松田 直樹

税務大学校
研究部教授


要約

1.研究の目的

 投資ファンド等の集団投資ビークルが管理・運用する資産は、今や、20兆米ドル超を超える規模に達しており、しかも、その資産金額は、ここ数年、特に顕著な伸びを示している。集団投資ビークルを通じた投資が活発化するに伴い、グローバルな規模で資産運用を行っている集団投資ビークルの投資先を自国に向けることができるか否かは、経済の活性化を主要な目的とする各国にとって、特に重要なポイントとなっており、各国は、この点も踏まえた上で、対内投資を促進する措置を積極的に講じてきている。我が国でも、最近、インベスト・ジャパンの旗印の下、対内投資に係る障壁を除去することが重要な課題となっているが、かかる障壁を除去する措置は、未だ、十分なものとなっていないという声もあり、また、このような声は、税務上の措置に対しても向けられている。
上記のような声もある中、我が国でも、対内投資の促進に繋がるような税務上の措置が、今後、より積極的に講じられるようになるものと想定されるが、このような措置を講じることは、国際的租税回避行為等の活発化という問題を深刻化させることに繋がる蓋然性があることから、かかる問題への対応のあり方を検討することも重要な課題となると思料される。本稿は、このような問題意識の下、主な諸外国における国際投資所得課税のあり方の趨勢や国際的租税回避行為等への対応策のあり方は、どのようなものとなっているのか、また、我が国の対内投資を促進する税務上の措置は、どの程度進展しているのかなどを分析した上で、対内投資に係る障壁の更なる除去が進展するに伴って議論されるであろう我が国の税制の再構築のあり方を考察する際に参考となるような視点を提示することを主な目的とするものである。

2.研究の概要

 本稿の『序論』では、集団投資ビークルに代表される多様な事業体の台頭によって、国際投資の実態は、近年、大きな変貌を遂げてきているところであるが、従来の国内法や伝統的な租税条約の下では、集団投資ビークルを通じた国際投資所得への課税のあり方について、必ずしも十分に明確な規定が措置されておらず、その結果、かかる所得に対して国際的二重課税や租税条約の特典の不適用等の問題が生じ得るという点を指摘している。今後は、対内投資を促進する措置を講じるという流れの中で、このような問題への対応も進展すると考えられるが、集団投資ビークルを通じた国際投資所得については、課税漏れや租税条約の特典の不当な享受という問題も生じていることから、対内投資を促進する措置を講じる場合には、国際的租税回避行為等への対応措置を講じることも重要な課題となる。
上記の課題に取り組む際に参考となる示唆を得ることを試みるという観点から、『第1章』(『欧州における国際投資所得課税の趨勢』)では、欧州における最近の動向に目を向け、第1節(「国際投資等に係る障壁を除去する流れの加速化」)において、欧州委員会が発した親子会社指令の改正の方向性や注目すべき欧州司法裁判所判決( 2006年Denkavit事件判決等 )を分析し、国際投資等に係る税制面での障壁を除去する流れが欧州で加速してきており、その結果、加盟国の課税ベースの浸食もかなり進行していることに着目し、第2節(「基本的権利の制約根拠」)では、EUの各加盟国が、その他の加盟国の国民に対して保障すべき基本的権利の制約根拠となり得る諸原則(「税体系の一貫性」原則や「財政属地主義」等 )に依拠することによって、課税ベースの侵食に一定の歯止めを掛けることを試みていることを確認している。
第3節(「国際的租税回避行為等に対する欧州委員会・ECJのスタンスの変化」)では、加盟国が基本的権利の制約根拠として依拠し得る原則が幾つか存在しているものの、これらの原則に対する欧州司法裁判所のスタンスは、嘗ては、かなり厳しいものであり、これらの原則に基づく正当化は容易には認められなかったが、最近の国際的租税回避行為の活発化等を背景として、かかるスタンスにも微妙な変化が生じてきていることを確認している。かかる変化は、最近の欧州委員会の幾つかの指令やHalifax事件欧州司法裁判所判決等にも表れているが、Marks &Spencer 事件欧州司法裁判所判決で「租税回避のリスク」原則や「課税権の配分」原則の潜在的有用性が低いものではないことが示唆されたことによって、「欧州全体に適用される包括的否認規定」(“Euro-GAAR”)が、より具体的なものとなってきていることを指摘している。
勿論、国際投資等の障壁となり得る税制上の措置の改廃を行うという流れの加速化と国際的租税回避行為への対応策の進展という現象が見受けられるのは、欧州に限ったわけではなく、このような今日的な現象は、程度の差こそあれ、どこの国でも認められるところとなっているが、『第2章』(『我が国の現状と新たな動き・方向性』)では、まず、第1節(「主な対内投資促進策と国際的租税回避行為」)において、我が国の状況に目を向け、対内投資を促進する上で、主に、どのような税務上の措置が講じられているのかを分析して、我が国の税制上の促進策の特徴・進展の度合い等を確認する一方、現行制度のループ・ホールを突いた国際的租税回避行為の具体例を考察することによって、どのような国際的租税回避行為が発生し、如何なる対応が行われているのかを考察している。
我が国を取り巻く諸環境や最近の諸外国の動向等に鑑みた場合、我が国でも、対内投資を促進する措置を講じるという動きが、今後も、更に進展すると想定されることから、国際的租税回避行為に対応するための措置の更なる整備を行う必要性も高まると考えられるところ、第2節(「最近の主な租税条約における動き」)では、最近改正された日米租税条約や日英租税条約等では、関係国間の投資の更なる促進を図るための措置が講じられる一方で、条約漁りに対処するための新たな措置が採用されているという事実に着目している。我が国の租税条約も、国際投資の更なる促進と国際的租税回避への適切な対応という必要性が高まる中、大きな変貌を遂げようとしており、新日米租税条約等は、国際投資の更なる促進に繋がる措置が講じられた場合に採用すべき対抗措置のあり方を具体的に示していると言える。
もっとも、我が国で国際投資の更なる促進に繋がる措置が講じられた場合には、新日米租税条約等で具体化している対抗措置だけでなく、抜本的な国内法上の対抗措置を講じる必要性も高まると想定されるところ、租税条約上の対抗措置とは異なり、国内法上の対抗措置については、未だ、具体的な選択肢さえも十分明確に示されていないという問題がある。本研究では、国内法上の抜本的な対抗措置としては、例えば、“Euro-GAAR”のように、加盟国の包括的否認規定・法理の強化に繋がる措置が選択肢の一つとして有力視され、そうすると、包括的否認規定の制度設計上のポイントとなる点を模索することが有用となろうとの視点に立ち、『第3章』(『カナダと豪州の包括的否認規定の比較』)では、包括的否認規定を有する主な諸外国であるカナダと豪州のGAARの制度設計上の特徴・否認機能の実態を比較分析している。
第1節(「カナダの包括的否認規定の実態」)では、Stubart事件最高裁判決(1984年)が厳格な事業目的テストに対して否定的な見解を示したことから、新たな包括的否認規定である所得税法§245は、本最高裁判決を意識した制度設計を採用しており、かかる制度設計と税法解釈アプローチの趨勢が、その否認機能に少なからぬ制約を加えていることを代表的な判決等を通じて確認している。第2節(「豪州の包括的否認規定の実態」)では、目的テストを中核に据えた包括的否認規定である所得税法第4編Aは、最近の税法解釈アプローチの趨勢の変化を背景として、その否認機能がかなり大きなものとなっていることを一連の判決を通じて確認している。両国における包括的否認規定の否認機能の顕著な差異は、税法解釈アプローチの趨勢の違いだけでなく、その制度設計の違いにも少なからず起因して生じているものと考えられる。
包括的否認規定の制度設計も、その否認機能・有用性の大きさを少なからず左右するならば、否認機能・有用性の大きい包括的否認規定を制度設計する上で参考となるのは、カナダの包括的否認規定ではなく、むしろ、豪州の第4編Aの方であると考えられるが、そもそも、我が国の場合、適用対象範囲は限定されているものの、かなり包括的な否認規定として、同族会社等の行為又は計算の否認規定が存在しており、実際、平成13年度税制改正で組織再編成税制が手当てされた際にも、本規定に依拠した否認アプローチを採用した法人税法132条の2が措置されたことから、かかる否認アプローチと制度設計が異なる日本版GAAR( General Anti-Avoidance Rule )を採用することの合理性・妥当性等については、疑問を挟む余地もあり得るものと考えられる。
上記のような疑問があり得ることなどを踏まえ、『終章』(『包括的否認規定の意義と制度設計のあり方』)では、第1節(「韓国の包括的否認規定の特徴』)において、我が国の同族会社等の行為又は計算の否認規定と同様な否認アプローチに立脚する法人税法§52等を有する韓国における包括的否認規定の制度設計を巡る議論・動きに目を向けている。韓国でも、予てより、実質課税の原則の法的性格やその射程範囲等を巡っては、異なる見解が存在しているが、最近では、対内投資を促進する措置を積極的に講じる一方、実質主義の国際的租税回避行為への適用を立法化した措置(国際租税調整法§2-2)や包括的否認規定と位置づけられる国税基本法§14(3)が手当てされている。これらの規定は、いずれも、事業目的テストをメルクマールとする経済的実質主義に基づく否認が可能となるよう制度設計されている。
第2節(「包括的否認規定の意義と制度設計上のポイント」)では、対内投資の促進策が進展するに伴い、我が国でも、居住者による国際的租税回避行為が活発化するという趨勢が認められる中、国境を跨いだ多額の贈与税の負担を回避する行為が問題となった東京地裁平成19年5月23日判決で露呈した個別規定及び司法による法創造機能の限界や、本東京地裁判決を破棄した控訴審判決に対する批判等を踏まえると、租税回避の意図や事業目的の有無を主なメルクマールとする包括的否認規定を導入することの意義は少なくなく、また、近年、幾つかの主な諸外国で採用された包括的否認規定の制度設計や最近の包括的否認規定の改正も、事業目的テストや主観テストを税務当局側に有利なものとするという方向性を示しているものが少なくないという事実があることなどに着目している。
『結語』では、租税回避行為への対抗上、事業目的を重視するというグローバルな趨勢は、包括的否認規定との関係だけでなく、その他の税務上の措置との関係においても認められるという指摘がされている中、我が国でも、最近の裁判例の中には、評価通達6項の適用基準が問題となった大阪地裁平成12年5月12日判決や外国税額控除の濫用事件の第一審判決(大阪地裁平成13年12月24日判決)等のように、主観的要素や租税回避目的を重視することに対して必ずしも否定的ではないと解し得るようなものがあり、また、新日英租税条約等には、新日米租税条約では採用されなかった「主要目的テスト」が組み込まれるなど、事業目的テストや主観テストに対する考え方に変化が生じてきていることを示唆する動きも認められることなどを指摘している。
上記の点などを踏まえた上で、Halifax事件欧州司法裁判所判決で示された「権利の濫用」の適用基準と同様なものを前述の外国税額控除の濫用事件の上告審で示された「法の濫用の概念」の適用基準として立法化するという選択肢にも目を向け、かかる選択肢の場合、主観テストが、納税者の租税回避の動機ではなく、客観的事実に基づいて判断されるため、租税法律主義との関係でも問題が少ないという点に着目しているが、その他にも、包括的否認規定の適用対象を実態把握が特に困難な国際的租税回避行為に限定する制度設計・選択肢等が考えられる。いずれにしても、対内投資の促進策の進展に伴って更に活発化する国際的租税回避行為に対する効果的な対抗措置が求められるようになれば、事業目的テストや主観テストを組み込んだ包括的否認規定案が包含している視点の重要性・有用性が強く認識されるようになると思料する。

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