日野 雅彦

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 近時、経済社会の構造変化への対応の不十分性などの観点から、所得区分の在り方が問われてきている。このような中、最近、二本の報告書(H16.12.13日税連、H17.6.21政府税調)が示された。両報告書のいずれもが不動産所得区分の廃止を唱えている点が注目される。
所得区分の在り方は、所得税法上重要な課題であり、今まで何度か税制調査会等で取り上げられてきたところであるが、不動産所得に焦点を当て同所得区分を廃止すべきとの論調は、管見したところ、今回の両報告書が初めてである。このことは、従来、不動産所得に関する研究が余り行われてこなかったことの証左であると思われる。
そこで、本研究は、不動産所得課税の在り方について検討を加えるものである。

2 研究の概要

(1) 不動産所得の意義
不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機の貸付けによる所得で事業所得又は譲渡所得に該当しないものをいう。ここで、事業所得に該当するものとは、賄い付きの下宿等のように不動産等の貸付けと人的役務の提供とが一体となっている事業に係る所得などをいう(このうち事業に至らない程度のものは、雑所得になると解されている。)。また、譲渡所得に該当するものとは、借地権等の設定により支払を受ける一定の権利金の所得をいう。

(2) 不動産所得の計算構造
不動産所得の金額は、総収入金額から必要経費を控除して算出される。そして、総収入金額には収入すべき金額が算入され、必要経費には一般管理費等の費用が算入されるのが所得計算の通則であるが、その例外である「別段の定め」が多数設けられている。この「別段の定め」は、1不動産所得の全体に適用されるもの、2事業たる不動産所得(事業として行う不動産所得をいう。)に適用されるもの及び3業務たる不動産所得(事業に至らない程度の不動産所得をいう。)に適用されるものの3種類に整理できる。そして、2に適用される規定は事業所得にも、3に適用される規定は雑所得(公的年金等の所得を除く。)にも、それぞれ同様に適用されている。

(3) 不動産所得課税の沿革
所得税法が創設された明治20年の当初から、不動産の貸付けによる所得は課税の対象とされたが、不動産所得という独立の所得区分は置かれていなかった。現行の事業所得に相当する所得等と同じくくりの所得区分に属していたのである。その後の昭和15年、所得をその性質により区分し異なる税率等で課税を行う分類所得税の採用に伴い、先のくくりの所得から不動産所得が分離・独立した。分類所得税制の下では、不動産所得は、担税力が高いと考えられ、他の所得に比べ高い税率で課税された。そして、昭和22年、分類所得税が廃止され総合所得税に一本化されると不動産所得は、その姿を消し、現行の事業所得や雑所得に相当する所得と共に事業等所得に統合された。ところが、昭和25年、明治20年以降採用の世帯合算制度が廃止され個人単位課税が採用された際、その例外措置として、資産所得(利子、配当、不動産所得)を主たる所得者に合算する資産合算制度が設けられると、先の事業等所得の範囲から不動産所得が再び分離・区分された。ここで不動産所得は、資産合算制度の合算対象資産を画するという役割を担った。以後、不動産所得の区分は、現在まで存置されている。一方、資産合算制度は、昭和26年に廃止、同32年に復活と改廃を繰り返したが、昭和63年の改正を最後に廃止されている。

(4) 不動産所得課税の問題点

イ 不動産所得区分の存在意義
沿革をたどれば、不動産所得区分の存立基盤は、分類所得税の時代ではその担税力の高さにあり、総合所得税の時代では資産合算制度にあったと思われる。そうであれば、現在、所得税法は総合所得税を採用し資産合算制度を既に廃止していることにかんがみれば、不動産所得という独立の所得区分の存在する意義はあるのだろうか、という疑問がわいてくる。

ロ 不動産所得の損失に係る損益通算の問題
不動産所得の損失は、その貸付けの規模や原則事業への関与の程度を問わず損益通算が認められる。ところが、動産の貸付けによる損失でその貸付規模等から雑所得の損失に区分される場合には、不動産所得の損失の場合とは異なり、損益通算が否定されてしまう。つまり、貸付資産の相違により損益通算の可否が異なってくる。
また、不動産等の貸付けと人的役務の提供が一体となった資産勤労結合所得の場合は不動産所得でなく事業所得又は雑所得となるところ、雑所得に区分されるときは、その所得の損失は損益通算が否定される。ところが、仮に、その所得に人的役務の提供が加わらない場合には、不動産所得とされ損益通算が認められることになる。すなわち、不動産等の貸付けに人的役務の提供を伴うか否かで、損益通算の可否が異なっている。
さらに、不動産所得は、租税回避スキーム等の道具として利用される状況にある。投資家が、任意組合等を組成しその組合等が出資金と借入金を原資に航空機等の耐用年数の短い不動産等を取得しこれを貸し付けることで生ずる不動産所得の損失を他の所得から控除する手法が、この一例である。これに対しては、一定の損益通算の否認規定(措法41の4の2)が設けられているが、組合契約等を利用せずに代理契約等をもってスキームが構築された場合には、同規定の発動は困難である。
このように、不動産所得に係る損益通算の扱いの整合性や租税回避否認規定の実効性にはいくつかの疑問点がある。したがって、不動産所得に係る損益通算の在り方を今一度検討する必要があると考える。

(5) 不動産所得区分の存在意義

イ 所得金額の計算方法からの検討及び二次的検討の必要性
所得税法は総合所得税制を採用している。そして、不動産所得の計算方法は事業たる不動産所得は事業所得と業務たる不動産所得は雑所得とそれぞれ同様であることからすると、不動産所得は、事業所得又は雑所得に統合されるべきであり、独立の所得区分を設ける必要はないといえそうである。この点は、上記(4)イに掲げた疑問のとおりである。
しかし、所得税法は法文技術上設定された所得区分を用いて種々の諸規定を置いていることから、所得区分の存在意義の検討に当たっては、二次的に、所得区分を用いた諸規定との関係を考慮する必要があろう。総合所得税制の下では各種所得を総合することで課税標準が算定されるため、損益通算制度との関連が重視されるべきであると考える。これを不動産所得についてみると、同所得が事業所得又は雑所得に分離・統合されると、雑所得に統合される業務たる不動産所得は損益通算が否定されることになるから、この点の是非を検討する必要がある。

ロ 業務たる不動産所得の損失と損益通算の検討
総合所得税制の下では、所得の大小により担税力を測ることから、ある所得に損失が生じた場合には、これを他の所得と通算するのが原則である。しかし、雑所得の損失については損益通算制度の埒外に置かれている。このことを踏まえ、以下では、順次、雑所得の損失につき損益通算を認めないとする根拠は何か(A)、その根拠は妥当なのか(B)、それが妥当である場合、その根拠は業務たる不動産所得の損失に同様に当てはまるのか(C)、について順次考察をした。

A 雑所得の損失に損益通算を認めない根拠
雑所得の損失を損益通算の対象から除外した根拠は、1必要経費が収入を上回ることのないものが大部分であり損益通算の実益がないこと、2ある程度支出を伴うものについても、支出の内容が家事関連費的な支出が多いのが実情であることとされている。

B 損益通算を認めない根拠の是非
1の根拠を検討すると、必要経費が収入を上回ることがないのであれば、わざわざ損益通算を排除する規定はそもそも要しないとする指摘が可能であり、これに対する反論は困難であるから、根拠としては力不足である。
次に、2の根拠については、所得税が担税力に応じて負担を求める税であるところ、支出の内容が所得の処分的な性格(=消費)を有する場合には、その損失は担税力の減殺要素とはならない(所得=純資産の増減+消費)から、支出が家事関連費的であることを根拠に損益通算を認めないのは、理論的に筋の通ったものといえる。しかし、これに対して、二つの指摘が想定される。一つは、雑所得の損失は所得税法45条の家事関連費の必要経費の不算入規定の適用後に算出されるものであるから、その損失に家事関連費的な支出は含まれておらず、同損失を家事関連費的な支出があるとして損益通算の対象から除外するのは論理矛盾であるとする指摘である。もう一つは、家事関連費的な支出でない支出に対してまで損益通算を認めないことを正当化するものではないとする指摘である。
この点は次のとおり考える。一つ目であるが、家事関連費は家事上の経費と業務上の経費とが混在した支出であるところ、所得税法45条は、家事関連費のうち「業務の遂行上…必要である部分を明らかに区分することができる場合」は、その部分の支出を必要経費に算入することを認容しているにすぎず、同条の適用により必要経費に算入された支出の内容が、家事関連費的なものから、家事関連費的でないものに転換されるわけではないと思われる。よって、一つ目の指摘は当たらないと考える。次に、二つ目であるが、個人は生産活動と併せて消費経済の主体であるから、個人が行う所得稼得行為には、その大小は別にしても、個人の趣味嗜好の要素が混在されているとみるのが自然であると思われる。また、「家事費」とは、一般に、所得の享受・処分をいうところ、一般に趣味嗜好の要素を有しないと解される投資取引等に係る支出も、投資等のリスク、すなわち所得の処分を覚悟の上、自己の責任で支出するものであるから、所得の処分的な要素を有していると考えることが可能である。そして、雑所得に係る業務の場合、その多くが余剰資金を元手として副業的に行われる実態にあることをかんがみれば、基本的には、すべての雑所得の業務に係る支出には趣味嗜好の要素又は所得の処分的要素が包含されていると解するのが相当であると思われる。そして、こうした考え方は、雑所得に係る資産損失の必要経費算入を制限(所法514)する考え方、すなわち、同損失が家事費的要素が強いとみて制限されていることに親和的である。したがって、雑所得の業務に係る支出の内容は家事関連費的なものというべきであり、二つ目の指摘も当を得たものではないと考える。
よって、雑所得の損失に損益通算を認めないとする根拠は妥当であると考える。

C 業務たる不動産所得の損失に損益通算を認めない根拠の当てはめ
不動産等の貸付けは、不動産等が高額であることに加え換金性が株式等に比し劣る等のリスクを有することから、多くの場合、その取得に当たっては一定の余剰資金の保有又は利用が前提とされるところ、とりわけ業務たる不動産所得の場合は、その貸付けの規模等からしてリスク分散が困難であり、その業務に係る支出は常に余剰資金の存在を念頭に支弁されるものと思われる。このことから、一般的には、業務たる不動産所得を有する者のその業務に係る支出は所得の処分的な要素を有するものと解するのが相当である。また、不動産所得は資産性所得であるところ、業務たる不動産所得に係る業務の場合、それに費やす労力は余り必要とされず副業的な位置付けで行われるものであると思われる。そして、これらのことは、上述の投資取引等と異なるところはなく、2の根拠が業務たる不動産所得にもそのまま当てはまるものと考える。

3 結論

 事業たる不動産所得は事業所得と、業務たる不動産所得は雑所得と、それぞれ所得金額の計算方法が同一であり、また、損益通算の扱いにおいても、前者の両所得は認められるべきであり、後者の両所得はそれが否定されるべきこととなる。このため、不動産所得区分には存在意義は認められず、事業たる不動産所得は事業所得に、業務たる不動産所得は雑所得にそれぞれ統合されるべきである。すなわち、不動産所得区分は廃止されるべきである。
不動産所得の損失に係る損益通算の問題については上記2(4)ロにその具体例を掲げたが、これらの問題が生ずる不動産所得は、その貸付規模・態様からして、ほとんどが業務たる不動産所得に区分されるものと思われる。そして、業務たる不動産所得の損失については、不動産所得区分の廃止により、損益通算を否定されることになる。そうすると、上記具体例で掲げた損益通算の扱いに係る不整合や租税回避否認規定の実効性の問題のほとんどが解消されることになる。
なお、業務たる不動産所得が雑所得に割り振られることにより、青色申告制度の存続の問題がある。青色申告制度は、申告納税制度を適正に機能させるために記帳慣行の定着を図るべく導入されたものである。しかし、その導入から半世紀余り過ぎた今日では、パソコン等で平易に記帳を行い得るなど記帳環境に相当の向上が認められる。また、申告納税制度とは、納税者が自らの所得を正しく計算し申告納税する制度であり、帳簿記録はいわば納税者の当然の責務として負うべきものである。さらに、昭和59年には、白色申告に対する記帳義務制度も導入され、青色申告制度にはより高度な記帳水準が求められているところである。これらを踏まえると、青色申告制度は、記帳すべき取引が相当程度生じてくると認められる事業として行う業務に係る所得を対象に認めることとするのが相当であると解する。したがって、業務たる不動産所得に対しては、それが雑所得に統合されることに伴い、他の雑所得と同様に青色申告制度を不適用とすべきである。
また、青色申告に係る特典の中には、青色申告制度以前のものとして整理すべきものがあり、白色申告者にも認められるべき特典が含まれていると解する余地もあろう。このため、青色申告制度については、今一度、制度の根本に立ち返りその制度の存置の是非も含めたところで、検討を行う必要があると思われる。
次に、不動産所得に固有に設けられている損益通算の制限規定やその他の各種規定についても、その立法趣旨等や今日的意義を踏まえ、不動産所得区分の廃止に伴い、必要な法整備を図る必要があるものと考える。
最後に、不動産所得区分を廃止した場合、不動産所得をどのように事業所得又は雑所得に割り振るかが問題となる。この点については、事業所得における事業の概念に基づき判定すべきこととなるが、所得税基本通達26-9の考え方(実質基準・形式基準)も参考になろう。

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