山崎 昇

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 「租税回避」は、講学上は法律の根拠がない限り否認されないとされているが、課税庁が「租税回避」の用語を使う場合は、「課税上弊害がある租税回避」を意味している場合が多い。しかし、課税庁は、「課税上弊害がある租税回避」というだけで課税処分しているのではなく、それぞれの事件の中で、事実認定や税法解釈を行って課税しているのである。近年、租税回避に対する課税理論については、次の3つの課税事件をきっかけに、「租税回避の『否認』の3類型」にみられるように議論が深まっているが、課税庁において、何を基準に「課税上弊害がある」として税務調査を展開するかについてはまだ整理されていないように思われる。
最近、外国法人との取引等を利用した租税回避事件について、注目すべき最高裁判決が相次いでだされた。「外国税額控除事件」(最二小判平17.12.19)、「映画フィルムリース事件」(最三小判平18.1.24)、及び「オウブンシャホールディング事件」(最三小判平18.1.24)である。これら3つの最高裁判決は、結果としては国側に有利なものであり、これらを国際的租税回避事件と捉えれば、「課税上弊害がある」ケースであったと考えられる。しかし、課税庁の租税回避否認理論の主張は必ずしも認められた訳ではなく、判決における最高裁の判断は、課税庁による今後の国際的租税回避に対する課税の考え方に影響を与えるものであると考える。課税庁は、3つの最高裁判決を踏まえ、今後の租税回避事案に対処していく必要があると考える。
本稿は、3つの最高裁判決の判例評釈を行うものではなく、その内容を分析・検討し、課税庁として、今後どのように国際的租税回避に対処していくべきかについて考察するものである。

2 研究の概要

(1) 3つの最高裁判決の分析
3つ最高裁判決について分析する。事件の概要からみた内国法人が行う国際的租税回避の態様を分類し、最高裁の判断から課税庁として学ぶべき点について考察する。
3つの最高裁判決の内容をみると、内国法人が行う国際的租税回避の多くは、税法上の「損金算入」規定を利用し、我が国の課税管轄外から過大な「損金」を取り込むことにより「損金の額」を増加させ、「所得金額」という課税要件の充足を一部回避するものであると考えられる。しかし、この点が争点となった外国税額控除事件と映画フィルムリース事件では、最高裁は、課税庁が主張した租税回避否認理論を採用していない。
これら3つの課税訴訟においては、最高裁は、納税者の行った複数の取引や行為の全体像をみて、それに個々の税法規定が適用されるか否かにより課税の適否を判断している。課税庁は、納税者において租税回避行為があると認められる場合でも、証拠資料に基づく事実認定が重要であることを認識し、全体的な事実関係の把握に努め、税法の適用関係をよく吟味する必要がある、という税務調査の基本を、これら3つの最高裁判決から改めて学んだということができる。

(2) 内国法人の国際的租税回避への対応
課税実務における「事実認定」の過程と租税回避否認の考え方を確認し、3つの最高裁判決における内国法人の租税回避の否認方法を分類する。また、課税庁が「制度の濫用」を認定して租税回避を否認し得る場合、及び「課税上弊害のある租税回避」の判定基準について考察する。
内国法人による租税回避を否認する考え方としては「事実認定に基づく『否認』」と「課税減免規定の限定解釈による『否認』」があるが、多くの租税回避は、課税庁が十分な事実認定と的確な税法規定の解釈・適用を行えば、従来からの課税庁の基本的なアプローチである「事実認定に基づく『否認』」により対処できる。それでも対処できない「課税上弊害がある租税回避」については、「制度の濫用」を根拠とした「課税減免規定の限定解釈による『否認』」により課税処分を行うことになる。また、「制度の濫用」を根拠に税法規定の適用そのものを否認する「『制度の濫用』の認定による『否認』」という考え方も裁判所の判断としてはあり得るが、課税庁は、あくまでも「課税減免規定の限定解釈による『否認』」の主張の根拠として「制度の濫用」を言うべきであろう。
課税庁は、「制度の濫用」を根拠として租税回避を否認する場合は、単に「制度の濫用」というのではなく、「制度の濫用」についてもう少し具体的な要件を自らに課すべきではないか。試案として、まる1当事者が選択した取引形式が異常であること、及びまる2そのような取引形式を選択したことにつき租税回避以外には「事業目的(正当な理由)」が認められないこと、という要件が考えられる。まる2の要件中の「事業目的(正当な理由)」の有無については、主観テスト(事業目的を欠くこと)と客観テスト(経済的実質を欠くこと)の2つのテストによりその判定を行うことが考えられる。なお、課税庁は、「制度の濫用」を根拠とした租税回避否認のアプローチについては、租税公平の観点から、真に課税上弊害がある租税回避に対して用いるべきであろう。
また、「制度の濫用」の要件は、「課税上の弊害がある租税回避」か否かの判定基準としても利用できると考える。この判定基準は、税務調査の一定の段階で用いることにより、税務調査を継続するか否かを見極めると共に、調査展開の方向性を確認する機能を有するのではないかと考える。

(3) 外国法人の租税回避への対応
外国投資ファンドが日本で行う不良債権ビジネスを素材としたモデル事例から、外国法人が行う租税回避の態様について分析し、どのような場合に課税され得るかについて考察する。
外国法人特有の租税回避の態様は、国内における事業活動の機能を分散することにより「外国法人」という課税要件を回避する「PE回避型」と、海外に設立したペーパーカンパニー等と形式的な契約関係(取引関係)を構築して「国内源泉所得」という課税要件を回避する「租税条約濫用型」に類型化できる。その特徴は、内国法人の租税回避の主たる態様が課税管轄外から過大な「損金」を取り込んでいることとは対照的に、我が国の「国内源泉所得(益金)」を課税されることなく課税管轄外に流出させる形態をとることである。しかし、「課税上弊害がある租税回避」か否かについては、内国法人と同様の判定基準を用いることが可能であると考える。
外国法人の租税回避に対する基本的な対処方法としては、PE回避型のケースでは、企業グループにおける「共同事業(組合)」を認定してPE課税を行うことが考えられる。これは「事実認定に基づく課税」ということができる。また、租税条約濫用型のケースでは、課税が回避された所得を租税条約上は「利子」と解釈し、また国内法上は「国内資産の運用・保有所得」と解釈して課税することが考えられる。これは「租税条約又は国内法の解釈による課税」ということができる。さらに、真実の所得者を解明して実質所得者課税を行うことも考えられる。これは「事実認定に基づく課税」ということができる。いずれにせよ事案に応じてある程度の方向感をもって調査を展開することが肝要であろう。

3 結びにかえて

 本稿は、国際的租税回避事案について、その態様の分析とこれに対する対処方法を考察している。しかし、実際に課税処分を行うとなると、その基礎となる「事実認定」の場面において、取引の全体像を解明するために必要な外国法人との資本関係や取引関係の把握等が困難なケースが多く存在する。課税庁がこれを克服するには相当な時間と労力が必要であろう。そうであれば、税務調査を効率よく行うために、真に課税上の弊害がある租税回避事案を抽出し、事実認定の方向性を定める必要があると考える。本研究がその一助になれば幸いである。

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