居波 邦泰

税務大学校
研究部教育官


要約

1.研究の目的、問題点等

 経済の国際化・複雑化が進展するなかで、わが国においてもタックス・シェルターを用いた租税回避行為が1990年頃から見受けられるようになり、これらについて課税当局による実地調査がなされ、その結果、当該租税回避行為が濫用的であると認められたものについては否認がなされたところである。
当該課税処分に納得のいかない納税者から提起された訴訟について、最近までにいくつかの判決が出されて確定したものもあるが、必ずしも課税当局の意図する結果が得られているわけではない。「航空機リース」事案のように司法から税法上否認規定が存在しないこと等の理由により、課税当局が敗訴し確定した事案も見受けられる。
米国においては、1960年代から個人用の濫用的タックス・シェルターが見受けられ、これに対して1980年代半ばまでに税制改正を重ね、アット・リスク・ルールや受動的損失ルールなどの制度の創設など積極的な法的対抗策を講じることで一定の成果が認められたところである。
しかし、1990年代からは法人用の濫用的タックス・シェルターが主流となり、この法人用タックス・シェルターは形態が多様でスキームが複雑であり、いわゆるオーダーメイド型のスキームによるものが多い。近年はKPMGやプライスウォーターハウス・クーパースなどの大手の会計事務所もタックス・シェルターによる成功報酬を受け取っており、米国税制において極めて大きな問題となっている。
このような事態に的確に対処するために、米国では2004年10月に成立した「American Jobs Creation Act of 2004」(以下「Jobs Creation Act」という。)において、濫用的タックス・シェルターに対する法規制の更なる強化を打ち出したところである。
本論文は、米国のタックス・シェルターへの取組を参考としつつ、わが国においてタックス・シェルター等の濫用的租税回避に対して、制度的な方策を含め、どのように対応すべきかについて検討を行うものである。

2.研究の概要等

(1) 米国のタックス・シェルターに係る制度及び執行

イ タックス・シェルターに係る税務上の定義及び情報収集制度
米国におけるタックス・シェルターの定義は、もともと内国歳入法第6111条に開示(登録)義務を受けるタックス・シェルターの範囲として示されていたが、Jobs Creation Actの成立を受けて法律上の定義は廃止され、財務省規則§1.6011-4に規定された「報告義務のある取引(reportable transactions)」が、以下のまる1まる3の開示義務等の対象とされた。

まる1 アドバイザーに対するタックス・シェルターの開示義務(内国歳入法第6111条)

まる2 アドバイザーに対する顧客リストの保存義務(内国歳入法第6112条)

まる3 納税者に対するタックス・シェルターの報告義務(内国歳入法第6011条)

 これらに係る義務違反については罰則が課されている。したがって、米国ではJobs Creation Actの成立により、タックス・シェルターに係る罰則の適用範囲の策定権限が、法律レベルから財務省規則レベルに委任されたことになる。なお、情報収集に係る罰則等については、Jobs Creation Actによってかなりの強化が図られたところである。また、IRSはタックス・シェルターに係る情報収集にジョン・ドゥ・サモンズを積極的に活用しており、成果を挙げている。

ロ 個別事案に係る「Settlement Initiative:和解案」の公開提示による修正申告の慫慂
IRSは濫用的タックス・シェルターの個別事案に関し、個々の実地調査による是正だけではIRSの資源的限界があることから、これらの濫用的取引に参加した納税者に対し、インターネット等を通じて広く、自主的に(voluntarily)開示を行えばこれに係る罰則金を支払わなくてもよいとする「Settlement Initiative:和解案」を示し、多数の納税者がこのIRSの和解案による修正申告に応じることでの効率的な取組の実施に努めている。

(2) 判例等に見る濫用的タックス・シェルターの否認等

イ 米国の判例法理における「経済的実質の判断基準」
GREGORY事案以降の判例の積み重ねにより、米国の濫用的タックス・シェルターに係る否認の法理では「経済的実質」の存在がその判断基準として用いられてきている。2000年のSALINA事案の判決からは、これまでの「経済的実質の判断基準」の考え方についてまとめたものを得ることができた。「経済的実質」については、「主観的事業目的」及び「客観的経済効果」の存否が重要な判定要素となっている。

ロ わが国の「航空機リース」事案への「経済的実質の判断基準」の適用
この「経済的実質の判断基準」をわが国の「航空機リース」事案への適用を試みて、米国の裁判所の判断で同事案に「経済的実質」が認められるか考察したところ、取引から税的な利益を除いた経済的利益、つまり、同事案では「減価償却費を除いたキャッシュ・フロー・ベースでの利益」について十分な利益が存在していたかについては、ほんの一部の取引で利益が生じているだけであり、全体の取引及び税的な利益に比し経済的利益が十分にあるとはいえず、取引に「主観的事業目的」及び「客観的経済効果」が存在しているとはいえないことから、同事案では「経済的実質」は認められない可能性が高いものと考えられる。
しかし、名古屋地裁は「経済的実質」の判断以前に、法律上の根拠なしに形式が私法上有効である取引を税務上否認することはできない旨を判示しており、わが国においても一般的租税回避否認規定の導入について検討を行うことが必要ではないかと思われた。

(3) わが国の濫用的租税回避に係る一般的租税回避否認規定の検討

イ 諸外国の一般的租税回避否認規定からの否認要件のコンセプト
ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア等の一般的租税回避否認規定等から導き出される否認要件のコンセプトとしては、以下の3つの要件を満たすことが考えられる。

・ 取引又は一連の取引の一部から「税的な利益」を得ており、そのために「組成された法形式」が存在すること

・ 「税的な利益」を得ることが、当該取引の唯一又は主たる目的であり、事業目的があるとしても「税的な利益」以外の妥当な額の事業収益が存在していないこと
なお、事業目的が潜在的な利益の可能性を有しているとされるときは、総合的かつ合理的に判断して、その利益の獲得可能性がほとんど存在していない、又は、「税的な利益」の額に及ばないこと

・ 納税者が選択した取引の法形式について、「税的な利益」を得ることを目的として私法上の法形式の形成に異常が認められる、又は、各税法規定の趣旨から逸脱して租税負担を減少させるものであること

ロ 一般的租税回避否認規定を適用する取引の範囲
諸外国においては、すべての取引を対象として一般的租税回避否認規定を適用しているが、わが国には「同族会社等の行為又は計算の否認」等の規定があり、これらとの関係で、その適用範囲として次の2つのケースが考えられる。

まる1 一般的租税回避否認規定がすべての取引を対象とするケース

まる2 一般的租税回避否認規定と「同族会社等の行為又は計算の否認」規定等の対象とする取引の一部が重なり合い共有されるケース

まる2のケースの場合、厳密にいえばこれは一般的租税回避否認規定ではないことになる。しかし、実際のところ、最近の問題となっている租税回避事案や濫用的なタックス・シェルターがその対象取引となるように規定を置くのであれば、これはまる1のケースとほぼ同様の法的効果を得ることができるものと考えられる。

ハ 一般的租税回避否認規定の条文案のイメージ
一般的租税回避否認規定の条文案を規定する税法としては、手続法の国税通則法、実体法の法人税法等又は租税特別措置法が考えられるが、本論文では上記のまる2のケースで、「同族会社等の行為又は計算の否認」等の条文の規定振りを用いて法人税法等に置くことが、問題取引に対する追加的な否認権限を国税庁に付与するというこれまでと同様のスタンスの改正であり、国民からの理解が得られやすいより現実的な選択であると考えた。

(4) わが国における有限責任事業組合制度(日本版LLP)の導入と濫用的租税回避について

イ 立法時等における濫用的租税回避への対応
平成17年8月1日から設立がなされている有限責任事業組合は、パススルー・エンティティ、かつ、出資比率と異なる損益分配が可能な出資者すべてが有限責任の事業体であり、これが濫用的な租税回避スキームに用いられないよう立法時の有限責任事業組合法や平成17年度の税制改正等で所要の措置が採られている。

ロ 想定される有限責任事業組合契約を用いた(濫用的)租税回避スキーム
しかし、以下のような(濫用的)租税回避スキームの構築は可能であると考える。

・ 有限責任事業組合契約を用いた組合事業の損失の取込み

・ 有限責任事業組合契約の損益分配を用いた国内の赤字子会社支援

・ 有限責任事業組合契約の損益分配を用いた海外の現地子会社支援

 海外の現地子会社支援については、有限責任事業組合に現地子会社の支援業務を行わせ、現地子会社からの対価の支払が滞ったことによる組合損失を日本親会社が取り込むケースを想定したものであるが、これに係る否認規定は見当たらないのではないかと考える。

3.結論

 タックス・シェルターを用いた濫用的租税回避行為に的確に対処していくためには、制度的な情報収集の強化などに加えて、有限責任事業組合制度の導入などの制度的変化に対応するためにも、わが国の税法上に上述のような一般的租税回避否認規定を置くことが必要であると考える。

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