宮脇 義男

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 平成18年6月、公益法人制度の抜本的改革に係る関連法が公布され、平成20年中には、準則主義による簡便な法人の設立と第三者機関による公益性の認定等を柱とする新たな非営利法人制度が発足することとされている。
新たな非営利法人制度における税制のあり方については、既に政府税制調査会において、非営利法人自体に対する法人課税のあり方や非営利法人へ寄附金を支出した場合の税制上の取扱いについて、その基本的考え方が示されている。
一方、新たな非営利法人に対し個人が財産を贈与・遺贈した場合の相続税・贈与税のあり方については具体的な方向性は示されていないものの、これらの税のあり方にも少なからず影響を与えるものと考えられ、他の税目と同様に、平成20年度の税制改正における対応が予想される。
そこで、本研究は、新たな非営利法人制度の内容や相続税・贈与税の課税関係に与える影響を踏まえ、相続税法の見直しの方向性について考察することを目的とする。

2 研究の概要

(1) 新たな非営利法人制度について
新たな非営利法人制度の基本的枠組みは次のとおりである。

1 各主務官庁が法人の設立許可を行う現行の仕組みを改め、公益性の有無に関わらず、剰余金の分配を目的とせず、かつ、持分の定めのない法人を準則主義(登記)により簡便に設立できる制度を創設する(一般社団法人・一般財団法人)。その際、株式会社制度と同程度の自立的なカバナンスを確保する。

2 主務官庁から中立的に公益性の判断を行えるよう、内閣府等に民間有識者からなる第三者機関(公益認定等委員会)を新たに設けるとともに、そこでの意見に基づき、一般社団法人及び一般財団法人について目的、事業等の公益性を認定する制度を創設する(公益社団法人・公益財団法人)。

3 中間法人制度は、一般社団法人制度に包摂される関係にあるため、廃止する。
このように、新たな制度は法人の設立と公益性の判断とが分離されたところに特色が認められるが、これにより、現行制度では主務官庁の許可を受けて設立された法人は公益性の認められる法人(公益法人)のみであったものが、新たな制度では、剰余金の分配を目的としない法人について、公益性の認定がされた公益社団法人等の他に、公益性の認定を有さない一般社団法人等が新たな類型として存在することとなるとともに、一般社団法人等については目的の如何を問わず簡便に設立することができ、現行の中間法人制度の目的である「社員に共通する利益を図ること」以外の事業(収益事業等)を主目的とすることも可能となる。
また、このような一般社団法人制度等の存在は、会社制度にも影響を及ぼす。平成18年5月1日に施行された会社法は、株式会社について、株主に剰余金の配当及び残余財産の分配を受ける権利の全部を与えない旨の定款の定めは無効と定めているが(会社法105条2項)、この定めは、剰余金の配当か残余財産の分配かのいずれかの権利が確保されていれば営利性が満たされるとの考えの下、残余財産の分配を制限しなければ剰余金の配当を完全に制限することが可能ということを意味している。剰余金の配当を受ける権利が認められていても実際に配当しないことは勿論あり得るが、会社法は、定款上も剰余金の配当を全く行わない旨を定めることを認めている。このように、持分の定めがあるかどうかの違いはあるものの、株式会社と一般社団法人はともに、定款上、剰余金の配当(分配)を受ける権利を排除することが可能なのであり、このことは、両法人制度ともに事業内容に制限がないこと等とも相まって、今後、両者が互いに影響し合いながらも、均一化に向うことが考えられる。

(2)現行相続税法について
相続税・贈与税の納税義務者は、相続、遺贈又は個人からの贈与により財産を取得した「個人」と定めているため(相税1条の3、1条の4、21条の3)、これらの事由により財産を取得した「法人」に対しては、原則として相続税・贈与税は課税されることはないが、相続税・贈与税負担の回避を意図した法人への贈与が行われることも懸念される。そこで、相続税法には、同族会社等の行為又は計算の否認等(相税64条)の措置の他、公益法人等を通じた相続税・贈与税負担の回避を防止するための措置が存在する。
つまり、営利法人のように全ての所得が法人税の課税対象とされる法人であれば、贈与・遺贈といった無償による資産の譲受けに係る収益は、所得金額の計算上、他の収益と同様に益金の額に算入され(法税22条2項)、法人税の課税対象とされるが、公益法人等であれば、収益事業から生じた所得以外の所得は法人税の課税対象とされないため(法税7条)、無償による資産の譲受けに係る収益には法人税は課税されない。この点に着目して、公益法人等に自己の資産を移転し、しかも、事実上その法人等を支配して資産の保全を図る一方、相続税・贈与税負担を回避することが可能となるため、これを防ぐ観点から、これらの租税の不当減少の認められる一定の公益法人等を個人とみなして、これに相続税・贈与税を課税する措置を講じている(相税66条)。
相続税法第66条の対象とされる法人について、判例は、この規定は相続税の回避の防止を目的としていることから、持分の定めのある法人に財産の遺贈があった場合には、それによって生じた新たな持分又は持分の増加分は、持分を有する者が遺贈者からこれらを無償で取得したとして相続税が課されるので、持分の定めのある法人にはこの規定は適用されない旨、示している(東京地裁昭和46年7月15日判決(行裁例集22巻7号963頁))。
確かに、相続税法は、対価を支払わないで又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合には、その利益を受けた時において、その利益を受けた者が、その利益に相当する金額をその利益を受けさせた者から贈与又は遺贈により取得したものとみなすと定めており(相税9条)、相続税・贈与税の課税対象としている。そして、この定めに該当する具体的な例示の一つとして、通達は、株式又は出資の価値が増加した場合を掲げている。つまり、同族会社の株式又は出資の価額が、1会社に対して無償の財産の提供があった場合、2時価よりも著しく低い価額で現物出資があった場合、3対価を受けないで会社の債務の免除、引受け又は弁済があった場合、4会社に対して時価より著しく低い価額の対価で財産の譲渡をした場合に該当して反射的に増加した場合には、株主又は出資者に贈与又は遺贈があったものとされている(相基通9−2)。
しかし、これらの事由に該当しても株式又は出資の価値が増加したとは認められない場合がある。例えば、現物出資の場合、株式の交付が現物出資資産の価額に応じて各株主に平等に行われていれば、出資者間において株式の価値が移転したとは認められないため、相続税・贈与税の課税関係が生ずることはない。
また、法人の現物出資資産の受入れは、法人税法上、資本等取引に該当するため、所得金額の計算上、益金の額に算入されることはない(法税22条2項、5項)。
このように、持分の定めのある法人に対する資産の贈与・遺贈であっても、持分を有する者及び法人の双方において課税関係が生じない場合が存することとなる。
さらに、平成19年度の税制改正において同族会社に対する留保金課税が一部撤廃されたことや、法人税率引下げに関する議論が高まっていることにもあるとおり、法人所得に対する課税は、今後、弱められる方向に向かっているとも考えられるが、法人課税におけるこのような状況は、相続税・贈与税の課税対象と納税義務者との間に生ずるズレの存在を一層顕在化させる結果ともなる。

(3) 見直しの方向性
現行相続税法の構造を踏まえ、まず、相続税法第66条の見直しについて検討すると、仮に、現行制度の考え方を新たな非営利法人にそのまま適用するとすれば、1公益社団法人及び公益財団法人については、法人税の課税対象(益金算入)とならない場合で、相続税・贈与税負担の不当減少が認められるときはこれらの法人を個人とみなして相続税・贈与税を課税する、2一般社団法人及び一般財団法人については、無償による資産の移転を含む全ての収益が営利法人と同様に法人税の課税対象とされれば、相続税法において特段の手当ては行わない、ということとなる。
しかし、このような現行制度並びの手当てでは、一般社団法人等について、法人税の課税対象とはなるものの欠損法人の場合には実質的に税負担を回避できること、仮に資本等取引と整理されるものがあれば法人課税の対象外となること、こうした法人が準則主義の下で目的の如何を問わず簡便に設立できること等を踏まえると、相続税・贈与税回避の誘引が強い。従って、より踏み込んだ見直しが必要と考えられる。

3 結論

 このような懸念を払拭するためには、まずは、新たな非営利法人を一律に相続税法第66条の対象に加えた上で別途、租税回避の問題のない法人を適用除外とするなど、より踏み込んだ見直しが必要となる。しかし、仮にこのような措置を講じたとしても、執行上対応しきれるかどうかといった問題や、営利法人と一般社団法人における剰余金配当(分配)請求権の取扱いに見られるような両者の均一化が進む中で、新たな非営利法人に対してのみこのような措置を講ずることの有効な理由が見出し難くなる状況が今後生ずることも考えられ、いずれ、このような状況に対応しつつ、無償の財産取得に担税力を見出して課税するという相続税・贈与税の基本的な考え方に立ち返った見直しが必要と考えられる。例えば、現行の課税方式の下で法人も原則として相続税・贈与税の納税義務者とすることや、被相続人の分割前の遺産全体を課税対象とする遺産課税の要素を多く取り入れること、また、個人が実質的に支配している一般社団法人等については、資産の移転時における相続税・贈与税の課税だけでなく、移転後も個人が実質的に支配している状態が継続していると認められる場合には、その個人に係る相続が発生したときは、当該法人に帰属する資産をその個人の相続財産として相続税の課税対象とすることも視野に入れ、資産の無償・低額譲渡における他の課税関係にも考慮しつつ検討することが必要となる。

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