外に、何ら納税者の経済的利益に影響を与えると認められない取引については、税法上無視される。)や、フランスのfraude a la loi(課税減免規定の利益を濫用的に得ることのみを目的として取引の経済的実質を覆い隠すような契約を締結することは「法律の詐害」であり、私法上の一般法理に基づき、当該法律関係を課税庁に対抗できない。)がある。法理論的根拠の説明として、これを日本にそのまま持ってくるのは困難であるが、租税法規の濫用は許すべきでないとする発想自体は参考となる。

(2) 課税減免規定を「限定解釈」するための要件(第2章)
外税最高裁判決の法理論的根拠が上記のようなものであることを前提にした上で、同判決の判示を手掛かりに、課税減免規定の「限定解釈(不適用)」が認められるための要件(課税庁として主張・立証すべき要件事実)の抽出・整理を試みた。他の否認手法と対比しながら、私見の整理をブロック・ダイアグラムの形で示すと以下のとおりである。

ブロック・ダイアグラム

 
すなわち、1本件取引に当該規定を適用すれば、立法趣旨を著しく逸脱する結果となること(立法趣旨逸脱要件)、2本件取引に事業目的、経済的合理性が全く認められないこと(客観要件)、3租税回避目的以外に取引の目的がないこと(主観的要件)を課税庁が主張・立証すれば、形式的に、課税減免規定の適用要件を満たしていたとしても、当該減免規定の適用は否定され得ることになる。この点、海外判例法理と比較すると、アメリカの場合は、客観的要件と主観的要件で考える2分岐テスト(two pronged test)が定式化されているのに対し、オランダのfraus legisをはじめとする大陸法系の判例法理では、主観・客観の要件に加えて、課税上の結果が立法趣旨に違背するという要件を加えている。
なお、外税最高裁判決の客観的要件(判示の表現を借りれば「取引自体によっては・・・損失が生ずるだけである」こと)に関しては、本件については、「逆ざや」取引ということで、比較的明瞭に不合理性が示されたといえる。しかし、一般的な要件として考えると、タックスシェルターなど、契約当時に想定されていた将来のキャッシュ・フローを綿密に分析することにより、その経済的な不合理性(取引当初から、税効果を除いては、投資価値が全く認められないものであったこと)を客観的に明らかにする必要がある場合も少なくない。この点は、取引当時、当事者は、節税効果のことしか考えていなかったという点を指摘するだけでは、不十分であるということに留意すべきである。

(3) 課税減免規定の「限定解釈」の応用可能性(第3章)
本研究において、外税最高裁判決は、形式的には、法人税法69条に該当するにもかかわらず、同条の全体の趣旨から導かれる要件として、その適用を否定したものであると捉えた。このような租税法の解釈・適用のあり方は、他の課税減免規定について、どこまで応用可能といえるであろうか。
外税最高裁判決では、法人税法69条の外国税額控除の制度を「同一の所得に対する国際的二重課税を排斥し、かつ、事業活動に対する税制の中立性を確保しようとする政策目的に基づく制度」であると位置づけたうえで結論を導き出した。「制度の濫用」と言えるためには、当該規定が、何らかの経済的・社会的な政策目的によって、課税の公平の原則(担税力に応じた課税負担)に修正を加える形で課税減免効果を認めているにもかかわらず、当該政策目的の達成とは無関係のところで、減免効果のみを得ようとしていることが必要であろう。
すなわち、本判決の法理を応用できるのは、何らかの「政策目的規定」である必要があり、租税法の「本則的規定」(担税力が同様の者に対しては、同様の負担を課すという租税法の基本理念に従って課税標準や税額の計算を定めた規定)についてまで、制度の濫用として減免規定の不適用を導き出すことは困難と考える。もっとも、ここで言う「政策目的規定」は、租税特別措置法等に規定されている典型的な租税優遇措置に限られるとは考えない。法人税法69条自体、二重課税排除という本則的計算か、それ以外の政策目的を含むかで、訴訟上、争いがあったものである。個々の課税減免規定の趣旨については、実質的な担税力の測定という本則的な側面と他の政策目的による配慮が融合している場合も少なくないが、濫用による「限定解釈(不適用)」の対象となり得る「政策目的規定」としては、いわゆる「政策的優遇措置」と呼ばれているものより、広い範囲をカバーすると考える。
このような観点から、他の租税回避スキームについて、濫用による「限定解釈(不適用)」によって対処できないか、仮想的に検討した。
まず、航空機リース事件(名古屋高裁平成17年10月27日判決ほか)のようなレバリッジド・リース事案については、所得税法49条1項(減価償却費)の規定を利用したスキームであるが、この規定は、所得計算の本則的な規定と考えざるをえず、濫用による「限定解釈(不適用)」は困難と考える(もっとも、前掲のフィルムリース最高裁判決のように、「減価償却資産」の文言の限定解釈として、「事業の用に供している」と言えるかを問題にする方法はある。)。
次に、組織再編税制については、個々に条文を見る必要はあるが、例えば、適格組織再編に対する課税繰延については、支配の継続に着目した本則的な性格のほかに企業再編に対する税制の中立性確保という政策目的を含み、広義の「政策目的規定」に該当すると考える。よって、こうした規定を濫用した租税回避行為に対しては、「限定解釈(不適用)」を検討する余地がある(もっとも、組織再編税制には、個別の租税回避防止規定が整備されているほか、法人税法132条の2の一般的否認規定もあることから、まずは、これらの規定で対応できないか考えるべきであろう。)。
また、租税条約の濫用事例についても、租税条約自体、国際間の資本交流の促進という広義の政策目的を有していると考えられるので、条約による課税減免措置の濫用スキームに対しては、条約規定の「限定解釈(不適用)」という方法も念頭に置くことができよう。

3 結びに代えて

 以上、外税最高裁判決で示された租税法の解釈・適用のあり方について、内外の議論を参考に、その理論的根拠、要件、応用可能性について具体的に検討した。もっとも、これらの議論は、裁判所によってオーソライズされたものではないから、その内容は、今後の判例の集積にかかっている部分が少なくない。
冒頭で述べたとおり、外税最高裁判決の法理は、巧妙な租税回避行為に対する相当に強力な対抗措置となり得る可能性があるから、課税庁としては、これがわが国の判例法理として定着するよう、地道な対応を続けていくべきである。もっとも、それは、租税回避行為に対する万能薬として、やみくもにこの法理を多用するということではないと考える。外税最高裁判決は、形式上、租税法規の要件を満たしているにもかかわらず、あえて、課税減免効果を発生させないものであり、租税法律主義と鋭い緊張関係に立つから、立法趣旨からの著しい逸脱、取引の経済的不合理性、当事者の濫用の意図など、厳しい要件をくぐりぬけなければ、裁判所は認めてくれないことは、容易に想像がつく。その意味で、この判例法理は、租税回避行為に対する最後の砦と位置づけ、原処分段階から、充分な法的検討と綿密な証拠収集のもと、的確に運用していく必要があると考える。

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