小柳 誠

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 行政不服審査制度について、平成18年10月、総務省に「行政不服審査制度検討会」が発足し、審理手続の充実・迅速化や審理の中立性の確保など一層の充実・強化が検討されている。そのような状況の中で、税務における権利救済の場面に目を転じると、ここ数年の審査請求における原処分の取消割合は、おおむね15%前後で推移しているが、その審査請求の後続段階である訴訟における取消割合は増加の傾向にある。この訴訟段階における取消割合の増加の要因が審査請求段階でのスクリーニング機能の低下によるものとは一概には考え難いところであるが、国税に関する不服申立てが、不服申立前置主義を採用している以上、国税不服審判所(以下「審判所」という。)において、更に適正な調査・審理を行うための方策を検討することも重要ではないかと考えられる。
そこで、本研究では、従来から指摘されている審判所の調査・審理に関する議論を踏まえた上で、個別事例から見出される具体的な視点を取り込みつつ、納税者の権利救済という一連の手続において、審判所の裁決における調査・審理の範囲と訴訟における調査・審理の範囲はどのような関係にあるべきかなどの観点から、審判所における調査・審理の充実に向け、何らかの方向性を示すことを目的とするものである。

2 研究の概要

(1) 審判所の調査・審理に関する論点整理

イ 争点主義的運営と総額主義
従前から訴訟段階では審理の範囲は総額主義を採り、審判所の段階では争点主義的運営が行われていることから、それが総額主義と争点主義との対立になぞらえられてきたように思われる。しかしながら、審判所の運営方針とされる争点主義的運営の意義は、審判所における新たな調査は、争点及び争点関連事項の範囲に限られ、その争点等に関する新たな調査資料と原処分庁の調査資料を基礎として、原処分の全体(総額)の当否を審理判断するものと解される。このように、原処分の当否は、結局、総額で判断されるのであり、争点主義的運営は、審判所における調査・審理のうち調査に関する事務運営方針であるということができる。したがって、争点主義的運営が、あくまで調査の範囲に関するものである以上、審理の範囲については総額主義が妥当しているものと解される。このように、争点主義的運営は、理論的には、必ずしも総額主義と矛盾するものではない。
もっとも、実際の裁判例では、訴訟段階において原処分庁がそれまで争点となっていない新たな争点を主張し、それが認容される事例など争点主義的運営と総額主義の交錯と認められる場面も見受けられないわけではない。しかしながら、この点に関しては、現在、進められている司法制度改革による裁判の充実及び迅速化の流れの中において、早い段階で争点を整理する状況にあり、訴訟段階において新たな争点を持ち出す余地が少なくなってきていることに鑑みると、問題視すべき状況ではなくなっていくと考えられる。

ロ 職権主義と当事者主義
審査請求においては、口頭、公開、対審構造は保障されていない状況にあり、当事者主義ではなく、いわゆる職権(探知)主義が採られていると解される。
国税通則法97条4項の規定や裁決例に照らせば、審査請求段階においても立証責任を観念する余地が存する。しかしながら、職権主義が採用されている以上、二当事者の対立構造を前提とする立証責任の分配の法理は、審査請求手続において働かないと考える。審判所の調査・審理においては、争訟当事者の主張・立証のみならず、職権(探知)による調査を十分に活用し、事実の認定に関して、何らかの最終判断を行うべきものであると考える。もっとも、審判所が自己の調査により把握した事実に基づき判断を行った場合、その判断の基礎とした事実について、原処分庁は知り得る立場にない。また、職権主義や国会の附帯決議の存在により、審査請求段階で原処分庁による調査は行われていない現状にある。それにもかかわらず、裁決が原処分を維持した根拠の中に審判所の調査により把握した事実があった場合には、原処分庁は、その根拠事実について、訴訟段階では主張・立証を行わなければならない状況に陥ることになる。そして、主張・立証ができない場合には、審判所で維持された原処分は、その根拠を裁判所に示すことができず、結果的には取り消されてしまうという事態を招くことになるといった問題を惹起させる。

ハ 課税要件事実の認定の重要性
同一事件における裁決と判決を比較考察して見ると、双方が認定している具体的事実にはそれほど隔たりはないが、その具体的事実を踏まえた評価の場面において、審判所と裁判所とで異なる判断があり、それが結論に大きく影響を及ぼしていると認められる事例が見受けられる。同じ事実が認定されていてもその同じ事実について、法令への当てはめに際してどのような評価を行うかは、経験則を通じた作業であるが、この経験則は、事実認定、法令解釈のいずれの場合にも必要であり、その評価の結果は判断の結論を左右することになる。そして、ここでの事実認定における経験則とは、一般常識における経験則ではなく、あくまでも要件事実論を前提とする争訟上の経験則が重要であることに留意すべきである。
裁決に当たっては、判決と比較して、この経験則の観点から更に検討すべき余地があるのではないかと考えられる。審判所は、国税庁長官から裁決権を独立させたことにより、事実認定に関しては、審判所の専権事項となっていると解される。そうであればこそ、事実認定に関しては、その内容のより一層の充実を図る必要があると考えるものである。

ニ 不当性の判断
行政不服審査法は、「不当な処分」についても不服申立ての対象としている。不当性とは、「裁量の範囲逸脱や濫用に至らない程度の裁量の不合理な行使をいう。」と解されており、そもそも裁量権の存在がその前提と考えられる。もっとも、課税要件明確主義や合法性の原則に照らせば、租税法の分野においては、行政庁の自由裁量を認める規定を設けることは、原則として許されないと解されている。
したがって、原則として、租税法の適用において、課税庁に裁量が与えられている場合は存在しないと考えられる。しかしながら、租税実体法でない租税手続法の分野、たとえば、青色申告の承認を取り消すような場面では、課税庁に裁量権があると解される。そして、そのような場面では、裁判所の司法判断の及ばない不当性の判断が審判所独自のものとして、その審理の範囲に加えられることになる。

(2) 論点整理を踏まえた調査・審理のあり方

イ 争点整理表と裁決書
早期・的確な争点整理のための「道具」として審判所が積極的に活用し始めているものとして「争点整理表」の存在を挙げることができる。

1当事者双方に争点についての共通の認識を持たせることを目的にしていること

2課税要件に関して当事者の主張が食い違う点を明確に意識するようにしたもの

 などの争点整理表の特徴に鑑みると、この争点整理表の活用によって、事案の争点整理が的確に行われれば、課税要件に沿った当事者の主張・立証が明確になり、それに関する審判所の判断もより明確になると考えられる。すると、この「争点整理表」は、審査請求段階における審理の迅速化に寄与するのみならず、後続の訴訟段階において、早期の争点整理が行われている現状にも対応するもので、これは訴訟段階における審理の充実にも寄与するものと思われる。もっとも、訴訟の場においても、要件事実の的確な認定による争点整理を実施することは容易なことではないとされている。したがって、その成果を得ることは簡単ではないが、このような試みを積極的に推進していくことが重要であると考える。
また、審判所が、職権調査により把握した事実を根拠として判断を行う場合、職権主義の問題点を解決するために、裁決書においてその判断の基礎とした事実を明確に示すことが、必要最低限のことであると思われる。この裁決内容の充実にも「争点整理表」の活用が有効である。すなわち、争点整理表の作成、活用により、争点となるべき課税要件、その課税要件を充足させる課税要件事実が何であるかを明確にすることができ、調査すべき範囲や審理の対象を的確に把握することができると考える。そして、争点整理表に基づいて検証した結果を裁決書の判断に反映させれば、裁決書の判断内容自体も一層充実するものと考える。

ロ 職権主義と当事者主義の調和
審理の充実には、当事者による積極的な活動が不可欠である。そして、そこでは審判所の調査のみならず、自発的な証拠書類の提出として、原処分庁による積極的な証拠提出が行われることも必要であると考える。しかし、審査請求段階において、原処分庁は、争点もしくは争点関連事項に対する調査でさえ、行っていない状況にある。しかしながら、原処分庁が審査請求段階において、争点及び争点関連事項に関する範囲内で、かつ、場面を限定して、調査を行うことは、何ら、国会の附帯決議や審判所の争点主義的運営等に反するものでもなく、権利救済制度の目的に反するものでもないと考える。審査請求段階において、争点整理を行った場合に、原処分段階とは異なる新たな争点が生じることは当然にあり得る。また、そのような場合には、その新たに争点となった課税要件や課税要件事実についての当事者双方の主張や立証があり得るはずである。
そこで、審判所は、国税通則法97条に基づく職権調査の一環として、迅速性に留意しながら、原処分庁に対して質問等を行い、その質問等に対する回答という形で原処分庁による自発的な立証を促し、その回答のために原処分庁が調査を行い、その結果を質問等に対する回答という形で主張・立証を行うといった態様によれば、審判所の調査によるだけではない当事者による積極的な活動を促すことになると考える。これは、職権主義と当事者主義の調和を図りながら、なお、審理の充実・迅速化に寄与することができると考える。

3 結論

 裁決と判決の比較考察という視点から見ても裁決段階と訴訟段階における調査・審理の範囲の相違は、従前から議論されている争点主義的運営と総額主義、職権主義と当事者主義などの論点と重なる部分がある。これらの論点を解決する手段の一つには対審構造の採用を通した第一審の機能を審判所の裁決に付与することが考えられる。しかし、統一ある運用による税務行政の適正な運営の確保、簡易迅速な手続などの審判所の存在意義や不当性の判断を行うことができるといった司法における権利救済にはない側面などを考慮すれば、設立当初に税務行政内に留められた意義は、現在もなお失われるものではない。
そこで、裁決における調査・審理のなお一層の充実を図ることにより、その解決を目指すべきと考える。その点、現在、審判所で行われている「争点整理表」の活用は、審理内容の充実等に寄与するとともに、一連の権利救済手続における一貫性・連続性をも担保する手段として十分に機能し得ると考え、また、これに期待するものである。

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