片山 正史

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 法人が破産した場合における、破産財団から未払の労働債権として配当される給与、退職金等については、破産手続の実務及び破産法の学説において、これらに対する源泉徴収義務を消極に解するものとされている。また、破産管財人報酬についても、同様に、源泉徴収を要しないとの見解が存するところである。
しかしながら、所得税法における源泉徴収制度の趣旨からは、このような破産手続における実務上の取扱い及び学説において、消極に解されていることに対し、改めて検討を要するものと考える。さらに、労働債権の配当については、課税公平の原則における租税の「公平」ないし「中立性」の観点からも、支払者が破産した場合とそうでない場合によって元従業員が受け取る「給与等」に対する課税上の取扱いが異なることが適切であるとは考えられないため、研究を行うこととする。

2 研究の内容

(1) 源泉徴収制度

イ 趣旨等
源泉徴収制度の趣旨は、徴収の確保、徴収手続の簡便さ、徴税費用等の節約とともに源泉徴収義務者に著しい煩わしさを掛けることなく、受給者にとっても申告等の煩雑さを避けるという納税における便宜上の利点にある。さらに、東京高裁昭和49年9月26日判決においても「源泉徴収制度の趣旨は、納税義務者の納税を容易ならしめるため、所得が納税義務者の手中に帰する以前の段階で徴収して税金の概算前払の方法で国が一応これを収納し、(中略)納税義務者の事後納税によつて生ずる煩雑な事務を軽減すること、他面、源泉徴収の方法によらないと容易に補足しがたい種類の収入を容易に補足してその支払の段階で支払者をして補足徴収させ、これによつて国の所得調査の手数を省くこと等にあるものとされている」(訟務月報20巻12号134頁)と判示されている。
なお、源泉徴収にかかる所得税(以下「源泉所得税」という。)は、その納税義務の成立について国税通則法15条(納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定)において、その納税義務確定のための手続きを経ることなく「支払」そのものによって納税義務が成立し、税額が確定することとされている。

ロ 源泉徴収義務者
所得税法においては、所得税法6条(源泉徴収義務者)、同法183条1項(給与所得に係る源泉徴収義務)及び同法204条(報酬、料金等に係る源泉徴収義務)は、給与所得又は報酬、料金等の「支払をする者」が、源泉徴収義務者として一定の所得を支払う際に源泉徴収すべきこととしている。

(イ) 源泉徴収制度における「支払」について
源泉徴収制度における「支払」の解釈については、所得税基本通達181〜223共-1(支払の意義)において、「法第4編《源泉徴収》に規定する(中略)支払には、現実に金銭を交付する行為のほか、元本に繰り入れ又は預金口座に振り替えるなどのその支払の債務が消滅する一切の行為が含まれることに留意する。」とされていることから、「支払」には、現実に金銭を交付する行為のほか、債務が消滅する一切の行為が含まれることとされている。

(ロ) 源泉徴収制度における「支払をする者」について
源泉徴収制度における「支払をする者」は、「支払」が債務が消滅する一切の行為とされていることから、当該支払に係る経済的出捐の効果の帰属主体であると解すべきであると考える。

(2) 破産法における破産配当及び破産管財人報酬

イ 破産配当
破産配当は、破産手続において、各破産債権者の届出により確定した破産債権を弁済するために、破産管財人が破産財団に属する財産を換価して得た金銭を、その債権の順位、額に応じ、平等の割合をもって分配する破産的清算の最終段階における手続きであり、破産配当の実施は破産手続の目的となるものである。
なお、破産財団の管理・換価に関する破産管財人の職務遂行も、破産配当の実施に集約されている。

ロ 破産管財人報酬
破産管財人報酬は、破産手続における職務を遂行するにあたり破産管財人が受け取る報酬であり、当該報酬額は裁判所により決定されるが、破産財団により負担(支出)されるものである
なお、破産管財人の法的性格は、破産手続を遂行するうえで中心的な役割を果たす特別の機関であり、法主体性の認められる管理機構と裁判所から選任された私人としての二面を持っているが、当該法主体性はあくまで破産手続上のものである。
そのため、破産財団に属する財産の実体的権利の帰属権利者は破産手続開始後も破産者となる。

(3) 破産実務及び破産法の学説における源泉徴収制度の認識

イ 労働債権の配当

(イ) 破産債権に対する配当は、個別的民事執行や滞納処分と同じく、強制的な換価・満足の手続であり、破産管財人も破産手続における執行機関として配当を行うため、所得税法で源泉徴収の対象とされる給与等の「支払」に該当しない。

(ロ) 「支払をする者」とは、経済的出捐の効果が最終的に帰属する者であり、現実に支払うという行為をし、又はこれをすることができる者であると考えられる。しかしながら、破産者は、破産手続開始時に自己の財産に対する管理処分権を失っており、現実に支払という行為をすることができないことから、「支払をする者」にあたらない。さらに、破産管財人も、配当に係る経済的出捐の効果帰属主体ではないことから、支払をする者にあたらないため、破産手続による労働債権の配当には、源泉徴収制度おける「支払をする者」は存在しない。

ロ 破産管財人報酬
破産管財人報酬が源泉徴収の対象である報酬となるためには、支払者と受給者との間に「委任契約又はこれに類する(法的)原因」が存在し、これに基づいて支払われるものでなければならないと解するべきである。しかしながら、破産者と破産管財人の間には、「委任契約又はこれに類する(法的)原因」が存在しないから、破産管財人報酬は源泉徴収の対象となる報酬にあたらない。さらに、破産管財人の業務は、弁護士法3条(弁護士の職務)1項の職務に含まれないことから、破産管財人の報酬は、弁護士の業務に関する報酬にはあたらない。

ハ 破産配当に係る源泉所得税の財団債権性
仮に労働債権に対する配当に源泉所得税が生じるとした場合においても、破産手続開始後に生じた租税であり、破産財団の管理上支出を要する経費ではなく、破産債権者にとって共益的な支出として共同負担すべきものにも該当しないことから、破産法上、債権の区分として破産財団から破産債権に優先して、かつ破産手続によらずに随時弁済を受けることができる「財団債権」に該当しない。

(4) 破産配当、破産管財人報酬等に対する源泉所得税の課税の在り方

イ 破産手続における源泉徴収義務の有無について

(イ) 労働債権の配当
労働債権は、元従業員が破産手続開始前に破産者と締結した「雇用契約又はこれに類する原因」に基づいて提供した労務に対する対価であることから、元従業員においては、当該労働債権の配当は給与所得に他ならない。そのため、労働債権の配当は、源泉徴収制度における給与等の「支払」に該当し、源泉徴収の対象となるものと考えられる。
また、当該労働債権の配当による債務消滅の帰属主体は、破産者となることから、破産者が「支払をする者」として、源泉徴収義務者に該当するものと思われる。

(ロ) 破産管財人報酬
所得税法204条1項2号の報酬、料金等において、支払をする者と当該報酬、料金等の受給者との間に「委任契約又はこれに類する原因」を要するかについては、所得税法上明文の規定はなく、また、破産法人における労働債権の配当及び破産管財人報酬に対する源泉所得税の存否が争われた大阪高裁平成20年4月25日判決(平成18年(行コ)第118号)においても、原審の判決を引用して「源泉徴収の対象を支払者と受給者との間に委任契約又はこれに類する原因が存在し、これに基づいて支払われるものに限定しなければならない合理的理由は見出し難」い、と判示していることから、所得税法204条1項2号の報酬については「委任契約又はこれに類する原因」による法律関係に拘束されず、業務の具体的態様に応じてその法的性格により判断すべきものと考える。
次に、破産管財人報酬が弁護士等の報酬に該当するか否かについては、破産管財人は必ずしも弁護士に限られるものではないが、業務の内容から実務上は弁護士が選任されているのが一般的であり、多くの場合、破産管財人報酬は所得税法204条1項2号の弁護士報酬に該当し、源泉徴収の対象となるものと考えられる。(以下、本稿において、弁護士が破産管財人であることを前提とする。)
なお、破産管財人報酬は、破産財団から出捐されることとなっており、前述したように、破産財団に属する財産の実体的権利の帰属主体は破産手続開始後も破産者であることから、当該出捐により債務消滅の効果が帰属する者は破産者であるため、破産管財人報酬の「支払をする者」は破産者であるということになり、破産者が源泉徴収義務者に該当するものと思われる。

ロ 破産管財人の職務と源泉徴収
上記の検討から、労働債権の配当及び破産管財人報酬は、源泉徴収制度の適用対象となると考えられ、これらの源泉徴収における「支払をする者」は破産者となることから、破産者が源泉徴収義務者となるものと思われる。
しかしながら、破産者は、破産財団に対する管理処分権を失っていることから、現実には源泉徴収義務を履行することはできない。ただし、源泉所得税は、源泉徴収義務の履行の有無に関わらず、当該支払の時に納税義務が成立し、税額が確定することから、当該支払の時点において国に対する債務が生ずることとなる。
翻って、破産管財人は、総破産債権者のために破産配当を実現するため、財産の管理として破産財団に属する財産の効用に応じて維持、増殖を図る職責を負っている。
そのため、破産管財人は、破産財団の維持、増殖の観点から、労働債権の配当及び破産管財人報酬の弁済においては、これらにかかる源泉所得税を実質的負担者である元従業員や自らに対し、当該源泉所得税相当額を請求しなければならないこととなる。
そこで、当該源泉所得税相当額を請求する(以下便宜上「源泉所得税請求権」と称する。)にあたり、源泉所得税請求権を自働債権とし、元従業員等の有する賃金請求権又は破産管財人報酬の請求権を受働債権として相殺することが、事後において回収することによるリスクを回避すると共に、破産財団の維持、増殖の目的を達成し、破産債権者一般の利益に適合するものと思われる。
さらに、このような相殺は、所得税法における源泉徴収の「天引き」と同様の効果を生じさせることから、源泉徴収制度とも適合するものと考える。
なお、破産管財人が当該源泉所得税請求権を実行しない場合においては、破産財団の増殖のための債権取立てを怠ることとなり、破産債権者に損害を与えることになるため、破産管財人の善管注意義務違反として、その責任を問われることになるものと思われる。

ハ 財団債権該当性の適否

(イ) 労働債権の配当に係る源泉所得税
労働債権の配当において、源泉所得税が生ずるものとされた場合においても、破産法学者等における認識のように、当該源泉所得税が破産手続開始後の租税債権であるとして財団債権に該当しないこととされた場合、当該源泉所得税は、劣後的破産債権とされ、配当順位が財団債権及び他の破産債権に劣後することとなる。その結果、当該源泉所得税額の国庫への収納が困難となる虞がある。そのため、破産手続により生ずる租税債権をほぼ確実に国庫に収納するためには、破産財団から破産債権に優先して、かつ破産手続によらず随時弁済を受けることができる「財団債権」に該当する必要がある。
そこで、労働債権は、破産手続開始時において、既に提供した労務に係るものとして破産手続上、破産債権として確定しているものであることから、当該労働債権は破産手続開始時点において「給与支払債務が確定」しているということができるものと思われる。そのため、労働債権が給与所得に該当する以上、当該労働債権に係る源泉所得税は、破産手続開始前において既に潜在的に確定しており、破産手続開始時点においてまだ納期限が到来していないこととなる。したがって、労働債権に係る源泉所得税は、破産法148条1項3号により「破産手続開始前の原因に基づいて生じた租税等の請求権」として、財団債権に該当するものと考えられる。
なお、源泉所得税が、支払の時に納税義務が成立することから、破産手続開始後の原因により生じた租税債権であると指摘された場合においても、労働債権の配当に係る源泉所得税の租税債権は、前述したように、破産手続開始前に潜在的に生じており、当該源泉所得税が破産管財人による配当という行為により顕在化した請求権であると解することができることから、同法148条1項4号に規定する「破産財団に関し破産管財人がした行為によって生じた請求権」に該当し、財団債権になるものと考えられる。

(ロ) 破産管財人報酬に係る源泉所得税
破産管財人報酬が、破産法148条1項2号における「破産財団の管理、換価及び配当に関する費用」として財団債権にあたることから、当該報酬の額に含まれる源泉所得税も財団債権に該当するものと考えられる。

ニ 破産手続における源泉徴収制度に対する提言
破産手続における労働債権の配当は、源泉徴収制度の対象になるものと考えられるが、立法的な措置として、破産という特殊な状況に鑑み、源泉所得税額の算出について、源泉徴収税額表における乙欄を適用するなど簡易にすることを検討する余地があるものと考える。そのような規定を設けることにより、破産手続における破産管財人の税額計算の負担を軽減することができ、もって、破産手続の迅速化と源泉所得税に関する事務によるコストを抑制し、破産債権者により多く破産配当を実施することに寄与することができるものと思われる。また、このような規定の創設は、所得税においても、破産管財人による源泉徴収の適切な履行をより期待することができるものになると思われる。

3 結論

 以上の検討から、破産手続における労働債権の配当及び破産管財人報酬は、源泉徴収の対象となり、かつ、当該源泉所得税は財団債権に該当するものと考えられる。
また、破産管財人は、源泉徴収義務者とはならないものの、破産管財人の職責の観点から、破産財団増殖としての財産管理事務の一環として、源泉徴収に関する事務を負うものと考えられる。
しかしながら、破産という特殊な状況における破産手続の観点からは、所得税法においても、破産手続における源泉所得税額の計算を簡易にするような、立法措置を検討する余地があるものと思われる。

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