関野 和宏

研究科第42期
研究員


要約

1 研究の目的

 いったん成立した納税義務ないし租税債務であっても、後発的に申告等にかかる私法上の法律効果に変動が生じるなど、通則法23条2項に掲げる理由に該当し、納税申告書等の納付すべき税額が過大となった場合については、後発的事由に基づく更正の請求をすることができるとされている。そして、一般に私法上の法律効果に変動が生じる場合としては、民事訴訟による判決・和解等(以下「判決等」という。)や取引の相手方との合意による解除・取り消しなどが挙げられる。そのうち判決等によって法律関係に変動が生じた場合については、通則法23条2項1号に後発的事由に基づく更正の請求の要件が規定されている。
しかし、同号は、「判決」のすべて又は判断された内容のすべて(判決の理由中の判断も含む。)を対象として、更正の請求を認めるのか、もしくは既判力などの判決の効力により更正の請求が認められる範囲は制限されるのかについて法文上明らかではない。
本研究は、後発的事由に基づく更正の請求の趣旨、通則法23条1項及び2項と課税実体法との関係並びに同条2項1号の適用要件を考察することを通して、同号の適用範囲を明らかにする。

2 研究の概要

(1) 後発的事由に基づく更正の請求の趣旨
立法時の税制調査会の答申、その後の学説及び裁判例によると、後発的事由に基づく更正の請求の趣旨は、申告時に予想し得ない事由により後発的に課税要件事実に変動が生じた場合に、法定申告期限から一年を経過していることを理由に更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果となることから、例外的に通則法23条2項に掲げる理由に限定して更正の請求を認めて納税者の権利救済の道を拡充したものであると解される。
そして、同項1号については、上記趣旨に加えて、同条1項の期間内に更正の請求をしなかったことにつきやむを得ない理由があることが必要であると解される(最高裁平成15年4月25日判決)。

(2) 更正の請求と課税実体法の関係
通則法23条2項柱書きは、「次の各号の一に該当する場合…には、…該当することを理由として同項(23条1項)の規定による更正の請求をすることができる。」と規定している。この規定に基づく更正の請求ができる場合というのは、同項各号に掲げる理由があるとともに、同条1項の要件を満たすことが必要であると解される。
通則法23条1項は、納税申告書等に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった等により、納付すべき税額が過大であるときと規定する。その課税標準や税額の計算に関する規定は課税実体法である各税法に定められていることからすると、通則法23条1項は、課税実体法を含めて解釈するものと考える。
一方、同条2項は、課税実体法を含めた解釈を行わないものと解される。それは、同項1号を例にとると、判決によって事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定した場合であっても、当事者が、すでに得ていた経済的成果を自ら享受し続けている場合には、課税実体法を含めて解釈すると(いわゆる所得概念の考え方から)計算の基礎としたところと異なっていないこととなる。しかし、同号は、「計算の基礎となった事実」が判決により、「その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」と規定し、後発的事由に基づく更正の請求の理由として、判決により当該事実が異なることのみを要件としている。つまり、「その事実」と規定するのみで、その事実が異なったことを課税実体法に当てはめたところまでは規定していない。さらに、このことは、経済的成果が失われたことを、通則法とは別個の所得税法における更正の請求の特例事由(所得税法施行令274条1号)に規定していることからも裏付けられる。

(3) 通則法23条2項1号の適用要件

イ 課税標準等又は税額等の計算の基礎となった「事実」の意義
通則法23条2項1号の「事実」は、判決のどの部分を指すのかについて、同号は、「事実に関する訴え」と規定するのみで、その範囲は明らかではない。民事訴訟における「訴え」とは、原告が被告に対する訴訟上の請求を定立し、裁判所に対して請求についての審判を申し立てる行為である。原告は、訴えに際し請求する権利関係を成立させる事実を特定する。そして、原告の訴えにより特定された審判の対象となる権利関係を「訴訟物」といい、裁判所は、原告が訴えによって求めた訴訟物について判決をすることになる。
したがって、同号の「事実」は、「関する」と規定していることからすると、訴えにより特定された法律関係、すなわち、民事訴訟における「訴訟物」のことをいうものと考えられる。

ロ 「判決」の意義
民事訴訟の「判決」であれば、すべてが通則法23条2項1号の「判決」に該当するものではなく、当事者が専ら納税を免れる目的で馴れ合いによって得た場合など判決が客観的・合理的根拠を欠くものであるときは、後発的事由に基づく更正の請求の趣旨に照らして考えるならば同号の「判決」には当たらないと解される。
そして、判決が客観的・合理的根拠を有するかの判断は、口頭弁論期日の不出頭などの当該訴訟の対応(外形的事実)による判断とともに、当該訴訟の当事者の関係、当該訴訟がどのような目的で提起されたのか、また、当該訴訟における訴訟物が、納税額の負担を免れるために作出されたものであるかなどの観点からも検討する必要があると思われる。

ハ 「確定」の意義
通則法23条2項1号にいう「確定」は、いつの時点をいうのか、つまり「確定」という文言をみた場合、裁判の面からみた判決の確定と課税要件の面からみた経済的成果が失われたことをもって確定とすることの両者を観念することができる。
所得税法は、経済的成果の原因となった行為について、私法上は無効、取り消し等といった理由により、その効力がないものとして取り扱われることとなる場合であっても、経済的成果が実際に発生し、これが存続している事実が存するときは、かかる経済的成果が失われるまでは課税は存続することになる。この考えからすれば、同号にいう「確定」は、経済的成果が失われた日と捉えることができる。
しかしながら、通則法23条2項の解釈に当たっては、2項に規定する事由の該当性のみで判断し、課税実体法を含めて解釈しないことに照らせば、同号の「確定」は、判決の確定であると解される。

(4) 通則法23条2項1号に基づく更正の請求と既判力の関係
既判力は、訴訟物について、当事者間の法律関係を律する規準となる確定判決の判断に与えられる通用性ないし拘束力をいうものである。
通則法23条2項1号は、判決により、「事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」を後発的事由として捉えている。しかし、訴訟物に対する判決の判断内容のすべてを絶対的なものとして同号に適用することには疑問がある。すなわち、判決であっても馴れ合い判決など、客観的・合理的根拠を欠くものであるときは、同号の適用が否定されることもその一例である。
そして、さらに同号では、課税実体法を含めて解釈しないため、課税要件への当てはめの場面において、訴訟物に対する判断をどのように考えるかは、同条1項の問題となる。この場合、判決の訴訟物に対する判断を訴訟当事者間においてはともかく、課税要件の当てはめにおいても訴訟物に対する判断を判決のとおりに適用しなければならないとすると、課税実体法の解釈が行われなくなる可能性があり妥当ではない。

3 結論

 以上のことから、通則法23条2項1号と既判力の関係は、同号の「事実」は、既判力の対象である訴訟物であることから、「事実」の範囲を判断する上では重要なものとなるものと考える。また、争点効や判決理由中の判断は、訴訟物に対する判断ではないため、同号の判断には影響を及ぼさないものと考える。しかし、馴れ合い判決の例をみると必ずしも既判力が同号に影響があるものとは考えられない。
そして、通則法23条1項の問題としての課税要件の当てはめにおける既判力の関係についてみると、既判力の対象である訴訟物に対する判断は、判決の確定によって訴訟当事者間における私法上の法律効果として確定されるが、課税要件の当てはめにおける課税実体法の解釈では、判決により確定された私法上の法律効果のほかに、経済的成果が失われたか否かなど課税要件が充足しているかという判断をする必要があるため、その判決の判断のみにより、同条2項1号に基づく更正の請求が認められるものではないと考える。
したがって、訴訟物に対する判決の判断は、課税要件事実を認定するための一つの判断材料として考慮すべきものであると考える。

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