小山 真輝

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 現行の配当に関する税制の下、株式の発行法人が自己株式の取得を行う場合に、その自己株式を発行法人に譲渡した個人株主や法人株主においては、課税の繰延べに該当する取引や市場取引などの一定のものを除き、その譲渡対価のうち「取得資本金額」を超える部分の金額が「みなし配当」に当たるとされ、配当所得等として取り扱われる。その際、個々の事例にもよるが、個人株主にとっては、その譲渡対価の一部の所得区分が配当所得に振り換わり、損益通算の有無を中心とした有利不利が生ずるが、法人株主にとっては、一般的に、受取配当等の益金不算入規定の適用によるタックスメリットが生ずるとされ、税目間において配当税制の固有の差異が存する。
この個人・法人株主間における配当税制の固有の差異に着目して、株主構成によっては、いわゆる簿価譲渡としての課税の繰延べを選択せずに、恣意的に、みなし配当課税の適用を選択しようとする動きもある。この自己株式の取得時のみなし配当課税は平成13年6月の改正商法に対応したものであるが、施行後潜脱的な問題も生じており、その課税上の取扱いを中心として、配当税制としての固有の問題点を研究すべきものと考えられる。

2 研究の内容

(1) 多様化するM&Aと現行税制

イ 企業防衛策としてのMBO
企業のM&Aの多様化が進む中、その手法の一形態であるMBO(Management Buyout)は、一般的に、買収対象会社の経営陣が投資ファンドなどと共同して資金を出資し、事業の継続を前提としてその買収対象会社の株式を譲り受けることにより経営権を取得するというものである。
最近では、上場企業について、敵対的買収防衛策の一環等として、経営陣と投資ファンドが共同してSPC(特別目的会社)を設立し、そのSPCがTOB(株式公開買付け)により買収対象会社の株式を買い集め、その大株主となった後、株券等の非公開化(上場廃止及び継続開示義務の免除)を行うというケースが見受けられる。その際に、将来の訴訟リスク等の回避策として、経営陣等と利益相反する関係にある少数株主を排除(Squeeze Out)するため、従来、株式交換制度を採用する企業があった。

ロ 全部取得条項付種類株式を用いたMBOと税務上の取扱い
しかしながら、平成18年度の税制改正後は、株式交換制度の利用を避けるスクィーズ・アウト手法の一つとして、(a)普通株式を全部取得条項付種類株式に転換し、(b)当該全部取得条項付種類株式に係る取得決議によりその対価として新株を交付する際に、少数株主に対しては一株未満の端数のみが割り当てられるように割当比率を調整して、(c)少数株主に対しては当該一株未満の端数に相当する「金銭」を交付するといった手法が採られるようになっている。
全部取得条項付種類株式に係る取得決議による譲渡が、(@)取得の対価として取得をされる株主等に発行法人の株式のみ又は発行法人の株式及び新株予約権のみが交付されること、(A)取得された株式と交付を受けた株式又は新株予約権が概ね同額であることの適用要件を満たす場合には、その譲渡対価はその譲渡をした株式の譲渡の直前の帳簿価額に相当する金額とされ、いわゆる簿価譲渡として課税が繰り延べられるとともに、表裏の関係として、みなし配当課税が適用除外とされる。これは、従前の転換株式の転換と経済的な効果は変わらず、「投資が継続」しているという点が考慮されたものである。

(2) 自己株式のみなし配当を巡る諸問題

イ 課税の繰延べ要件に関する問題
株主の課税の繰延べに関する要件判定の場面においては、各段階で金銭の交付等が想定されるが、株主が「複数の株主」である場合には、判定に当たって「いずれかの株主に発行法人の株式以外の資産が交付される場合」 には、課税の繰延べが認められず、みなし配当課税が行われる。すなわち、規定上、要件判定の如何によっては、すべての個人株主及び法人株主を対象にオールorナッシングの関係で適用されることとなる。
したがって、一部の株主に対して「株式以外の資産」の交付が行われた場合に、他の株主においては、時価による譲渡損益が認識された上で、その譲渡対価のうち「取得資本金額」を超える部分の金額が「みなし配当」に当たるとされ、配当所得等として取り扱われることとなる。個々の事例にもよるが、個人株主にとっては、その譲渡対価の一部の所得区分が配当所得に振り換わり、損益通算の有無を中心とした有利不利が生ずるが、法人株主にとっては、一般的に、受取配当等の益金不算入規定の適用によるタックスメリットが創出され、税目間における配当税制の固有の差異がドラスティックに実現することとなる。

ロ 本来の配当課税とみなし配当課税

(イ)  配当税制の変遷
法人税については、明治32年の法人所得課税の導入以来、その課税根拠についての議論が行われつつ、数次の改正が行われてきているが、現行の配当税制は、例えば、個人の配当控除制度や法人の受取配当等の益金不算入制度において、法人税と所得税の二重課税を排除するという本来の趣旨は既に貫徹されず、制度としては担税力の調整等を前提とした政策税制としての色彩が濃くなっていると考えられる。
また、みなし配当の範囲及び金額についても、所得税において、大正9年に、減資等による払戻金の額のうち払込済金額等を超える部分が配当とみなされて以来、数次の改正が行われてきている。法人税においても、昭和25年に、受取配当が益金不算入となったことに伴って導入されて以来、数次の改正が行われ、平成13年度の組織再編税制導入時には、帳簿価額基準(昭和43年に取得価額基準から改正されたもの)が、所得税と同様、交付原資額基準に改正された。

(ロ)  自己株式のみなし配当の基本的な性格
ところで、自己株式のみなし配当課税が法人税と所得税の二重課税排除の調整を目的とするのであれば、発行会社の貸借対照表に「税法上の利益積立金額」の存在があって、「原始的な株主」が投資した資本金等の額を含んだ合計額に相当する金銭等で発行会社が自己株式を取得した場合に、「税法上の利益積立金額」部分を対象に、個人株主に対して配当所得としての課税が行われ、法人株主(25%以上の株式保有の場合)に対してその全額を益金不算入とするのが理想であると考えられる。

(ハ) 自己株式のみなし配当に関するその他の問題
しかしながら、自己株式のみなし配当課税については、上記イの問題のほか、例えば、次のような潜脱的な問題もみられ、それがタックスメリットといわれるゆえんでもある。

1 会計上の収益を上回るみなし配当収入に関する問題
みなし配当が生ずる株式は必ずしも「原始的な株主」が対象となるわけではなく、例えば、原始的個人株主と他の法人との利害が一致して株式を譲渡した場合に、個人株主は将来の配当所得を譲渡所得に振り換え、譲受法人は受取配当の益金不算入規定の適用により、会計上の損益と連動しない課税所得上の損失の創出が可能となる。また、みなし配当は、あくまでも収入というプラスの概念で「損」の概念がないとともに、配当課税回避行為の防止策である短期所有株式の配当除外規定も適用されない。

2 マイナスの利益積立金額に関する問題
株式の時価総額は、資産の含み益などの企業価値が具現されたものであることから、二重課税排除の調整の前提となる「課税済の利益積立金額」が発行会社において必ずしも存在するものではなく、場合によっては、マイナスの利益積立金額が生ずる発行会社も出現し得るため、例えば、親会社である株主が、自らの利益調整を意図して子会社である発行法人の未実現利益をみなし配当として享受することも考えられる。

(3) みなし配当に関する諸問題への対応

イ みなし配当課税の性格面からの検討
みなし配当課税について、1所得区分の転換面、2自己株式のみなし配当課税の創設趣旨面、3二重課税排除の調整機能面及び4清算分配金を配当として擬制する面からの検討を加えてみると、みなし配当を認識する上で、「出し手基準」以外にも「受け手基準」の重要性が増すとともに、「税法上の利益積立金額」の存在の必要性が増すものと考えられる。

ロ 課税繰延べ要件に関する問題

(イ)  税務執行の困難性と予測可能性の担保
上記(2)イのとおり、株式の譲渡損益の課税繰延べ制度において「株式以外の資産」の交付の有無が重要な判定要素の一つとなっており、その判定結果は、個人株主及び法人株主に大きな課税関係の違いをもたらす。また、同様の判定要素を用いている組織再編税制にあっても、意図せずに時価課税の適用を受けた事例も生ずるであろう。
企業行動としては「株式以外の資産」の交付を行わないパターンが通常は想定されるが、法人株主(例えば、経営陣と投資ファンドが共同して設立したSPC)が株主総会での多数を占め、意図して端数株式の代り金等に該当しない金銭等の交付を決定し、法人株主にみなし配当に起因した多額の譲渡損を生じさせた場合、税務執行上、それを、否認し得るものなのか。各税法に規定している行為計算否認の法理は解釈上適用の難しい場面が多いと考えられる。
また、納税者の予測可能性の向上等の観点から、事前照会制度等の充実もなされているが、今後、複雑化する個別事例の照会に対する回答の的確性の担保は難しさを増す。

(ロ) 金銭交付に対する考え方
現行制度の取扱いの原点となる組織再編税制の取扱いは理念的に正しいものであるが、スクィーズ・アウト手法として端数型の全部取得条項付種類株式方式による課税の繰延べが認められる範囲においては、「株式以外の資産」の不交付要件は事実上の意味が存在しないものとも考えられる。また、会社法の施行により合併等の対価の柔軟化が進んでいることから、この際、オールorナッシングの発想を解消し、「概ね同額」要件を担保に、投資が継続している部分のみを取り出して、課税の繰延べを認め、併せてみなし配当課税を行わないという選択もあり得る。その際には、次のような方策案が考えられる。

【方策案】
 株主からの自己株式の取得について、一定の要件(例えば、従前、租税特別措置法で認めていた株式交換税制の金銭交付のような5%未満要件等)を付した上で、投資の継続部分に対して課税の繰延べを認める。

  
ただし、金銭不交付要件は、組織再編税制にも存することから、株主に対して部分譲渡を認めれば、理論的には、移転資産等の時価評価も連動して部分的に対象とせざるを得ないとの考えもある。その場合、技術的・実務的に計算できるかという問題が新たに生じ、簡便性の観点からは逆行することとなる。

ハ 会計上の収益を上回るみなし配当収入に関する問題
自己株式のみなし配当課税の創設趣旨は堅持すべきものと考えられる。また、譲渡前の連なる旧所有者に対して配当課税がなされていなかったことの帰結であるとする考え方もみなし配当課税の根幹をなしている。
しかしながら、制度の創設趣旨を維持しつつも、「株主側の全体」的な発想だけでは疑問が残るタックスメリットも現に創出されることから、何らかの制限が必要である。その際には、次のような方策案が考えられる。

【方策案】
 個人株主に対しては、現行のみなし配当課税を存続させるが、法人株主に対しては、株主側だけで帳簿価額以下の部分のみなし配当収入を認識させず、譲渡収入と擬制させる。なお、現行の源泉徴収制度もそのまま存続させ、法人株主段階で擬制される譲渡収入に係る法人株主固有の源泉徴収制度と位置付ける。

 
ただし、出し手の発行法人において配当原資の利益積立金額の減算が起きつつ、受け手の法人株主において反対勘定となるべきであるみなし配当を認識しないことに対しては、その整合性を取るための理論的な裏付けが必要であり、更なる検討が求められる。また、源泉徴収制度においても、出し手で配当として課税し、受け手で譲渡とすることも同様である。

ニ マイナスの利益積立金額に関する問題
発行法人において将来実現する含み益に対しては法人税が当然に課税され、その「課税済の利益積立金額」を原資として将来の株主に対して利益の払戻しがあり得ることから、単なる課税時期の問題であるとする考え方も厳然としてある。
しかしながら、自己株式の取得価額には、幾多の要素が包含されており、必ずしも将来において課税が行われるという担保はなく、少なくとも配当と擬制するのであれば、その対象は発行法人の「課税済の利益積立金額」に限るという概念を持たせることと割り切る。その際には、次のような方策案が考えられる。

【方策案】
 取得時のマイナスの利益積立金額の部分はみなし配当に該当しないものとして、発行法人側でみなし配当の額自体を調整する(この方式は、当期の所得金額は考慮されない。)。

 
ただし、この場合、含み益の実現前後で株主側の課税関係が異なることとなるほか、仮に、株主が得た収入のうちに資本の払戻しでも配当でもない収入が出現し、その収入の性格付けができないという問題が生ずる。株主側で現行どおり配当という性格付けをさせるため、究極的な発想にはなるが、発行法人側において次のような代替案も考えられる。

【代替案】
 マイナスの利益積立金額を保有する発行法人自体に、自己株式の取得日を含む事業年度の期末時点でマイナスの利益積立金額に相当する将来の含み益が実現したものとみなして収益を認識し、課税所得を計算するとともに、その含み益相当額は、その収益を認識した後の事業年度において生ずる課税所得から控除する措置を講じ、発行法人自体の二重課税を防止する(この方式は、当期の所得金額が考慮され、株主側における現行のみなし配当額の計算方法も維持される。)。

3 結びに代えて

 税務執行上の対応の難しさが増す中、潜脱的な問題の解決のため、今後、上記のような方策を模索する必要があるが、その整合性を確保するためには、理論的な裏付けが必要であり、配当課税の在り方を念頭に置いた更なる検討が求められる。現段階においては、個々の事例の態様に応じた行為計算否認の法理の適用を考えざるを得ない。

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