平工 力也

研究科第42期
研究員


要約

1 研究の目的

 平成12年の商法改正により、会社分割制度が創設された。これにより、平成9年の合併法制の合理化、平成11年の株式交換・株式移転制度の導入と相次いで進められてきた組織再編のための法整備が一応に完成を見せたことになる。また、平成18年に施行された会社法においては、会社制度の見直しによる組織再編手続の簡素化や出資額規制の廃止といった規制緩和が行われており、今後様々な場面において組織再編制度の積極的な活用が期待されているところである。その一方、こうした法改正は、企業家のモラル低下、ペーパーカンパニーの濫立、会社設立後の活動資金不足など債権回収上の問題を惹起し、会社分割においても詐害的な会社分割を誘発するおそれがあるとの指摘がされている。
こうした事態に対応するため、租税徴収手続に関しては、分社型以外の会社分割があった場合における分割承継会社に対する連帯納付責任制度が国税通則法に創設されたものの、これだけで詐害的な会社分割のすべてに対応することができるか検討が必要である。
そこで本研究においては、今後利用の増加が予想され、組織再編の中心的な役割を担うことが期待される会社分割制度がもたらす租税徴収上の問題点と具体的な滞納整理の在り方を考察する。

2 研究の概要

(1) 一般的な滞納整理とその限界
会社法では、組織再編に係る関係資料の開示手続の充実が図られていることから、官報等により滞納法人において会社分割が行われようとしている事実を把握した場合、まずは、分割契約書等の事前開示資料を精査することを通じて、会社分割による租税債権への影響を検討する必要がある。そして、滞納整理に支障を来すと判断した場合には、直ちに滞納処分を執行することにより、早期かつ確実に租税債権の保全を図ることが重要である。また、会社分割の効力が生じた後の滞納整理に当たっては、第一義的には、会社分割によって交付を受けた分割対価資産を含めた分割会社の保有資産に対して滞納処分を執行することが原則となる。
しかし、分社型以外の会社分割が行われた場合には、会社分割と同時に剰余金の配当が行われることによって分割会社の責任財産の額が減少することになり、分社型分割が行われた場合にも、分割対価資産の価値が承継する純資産よりも実質的に低くなることもあり得るので、こうしたときには、分社型以外の会社分割と同様に分割会社の責任財産の額が減少することになる。このような場合には、分割会社の財産に徴収不足が生じ得るため、分割承継会社に対する納税義務の拡張手続等によって、租税債権の保全を図る必要がある。

(2) 納税義務の拡張手続による滞納整理とその限界

イ 分社型以外の会社分割があった場合における連帯納付責任の追及とその限界
分社型以外の会社分割があった場合には、租税債権者は滞納となった分割会社の租税につき、会社分割によって承継した積極財産の価額を限度として、分割承継会社に対して連帯納付責任を追及することが可能となる。この連帯納付責任は、第二次納税義務のような個別の適用要件を定めておらず、また、滞納法人との関係において補充性を有しないことから、第二次納税義務より適用となる範囲が広く、その追及の実効性は高いものと考えられる。
しかし、分割承継会社の財産が会社分割後第三者に譲渡されること等により、連帯納付責任を追及する時点で分割承継会社の総財産が連帯納付責任の限度額に満たない場合には、追及の実効性が失われることになる。また、現行の国税通則法の下では、剰余金の配当時期が会社分割の日から1日でも遅れた場合には、連帯納付責任制度の適用のない分社型分割となるので、意図的な配当時期の操作によって、連帯納付責任による追及ができない事態が生じ得る。

ロ 分社型分割があった場合における第二次納税義務の追及とその限界
分社型分割があった場合において、会社分割による承継の対象が有機的一体性を有する財産をもって構成され、「事業の譲渡」に該当するときは、国税徴収法38条により、また、分割対価資産の価額が、承継した純資産の価額より著しく低額であるときは、国税徴収法39条により、それぞれ分割承継会社に対する第二次納税義務の追及を検討することになる。
しかし、国税徴収法38条は、場所的要件に加え、事業の譲渡の相手方が特殊関係人であることを要件としていることから、実際に同条を適用できる場面は少ないものと考えられ、また、国税徴収法39条は、承継した純資産の対価が著しく低額とまでいえないときには、仮に会社分割に伴う財産の移転に詐害的意図が認められる場合であっても、第二次納税義務を追及することができない。

ハ 会社法の施行に伴う制度改正により懸念される問題
会社法の施行によって、1会社分割により承継する財産の性質の変更、2会社分割における対価の柔軟化、3債務超過会社による会社分割の認容といった制度改正がされた。
まず1により、これまでの有機的一体性を有する「営業」概念から、「事業に関して有する権利義務」に変更され、承継する財産は単なる寄せ集めでも構わないとされたことから、会社分割を利用して、会社財産の切り売りが行われるおそれがある。また2により、分割承継会社の自己株式に限らず、金銭をもって会社分割の対価とすることが認められたことから、会社分割が事業の一部を現金化する手段として濫用されるおそれもある。特に所有と経営が分離されていない閉鎖的企業においては、会社財産の切り売りで得た金銭を支配株主である経営者に剰余金の配当という形で交付することによって、意図的な会社財産の処分・清算が行われるおそれがある。さらに3により、債務超過会社、特に、会社資産を時価で評価しても、なお債務超過となる実質的債務超過会社であっても会社分割を利用して財産を散逸させることが可能となり、財産の隠匿によって徴税回避となる事態が生じ得る。

(3) 私法上の債権者保護手続の活用

イ 租税債権者の会社法上の債権者保護手続による救済の可否
納税義務の拡張手続では対応できない詐害的な会社分割があった場合には、私法上の債権者保護手続による対応を検討することとなるが、その方途としては、債権者異議・会社分割無効の訴えといった会社法上の債権者保護手続のほか、詐害行為取消権・法人格否認の法理といった一般法上の債権者保護手続による追及が考えられる。この場合において、租税債権者によって会社法上の債権者保護手続を履践できるかが問題となるが、一般債権者には認められない自力執行権等の債権回収上の特権が与えられた租税債権者は、自力救済の道を歩むべきであると考えられること等から、会社分割の類型を問わず、会社法上の債権者保護手続を履践することはできないものと解される。

ロ 一般法上の債権者保護手続による滞納整理
会社法上の債権者保護手続を履践できる債権者が、法定期間内にその手続を行わなかった場合、会社分割を承諾したものとみなされ、その後においては、一般法上の債権者保護手続をもって自己の債権の満足を図ることはできないと解されている。その一方で、会社法上の債権者保護手続を履践できない債権者は、一般法上の債権者保護手続の行使によってしか対応することができない。従って、会社法による救済を受けられない租税債権者においては、会社分割による財産の移転に詐害性、法形式の濫用等が認められる場合には、一般法による詐害行為取消権・法人格否認の法理を適用することにより、租税債権の保全を図ることができるものと解される。なお、詐害行為取消権と法人格否認の法理のいずれもが適用できる場面にあっては、詐害行為取消権は国税通則法に規定された滞納整理手法であること、また、法人格否認の法理は実定法上の本拠を権利濫用禁止(民法1条3項)などの一般原則に求めるものであることから、訴訟においては、詐害行為取消権を主位的に申し立て、法人格否認の法理による追及を予備的に申し立てることが妥当であると考えられる。さらに、一般法上の債権者保護手続の履践に当たっては、近時信義則による制約を加えた裁判例があることから、租税法上の保護手続との関係においても、信義則による制約が加わる可能性があることに留意する必要がある。

ハ 違法な剰余金の配当があった場合の滞納整理
会社法463条2項は、分配可能額を超える違法な剰余金の配当があった場合、会社債権者は金銭等の交付を受けた株主に対し、交付を受けた金銭等に相当する金額について、当該会社に対して有する債権額の範囲内において、自己に支払わせることができるとして、債権者代位権の特則を定めている。従って、滞納法人において連帯納付責任の回避を目的として剰余金の配当時期の操作が行われた場合や会社分割と同時に株式以外の財産をもって剰余金の配当が行われた場合で、かつ、分割会社の分配可能額を超える違法な配当が行われたときは、租税債権者は、配当を受領した株主に対し、その支払いを求めることができるものと解される。

ニ 会社分割の無効判決が確定した場合の滞納整理
会社分割を無効とする判決が確定した場合、会社分割後に生じた分割承継会社の債務の取扱いについては、会社法843条によって分割会社との連帯債務となることが規定されているが、租税債務の取扱いについては、租税法上の個別規定がないため、分割承継会社が滞納している場合における租税債務の帰趨が問題となる。この点、租税債務は公法上の債務であり、特定の担税力がある納税義務者の個別性が強調されるものであることから、租税法の個別規定がない場合には、第三者にこれを承継させることはできないとも考えられる。しかし、租税法律関係は私的取引法を前提とし、これを基礎として解釈すべきものであり、会社法838条において、会社分割の無効判決は、第三者に対しても効力が及ぶ(対世効)ものとされている以上、また、租税債権がたまたま公法上のものであることが、一般の私債権者より不利益な取扱いを受ける理由とはならないことからも、会社分割が無効とされた後の分割承継会社の租税債務については、私法上の債務と同様に分割会社に対する連帯納付責任を追及すること等ができるものと解される。

3 結論

 経済界からの強い要請より、会社法の下では会社分割をはじめとする組織再編手続の簡素化が図られた。その反面、会社債権者の立場では、債権者保護手続が脆弱になったとの指摘を払拭できない。こうした状況の下、詐害的な会社分割にも対応しなければならない租税債権者としては、開示手続の充実が図られた関係資料を基に会社分割の内容を事前に精査することを通じて、詐害的な会社分割が及ぼす弊害を未然に抑止することが必要となってくる。
そして、会社分割の効力が生じた後の具体的な滞納整理に当たっては、分割会社の保有資産に対する滞納処分に加え、分割承継会社に対する連帯納付責任、第二次納税義務といった納税義務の拡張手続による滞納整理を検討するとともに、納税義務の拡張手続だけでは対応できない詐害的な会社分割があった場合においては、詐害行為取消権等、私法上の債権者保護手続を活用することによって、効果的な滞納整理を進めていくことが必要である。

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