村井 泰人

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 国税庁が公表している「平成16年分会社標本調査結果報告」によると、わが国における法人企業のほとんどが同族会社であり、資本金5,000万円未満の中小企業である。
同族会社という組織上の利点としては、経営意思決定が迅速であり、結束力や実行力が強いこと等が挙げられるが、他方、所有と経営が分離していないことから、オーナー一族による会社の私物化、財務的に不透明で内部牽制が甘い等、およそ非同族会社では考えられない異常な経済取引等も行われやすい現状にあり、実際にこれを隠れ蓑として租税負担の公平性を著しく害する脱税行為や租税回避行為が行われている。
このような中で、平成18年改正において、所得税法における同族会社の行為又は計算の否認(以下「行為計算否認」という。)規定の対象となる同族会社に外国法人を含めることとし、その適用範囲が拡大されるとともに、同規定が適用された場合には、法人税法等との間での対応的調整(同一税目内での調整ではない。)を行うこととする規定が創設された。
また、行為計算否認規定の適用に当たっては、その要件としての「同族会社の行為計算」及び「税負担の不当減少」等の不確定概念の解釈について、過去から課税庁と納税者との間で争いが絶えない状況にある。
そこで本稿では、所得税法における行為計算否認規定の創設時から現在に至るまでの変遷及び主な裁判例を整理し、不確定概念に対して一定の定義付けを行い、その延長にある対応的調整規定が「税負担の不当減少」に及ぼす影響の有無、同規定の射程についての検討及び同規定の問題点を指摘することで、行為計算否認規定の今後のあり方について研究するものである。

2 研究の概要

(1) 租税回避行為と同族会社の行為又は計算
行為計算否認規定について論ずる前に、同規定の租税法上の位置付けを確認するため、以下の観点から整理を行った。
納税者が行う経済行為は多種多様であり、これらの行為を租税法の観点から分類すれば、「節税行為」、「脱税行為」及び「租税回避行為」に三分類できる。
租税回避行為には、否認されるべき行為と否認されるべきではない行為とが存在し、その違いは、「税負担の不当減少」の有無によるが、否認する手法としては個別(否認)規定(所法37等)による場合と行為計算否認規定による場合がある。
なお、課税要件事実における実質主義による否認については、取引自体を通謀虚偽表示による仮装取引と認定することから、租税回避行為には該当せず脱税行為となる。

(2) 行為計算否認規定の適用に関する問題点
上記(1)による考え方の下、行為計算否認規定の創設から現在に至るまでの変遷及び主な裁判例の分析により問題点を抽出して検討を行った。

イ 所得税法における行為計算否認規定の位置付け
過去の裁判例によると、否認すべき取引が仮装であり、脱税行為に該当するにもかかわらず行為計算否認規定を適用したり、必要経費性を争うべきであるにもかかわらず同規定を適用したりしている事例が散見された。
同規定は、あくまで同族会社を介した租税回避行為を否認するための規定であり、脱税行為自体を否認することはできない。また、同時に私法上有効に成立している異常な経済取引自体の法律効果を否認するものでもなく、税務署長が適正取引を想定し、これに引き直して課税することを目的とするものであり、いわば、他の所得税法の例外規定であると位置付けられ、同規定と同法37条等の個別(否認)規定の両方の適用が考えられるときは、まず、個別(否認)規定を優先的に適用すべきであると考える。

ロ 行為計算否認規定における「不確定概念」
上記イのとおり、課税要件事実における実質主義による否認及び個別(否認)規定による否認といった二つのフィルターを通した上で行為計算否認規定は適用されるべきであるが、同規定の適用に当たっては以下の解釈が問題となる。

(イ)  行為又は計算の「主体」
現行の所法第157条第1項は、「次に掲げる法人の行為又は計算」と規定しており、行為計算の主体を同族会社に限定し、株主等個人の同族会社に対する行為計算をその対象としていないと読める。しかし、このような限定的な解釈では、創設時から現在に至るまでの同規定の立法趣旨を没却することとなるため、同規定の論理的解釈としては、行為計算の主体を能動的又は受動的に同族会社として捉え、取引全体を見据えた上で、その異常性を判断すべきであると考える。

(ロ)  「行為」又は「計算」の意義
「行為」又は「計算」の意義については、創設から現在に至るまで税法上の具体的な定義規定はない。
行為計算否認規定の創設及び「計算」という文言を含める改正を行った経緯並びに学説及び裁判例(大阪地裁昭和33年7月21日判決)によって、一定の解釈がなされてきたことを踏まえると、「行為」とは、「同族会社が、株主や第三者を含めたところの外部に向けて行うもので、課税要件事実を構成するもの」であり、「計算」とは、「同族会社が内部に向けて行うものであり、『行為』の結果を数額的に表現したもの」で、同規定の創設時当初においては、過渡的措置として立法技術的に規定された(その「行為」自体を否認したいが、行為計算否認規定創設前に行われた「行為」であるため否認できないことから、その「結果」である数値を否認するといった)ものであると考える。

(ハ)  「不当性」の判断基準
「不当性」の判断基準についても、明確なメルクマールは示されていないが、解釈論として、否認対象である行為計算に基づいて算出された税額と経済的実質に基づいて算定された税額との偏差により判断し、原則として、取引全体を通じて不当に税負担を減少させたかどうかを観察するのが妥当であるとの見解を昭和36年7月の税制調査会の答申で示している。
ここで問題となるのは、経済的実質に基づく税額をどのように算定するのかということであるが、この点については、あくまで行為計算そのものを税法上否認するだけなのであるから、斟酌すべき金額の範囲としては、課税庁及び納税者双方の恣意性を排除するためにも、過去の裁判例が示すとおり、否認されるべき行為計算と直接関係のある同族会社の株主等個人の所得税だけによって判断すべきであり、同族会社の法人税等といった他の税目及び同個人の他の所得区分について考慮する必要はなく、また、比較基準としては、独立当事者間価格及び取引市場が形成されているものについては市場価格(適正時価)によって判断すべきである。
ただし、一義的にはこのような金額基準で「不当性」を判断したとしても、私法上有効に成立している異常な取引である以上、このような取引を行ったことに対して、「税負担の不当減少」以外に「社会通念上許される正当理由ないし事業目的が存在する」場合には、純経済人の行為として不自然・不合理であるとはいえず、金額の多寡のみをもって否認することはできないものと考える。

(3) 対応的調整規定がもたらす影響

イ 対応的調整規定と「不当性」の判断基準
平成18年改正によって創設された対応的調整規定は、例えば、法人税法上、行為計算否認規定が適用されて増額更正処分がなされた場合には、その「結果」を受けて当該行為計算と直接関係のある所得税について反射的な計算として減額更正するという趣旨の規定であるから、行為計算否認規定の適用要件の一つである「不当性」の判断基準にまでは影響を及ぼさないと考える。

ロ 対応的調整規定の射程及び適用を巡る問題点
対応的調整規定は、ある行為計算を否認した場合、それを原資とする当事者間の税目又は勘定科目のどこまでをその調整の対象とするのかについて規定していない。二重課税の排除という考え方に立てば、精緻な調整を行う必要があり、また、理論上も可能である。しかし、現実的には様々な制約からこのような精緻な調整は困難であり、課税庁及び納税者の恣意性が介入するおそれがあることから、適正な調整結果を担保するためにも一定の線引きが必要であると考える。
また、同規定は、税務署長の義務的規定と解するのか否かについて明確ではないが、行為計算否認規定を適用した場合には、その反射的な計算処理を行うと規定された以上、少なくともわが国の課税権が及ぶ範囲内においては、義務として履行されなければならないと考える。
もっとも、対応的調整による減額更正は、通常の更正の請求理由ないし後発的な更正の請求理由に該当しないと考えられることから、国税通則法第70条第2項の除斥期間に服するが、仮に、5年超の期間に同族会社の行為計算以外で何らかの偽りその他不正な行為が行われ、併せて行為計算否認規定が適用されて更正処分がなされた場合においては、もはや対応的調整ができず、税務署長の義務が履行されない結果となってしまう。
以上のような問題以外にも、先に述べたとおり、所得税における行為計算否認規定の対象となる同族会社の範囲に従来の内国法人に加えて外国法人も含まれることとなったため、国内外における課税する側の管轄を超えた行為計算を否認した場合の対応的調整をどのように行うのかといった問題も生じると考えられる。

3 結論

 今後、所得税法における同族会社の行為計算否認規定の適用に当たっては、納税者サイドの予測可能性の観点から、「行為」又は「計算」の意義及びそれらの「主体」については、同規定の立法趣旨及びこれまでの裁判例による解釈に則り、法令又は法令解釈通達において、課税庁としての明確な意思表示を行うべきである。
それに併せて、対応的調整に関してはその立法趣旨に鑑みて、例えば、「所得税において行為計算否認規定を適用して増額更正をした場合は、その更正に対して、法人税等において減額更正をする」こと及びその調整範囲を「否認した行為計算に直接関係する部分に限る」ことを明確にする法令の制定又は法令解釈通達の発遣を行うとともに、その実効性を法的に担保するため、国税通則法第70条第2項において除斥期間を延長するか否か検討する必要がある。
また、運営的な側面からは、対応的調整を税務署長が怠った場合、行政事件訴訟法における「義務付け訴訟」が提起できるのかどうかについては、今後、更なる研究を進めていく必要があるが、このようなことを示唆する実務家もいることから、これまで以上に、調査段階での管轄を超えた連絡体制等を構築し、充実させていく必要があるといえよう。

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