橋本 秀法

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点等

 タックスヘイブン税制の適用に際し外国子会社が行う事業の判定について、現在議論がなされている。具体的には、日本法人の香港子会社が中国・広東省の法人に対して原材料を無償支給して加工を委託する「来料加工」と呼ばれる取引について、香港子会社は卸売業と製造業とのいずれの事業を行っているかという点についてである。事業の相違による課税への影響は、タックスヘイブン税制の適用除外にある。すなわち、香港子会社の事業が卸売業であれば、同税制の適用除外要件の一つである非関連者基準が適用され、非関連者との取引が50%を超える場合、その要件を満たす。一方、製造業であれば所在地国基準が適用され、製造業を主として本店所在地国等以外の国等で行っている場合、その要件を満たさず外国子会社合算課税が行われる。
本稿では、来料加工の実態、タックスヘイブン税制における事業の判定、香港と中国という同一国間における所在地国基準の適用及び諸外国のタックスヘイブン税制における来料加工への対応等を調査、考察することにより、来料加工に対するタックスヘイブン税制の適用を研究することとする。

2 研究の概要等

(1) 広東省における来料加工
1978年以来の中国における経済改革の一つである農業改革により、農作物の作付けや販売が自由となり、大都市近郊の農村では都市部向け換金作物を生産販売し裕福となった。80年代半ば、中国地方政府(郷鎮政府)は、これら農民の余裕資金運用を任された。一方、香港では80年代後半、人件費高騰により低廉な労働力及び工場用地を求める香港企業が多く、両者の思惑から、香港近郊の深センや東莞などにおいて郷鎮政府が簡易な工場を建設し、香港企業がこれを借りていった。そして、中国への進出は現地法人設立よりも委託加工形態が簡易であること、来料加工の場合、中国においては関税や増値税などが免除され、香港においても課税所得の50%が免除されるという租税メリットがあること、もともと生産の実体がなかった中国に工場を作っただけであることなどから、工場建物と労働者を中国側が提供し、それ以外の機械装置、原材料、工場管理者等一切の生産要素は香港法人が負担するという広東省独自の来料加工形態(以下「広東型来料加工」という。)が生み出された(関満博著『現場学者中国を行く』日本経済新聞社参照)。

(2) 事業の判定
広東型来料加工に対する外国子会社合算課税を批判した論文等が租税専門誌等に掲載された。その一つは、「香港子会社は、工場の経営委託を受け、工場の人事管理、生産管理、財務管理の実権を握り、自ら工場に派遣した幹部を通じて実質的に工場を運営することが可能である」としながらも、「来料加工の契約は、委託加工契約に経営委任契約が組み合わされたもの」であり、「工場、機械及び従業員が中国法人に属し、経営の委託という正当な契約類型に従って運用している以上、製造行為は中国法人に属する」旨主張する。
しかしながら、来料加工に係る契約例などによると、香港子会社は出来高に関係なく工員一人当たりで算定した加工賃及び工場賃借料を支払うことにより最終製品を受け取ることになっており、中国工場に発生した損失を中国法人が負担する取り決めもない。したがって、中国工場における製造に係る損益(以下「製造結果損益」という。)は香港子会社に帰属しているといえる。また、中国法人から香港子会社へ経営に関する報酬や費用の支払いはない。したがって、来料加工契約は経営委任契約というより、むしろ、中国法人が労働者の提供を請け負い、香港子会社はその対価としての支払いを約している請負契約であると解するのが自然であり、委任を理由とした卸売業との主張は相当でないと考える。
また、香港子会社は製造問屋であることからその事業は卸売業となり、非関連者基準から適用除外になるとする主張がある。卸売業であるとする理由は、適用除外要件における事業の判定が原則として日本標準産業分類に基づいて行うものとされており、日本標準産業分類では、「自らは製造を行わないで、自己の所有に属する原材料を下請工場などに支給して製品を作らせ、これを自己の名称で販売する製造問屋は卸売業に該当する」旨定められているところにある。
しかしながら、広東型来料加工の実態をみると、香港子会社は、借り受けた工場、提供を受けた工員及びその他一切の生産要素を投入し、また、中国工場における人事管理や生産管理を行い、そして、製造結果損益を享受又は負担しているといえる。この事実を日本標準産業分類に当てはめると、香港子会社は中国工場という事業所で行われる新製品の製造という経済活動の経営主体となることから、その事業は製造業に該当することとなる。
さらに、タックスヘイブン税制で規定している「事業」は、租税法が独自に用いている固有概念であり、その意味内容は、法規の趣旨、目的に照らして税法独自の見地から決めるべきであることから、香港子会社の事業については所在地国基準及び非関連者基準の趣旨から考慮すべきである。広東型来料加工の場合、香港子会社は機械装置や原材料を中国に投資し、中国工場の運営権を有して工場の生産管理を行っていることからすると、香港子会社の行う事業は、中国経済に密接に関連しておりその事業にとり本質的な行為(例えば製造業なら製造という行為)が本店所在地国で行われていればそこに存在することの経済合理性があるとする所在地国基準に当てはまる事業といえるが、その事業の性格が本来的にインターナショナルに及ぶ事業を対象とする非関連者基準には当てはまらないと考えられる。したがって、タックスヘイブン税制の趣旨からも香港子会社の事業は所在地国基準の対象となる事業となる。
なお、来料加工に対する外国子会社合算課税の適否における最大の争点は適用除外要件における事業の種類にあることから、香港子会社が行う事業の判定が重要となる。そして、課税要件は事案ごとの課税根拠事実によるものであることから、個々の事実関係に即した事業の判定に係る基準を作成した。

(3) 中国と香港との関係
香港は中国の一部であることから両者を同一の国として適用除外規定を適用すべきであるとの考えに対して、適用除外における「国又は地域」とは、同一の国であっても異なる税制が布かれた場所は異なる地域と解することを法令の文理及び趣旨の両面から検証し、適用除外規定の適用に際しては、香港は中国と異なる「国又は地域」であるとの結論に至った。

(4) 諸外国におけるタックスヘイブン税制と来料加工
諸外国が香港に子会社を作り来料加工取引を行った場合のタックスヘイブン税制の適用について、各国の制度から課税の可能性を検討したところ、諸外国の同税制は、米、加などが採用する課税所得を特定する方式と、日、英、仏などが採用する適用除外を定める方式に二分され、後者においては、製造業者が本店所在地国以外で製造を行う場合はタックスヘイブン税制の適用が想定され、来料加工について外国子会社合算課税をすることは国際的にも一般的であると認められた。

3 結論

 広東型来料加工を行う香港子会社の事業は、契約の評価及び日本標準産業分類からみて製造業に該当し、制度の趣旨からみても所在地国基準の適用が相当であり、香港子会社は製造業を主として本店所在地国等において行っていないことから外国子会社合算課税を行うことは適法である。

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・663KB