黒坂 昭一

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 滞納整理事務においては、徴収職員は多くの滞納事案を所掌する中、同時並行的反復継続的に、滞納者の財産状況や滞納整理の経緯等の個々の実情に応じた多様な処理を行っていく必要がある上に、1出張時等における領収現金、手形、小切手等の取扱いに伴うリスク、2処理遅延等に伴う時効完成による回収不能に伴うリスクのほか、3倒産等特殊困難な事案における徴収技法の習得、伝授が困難であること、4職員個々の処理実績の把握、その評価が容易でないこと、また、5統括官は職員への指導及び進行管理面でその対応に苦慮していることなどの課題を抱えている。
さらに、今後も消費税免税点の引下げ等の影響に伴う滞納者数の増加が見込まれる中、広く公租公課などの納付、徴収に関し、モラルの低下、不公平感といった面で国民の関心も高まってきている。
このような状況において、滞納整理事務は、厳しい定員事情の下、限られた事務量を効果的・効率的に投下し、厳正・的確な滞納処分を遂行して、公平な徴収の実現を図ることが求められている。
そこで、本研究においては、効率的で公平な徴収の実現を図るため、新たな視点としてのリスク管理、事案の類型化を中心にその徴収手法及び滞納整理に関するマネジメントの在り方等について研究する。

2 研究の内容

(1) 民間におけるリスク管理
民間企業においては、企業の不祥事に端を発しリスクへの関心が強まり、そのリスク管理の重要性も高まってきている。特に経営環境が変化する中にあっては、企業を取巻くリスクをいかにコントロールするかが重要となり、リスク管理を適切に実行することが企業の社会的責任といわれている。このようなリスク管理の手法としては、1リスクの認識、2リスクの測定・評価、3リスク対応(コントロール)及び4モニタリングなどがある。
また、リスク管理においては、そのリスクのシグナル(予兆)の察知に努める必要があり、例えば倒産リスクに関しては、倒産の予知分析ため信用情報機関の企業価値としての格付け、信用情報機関の与信サービス、倒産情報及び分析システムが広く利用されるようになってきている。この予知分析において、企業の業績評価のために用いられている財務分析及びキャッシュ・フロー計算書等は、企業のデフォルト・リスク(倒産の危険性)を評価する上で不可欠な情報といえる。

(2) 滞納整理上の業務におけるリスク管理
滞納整理においては、徴収職員が多くの滞納事案を所掌する中、滞納処分の着手が遅れ、競合する第三者に対抗できないケースなどにより、回収不能に伴うリスクが生じ、その結果国税債権の確保ができず国民の負託に応えられないおそれもある。このような「信用リスク」については、そのリスクの対象となる滞納事案の個々の事情等をいかに適時的確に把握するかが重要であり、そのようなリスク管理のためのシステムの構築が望まれる。
そこで、滞納者個々の状態を的確に把握するため、財務諸表の比率分析及びキャッシュ・フロー分析等による情報の定量分析や調査・徴収時において察知した滞納者の意識・経営方針等の情報を基にした定性分析などによる情報を課税・徴収部門において共有化し、これにこれまでの滞納者個々の処分事績等を加え、滞納者の個々の財産状況等のデータの蓄積として「滞納者整理簿」による事案のデータベース化を行ない、その後の事情変更を加え継続的な管理(「滞納事案の個別リスク管理」)を行う必要がある。特に、倒産・信用情報等の外部からの情報を基に倒産予知及び支払能力の分析を行うことが重要である。
また、滞納整理における日常の業務に関し公金の亡失及び時効の完成等に伴う「事務リスク」についても、そのリスクの存在を前提に、これを回避するために、現金出納事務のチェック、猶予期日等の管理、時効の完成等の期日管理など、職員による自己チェック体制に加えて、システムなどによる効率的なチェック体制を再構築する必要がある。
さらに、特殊、処理困難事案における審理事務に関する「法務リスク」については、「審理フォーラム」を立ち上げるなど局署間の審理情報及び効果的な徴収技法を共有化し、また、審理事務のブロック化、集中化も含めた審理事務の効率化を図り、審理担当者及び統括官の負担を軽減する必要がある。

(3) 事案の類型区分による効率的な滞納整理
徴収職員には、徴収法上強い権限が与えられているが、その与えられた権限を適正に執行し、もって租税債権の収納確保を図ることが徴収職員に課せられた使命(ミッション)である。その使命達成のため、近年特に業務を取巻く環境が厳しい中、限られた事務量を効果的・効率的に投下し、厳正・的確な滞納処分を遂行して、その徴収の実現を図る必要がある。
また、この権限行使に当たっては、租税行政庁には租税の減免の自由、租税を徴収しない自由はないという合法性の原則に則り、適正・公平な徴収の実現を図るためには、滞納者個々の事情を早期に把握し、その個々の実情に応じた滞納整理を行う必要がある。
このような観点に立つと、全所掌件数を着手対象として「足で稼ぐ」ことだけに頼るだけでは限界があり、リスク管理及び着手事案の選定の効率化という新たな視点から、リスクの大小、倒産予知及び支払能力等からの分析結果を基に、優先着手事案、猶予事案などその緊急度に応じた「滞納事案の類型化」を行う。もって、効果的な着手時期の選定及びその選定作業の軽減により事務の効率化を図るとともに、その後の継続事案においても、財産の状況等の変化に伴う処理方針を示すこととなる。

(4) 滞納整理に関するマネジメント
滞納整理においては、リスク管理及び効率化を図り徴収の使命(ミッション)を達成する必要があるが、併せて納税者のコンプライアンスの向上及び職員等の人材の活用を中心としたマネジメントを行う必要がある

イ 納税者意識の変化に対応した納税者コンプライアンスの醸成
近年、国民、納税者の一部に責任感や規範意識の欠如といったモラルの低下等により、「未納、回収不能」の問題が生じ、その関心も高まってきている。国税については、これまでの関係民間団体等の納税思想の高揚に関する諸活動及び税務行政におけるこれまでの諸施策により、申告納税制度の普及発展が図られ、高い収納率を上げることができたにもかかわらず、今後前述のようなモラルの低下などによる影響に加え、時効完成により回収不能等が生じた場合、従来にも増して滞納整理に対して厳しい非難がなされるおそれがある。
そこで、徴収回避者に対する滞納処分免脱罪(徴収法187条)及び詐害行為取消権(民法424条)の積極的な活用、滞納整理に関する各種取組み及び成果などの広報、地方公共団体との一体的な租税教育及び局署幹部のリスク認識に立ったコンプライアンスに関するコミットメントなどにより、納税のコンプライアンス(「滞納は、社会悪」という意識に基づくコンプライアンス)の醸成を図る必要がある。

ロ 職員の人材育成、能力開発等
職員の人材育成、能力開発は喫緊の課題であり、特に次代を担う若手職員に対する人材育成等、また、倒産事案や動産・債権譲渡事案等の複雑、処理困難化に伴い、徴収職員の経験不足、能力不足をいかにカバーして滞納整理事務の効率化を図るかが重要である。
職員においては、滞納事案におけるキャッシュ・フローや財務分析など会計的な新たな手法など職員自らその能力開発に努め、また、着手事案の目標管理によりその目標達成の意識によりモチベーションを高める必要がある。
統括官等は、職員へのコーチングなどによりコミュニケーションを図り、職員のモチベーションを引き上げるとともに、事案の目標管理における目標の達成を共有化するなどにより、事務の効率化のためのマネジメント行う必要がある。

3 結論

 滞納整理に当たっては、滞納整理を取巻く厳しい環境の中、その課せられた使命(ミッション)の達成のため、次のような新たな視点としてのリスク管理及び効率化を中心にしたトータルマネジメントを行う必要がある。

(1) リスク管理と徴収事務の効率化の視点に立った滞納整理
新たな滞納整理策として、滞納整理におけるリスクを認識した上でそのコントロールを行うといったリスク管理の概念を採り入れ、もって事務の効率化を図ることとする。つまり、統括官及び職員がリスク管理の重要性を認識し、滞納者の現状、財産状況等及び個々の事案の状況を的確に把握することであり、このため例えば会計的手法によるアプローチとしてのキャッシュ・フロー、財務比率分析など新たな分析手法を採り入れ、滞納者個々の情報を集約した「滞納者整理簿」を作成することが挙げられる。このような徴収部門全体のリスクに対する認識及びリスク管理の理念の確立遵守が最大のリスク管理につながるといえる。
また、徴収法上有する強制的な手段だけに偏することなく、滞納者個々の実態を的確に判断し、合法性の原則に即した合理的な判断基準による滞納処分が必要とされることから、前述のとおり滞納者の個々の状況、情報を分析した上で、リスク、緊急度に応じた「滞納事案の類型化」を行い、もって着手事案の選定及び事案の進行管理を効率的に行うとともに、情報の継続的な管理によりその後の滞納整理における処分の判断資料として活用する。

(2) 滞納整理の効率化のためのマネジメント
滞納整理の一つとして、納税者等のコンプライアンスの醸成があるが、その方策として、徴収回避者への滞納処分免脱罪の適用、公平・合法性の観点に立った厳正的確な対応など、広く「徴収に関する国民の理解に基づく支援」(国民の共感と自助作用)が得られるようにする。
また、統括官等は、前述のとおり職員の人材育成、能力開発に努め、職員の「人財」の活用による「組織文化の継承」を行い、もって滞納整理の効率化を図るようなマネジメントを行うこととする。

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