中村 隆一

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 外国法人は、法人税法第138条に規定する国内源泉所得を有する場合に法人税の納税義務が生じ、国内において事業を行う一定の場所等(以下「PE」という。)の有無やその形態により課税所得の範囲が異なることとされている。当該外国法人が、日本にPEを有しない場合には、その課税所得の範囲は、法人税法第138条第1号に掲げる国内源泉所得(以下「1号所得」という。)のうち、国内にある資産の運用若しくは保有又は国内にある不動産の譲渡により生ずるものその他政令で定めるもの(不動産関連株式の譲渡等による所得)並びに第2号の人的役務提供事業の所得及び第3号の不動産等の貸付けによる所得とされている。なお、法人税法第138条第2号以下の所得については、原則として所得税がその所得の支払の際に源泉徴収されることとされている。
そこで、例えば、日本にPEを有しない外国法人が、日本において証券会社等を通じて先物取引を行い、差金決済を行った場合の国内法のみにおける課税関係を考えてみると、当該外国法人は日本にPEを有しないことから、国内において行う事業から生ずる所得として課税ができない。また、1号所得のうち国内にある不動産の譲渡により生ずる所得その他政令で定めるものにも該当しない。そして、法人税法第138条第2号及び第3号の各所得にも該当しない。さらに、法人税法第138条第4号以下の所得にも該当しないことから、源泉分離課税も行われないこととなる。そこで最後に、国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得に該当するかどうかであるが、これについては先物取引はオプションのような権利ではなく義務でもあることや将来の時点で商品を購入する契約であることから、権利・義務や契約に係るポジションを1号所得の「資産」とみるのは困難であるという指摘がある。また、スワップ取引についても、先物取引と同様の問題が生じており、通貨スワップは資金の交換であり貸付金のような資産ではないことから、1号所得の「資産」とみるのには困難であるといわれている。
そうすると、日本にPEを有しない外国法人が、我が国においてデリバティブ取引を行って稼得した所得については、法人税も所得税も課されずに国外に持ち出されることになるが、この解釈は妥当であろうか。
そこで、日本にPEを有しない外国法人が、我が国におけるデリバティブ取引から生ずる所得について1号所得のうち「資産の運用又は保有により生ずる所得」として課税ができるのか検討することとする。この場合、1号所得の「資産」の解釈が大きな問題となっていると考えることから、本研究においては、デリバティブ取引の主要な取引である先物・先渡取引、オプション取引、スワップ取引について、1号所得の「資産」の意義に焦点を絞って検討することとしたい。

2 研究の概要

(1) 私法・会計における「資産」概念
1号所得の「資産」の概念については、法人税法及び所得税法においてはなんら定義規定がないことから、まず私法及び会計の「資産」概念を検討することとし、当該資産概念が1号所得の資産概念として用いることができるのか否かを検証する。
まず、民法においては、「資産」の用語は第37条(定款)において用いられているが、その概念はなんら定められていない。民法においては物権と債権が規定されており、例えば「物」とは有体物をいうとされ、これには不動産、動産がある。これらは、貸借対照表において基本的には資産として計上されているが、有体物に限られていることから、法人税法で規定されている無形固定資産は含まれていない。このことから、1号所得の資産として、民法の「資産」概念をそのまま採用することはできないのではないかと考える。
次に、会社法においては、貸借対照表等の作成に当たって「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従う」という前提の下、その目的のために法務省令で定めをおいている。よって、会社計算規則に規定されているものについては一般的には1号所得の資産と認められるが、そうでないものについては一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うことになることから、これについては会計上の資産概念が採用されているのではないかと考える。会社法は剰余金分配規制等の視点から、会計は利害関係者のための情報開示の視点から「資産」概念が形成されているものと考えられる。しかしながら、外国法人に対する課税は所得を課税物件とすることから、後で述べるとおり、所得を発生させる源泉は何かという視点から1号所得の「資産」概念を捉えるべきであると考える。したがって、会社法・会計の「資産」概念を、そのまま所得の発生源泉である1号所得の資産として採用することはできないのではないかと考える。

(2) 法人税法以外の税法における「資産」概念
ここでは、相続税法における財産概念、消費税法及び所得税法における資産概念を考察した。
まず、相続税法における財産概念を分析した理由は、「国内にある資産」か否かの判定に当たっては、法人税法第138条第2号以下と同様の規定である所得税法第161条第2号以下の各号や所得税法施行令第280条に規定がないものについては、相続税法第10条の規定によって解釈すべきであると解されていることから、同条に掲げられている財産であれば、1号所得の「資産」であると考えてもよいのではないかと考えたからである。相続税法における財産とは、「金銭に見積ることができる経済的価値のあるすべてのもの」をいうと解されている。相続税法における財産と1号所得の「資産」との関係については、1号所得の資産は、固有概念であると考えることから、相続税法における財産(である権利の束)を、所得を直接生み出す源泉であるという大きな観点の下に、経済学的・会計的な観点をも踏まえたフィルターを通したものであると考えられる。これは、法人税法施行令第177条に掲げてある権利そのものを1号所得の資産と規定されていることと整合性を有すると考える。
次に、消費税法における資産概念を分析した。消費税法における資産概念は、付加価値の有無の観点から取引の対象となるものという基底から形成されているものと解され、これには、権利、財産、法律上の地位等を含む、取引の対象となる一切の資産を含む広い観念であると解される。そうすると、1号所得の資産概念は所得を直接生み出す源泉であると解され、消費税法の資産概念とはこの根本における考えが異なるものと考えられることから、消費税法の資産を1号所得の資産と同様に解することはできないと考える。
最後に所得税法における資産概念を探究した。所得税法における資産概念は、各種所得等によって区々であるが、最大公約数的には所得税法における「資産」概念は、一切の財産権を含む観念で、動産・不動産、借地権、無体財産権、許認可による権利及び地位などが広くそれに含まれ、さらには税法上の繰延資産、会計上の繰延資産及びその他の税法上の資産が包含されると考えられる。そして、会計上の繰延資産及びその他の税法上の資産を除いて、何が「資産」であるかということについては、当該所得を生み出す直接の源泉が何かということによるのではないかと解される。特に譲渡所得の起因となる資産については、1号所得の「資産の譲渡により生ずる所得」との関連性が強いことから、譲渡性のある財産権については、1号所得の資産と解すべきである。

(3) 法人税法における「資産」概念
法人税法、移転価格税制の無形資産、そして1号所得の規定の経緯、法人税法第138条第2号以下の各号及び法人税法施行令第177条から1号所得の資産概念について分析した。
法人税法についても資産の定義がされていないことから、同法第2条に規定されている棚卸資産等から類推解釈できるのではないかと考え、本研究の観点から、同条に規定されている固定資産、特に無形固定資産及び繰延資産等から探求したところ、各規定等によりその資産の概念・範囲は異なると思われるものの、大枠においては、財産権(法律に準じた権利や税法上の繰延資産を含む。)、会計上の繰延資産及びその他の税法上の資産であると考えられる。この財産権である資産は、所得を生み出す源泉は何かという観点から規定されているのではないかと思われる。ただし、固定資産や繰延資産等は、法人税法上列挙されたものしか認められないということは留意しておかなければならない。
移転価格税制の無形資産とは、「著作権、基本通達20-1-21に定める工業所有権のほか、顧客リスト、販売網等の重要な価値のあるものをいう」とされている。ただ、移転価格税制の無形資産について、これを1号所得の資産とした場合には国際課税上問題が生じる点もあること等から、これについては1号所得の資産と解するのは困難であると考えた。
そして、1号所得の規定の経緯(特に非居住者・外国法人の課税規定が創設された明治32年に着目)、法人税法第138条第2号以下の各号及び法人税法施行令第177条から1号所得の資産概念を分析した。この分析から、1号所得の資産概念は、法人税法及び所得税法の資産概念と類概念ではあるが、1号所得の規定の創設時の資産概念は所得を直接生み出す源泉であると解されていることから、それに従い、本稿においてもそのように解すべきであると考える。1号所得の資産概念については、他の見解もあるが、それには問題もあることから、採用することは難しいのではないかと考えた。そして、法人税法施行令第177条が例示列挙であることから、この趣旨に沿うものであればすべからく該当すると解されることから、その範囲はきわめて広いと考えられる。よって、所得が直接生み出される源泉であるという1号所得の「資産」概念を基準として、課税物件である所得が我が国で生じている場合に、1号所得の「資産」として税法上何がふさわしいかという観点から具体的な資産が規定等されることになるのではないかと考える。そして、それが表出されたものが、一切の財産権であり、具体的には、動産、不動産、知的財産権、許認可等による権利及び地位などであると解される。

(4) デリバティブ取引の法人税法・会計の処理・考え方
法人税法において、内国法人が行ったデリバティブ取引のうち、事業年度終了の時に未決済となっているものについては、決済したものとみなし、それによって算出される利益の額又は損失の額を益金の額又は損金の額に算入することとされている(法人税法第61条の5)。本制度は、外国法人にも準用されている。なお、本制度は、企業会計において「金融商品に係る会計基準」が平成11年に公表され、デリバティブ取引が時価評価されることに併せて、平成12年度の税制改正において、法人税法にデリバティブ取引に係る規定が導入されたものであり、これにより法人税法において一定の範囲で時価主義が導入されたこととなる。法人税法上デリバティブ取引とは「金利、通貨の価格、商品の価格その他の指標の数値としてあらかじめ当事者間で約定された数値と将来の一定の時期における現実の当該指標の数値との差に基づいて算出される金銭の授受を約する取引又はこれに類似する取引であつて、財務省令で定めるものをいう」と規定されており、法人税法施行規則第27条の7に具体的な取引が掲げられている。法人税法施行規則第27条の7第1項第20号の「その他のデリバティブ取引」は、いわゆるバスケット・クローズであり、同号の解釈において1基礎数値の変化に反応して変化、2当初投資額は原則として不要、3原則として純額決済の3つの要件を満たすものはデリバティブ取引とされており(法人税法基本通達2−3−35)、これは「金融商品会計に関する実務指針」の定義と同様であり、この3つの要件はデリバティブの特徴を示している。ただ、この定義等からは、1号所得の「資産」性を見出すことは困難である。本制度は、改正の経緯等から「金融商品に係る会計基準」と基本的には同一歩調であると考えられることから、次に「金融商品に係る会計基準」における処理・考え方をみることとする。
「金融商品に係る会計基準」によれば、デリバティブ取引は契約の締結時に金融資産及び金融負債の発生を認識し、デリバティブ取引より生じる正味の債権及び債務は、時価で評価して貸借対照表に資産又は負債として計上するとともに、時価変動による評価差額は、原則として、当期の損益として処理することとされている。デリバティブ取引について、契約上の決済時ではなく契約の締結時にその発生を認識することとした理由は、デリバティブ取引のように金融資産又は金融負債自体を対象とする取引については、当該取引の契約時から当該金融資産又は金融負債の時価の変動リスクや契約の相手方の財政状態等に基づく信用リスクが契約当事者に生じるからである。また、デリバティブ取引に係る債権及び債務については、純額でもって貸借対照表価額とされるが、これは、オプション取引を除いて、デリバティブ取引は、通常の資産取引とは異なり、債権又は債務のいずれか一方が先に履行されることはなく、債権の発生・消滅と債務の発生・消滅とが同時であるところから、債権と債務を一体のものとみなすことができること等からである。なお、オプション取引を除いて、先物・先渡取引、スワップ取引は双務契約であることから、デリバティブ取引の契約締結時点では、債権と債務は等価であり、両者の純額すなわち価値はゼロとなるため、貸借対照表に金融資産又は金融負債が計上されることはない。さらに、本稿では、デリバティブ取引の主要な取引である先物・先渡取引、オプション取引及びスワップ取引に分けてその法的性質等を考察した。

3 結びに代えて

 以上を踏まえて、デリバティブ取引と1号所得の「資産」の該当性について述べる。
1号所得の「資産」とは、上記で述べたように、固有概念であり、そして、これは、1号所得の規定の創設時の趣旨のとおり、所得を直接生み出す源泉であると解すべきであり、法人税法施行令第177条が例示列挙であることから、この趣旨に沿うものであればすべからく該当すると解されることから、その範囲はきわめて広いと考えられる。よって、所得の生ずる直接の源泉であるという1号所得の「資産」概念を基準として、外国法人の課税物件である所得が我が国で生じている場合に、1号所得の「資産」として税法上何がふさわしいかという観点から具体的な資産が規定・解釈等されることになるのではないかと考える。なお、相続税法の財産との関係では、当該財産はいわば権利の束であるが、それを所得を直接生み出す源泉という大きな観点の下に、経済学的・会計的な観点をも踏まえたフィルターを通して、何が1号所得の資産であるかが判断されるものと考える。そして、それが表出されたものが、一切の財産権であり、具体的には、動産、不動産、知的財産権、許認可等による権利及び地位などであると解される。
デリバティブ取引について、その主要な取引である先物・先渡取引、オプション取引及びスワップ取引に分けて考察した。
まず法的性質から検討したが、財産権の有無等によってそれぞれの取引内においてもその法的性質が異なることから、法的性質から1号所得の資産を特定することは困難であった。
次に、先物取引は証拠金を証券取引所等に差し出さなければならないが、この証拠金については、契約の安全性を担保するための保証金であると考えられることから、貸借対照表上の資産ではあるものの、1号所得を直接生み出す源泉とは解されないため、1号所得の資産とは認められなかった。
オプション取引については、オプションは特定の期日又は期間内に特定の価格で特定のものを購入等する選択権であり、これは義務ではなく権利であることから、この購入対価であるオプション・プレミアムは、1号所得の資産と解される。
このように、オプション取引のオプション・プレミアムを除いたデリバティブ取引については、その法的性質等からは1号所得の資産を特定することはできないが、これには、上記で考察した「金融商品に係る会計基準」等の考え方等から、認定できるものと考える。
まず、デリバティブ取引は、その特徴が示すように初期投資がゼロか極めて少ない額で取引を行うことができ、また、オプション取引を除き、契約時点ではその債権・債務は同額であるため相殺表示されることから、オプション・プレミアム等を除いて、契約時には貸借対照表には基本的には計上されないと思われる。しかしながら、1号所得の資産は、法人税法施行令第177条に規定されているように、例えば匿名組合契約等に基づき利益の分配を受ける権利等を1号所得の資産と規定していることから、出資等の有無や貸借対照表の計上の有無は、1号所得の資産の判定に当たっては上記に示した概念から、特に考慮する必要はないのではないかと考えられる。
次に、デリバティブ取引は、オプション取引などを除いて、通常の資産取引とは異なり、債権又は債務のいずれか一方が先に履行されることはなく、債権の発生・消滅と債務の発生・消滅とが同時であるところから、債権と債務が一体となった契約上の地位である。そして、当該契約上の地位は、契約直後から時価の変動等により、利得ポジション又は損失ポジションに変化し、収益又は損失が発生するという性質を有することから、契約上の地位そのものから所得が発生すると考えられる。
上記から、1号所得の規定の根本の考えから、1号所得の資産とは所得を直接生み出す源泉であると解すべきであることや、所得税法、特に譲渡所得に起因する資産についても一定の契約上の地位を資産と解していること、さらに、相続税法においても先物取引の契約上の地位を相続財産と解していることも踏まえると、デリバティブ取引の契約上の地位は、それ自体から直接所得が生じるものであるから、1号所得の資産と解すべきであると考える。
なお、デリバティブ取引の契約上の地位等の1号所得の「資産」性等について、このように疑義が生じていることから、法的安定性・予測可能性のために、法令等の改正により、明定すべきであると考える。

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