藤田 英理子

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的 (問題の所在)

  1.  連邦国家である米国の租税は連邦税と州税に大きく分けられるが、各州の独立性が強いため、州税は州により税目・税率・課税対象等が大きく異なっている。このため、州際取引 (interstate transaction) の結果、州外小売販売者に対する課税が行われた場合、州ごとの制度の違いから問題が発生することが少なくない。
     売上税 (Sales Tax) は州内で商品を販売する際に課税されるが、州際取引の際には免除され、その代わりに商品の移出先の州で使用税 (Use Tax) が課税される。この使用税の徴収・納付義務を州が州外小売販売者に対して課することができるか否かは、従来から通信販売等の分野で論議されていた問題である。しかしながら1990年代に一般消費者がインターネットを使って商品を購入する電子商取引が増加すると、販売者と消費者の間の州際取引が激増し、これに伴って使用税を徴収・納付しない州外小売販売者の数が増加した。このため、この問題は各州・地方自治体を中心に連邦・小売販売業界をも巻き込み、全米的に大きな議論となった。
     一方、近年、わが国では地方分権推進にからみ国・地方間の税源移譲の話題がある。その一形態として徴税権者が国から地方に移行した場合に起こりうる問題を考えるにあたり、このような米国の売上税・使用税の域外適用の問題点を把握しておくことは参考になる。
     そこで本稿では、米国における電子商取引課税の抱える問題点について、売上税・使用税の域外適用の面から検討するとともに、州相互間の税制の抱える問題点及び今後の展望を考察することとしたい。

2 研究の概要

  1. (1) 売上税・使用税の概要
     米国の売上税・使用税は州及び地方自治体レベルの租税である。売上税は、最終消費者に対する物品の販売またはサービスの提供の際に発生し、当該取引を行った小売販売者が消費者から徴収して州に納付する。ただし州際取引の場合には免除される。また、使用税は、州際取引等が行われ売上税が徴収されていない場合に、商品を消費・使用・貯蔵する際に発生する。使用税の納税義務者は小売販売者または消費者である。しかし実際には、使用税の徴収・納付については小売販売者が行うことを求められる場合が多い。
     現在、売上税・使用税の州租税収入に占める平均割合は個人所得税に次いでおり、特に18州においては最大の割合を占めている。しかしながら電子商取引には州際取引も多いため、州外小売販売者が州内で行った販売に対して州の課税権が全く及ばないとすると、将来的にこの税源が大幅に侵食される恐れがある。他方、売上税・使用税は州により課税対象・税率が異なっているため、特に州の法令を知らない州外小売販売者が、消費者からその州の使用税を個別に徴収し納付することは困難である。このため、米国では、州が州外小売販売者にどのような場合に課税できるのかが大きな問題となっている。
  2. (2) 使用税の州際課税に関する判例の基準
     州外通信販売業者に対する使用税の課税をめぐる1992年のQuill判決 (連邦最高裁判決) によれば、州が州外小売販売者に対して使用税の徴収・納付を求めるには、連邦憲法の1適正手続条項 (修正第14条)、2通商条項 (第1条第8節第3項) の二つの基準を満たす必要があるとされるが、電子商取引がこれらを満たす要件を以下で検討する。
    1. 1 適正手続条項適合性
       適正手続条項は、各州に対して人から財産を奪う際に法令による適正手続を求める条項であり、課税される者に対する「公平な通告」を求めるものである。州が州外小売販売者に使用税の徴収・納付義務を課するためには、適正手続条項との関係では、「最小限の接触 (minimum contacts)」が必要である。
       Quill判決は、州外小売販売者に使用税の徴収・納付義務を課する際に必要とされる州と州外小売販売者の「最小限の接触」は、裁判上の人的管轄権の成否を判断する際の「最小限の接触」と同じものであるとした。
       一方、商標権侵害裁判の前提として人的管轄権の成否が争われた1997年のZippo判決において、連邦地裁はウェブサイトと州の間に「最小限の接触」が成立する基準を示している。これによれば、「最小限の接触」は@電子商取引を行うウェブサイトの場合常に成立し、A受動的ウェブサイトの場合常に成立せず、B中間的ウェブサイトの場合、相互作用と情報交換の度合いに応じて成立する。そしてこの基準に従えば、電子商取引を行うウェブサイトは常に適正手続条項に適合する。
    2. 2 通商条項適合性
       Quill判決によれば、通商条項は州際通商に関する規制権を連邦議会に与えた条項であり、「州が州際通商に不当な重荷を課するのを禁止する」のが趣旨である。また、現在、州外小売販売者に対する州の課税権を規制する連邦議会の立法はないが、その趣旨に鑑みると、通商条項の要件を満たすためには「最小限の接触」のみでは不十分であり「実質的関連 (substantial nexus)」が必要である。
       Quill判決は、郵便・宅急便のみで州内消費者とつながっているに過ぎない州外小売販売者には「実質的関連」は成立しないとしている。また、州外小売販売者が州内で広告宣伝を行っているに過ぎない場合や、インターネット以外のつながりを持たない場合に州内には「実質的関連」は成立しないとする州裁判決もある。そこで電子商取引を行うウェブサイトが通商条項に適合するための追加的要件を以下で検討する。
  3. (3) 追加的要件
     「実質的関連」を成立させるための追加的要件には、州内に1その販売者が資産を所有し、または活動を行っている場合、2代理の関係が成立する場合、3関連会社の関係が成立する場合が考えられる。
    1. 1 販売者の州内における資産または活動
       連邦最高裁及び州裁の判決によれば、州外小売販売者が州内に営業所や倉庫を所有するときその物理的存在から「実質的関連」が成立するが、クレジットカードや数枚のフロッピーディスクを持つに過ぎない場合、「実質的関連」は認められない。また、連邦最高裁判決は1954年の判決で、州外販売者が自らの運搬手段により配達を行っている場合には「実質的関連」は認められないとしたが、近年、このような場合に「実質的関連」が認められるとする州裁判決も出ている。
    2. 2 代理の関係
       代理の関係の理論は、各州の代理法に基づき、州内の代理人の活動を本人である州外小売販売者に帰属させる理論である。連邦最高裁は従来から、代理の関係が成立する場合「実質的関連」が生じるとしている。
       代理人に該当するのは、従業員・独立した契約販売者や代理店などである。代理人が州内に存在する期間については、一年に数回程度で良いとする州裁判決がある。また、代理人の活動内容が直接的小売販売行為の場合には当然に「実質的関連」が成立するが、従業員が卸売商として州内の小売販売店に営業目的で訪問した場合にも小売販売に関する「実質的関連」が認められるとした州裁判決もある。
       ウェブサイトで小売販売を行う州外小売販売者についても、州内に代理人とみなされる者があれば「実質的関連」が成立すると考えられるが、代理法の代理成立要件が州によって異なっている点が大きな問題である。
    3. 3 関連会社の関係
       関連会社の関係の理論は、ある州外小売販売者が市場となる州においては物理的存在を持たないが、州内に販売店や製造設備などを持った関連会社が存在している場合に、関連会社の存在を理由に、その州外小売販売者と州の間の「実質的関連」を認める理論である。
       関連会社とは、親会社・子会社・兄弟会社等のことである。関連会社を支店に類するものであるとして、「州内に関連会社が存在すれば、たとえ関連する事業を行っていない場合にも『実質的関連』が成立する」とする説もあるが、州裁判決上は、「実質的関連」が成立するには、関連会社が州外小売販売者の営業活動と関連する営業活動を行っていることが必要であるとされている。
       州内関連会社の活動内容については、州外小売販売者が販売した商品の返品・交換を州内関連会社が受け入れている場合、「実質的関連」の成立を認めるかどうかについては、州裁レベルで異なる判決が出ている。また、カタログの配付や財務情報の共有を行っているだけでは「実質的関連」は成立しないとした州裁判決がある。
       ウェブサイトで小売販売を行う州外小売販売者についても、州内関連会社がその州外小売販売者と関連する営業活動を行っている場合、「実質的関連」が成立すると考えられるが、何が関連する営業活動にあたるのかについては、今後、連邦レベルの判例や立法などの統一的基準を待つ必要がある。
    4.  
  4. (4) ドロップシップメント課税
     売買契約自体は州外小売販売者と州内消費者の間に結ばれているが、実際の商品の発送は州内企業である製造業者・卸売業者 (ドロップシッパー) から州内の消費者に対して直接行われる場合、一部の州では、このドロップシッパーに売上税・使用税の徴収・納付義務を課するドロップシップメント課税を行っている。ドロップシップメント課税の正当性については議論があるが、ウェブサイトで小売販売が行われる際の使用税の課税手段の一つとしては有効であると考えられる。
  5. (5) 連邦議会及び各州における対応
     連邦議会は、1998年にインターネット課税免除法 (Internet Tax Freedom Act) を成立させ、インターネットアクセスに対する新たな課税や電子商取引に対する複合的・差別的な課税を期限付きで禁止したが、通商条項に基づき規制を行う法律は制定していない。
     他方、州レベルでは、定義の統一・課税対象の統一・税率の簡素化のために多くの州の協力の下、2002年に売上税・使用税簡素化協定 (Streamlined Sales and Use Tax Agreement) が作成された。また、州税の登録・申告様式の統一化・簡素化も進められている。

3 結論

  1.  連邦最高裁が示す使用税の州際課税基準は「最小限の接触」及び「実質的関連」である。後者は前者をより絞り込んだ要件に見えるが、別々の存在意義を持つ。「実質的関連」基準は連邦憲法の通商条項に由来する連邦議会事項なので連邦議会の判断で不要とすることができるが、「最小限の接触」基準は連邦憲法の適正手続条項に由来する基本的権利なので、連邦議会の立法によっても廃止できない。
     電子商取引を行うウェブサイトは州との「最小限の接触」基準は満たすが、それがただちに「実質的関連」の基準をも満たすことにはならない。州内に営業所や倉庫がある場合、または代理・関連会社の関係の成立が主張できる場合には「実質的関連」基準を満たし課税が可能であるが、それ以外の場合には現状では課税は難しい。売上税・使用税の財源に占める重要性から、将来的には電子商取引に対しても課税は行われると考えられるものの、その前提として売上税・使用税の簡素化と「実質的関連」基準の具体化・明確化が必要である。
     わが国において地方分権をめぐり今後の税制について検討を行う際には、米国の各州において、電子商取引というボーダーレスな取引が普及したことを機に、州際取引に関して種々の課税上の問題を生じているという現状を、十分に踏まえなければならない。

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