佐藤 謙一

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 国税通則法(以下「通則法」という。)65条4項は、修正申告又は更正に基づき納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちに、その修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて「正当な理由」があると認められるものがある場合は、その部分については過少申告加算税を課さないとしている。
この通則法65条4項の「正当な理由」が認められる場合とは、具体的にどのような場合をいうかについて、法令上明らかでなく、専ら法令解釈の問題となるがゆえに、課税庁が行った過少申告加算税の賦課決定処分の適否を巡って争訟の場で争われる場合が少なくない。
このため国税庁は、通則法65条の過少申告加算税の賦課に関する取扱基準の整備等を図るため、平成12年7月3日付け「申告所得税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて(事務運営指針)」のほか税目ごとの同様の事務運営指針(以下、同日付けの事務運営指針を併せて「平成12年事務運営指針」という。)を発遣・公開して、同指針において、課税庁として同条4項の「正当な理由」があるとして取り扱う具体的「事実」を例示している。
このような課税庁の取扱いが裁判例、特に最高裁が示す判断と密接に関係するところ、最高裁は、通則法65条4項の「正当な理由」が認められる場合の法令解釈について初めて判断(最一判平18.4.20)を示すとともに、最近、興味深い事例判断も見られる。
本稿は、最高裁が示した上記法令解釈を受けて、同法令解釈が過去に下級審が示したそれと異なるか否か、また、このような法令解釈を踏まえた裁判所の事例判断に変化が見られるか否かを通則法施行以降に言渡しがあった裁判例を通して検討する。その上で、これらの検討結果を踏まえて、通則法65条4項の「正当な理由」に係る現在の国税庁の解釈・取扱いである平成12年事務運営方針が定める具体的「事実」の妥当性を改めて検討する。さらに、最高裁が示したストックオプション事件に係る判断から明らかになった問題点についても論及・考察するものである。
なお、平成12年事務運営指針には税目別に申告所得税、法人税、相続・贈与税等に係るものがあるが、本稿では主に申告所得税に係る事務運営指針に焦点を当てて検討を行う。

2 研究の概要

(1) 事務運営指針の検討

イ 課税庁の取扱いと裁判例の動向
現在、課税庁が、平成12年事務運営指針において、通則法65条4項に規定する「正当な理由」がある場合として取り扱うこととしている「事実」は、過去の裁判例の分析を踏まえて事務運営上明確にされるべき場合を例示したものといわれているが、同指針の発遣・公開以降「正当な理由」が認められなかった主な裁判例には、1納税者が自ら代表取締役を務める同族会社に行った無利息等貸付けから生ずる所得を申告していなかった事例(最三判平16.7.20)、2「自分にたのめば税金が少なくなるという代理人の甘言を不注意で信じて」過少申告となった事例(最一判平18.4.20)などがある。一方、「正当な理由」が認められた主な裁判例には、3納税申告手続を委任された税理士の不正行為に税務署職員が共謀加担した事例(最三判平18.4.25)、4課税庁が従来の取扱いを変更する場合には納税者に周知させるなど必要な措置を講ずべきであるとされた事例(最三判平18.10.24)などがある。
このような中、最高裁は、上記2及び3の判例において、「通則法65条4項にいう『正当な理由があると認められる』場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的事情があり、・・・過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するが相当である。」とする初めての判断を示したが、この法令解釈は東京高裁昭和51年5月24日判決及び神戸地裁昭和54年8月20日判決をはじめ多くの過去の裁判例と同旨のものと見ることができる。
また、このような過去の裁判例が示す事例判断からすると、後述するストックオプション事件を除き、一般的には、法令の不知・誤解、事実の誤認及び納税者の単なる主観的な事情に基づくような場合はいずれも「正当な理由」があるとは認められないが、納税者の責めに帰することができない客観的事情があり、申告当時に法令の解釈適用について納税者が誤るのも無理がないと判断されるものについては、裁判所もこれを認めてきたように思われる。そして、近年の「正当な理由」の有無が争点になった訴訟事件の内容を見ると従前に比べて課税庁の対応を原因とする事例が多くなっているように見受けられる。

ロ 事務運営指針の改正
上記イに述べたように、裁判例の動向からすれば、ストックオプション事件に係る最高裁の事例判断を除き、通則法65条4項の「正当な理由」の意義及びそれを踏まえた事例判断に格別従前と異なったものは見られない。
しかしながら、前述したように最高裁が通則法65条4項の「正当な理由」について初めて法令解釈を示したこと、税目ごとに「事実」を例示している現行取扱いの内容や統一性について疑問があるとの指摘がされていることなどからすると、上記最高裁判決を契機に、税務行政のより適正な執行、課税庁としての主張の一貫性及び納税者の予測可能性のより一層の確保等という観点から、平成12年事務運営指針の改正を視野に入れた検討を行うことが望ましいと考える。

(2) 最高裁平成18年10月24日第三小法廷判決がもたらした問題
本件は、いわゆるストックオプションの権利行使益(以下「本件権利行使益」という。)の所得区分の解釈を巡って、課税庁が行った過少申告加算税の賦課決定処分に係る「正当な理由」の有無が争点となった事件の最高裁判決である。
本件において、最高裁は、下級審の裁判例でも判断が分かれるような相当の論拠があるような問題について、課税庁が従来の取扱いを変更する場合には、法令の改正又は通達を発するなどして、変更後の取扱いを納税者に周知等する措置を講ずべきであるとの判断を示して「正当な理由」を認めたが、同判決では次のような問題も浮び上がったと思われる。

イ 「正当な理由」が認められる範囲と課税庁の解釈・取扱い
ストックオプション事件に係る多くの納税者は、申告当時、本件権利行使益が「給与所得」であるとする課税庁の取扱いを知っている又は知り得る状況にあったにもかかわらずあえてそれとは異なる「一時所得」が正しいとの解釈のもとに申告を行った結果過少申告となったものであり、従前の裁判例からすれば、このような納税者の行為は単に法令解釈に対する納税者の主観的判断と判示する事例がほとんどであったように思われる。
このような従前の裁判例とは異なる上記最高裁の判断は、結果として「正当な理由」が認められる範囲を広げたと見ることもできる。
ところで、課税庁の通達等に定められている解釈・取扱いは、課税庁職員の意思統一を図るためのものであって、個々の納税者を拘束するものではない以上、納税者は自らの解釈に基づいて申告することが許されることはいうまでもない。
納税者の税に対する関心の高まり等からすると、ストックオプション事件に見られるように、課税庁の解釈・取扱いに対して、納税者が自らの解釈に基づいて申告を行い、適法な不服申立てを経て、最終的にその適否の判断を裁判所に求めるケースは今後とも増加すると思われる。
このような場合、課税庁としては、課税庁の解釈・取扱いの適法性を争訟の場を通じて主張・立証するのはもちろんのこと、それ以前の措置として、新たな解釈が必要と認められる場合や従前の取扱い等を変更する場合にはその解釈・取扱いを早期に公開するとともに、税法の解釈・適用について疑義が生じた場合には事前照会制度を活用してもらうなどの方法により納税者の予測可能性を確保していくことがより一層求められるということであろう。

ロ 「正当な理由」の判断時期と納税者間の不公平
一連のストックオプション事件に係る納税者の中には、当初の確定申告では本件権利行使益を全く申告していなかったという点では同じであるものの、1課税庁による調査等で申告漏れを指摘され、その時点で「一時所得」とする修正申告をし、その後「給与所得」とする更正処分等を受けた者と2修正申告をしないで「給与所得」とする更正処分等を受けた者が存在し、両者の間では最終的に負担した過少申告加算税の額が異なり不公平が生じる結果となっている。
これは最高裁が「正当な理由」の判断時期を更正処分前の納税者がした申告(1の場合は修正申告、2の場合が確定申告)を基準にとらえたためであると思われるが、これでは本件のような納税者間の不公平の問題を解決できないし、納税者自らが適正な期限内申告の履行を行うという申告納税制度及び過少申告加算税の趣旨からも疑問が残る。
これについては、通則法65条4項を中心とした解釈及び過少申告加算税の趣旨等を踏まえると、納税者が確定申告において申告漏れなどの過少申告をし、その後修正申告又は更正処分により是正された場合、過少申告という客観的事実は確定申告によって明らかになったものであり、その過少申告という事実に「正当な理由」が認められるか否かを判断するものであるから、まず、確定申告の時を基準に判断すべきであると考える。

3 結論

 通則法65条4項の「正当な理由」が認められるか否かが争点となった事件において裁判例が示した判断は、ストックオプション事件に係る最高裁の事例判断を除き、その動向に大きな変化は見られない。
しかしながら、最高裁が初めて示した法令解釈を契機に、税務行政のより適正な執行、課税庁としての主張の一貫性及び納税者の予測可能性のより一層の確保等という観点から、申告所得税に係る現行取扱いも含め平成12年事務運営指針の改正を視野に入れた検討を行うことが望ましいと考える。
また、納税者の税に対する関心の高まり等からすると、今後、課税庁の解釈・取扱いを巡って、最終的にその適否の判断を裁判所に求めるケースの増加が予想される。このような場合、課税庁としては、課税庁の解釈・取扱いの適法性を争訟の場を通じて主張・立証するのはもちろんのこと、それ以前の措置として、新たに税法の解釈・取扱いを明らかにしなければならないと認められる場合や従前の解釈・取扱いを変更する場合には早期にその解釈・取扱いを公開してその周知を図るとともに税法の解釈・適用について疑義が生じた場合には事前照会制度を積極的に活用してもらうなどの方法により納税者の予測可能性を確保していくことがより一層求められると思われる。そして、結果として過少申告となった場合には納税者間で不公平にならない手当てを考えていく必要がある。

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