酒井 克彦

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的、問題点

 不動産所得を使った節税商品を巡る税務訴訟が増加している。近時話題となっている航空機リース事件や船舶リース事件などもその一例であるといえよう。
そもそも、金融商品を購入(投資)し運用益(損)を得た場合、かかる所得は、利子所得、配当所得又は雑所得(場合によっては事業所得)に区分される。事業所得に区分されることが非常に稀であることを前提とすれば、このことは、金融商品への投資損失については他の所得との損益通算を受けることができないことを意味する。しかしながら、金融商品に係る損失を損益通算のレールにのせる方法がないことはない。投資資金を不動産運用に投入し、かかる不動産の所有権を投資家に帰属させることによって、金融商品の運用益(損)を不動産所得に転換させるというスキームである。もっともこのことを法が予定していたのであれば、あるいは予定していなかったとしても予定されていた法の適用範囲内であれば、さして問題とはならないが、仮にこれらのスキームがタックス・イロージョンとなり、公平負担の原則などにゆがみをもたらす虞があるとすれば、そこに租税法上の重要な問題が発見されることになる。かような商品はいわゆる商品型タックス・シェルターといい得ると考えるが、これがまさに航空機リース事件や船舶リース事件に利用されたスキームである。また、そこでの損失はキャッシュフローを伴う投資損失ではなく、単なる計算上の損失であるという点にも不動産所得利用スキームの特徴がある。
これまで航空機リース事件などの議論では、組合課税の問題が強調されてきたが、ここに内在する問題の根源はむしろ不動産所得そのものにあるのではないかという問題関心に辿り着く。通達によるとはいえ、航空機リース事件を契機に組合課税に係る解釈指針が示されたことは評価できるが、問題は組合課税論に留まらないのではなかろうか。今、不動産所得の解釈論や不動産所得の存在自体を考え直す時期に来ているように思われるのである。
かような問題意識を出発点として、本研究では、二つの視点から不動産所得についての考察を加えることとした。第一に解釈論的アプローチである。具体的には、これまで「不動産等の貸付けによる所得」(所法26まる1)と規定される不動産所得を、「所有不動産から生ずる所得」というように理解してきたきらいがあるのではないか。果たしてこのような理解は妥当なのかという問題意識である。第二に、立法論的アプローチとして不動産所得の廃止論を考えてみたい。ここでは、不動産等の貸付けによる所得が事業所得又は雑所得に区分されることの積極的な意義付けを導出することを目指すこととする。

2 研究の概要

(1) 不動産所得の解釈論と租税回避否認の限界

イ 所得税法26条にいう不動産所得の意義

(イ)  不動産所得と所有権
所得税法26条は「不動産等の貸付けによる所得」と規定しているに過ぎず、不動産等の所有権の有無は文理上要件とはされていないように思われる。不動産所得は、民法上の賃貸借契約を基礎として解釈されることが多いが、仮に、民法上の議論を基礎に考えたとしても、民法上の賃貸借は消費貸借のように目的物の所有権を相手方に移転するものではないから、賃貸人が物の所有権を有することは必要ではないとされている。また、判例は、不動産所有権の誤信は直ちに契約の効力を左右するほど当然に重大なものではないとするし、かかる考え方は学説上も支持されている。すると、不動産等の所有権を有しない転貸人による「不動産等の貸付け」を同条の「不動産等の貸付け」から排除する積極的理由は見当たらないのではなかろうか。更に、不動産等の所有権者ではなく生計の主催者に不動産所得が帰属するとした裁判例、不動産所得の認定において必ずしも有効な不動産賃貸借契約を基礎とする必要はないとする裁判例などの分析からも同様の結論を導出し得る。
このようなことを前提とすれば、不動産所得の解釈に当たっては、必ずしも不動産等の所有権に拘泥して理解する必要はないのではないかと思われる。したがって、仮に組合構成員に不動産等の所有権が所在するからといって、そのことのみをもって、かかる不動産等から生じた所得が構成員の不動産所得となるという考え方が必ずしも肯定されるということにもならないという結論を導出し得るのである。

(ロ) 不動産等の「貸付け」による所得の意義
不動産所得は不動産の「貸付け」による所得であるから、貸付行為の存在が前提とされるべきであると考える。
所得税法は、不動産等の貸付けが事業的規模によるものかあるいは業務的規模によるものかによって、課税上の取扱いを異にする。例えば、「事業」としての不動産所得を得ている場合には、一定の要件の下で青色事業専従者給与が認められる(所法57 まる1)。単に貸付けている家屋の棟数や室数を前提としてこのような規定が設けられているのではなく、「貸付行為」が事業といい得る場合には人的役務提供の程度が増加するという点に着目しているのではなかろうか。そうであるからこそ、事業的規模の不動産所得の場合にのみ、家族従業員への給与が必要経費として認められているとも理解できる。なお、不動産所得を積極的に「貸付け」による所得と理解することは、「事業等所得」として事業所得と一体とされていた所得区分の沿革に反するものではないと思われる。すると、貸付行為を行っているか否かという点こそが不動産所得を画する要件とされるべきであり、かような解釈が最も文理に素直な解釈であるといえよう。

ロ 貸付行為の認定の困難性
もっとも、所得税法26条の文言から積極的な貸付行為とそうでない貸付行為を峻別することは困難であるという疑問もあろう。このような疑問があるとしても、同条にいう「貸付け」を実際の行為性に着目して解釈する可能性が否定されるわけではない。不動産等の所有権が小学生の子供にあり、賃貸借契約書の存在があるからといって、その子に不動産所得があるといえるかについては疑問である。やはり「不動産等の貸付け」が行われているかどうかという観点から検討されるべき問題ではなかろうか。この点は、例えば、近時の民法555条《売買》の「約する」を、合意にとどまらず手付金の交付の事実などより具体的意思の介在を重要視する民法解釈論の傾向と親和性を有する議論であるといえなくもない。
この問題を更に先に進めると、他人に委任や代理をして貸付けを行わせていた場合には、不動産所得の「貸付け」から離脱するのかという素朴な疑問に突き当たる。代理契約の内容や委任の本旨から依頼者における不動産等の貸付けの意思を読み取れない場合には、これを否定する余地はあると思われるが、この辺りの挙証は極めて難しいといわざるを得ない。

(2) 不動産所得廃止論と商品型タックス・シェルター

イ 不動産所得廃止論
組合契約を利用するのではなく、代理契約や委任契約を介在させるスキームを構築することはたやすい。このことは、組合契約による商品型タックス・シェルターに係る組合課税上の損益通算に制限を加えることのみでは根本的な解決に繋がらないことを意味する。そこで、かかる観点から不動産所得廃止論を展開することが考えられる。不動産所得が廃止されれば、不動産等の貸付けによる所得を事業所得と雑所得にトレースして区分することになるが、不動産所得を生ずべき「事業」といえるか否かを、事業所得該当性の判断基準によって画すべきとする裁判例もあるところであり、これまでの所得税法の解釈に齟齬をきたすものではない。そもそも、不動産所得は資産合算制度の廃止でその役目を終えたともいい得るのであって、存置しなければならない積極的意義は見当たらないのではなかろうか。

ロ 事業所得の意義とリスク遮断
金融商品の運用益について事業所得と認定されることが少ないのは、事業所得を「自己の計算と危険において営利・継続的に行う経済活動による所得」と理解する考えが判例・学説により支持されているからである。すると、リスク回避を前提とした事業体から構成員への分配金は事業所得に該当するとはいえない。そうでなかったとしても、裁判例においては、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、取引に要した精神的肉体的労力の程度等から事業所得性が判断されることが多いことに鑑みると、雑所得に該当するケースが多いと思われる。

3 結びに代えて

 本研究では、投資対象としての商品型タックス・シェルターに不動産所得が利用されている現状を踏まえ、不動産所得を廃止すべきとの所見を有するに至った。
所得税法は所得の勤労性や資産性などを考慮し担税力に応じた所得区分ごとに所得計算を行うこととしている。しかし、事業体の活用、委任・代理、証券化などによって本来の所得区分をコンバートすることは可能である。本研究は、所得税法が本来予定している所得区分が容易にコンバートされてしまう危機に対する一つの切り口にすぎない。最終的には、所得区分間の課税上の取扱いの格差を減らし、あるいは所得区分を少なくすることでこの問題への解決を探るべきではなかろうか。

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・671KB