神川 和久

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 我が国に所得税が導入されて以来、個人事業者が法人成りすることで税負担の軽減を図ることが問題視されてきたものの、同族会社の留保金課税制度以外に取り立てて根本的な対応策が採られることはなかった。
先般、会社法の施行によって最低資本金制度が廃止され、一人会社が広く容認されるとともに、法人税法の改正では、中小同族会社の留保金課税制度が廃止された。このような状況にかんがみると、従前にも増して、税の中立性等の観点から個人事業者と同族会社との税負担の差異に関する問題に焦点が当てられることが予想される。
上記のごとき問題は、法人税と所得税の税率の差及び給与所得控除制度に起因する部分もあるが、法人税法上の損金と所得税法上(事業所得)の必要経費の取扱いの差異にも要因があると思われる。
そこで、法人税法上の損金と所得税法上の必要経費の範囲とその異同を整理し、検討することにより、個人事業者と法人事業者との税負担の差を緩和する何らかの措置の糸口となり、また、将来の課税ベースの見直し等の際に事業所得課税及び中小同族会社等に対する課税制度の在り方を考える上において一定の意義を有するものと考える。

2 研究の概要

(1) 個人事業者と同族会社との税負担の問題点
個人企業に比べ法人企業の税負担が軽くなる主な理由は、1累進税率が適用される所得税に対して法人税は比例税率であること、2本来個人事業者に課税されるべき所得の一部が、役員報酬などの法人から受ける給与所得に転化し、その給与所得について給与所得控除が適用されること、3同族関係者に給与等を支払うことにより所得を分散させることができることなどである。
法人が社会的・経済的にも急速に発展するとともにその担う役割が増大し、それに比例して個人とは別個の担税力の増加が認められ、次第に国家財政を支えるウェイトも増加する社会的背景の中、法人税制は個人の所得税とは切り離された体系を形成して行くなかで、同族会社の留保所得に対する課税制度などによって、かろうじて個人事業者と同族会社との税負担の均衡を図る努力が図られてきた。ただし、この均衡を図る措置にもかなりの動揺が見られる。
シャウプ勧告において指摘されるとおり、もし個人企業形態と法人企業形態の税負担に不均衡があるとすれば、納税者は、組織形態の選択に当たって生産の能率性よりも税負担の軽減を重視し、もって経済活動の能率を害することとなり、すなわち税制が事業選択に非中立であるという重大な欠陥を有していることとなる。
上記問題点の解決に当たっては、本来、同族会社に対する課税を個人事業者に対する課税に近づけなければならないにもかかわらず、逆に個人事業者に対する課税を同族会社に対する課税に近づけるという政策を選択した結果、問題を拡大させる方向に進んできたといい得るであろう。
近年、産業競争力の向上や中小企業の財務基盤の強化を図るため、留保所得課税の対象となる会社の範囲が縮小され、特に個人事業者との税負担の均衡を重視しなければならない中小規模の同族会社が留保所得課税制度の対象から除外された。
この結果、我が国の所得課税制度は、税負担の公平、税の中立といった観点から、かつてないほどの深刻な欠陥を抱えているといえるであろう。

(2) 所得税法における「必要経費」と法人税法における「損金」の概念
今日、租税法における「所得」の概念については、一般的には財政学上の「純資産増加説」に基づき広く理解されているといえよう。
我が国の所得税法あるいは法人税法においては、「所得」とは何かという明確な定義はなく、所得課税の目的に応じて各種所得の性格を分類し、その性格ごとの算定方法を規定しているにとどまる。したがって、両者における「所得」概念が、財政学上の「純資産増加説」と完全に一致するものではない。
特に、消費活動を含む経済活動全般から個人の課税所得を捕らえる所得税法においては、所得区分を設けて、その区分に対応する所得の算定方法を規定するため、おのずと必要経費の概念を一義的、画一的に規定することは困難である。
一方、営利事業を目的とする経済活動による法人の課税所得を捕らえる法人税法上の「損金」の概念は、昭和25年の旧法人税基本通達において「損金とは、法令により別段の定めのあるものの外資本等取引以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいう。」と規定されていたことから、法人が行う経済活動から生じる費用及び損失を広く捕らえているといえよう。
上記のとおり、所得税法と法人税法における「所得」の捕らえ方が異なるものであるため、「必要経費」と「損金」の概念に差異があることは当然である。
しかしながら、所得税法上の「事業所得」とは、「経済的利益の取得を伴う事業活動によって得られた所得をいう」のであり、「事業」とは「営利を目的とする継続的行為であって、社会通念上事業と認められるもの一切を指称」するとされる。
一方、法人税法上の所得については、明確な定義づけはないものの、法人税法自体が原則として営利事業を目的とする経済活動を営む法人が、その活動により稼得した利得に課税する趣旨であることから、上記所得税法における「事業所得」と本質的に異なるところはないであろう。
また、所得税法における事業所得は、「事業主の資産と勤労の結合から生じた所得を不可分一体の所得として観念している」と解されるところ、個人事業者が、法人を設立して事業形態のみを変更して事業を営んだとしても、その営利事業を目的とする経済活動により稼得された所得に、実態として異なるところはないはずである。営利を目的とする経済活動による所得である個人の事業所得についてみると、法人の所得と本質的に差異はなく、その限りにおいては両者の課税所得の計算において、「必要経費」と「損金」は近似のものといえよう。

(3) 現行の主な規定に見られる両者の差異

イ 原則規定
所得税法における事業所得の必要経費と法人税法上の損金の原則的規定に差異はないものの、資産の損失については、所得税法では事業用資産の取壊し、除却、滅失等による損失等に必要経費算入が制限される。これは、個人事業者の事業用資産の譲渡損失が、譲渡所得という所得区分の存在により事業所得と分離されていることに起因するものであろう。
また、所得税法においては、必要経費の範囲から家事費及び家事関連費を明確に区分する必要性を重視しており、これは、法人は営利を追求するため通常の事業活動における事業遂行上の支出を原則として「損金」と認めるのに対して、個人事業者は事業活動の主体であると同時に消費活動の主体としての側面を有するため、その支出のうち所得の処分とみられる「家事費」を課税所得の計算上除外する必要があるとの考えに基づくものである。
もっとも、法人の課税所得の計算においても、所得の処分と見られるもの、あるいは特定の個人が負担すべき支出は必ずしも「損金」に算入されるとは限らないことから、本質的には両者の範囲に差異はないといえる。

ロ 給与等
所得税法においては、原則として、事業主に対する報酬はもちろん、生計を一にする配偶者その他親族が事業から受ける対価(給与、地代家賃、利息等)は必要経費に算入されないが、事業専従者に対する給与について青色申告者に対する必要経費算入の特例を設けるとともに、白色申告者については専従者控除が認められている。
法人税法においては、役員給与等について一定の範囲を超えなければ原則として損金に算入されるが、一方で、特殊支配同族会社の業務主宰役員に対する給与については、一定の基準を設けて給与所得控除相当額を損金不算入とされている。

ハ 寄附金及び交際費
所得税法においては、いずれの支出についても必要経費算入に関する原則的取扱い以外に特段の規定はない。
一方、法人税法においては、資本金基準及び所得基準による一定の限度内の金額を損金算入するとしている。

ニ その他
減価償却費の計上について、所得税法は強制償却であるが、法人税法は損金経理を要求する。また、資産の評価損益についても法人税法は損金経理を要求している。
一方、退職給与引当金については所得税法のみに規定されている。

(4) 現行制度における問題点

イ 所得の分散
従来から指摘されているとおり、個人事業者が法人成りすることによって、事業主または親族に対して報酬等を支給する、あるいは法人の利益を配当し配当所得とすることによって事業所得を分散することが可能である。また、現行の所得税法においても、青色申告者については、青色専従者給与の特例が認められるという点において、白色申告者と比較して事業所得が分散されるといい得る。

ロ 所得の留保
個人事業者が法人成りし、利益を法人に留保することによって、個人に対する所得課税を繰り延べるという問題を緩和する措置として、同族会社の留保金課税制度が存在していたが、資本金の額若しくは出資金の額が一億円以下の同族会社に対して適用されないこととなったため、個人事業者との不均衡がさらに拡大する。

ハ その他
寄附金及び交際費については、法人税法では資本金基準及び所得基準による一定限度額が損金に算入されるため、所得税法と比較して事業関連性及び必要性の低い支出が所得から控除され得るとともに、減価償却が任意償却とされているため、その計上の多寡によって法人の所得金額を調整することが可能であり、適正な期間損益がゆがめられる。

(5) 法人税の意義と課題
法人の所得に対する課税の根拠を何に求めるかは様々な議論のあるところであるが、少なくとも個人に対する所得税を補完する(個人に対する所得税の課税の繰延べを調整又は防止する)ものとする捕らえ方では、1法人は継続企業を前提とするため配当せず留保した利益を新たな利益の獲得のために投下すること、2法人相互の株式の持合いなどにより法人の獲得した利益が必ずしも株主である個人に帰属するとはいえないこと、3市場価格による株式の譲渡益がその法人の留保利益を反映したものとはいえないこと、4企業の海外進出あるいは日本市場の開放による直接投資の促進という経済のグローバル化により海外への所得の流出を的確に捕捉できない、といった問題点を包含する。したがって、所得税の補完税というよりも、その株主又は構成員とは切り離されたところの組織体として課税すべきものに対する税であることに法人税の意義を見いだすべきではなかろうか。
我が国の法人税法においては、納税義務者を原則として法人格の有無で峻別する。しかしながら、例外として人格のない社団や法人課税信託の受託者などの法人格を有しない者も納税義務者に取り込んでいる。その意図するところは、当該団体の稼得した利得がその構成員等に帰属するのを待って所得税を課すこととすると、他の納税者との均衡を害することとなるためである。
特に近年は、匿名組合や有限事業責任組合など様々な事業体の組成により、その課税のルールの整備が求められ、その事業体が稼得した利得を構成員に対する所得税等で捕捉するか、あるいは事業体に対する法人税で捕捉するかといった問題に対処する必要性に迫られている。
これらのことは、もはや法人格を有することをもって法人税の納税義務者となることが原則たりえず、事業活動(又は投資活動)に基づき稼得した利得を機能的に捕捉するために所得税と法人税とを使い分けることを意味する。
したがって、今後の法人税は、出資者及び構成員から切り離された組織体に対する課税制度としてその納税義務者が純化されていくと考えられよう。

3 結論(個人事業者と中小同族会社に対する課税制度の統合)

 現行の法人税法のとおり、大法人と中小法人、物的会社と人的会社、あるいは業種や組織の多様化による様々な法人(事業体及び人格なき社団を含む)を一律に規制することは困難であるとともに、むしろ事業選択に対して非中立であることによって「経済活動の能率を害する」という深刻な問題を抱えている。
したがって、今後は法人税法において、その納税義務者とすべき範囲を整理(切り分けと取り込み)しなければならないであろう。
そのような観点から、少なくとも事業活動に基づく所得という観点から同質と考えられる個人事業者とそれと実態を同じくする同族会社との課税関係については、整合性を図らなければならない時期に来ているのではないかと思料する。
このような現状への対応策として、例えば、個人事業者と同等の中小同族会社に対してパススルー課税を選択したとしても、所得の分散についての対応策とはならないとともに、出資者が非居住者である場合に課税できないという問題点や出資者に対して未分配の利益に課税するという弊害が存するため、必ずしも十分な解決策とはならない。むしろ、個人事業者と同等の中小同族会社に対しては、法人税法上の納税義務者から分離し、その業務主宰者の個人事業所得と捕らえ、個人事業者と統合した「事業所得課税制度」として規律することが所得課税制度の本質からいって合理性に適い、かつ、両者を統合することによって、税務署における法人課税部門と個人課税部門との納税者の管理及び調査指導に関する事務の一体運営も可能となるなど税務行政の効率化にも資することとなるのではないかと思料する。

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