藤田 健治

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 最近、徴収関係事務については、1標準的な処理期間等を法令上明記した物納手続の改正、2物納許可までに長期間を要した事案に対し、処理過程における担当公務員の職務上の法的義務違反及び損害賠償請求を認めた判決、3住民が県税事務所長を相手に「延滞金の徴収を怠っていることは、徴収権の裁量を逸脱するもので違法である」ことを確認する住民訴訟を提起し、それを認めた判決があり、事務処理の適正化がより一層求められているということが伺える。
一方、滞納残高については8年連続で減少しているものの、その内容をみると、滞納の累積化・長期化という、いわゆる滞納の処理困難化が進行している状況にある。このような滞納の処理困難化が進行している大きな要因として、「納付折衝中心の事務処理」が定着したことが挙げられている。今後も「納付折衝中心の事務処理」が行われるとすれば、期限内納付への意識が薄れ、滞納者はもとより、期限内に納付している納税者に対しても悪影響を及ぼしかねない。
また、国税徴収法は、各種財産の差押手続などの徴収手続を定めているが、具体的な執行(どの段階で、どのような処理をすべきか等)については、徴収職員の裁量にゆだねられている。しかしながら、そこには一定の限界があると解され、同じ状況にある滞納者について、徴収職員個々の裁量によって異なる徴収手続が執行されることは好ましくないし、許されるべきものではない。
そこで、滞納整理の現状等について、次のような観点から検討を加え、滞納整理を執行する側からみた「滞納整理のあるべき姿」について研究する。

1 滞納整理の現状と問題点:滞納整理の現状について、滞納整理状況の推移、滞納整理事務運営の変遷及び滞納整理を取り巻く環境の変化の観点から分析し、滞納整理上の問題点を洗い出すとともに、今後における滞納整理の方向について検討する。

2 滞納整理における裁量権の限界:行政裁量に関する一般的な考え方を踏まえ、税務行政における裁量について考察するとともに、徴収関係訴訟事件(損害賠償請求事件を中心)を概観し、滞納整理における裁量権の限界について検討する。

3 滞納整理手続の効率化及び合理化:自力執行権が認められているアメリカ、オーストラリア及びドイツの租税徴収制度を概観し、参考となる滞納整理手続を抽出するとともに、我が国の滞納整理手続の効率化策・合理化策について検討する。

4 滞納整理のあるべき姿(提言):これまでの検討結果を踏まえ、滞納整理を執行する側からみた「滞納整理のあるべき姿」について提言する。

2 研究の内容

(1) 滞納整理の現状と問題点

イ 滞納整理の現状
滞納整理状況については、時機に応じた事務運営の実施等により、平成11年度以降8年連続して減少するなど、全体としておおむね順調に推移している。しかしながら、滞納整理を取り巻く環境は、バブル経済の出現とその崩壊を契機に経済活動や財産保有形態等に大きな変化がみられるとともに、差押執行対象財産の減少を招く法律の制定・改正及び裁判例の出現により、益々厳しくなっている。

ロ 滞納整理上の問題点
滞納残高の内容をみると、1繰越滞納の割合が圧倒的に多いこと、2滞納発生から5年以上経過しているものの割合が年々高くなっていること、3預かり金(預かり金的な性格)、かつ、赤字の場合にも発生する源泉所得税及び消費税の割合が年々増加していることといった特徴があり、滞納の累積化・長期化という、いわゆる滞納の処理困難化が進行している状況にある。
また、滞納の処理困難化の進行を招いた大きな要因として挙げられる「納付折衝中心の事務処理」が定着した原因として、1「滞納残高の圧縮」を達成するため、税額整理中心の事務運営が推進され、その結果、徴収の現場が「取りやすいところから取ればよい。」といった方向に流れた面があること、2差押対象財産が「債権」にシフトしているものの、倒産事案とそれ以外の事案では差押えの執行度合いが相当異なっていると推察されること、3徴収職員1人当たりの所掌事案数は減少傾向を示しているものの依然として高水準にあり、担当者・統括官ともに個別事案の的確な進行管理が困難な状況にあることが考えられる。このような滞納整理が今後も継続されると、納税者のモラルハザードに悪影響を及ぼし、最終的には滞納残高の増加を招くことになる。

ハ 今後における滞納整理の方向
滞納整理における重要な計数として、滞納の発生割合及び残割合が挙げられることから、これらの容認水準を明確にした上で、滞納残高の内容改善等の目標を設定する。また、滞納整理は、残高圧縮のほか、リピーターの防止を図るという使命も担っていることから、滞納者の実情を的確に把握した上で、法令に基づいた処理を確実に行うという、滞納整理を執行する側の法令遵守を意識した処理へと転換する。

(2) 滞納整理における裁量権の限界

イ 行政裁量に関する一般的な考え方
あらゆることを法律で定めることは不可能であることから、法律が行政機関に独自の判断余地を与え、一定の活動の自由を認めている場合がある。これを「行政裁量」という。裁判所は、法律に照らして裁量権行使について司法審査を行う役割が与えられ、裁量統制の判断基準として、1事実誤認、2目的違反・動機違反、3信義則違反、4平等原則違反、5比例原則違反、6基本的人権の尊重が導き出された。最近では、7裁量処分に至る行政庁の判断形成過程の合理性について審査する手法(判断過程審査)、8処分結果に対する関心とは別の次元で、より純粋に手続的な観点から審査する手法(手続的審査)を採用する判例もみられる。
なお、行政庁は、立法者からある事案の処理について最も適切な選択肢を採るよう委託(負託)されていることから、裁量権の行使については、それが法律の趣旨・目的に適合するか否かという観点から判断すべきであると考える。

ロ 税務行政における裁量
税務行政における基本法としての租税法を支配する基本原則として、「租税法律主義」と「租税公平主義」の二つがあり、特に滞納整理の執行面においては、租税法律主義における「合法性の原則」及び「手続的保障原則」と租税公平主義における「平等取扱原則ないし不平等取扱禁止原則」が重要である。
また、税務上の処分の相手方は特定の納税者であり、一般行政処分のような「公共の福祉」や「複効的処分」という観点はないと解されることから、税務行政における裁量の範囲は一般行政処分に比べて狭くなり、いわゆる「自由裁量」は存在しないと考える。特に、滞納整理手続については、1国税債権として既に金額が確定していること、2滞納者の権利義務はもとより、第三者の権利義務に対しても重大な影響を与えることから、適法・違法はもとより、妥当・不当といった観点からの要請も一層強いと考える。

ハ 滞納整理における裁量権の限界
滞納整理における裁量権の限界について、徴収関係訴訟のうち損害賠償請求事件の裁判例を概観すると、1滞納国税の徴収方法については、滞納者の各事情(納付の意思、納付資力、事業の状況、生活の状況等)を総合勘案して判断する必要があることから、徴収職員には、広範囲な裁量が認められること(福岡地判平16.12.20、名古屋高判平18.1.19)、2違法性の有無については、遵守すべき行動規範ないし職務義務に違反したか否かによって判断されること(大阪地判平14.10.1、東京高判平19.8.30)が伺われる。
したがって、滞納国税を徴収するためには、滞納者の実情に応じた合理的な手段・方法を選択(最も妥当なものを選択)するとともに、速やかに対応する必要がある。そして、それは普遍的なものであり、徴収職員個々によって選択肢が異なることは許されず、もし異なった場合には、徴収権の濫用として、また、法律等に定められていないことを行った場合には徴収権の逸脱として、それぞれ違法になると考える。

(3) 滞納整理手続の効率化及び合理化

イ 滞納整理手続の効率化及び合理化の必要性
滞納整理事務においては、1投下事務量に対する最高のコストパフォーマンスが求められること、2事案の個別進行管理が非常に重要であること、3事案の進ちょく状況の管理が手作業にゆだねられている面が強いこと、4滞納者のほか担保権者等の第三者にも大きな影響を及ぼすため、適正手続を確保する必要があることから、滞納整理手続の効率化・合理化についても検討する必要がある。

ロ 諸外国の租税徴収制度の概要
我が国と同様に自力執行権が認められているアメリカ、オーストラリア及びドイツの3カ国の租税徴収制度について概観した。

1 アメリカ:徴収手続は、文書催告⇒電話催告⇒滞納整理の順であり、差押えに関しては、債権差押え(預金や給料等)が中心となっている。また、不動産の差押えは少なく、特に滞納者の主たる住居は原則として差押禁止となっている。なお、特徴として、サモンズ(召喚状)による調査、差押予告通知・リーエン設定通知による適正手続の確保、第三者への無断接触の禁止、コンプロマイズによる納税額の減額・納付及び責任ある者からの徴収が挙げられる。

2 オーストラリア:租税の優先権及び動産・不動産に対する自力執行権はないが、取締役に対する責任追及、裁判所による動産・不動産からの徴収、出国禁止命令、破産手続(個人滞納者)及び清算手続(法人滞納者)の申立権など、我が国にはない強力な権限が付与されている。なお、徴収活動の中心は分割納付であるが、債権については自力執行権が認められており、滞納者の自主的な納付が期待できない場合には、債権差押えの執行が一般的となっている。

3 ドイツ:滞納税金(租税債権)の保有権者と滞納整理の執行部門が異なるなど、執行体制に特徴があり、執行部門には、滞納税金の減額等を行う権限はない。また、徴収手続については、租税の優先権はないが、不動産を除くすべての財産に対する自力執行権が認められている。なお、強制徴収処分については、適切・必要かつ正当であることが強く要求される。

ハ 滞納整理手続の効率化策・合理化策
我が国における滞納整理の現状、諸外国の租税徴収制度の概観から、滞納整理手続の効率化及び合理化を図る施策として、次のようなことが考えられる。

1 執行体制上の施策

・ 税務署徴収定員の再配分(厳正・的確な滞納整理の確実な実施)

・ 執行体制の見直し(国税局・税務署を通じた効率的な執行体制の構築)

2 執行上の施策

・ 差押予告通知書の事前送付(強制徴収処分への円滑な移行と適正手続の確保)

・ 納税緩和制度の見直し(効率的な処理と厳正かつ適正な処理との調和)

・ 金額基準による滞納整理(投下事務量に対する最高のコストパフォーマンス)

3 徴収制度上の施策

・ 猶予制度の整備(滞納者の権利保護・適正手続の確保)

・ 取締役の納付責任の創設(受任者の責任)

3 結論

(1) 基本的な考え方
「滞納整理のあるべき姿」を提言するに当たっては、税務署における滞納整理を前提とした上で、1すべての国税局、税務署又は徴収職員ごとにおいて、処分の均一性を確保すること、2強制徴収処分への転換(移行)時期を明確にすること、3滞納者の権利行使可能期間を設けることを基本とする。

(2) 滞納整理のあるべき姿(提言)

イ 新規発生滞納に対する統一処理
集中電話催告システムがすべての国税局に導入され、新規発生滞納に対する処理も良好な状況にあることから、集中電話催告センター室と税務署徴収部門における役割分担を明確にし、新規発生滞納に対する一連の処理の流れを構築する。
なお、税務署徴収部門の執行体制については、処理態様別の事務分担の導入等についても検討する。

ロ 差押予告通知書の事前送付
差押処分への的確な転換(移行)、滞納者の権利行使の確保及び滞納整理事務における適正手続の担保という観点から、最初の差押えを執行する場合における「差押予告通知書」の事前送付を制度化する。
なお、当該通知書が送達された日から10日以内に何らの申出がない場合は、財産調査・差押えに移行することとし、この期間が滞納者の権利行使可能期間となる。

ハ 猶予取扱いの見直し
法律に基づく猶予処理が確実に行えるよう、滞納金額、猶予期間、担保(証券提供を含む。)の有無及び不履行時の取消し等に着目した猶予取扱いを新たに定め、均一性や透明性を確保する。
なお、猶予については、1すべて滞納者側からの申請によること、2猶予申請に当たっては、客観的な証拠となる資料を添付させること、3債権の担保化を可能とすることが望まれる。

ニ 少額滞納事案に対する効率的な滞納整理
投下事務量に対するコストパフォーマンスを最大限に引き出すため、少額滞納(10万円未満)に対して、年1回、集中的な滞納整理(短期分納・債権差押えにより完結を目指す)を行って、滞納人員の圧縮を図る。

ホ 取締役に対する納付責任
滞納残高に占める源泉所得税及び消費税のウエイトが年々高くなっていること、これらの税目については負担者が別途存在していること等から、法人納税者の取締役に対して、源泉所得税及び消費税を納付する責任を負わせ、最終的には取締役個人の財産についても差押対象とする。

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