神川 和久

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 近年の司法制度改革及び行政改革等の諸改革の動きとあいまって、国民にとって利用しやすい司法制度及び行政サービスの向上等といった視点から、行政事件訴訟法が抜本的に改正されるとともに行政手続法も見直しが行われたところである。
一方、昭和38年に制定された行政不服審査法は、40年を経過した現在までの間、実質的な見直しがなされていない。そこで、現在総務省が中心となり行政不服審査法の抜本的な見直し、例えば、不服申立ての基本構造の簡素化、客観的かつ公正な審理の実現、審理の迅速化のための措置など行政不服審査制度の根本が議論されており、本年4月に「行政不服審査制度検討会中間とりまとめ−行政不服審査制度改正の方向性と骨子−」が公表されたところである。
この議論に基づき行政不服審査法が抜本的に改正されることとなれば、行政不服審査法と規定の多くを共有する国税通則法及び税務行政に与える影響も少なくないと思われる。
よって、現在示されている行政不服審査法の具体的改正の議論等を踏まえ、国税通則法の見直すべき点及び税務行政に与える影響並びにその対応策等を考察することを目的とする。

2 研究の概要

(1) 我が国の行政争訟制度における国税に関する不服申立制度の位置付け
我が国における行政権は、明治憲法以来一貫して司法権から独立した地位を有し、常に一定の距離を保ち続けてきたといいうるであろう。その理由は、明治以降の殖産興業等の推進、あるいは戦後の経済復興及び高度の経済成長を推進するという政策目的のもとで、行政権の自由な活動を保障するためであった。また、複雑・専門化する行政権の行使について、はたして専門的知識の乏しい裁判官が適正な判断を下すことができるかといった懸念もあった。
一方、国税に関する不服申立制度は、その沿革において、一般法である「訴願法」や「行政不服審査法」の影響を受けつつも、独自の制度を形成してきた。その理由は、国税に関する法律に基づく処分が1大量、反復、回帰的であること、2その多くは金銭に関する処分であるため早期に確定させる必要があること、3事実認定に関する争いが多く、その判断に当たっては専門技術的判断を要することなどの特異性が挙げられる。この国税に関する不服申立制度は、簡易迅速に納税者の権利を救済する機能を有し、また、訴訟に至る前のスクリーニング機能や税務行政の統一性を確保する機能を果たしてきたといいうるであろう。

(2) 行政不服審査制度の見直しの視点
近年における様々な規制緩和と制度改革の根底に流れるものは、憲法に謳われる個人の尊重及び権利の保護である。そして具体的には、自由で公正な市場経済・社会の実現のために行政の事前規制を極力排除するとともに、行政の意思決定等の手続の透明化及び行政判断の適正性の向上を求める。また、それらを担保する手段として「法の支配」という概念により、行政に対する司法のチェック機能を充実・強化し、国民の権利救済の向上に軸足を置いた司法制度改革を推進する。
この「法の支配」の理念は、法をもって行政権の恣意的行使を抑制することである。
これは、行政権の行使の当否について、すべて司法判断を求めることを前提とするものではなく、行政部内においてその恣意的行使を抑制し、行政の範囲内で国民の不当に侵害された権利についての救済を求めうる制度が存在することは、立法政策上当然に認められるべきことであり、そのために行政不服審査制度が存在するのである。
このような観点から、行政の範囲及び専門性が拡大する今日において、行政不服審査制度の充実が求められるのである。

(3) 具体的改正議論の検討

イ 審理段階の簡素化
国税に関する法律に基づく処分は、上記(1)で述べた特異性を有するため、不服申立前置を採用するとともに、原則として「異議申立て」と「審査請求」の二段階の審理構造を採る。
処分をした行政庁に対する異議申立ては、処分庁自ら処分内容を再度見直すという機能を有し、国税不服審判所に対する審査請求は、第三者的機関によって、公正な審理手続に基づき迅速かつ適正な判断を下すという機能を有する。これら二段階の審理を経ることで、行政段階で適切な権利救済を図るとともに、訴訟に至る前に争点を明確化するというスクリーニング機能を有する。加えて、行政の統一という観点から、「異議申立て」と「審査請求」に対する決定または裁決を通して国税当局の最終判断を示すことにより行政の適正な運営を確保するという意味においても重要であると考えられる。これらの現状を踏まえると、国税に関する不服申立てについては、引き続き二段階の審理構造及び不服申立前置を維持すべきと考える。

ロ 客観的かつ公正な審理の実現
審査請求における審理を客観的かつ公正なものとし、審査請求人の手続的権利の保障を充実させるべく対審構造の導入や書類の閲覧制度の拡充などが検討されている。
国税不服審判所における審理手続は、審判官が主体的に調査審理を行うなどの職権主義により、税に関する知識の乏しい納税者をサポートするとともに、納税者と原処分庁の双方から主張を聞くことによって争点を明確にし、適正かつ迅速な解決に寄与していると考える。
審査請求人の手続的権利保障という視点にのみ偏重することは、簡易迅速性が後退するといった弊害が懸念されるところである。
しかしながら、必ずしも迅速な処理のみを求めるだけではない審査請求人も存在するなど審査請求人のニーズの多様化も見られることから、担当審判官の主体的な判断により、可能な範囲内で審査請求人の要求に応じる努力をすべきであろう。
もっとも、閲覧を求めうる書類の範囲については、「第三者の利益を害するおそれがある」、または「税務執行上の秘密にふれる」場合など一定の制限があることから、閲覧の当否の判断に当たっては、情報公開等との対応等を参考にしつつ、整合性のとれた対応をしなければならないであろう。

ハ 不服申立人適格の範囲の拡大及び不服申立期間の延長
国民の権利利益の保護の機会を充足させる趣旨で、行政事件訴訟法が改正されたことを踏まえ、行政不服審査制度においても不服申立適格の範囲の拡大の可能性及び不服申立期間の延長が検討されている。
最近の最高裁判決において、第二次納税義務者に対して不服申立適格を認めるとの判断が示されたが、この趣旨を踏まえると、連結確定申告に係る更正処分について、連結子法人にも不服申立適格を認めると解することも可能であろう。また、経済取引が多様化、複雑化する中で、様々な事業体や信託に対する課税関係において、不服申立適格の範囲がどの程度広がりを持ちうるのかといった検討も今後必要ではないかと思料する。
一方、不服申立期間を現行の60日(行政不服審査法14条1項)から3ヶ月ないし6ヶ月に延長すべきとの議論については、国税の法律に基づく処分は、大量・反覆・回帰的であることに加え、主に金銭に関する処分であり、これを長期間不確定な状態に置くことで、納税者又は利害関係人等に不必要な経済的負担等を負わせることにもなりかねないことから、不服申立期間を延長することは、かえって納税者の不利益となることが懸念されるため、慎重であるべきである。

3 結論

 国税に関する法律に基づく処分は、典型的な行政処分であり、これに対する不服申立ては、行政処分に対する不服申立ての中心を占めてきた。一方で、時代とともに行政が多様化、複雑化すると、大量・反覆・回帰的であるなどの特異性を有する国税に関する法律に基づく処分は、他の一般的な行政処分と一線を画することとなる。ゆえに、これに対する不服申立てについては、様々な意見を集約しつつ国税通則法においてほぼ自己完結的な規定を有することとなった。現行の国税通則法の不服申立てに関する規定及び手続の運用状況を見ると、制定から一度も本格的な見直しがなされたことがない行政不服審査法よりも半歩ほど先んじているといっても過言ではないであろう。
今般の行政不服審査法の改正議論は、公正な制度と手続的保障の確立を主眼としつつ、行政不服審査制度の最大の利点である簡易迅速な権利救済とのバランスをどのように図るかということである。
近年、国税に関する不服申立制度は、「迅速な解決」に重点を置き、争点整理表の導入など様々な取組みがなされた結果、一定の効果を上げている。今後は、さらに今般の行政不服審査法の改正の目的の一つである「申立人等の手続保障の拡充」という要求にも応えなければならないのである。
国税に関する不服申立ての処理は、「審査事務の手引」等の各種手引書(事務運営指針)に定められた納税者の権利保護を重視した慎重かつ詳細な規定に基づき実施されている。国民の権利保護及び手続の透明性の向上の要請にこたえるためには、各種手引書レベルの手続規定を必要に応じて法令レベルに規定することを検討すべきかもしれない。少なくとも、現行の各種手引書による不服申立てに関する手続は、積極的に公表されるべきであろう。そうすることによって、国税に関する不服申立てがどのような手続で審理されるのか、また、どのような権利が与えられているのかといった情報が不服申立人に開示され、不服申立人の審理への積極的な参加を促し、迅速な解決に資するとともに、適正な税務行政が確保されうるのではないだろうか。

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