中村 弘

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 租税回避行為が否認されても、納税者に対して過少申告加算税しか賦課されない現状は、不合理といえないか。このことは、租税回避行為に対するサンクションについて、希薄ないしは空白地帯の存在をうかがわせるものであり、本研究における問題発掘の始まりでもある。
租税回避行為に関して、わが国では、それを否認することが議論の中心となってきた。しかし、否認というアプローチに関しては、個別の否認規定を追加していくという方向性の下、すでに議論が飽和状態にあることも予感させる。一方、アメリカなどでは、タックス・シェルターと称される租税回避型投資スキームへの対抗策として、個別の否認規定を繰り出すとともに、プロモーターに対する手続規制ともいえる報告制度を展開してきた。租税回避行為、とりわけプロモーターの存在が鍵を握るタックス・シェルターの対抗策としては、このような、否認規定と手続規制を掛け合わせた形が諸外国におけるトレンドとなっているが、わが国への導入に関しては、官民双方における諸事情を背景に、まだまだ困難との見方もある。
そこで本研究では、わが国におけるタックス・シェルター対抗策について、これまでとは異なる視点ということで、冒頭に述べた問題意識を踏まえ、サンクションについて取り上げることとした。租税法上のサンクションである加算税をみると、いわゆる要求官庁が不在とされる国税通則法の分野にあって、課税要件の見直しということが見過ごされてきた観もある。タックス・シェルターに対しては、否認規定、手続規制、そしてサンクションという三つの対抗策で臨むことが必要との認識の下、その一角を担うサンクションについて検討を行い、問題提起的ではあるが若干の提言を試みることとする。

2 研究の概要

(1) タックス・シェルターの不当性
タックス・シェルターの不当性については、1課税の不公平、2経済的な非効率、3税制の複雑化、4納税者への悪影響、5予定外の税収ロスなどが指摘される。加えて、租税の根拠たる民主主義的な租税観に立ち返り、タックス・シェルターの不当性を捉えれば、それによる租税利益の享受は、公益サービスを同量で受け取ることを要求しながら、それに必要な費用の負担を免れる、まさに公益サービスのフリーライドというに他ならない。また、税法の間隙を突くその発想は、市場の常識をもって民主主義の本旨を蝕むものともいえ、申告納税制度を根幹から崩壊させかねない危険性もはらんでいるといえよう。しかしながら、このようなタックス・シェルターが、官と民との知恵比べとして市場では常識と化し、正当化すらされている。このことに対しては、毅然として異を唱えていくべきではなかろうか。そのためには、納税道義(モラル)を唱えていくことは勿論であるが、サンクションを措置することにより、タックス・シェルターを容認しないという国家としての強い意思を示していく必要があると考える。

(2) サンクション体系の構図
サンクション体系としては、制裁対象となるタックス・シェルターについて、否認されたものと、されていないもの、また制裁の名宛人についても、納税者とプロモーターという軸を相互に絡め、下図のとおり、3つの場面を捉えて検討を行った。
図

(3) タックス・シェルターの否認における納税者へのサンクション
タックス・シェルターは、市場の複雑化・国際化を背景に、経済合理性のない法形式を用いることによって、租税負担を免れるべくして免れるものであり、それが否認された場合には、単なる過少申告とはいい難い。にもかかわらず、過少申告加算税しか賦課されないという現実は、サンクションの希薄地帯と認識できる。私法における選択可能性を濫用したその行為は、まさに現代型の隠ぺい・仮装行為との評価に値し、このようなタックス・シェルターの否認に対しては、重加算税に相当する新たな加算税を賦課すべき合理性があるものと考える。この新たな加算税の賦課要件となるのは、「租税の負担を減少させる不当な取引」という行為類型である。また、この中の「不当な取引」については、「事業目的を遂行するために通常行われる取引と認められない取引」として、「不当な取引」に該当する多様な類型について、最大公約数的に規定することが相当と考える。なお、その具体例については、重加算税の場合と同様、判例等の蓄積を踏まえつつ、通達により詳らかにしていくことが、現実的かつ妥当な対応であろう。併せて、現行の重加算税については、賦課要件である「隠ぺい・仮装」の有責性を見直し、諸外国に比しても軽い課税割合の引き上げを行うことにより、新たな加算税との制裁バランスを図るべきであると考える。

(4) タックス・シェルターの否認におけるプロモーター・サンクション
従来、タックス・シェルターの問題については、その否認を中心とした、納税者対課税庁という2極的な対抗策が論じられてきたが、プロモーターを叩かなければ抜本的な対抗策とはなり得ないという実態を踏まえると、今後は、プロモーターを加えたところの3極的な対抗策を検討していくことが必要である。プロモーターに関しては、自らが販売したタックス・シェルターが否認されても、それによって獲得した不当ともいえる報酬については、行政処分により剥奪されることはない。つまり、プロモーターに対するサンクションに空白地帯の存在が認められる。否認されたタックス・シェルターの販売行為を、納税者の適正な申告納税を阻害する不当な行為と評価し、それによって獲得した報酬は、不当な利得として剥奪すべきではないか。その趣旨からすれば、プロモーター・サンクションには、近年、積極的な措置や運用が進む独占禁止法などの課徴金的な性格を見出すこととなる。プロモーター・サンクションの賦課要件は、否認されたタックス・シェルターを納税者に販売したことであるが、その事実と報酬額は、タックス・シェルターの否認を契機としたプロモーターへの調査により認定されることから、処分権者としては、税務署長が想定される。また、プロモーター・サンクションの水準は、不当な利得の剥奪という趣旨に立てば、報酬の全額が相当といえるが、タックス・シェルターの販売は割に合わないと認識される程度の水準を確保することが必要である。

(5) タックス・シェルター情報の報告に対するポジティブ・サンクション
税務当局への秘匿が重要な属性とされるタックス・シェルター情報を、税務当局へ報告させるということは、その流通を阻害する大きな不利益要因となり、事前の抑止を狙えるという点では、否認という手段よりも効果を期待できる。また、税務当局側においてもタックス・シェルター情報の効果的な収集が可能となることから、的確な税務執行や、いち早い立法対応なども期待できる。しかし、税務当局への報告を義務化するにあたっては、対象となるタックス・シェルターの定義付けやプロモーター側の抵抗など、法制度化に向けてのハードルも多く指摘される。そこで、このような義務的な報告制度ではなく、プロモーター等の任意によってタックス・シェルター情報を税務当局に報告できることとし、報告を実施した場合には、その報告したタックス・シェルターが否認された場合に課される制裁(新たな加算税やプロモーター・サンクション)を減免するというポジティブ・サンクションを絡めたリーニエンシー制度を提案したい。独占禁止法では、カルテル等の秘匿性を有する経済犯罪に対して有効ということで、課徴金減免制度を導入しているが、秘匿性という属性において、タックス・シェルターへの応用が可能であると考える。また、任意の報告制度ではあるが、制裁の減免とリンクさせていることから、報告の実施について、一定の成果が上がることも期待できる。従来、サンクションといえば、義務の不履行に対して不利益を与えるものであったが、逆に利益を与えて実を取るという発想転換も必要ではなかろうか。

(6)税理士業界におけるサンクション
 タックス・シェルターのプロモーターとしては、大手会計事務所のほか、近年では、金融機関や法律事務所の参入もみられるとのことであるが、その背後には、租税に関する高度な知識を備えた租税専門家が存在するといわれる。わが国おいて、国民に最も身近な租税専門家といえるのが税理士である。その税理士が、わが国において、プロモーターとして中心的な役割を担っているという現状にあるわけではないが、タックス・シェルターが狙うところの租税に関する第一の専門家といえるのが税理士であることから、ここでは税理士を取り上げ、その業界としてのサンクションについて、検討を行うこととした。
税理士は、わが国において無償独占に税理士業務を行うことを税理士法により保障されている。したがって、税理士がプロモーターとして暗躍するなどということは、課せられた社会的使命を濫用するものとして、決して許されるべきことではない。税理士法が、脱税相談等に関して厳しい態度で臨むことは当然であるが、タックス・シェルターのプロモーターたることについても、それに準じた態度で臨むべきではなかろうか。そのために、脱税相談等の禁止規定(税理士法36条)に準じて、租税回避相談等を禁止する旨の規定を新たに措置することも考えられるが、少なくとも、関与したタックス・シェルターが否認され、前述したプロモーター・サンクションが賦課される事態に至った場合については、信用失墜行為(税理士法37条)に該当するとの判断を示し、税理士法による処分を検討すべきと考える。また、税理士がプロモーターとして暗躍することは、税理士個人の職業倫理という問題に止まらず、税理士全体の信用や品位を害する行為として、税理士業界としても看過できない問題のはずである。税理士業界の健全な維持発展を考えれば、税理士会として、タックス・シェルターに関する自主規制ルールの措置について検討すべきではなかろうか。なお、このことは、タックス・シェルターのプロモーターとしての可能性が指摘される、公認会計士をはじめとした他の士業界においても、同様のスタンスで論じられてしかるべきである。

3 結びに代えて

 タックス・シェルターをはじめとする租税回避行為には、「法律に決められたとおりの租税を負担しているのだから問題ない」との主張を含んでいる。このことは、租税回避行為がフェアな行為ではない、つまりグレーな行為であることを市場としては認識しつつも、その責任を租税法規の不完全さということで国に転嫁し、法律により否定されるまでは止めないという主張にもつながっている。そもそも市場の原理は、グレーゾーンでの「やり得」を許しているともいえるが、租税の原理としては容認できない価値観のはずである。ただし、成熟した市場では、コンプライアンスに関して、「法律に違反しなければ何をやっても良い」との解釈は成り立たなくなり、市場と民主主義との両立が達成されているものと考える。納税に対するコンプライアンスが、成熟した市場のコンプライアンスと同じ価値観を獲得することになれば、租税回避行為にサンクションを与えることも、社会通念として正義となっているであろう。

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