山崎 昇

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 匿名組合分配金は、国際的租税回避に利用される場合が多い。これについては、国内で匿名組合事業を行う営業者の事業所を外国法人等である匿名組合員(以下、「外国匿名組合員」という。)の恒久的施設(PE)と認定して課税する事例や、租税条約の不正利用として課税する事例があり、国際税務における匿名組合分配金の課税関係が不分明との指摘がある。
 本研究は、我が国の国際税務の分野において実務上問題となる匿名組合分配金に対する課税関係について、これを実態に即して考察して整理することを目的としている。

2 研究の概要

(1) 「匿名組合」の意義と類型
 商法には匿名組合を類型で捉える考え方がある。すなわち、「匿名組合契約の当事者」、「匿名組合員の出資」及び「営業者による利益分配」の3つの要素を備えていれば典型的匿名組合である。しかし、現実の存在する匿名組合は、その契約内容に応じて、消費貸借契約に近似する「消費貸借型匿名組合」、営業者の保有する財産が営業者と匿名組合員との民法組合に係る財産保有形態であるかのような「財産参加型・非典型的匿名組合」、及び営業者の業務の執行が営業者と匿名組合員との民法上の組合に係る業務執行形態であるかのような「業務執行参加型・非典型的匿名組合」に類型化できる。

(2) 租税条約における「匿名組合分配金」の「所得の種類」
 国際税務上の匿名組合分配金については、租税条約に明確に定義していない場合は、匿名組合の類型ごとにその性格を判定して租税条約の適用関係を整理することが可能である。OECDモデル租税条約における「利子」は「すべての種類の信用に係る債権(…)から生じた所得」と定義されており、匿名組合分配金は、その性格に基づいて判定すれば、租税条約上の「利子」に該当する場合がある。匿名組合の母国であるドイツにおいては、課税上、匿名組合を「典型的匿名組合」と「非典型的匿名組合」とに区分し、租税条約上は、典型的匿名組合員の所得は「利子」又は「配当」として、非典型的匿名組合員の所得は営業者の国内事業所が匿名組合員の恒久的施設として課税される。これは、租税条約における匿名組合分配金は一律に取り扱う必要はなく、匿名組合の区分と匿名組合分配金の性格により、租税条約の適用条項を区分することが可能であることを示している。

(3) PE認定事案と非典型的匿名組合
 国内にPEが存在するか否かは事実関係である。少なくとも、まる1外国匿名組合員が営業者の行う事業の運営(業務執行)に関与している事実がある場合、又はまる2匿名組合員が営業者に対する資本出資者でもあり、資本出資を通じて営業者を「支配」することにより行使可能な業務執行権限を保持している場合には、匿名組合契約において匿名組合員に業務執行権限が付与されていないとしても、匿名組合員は、単なる匿名組合出資者という存在ではなく、営業者と共同事業を行っているとみるべきであり、営業者の事業所が外国匿名組合員のPEあると認められ、匿名組合分配金はPE帰属所得となると考えられる。
 「企業グループ内での匿名組合」においては、まる2営業者は外国企業グループの日本における事業拠点として存在していること、及びまる1外国企業グループの資本出資に基づく営業者に対する支配従属関係を通じて行使可能な業務執行権限は匿名組合員にも引き継がれていること、という事実があれば、匿名組合員は、資本出資を通じて営業者を「支配」する企業グループの一員として営業者との共同事業者としての地位を有しているとみるべきであり、匿名組合分配金は外国匿名組合員の国内PEに帰属する所得と認められると考える。

(4) 国際税務における「匿名組合分配金」の取扱い
 匿名組合分配金に対する租税条約の適用に当たっては、典型的匿名組合と非典型的匿名組合とに区分することが合理的である。我が国においては、国内税務の区分に合わせて、前者は、匿名組合を匿名組合員が匿名組合事業の重要な業務執行に関与せず、出資額以上に損失リスクを負わないような匿名組合、後者は、組合事業に係る重要な業務の執行の決定に関与し、営業者との共同事業性があるような匿名組合、とするのが適当であろう。
 外国匿名組合員が営業者から受領する匿名組合分配金の国際税務上の取扱いは、典型的匿名組合に係るものは、租税条約上は「すべての種類の信用に係る債権から生じた所得」である「利子」に該当し、国内源泉所得として租税条約上の限度税率により源泉徴収課税され、外国匿名組合員の国内PEがなければ課税関係が終了することとなる。一方、非典型的匿名組合に係る匿名組合分配金は、営業者の国内事務所が匿名組合員のPEに該当することになるため、外国匿名組合員のPE帰属所得として総合課税されることになる。 商法上の類型、税務上の区分及び条約上の所得の種類を対比すると次の表となる。

【租税条約に明文の規定がない場合の匿名組合分配金の所得の種類】
商法上の類型 該当する事例 税務上の区分 租税条約における「所得の種類」
典型的匿名組合 消費貸借類似の匿名組合 典型的匿名組合 すべての種類の信用に係る債権から生ずる所得=「利子」
非典型的匿名組合 消費貸借型
財産参加型 一般投資家が出資する匿名組合型投資ファンド
ファンド組成者が出資する匿名組合型投資ファンド 非典型的匿名組合 PEに帰属する「企業の利得」


 典型的匿名組合と非典型的匿名組合との区分のメルクマールについては、我が国においてはドイツのように判例の集積による定着したものは存在しないため、今後の実務の積み重ねが必要であるが、「組合事業に係る重要な業務の執行の決定への関与の有無」がメルクマールとして機能すると考えられる。国際税務においては、非典型的匿名組合の判定基準は、営業者の事業所が外国匿名組合員のPEであると認められる場合の判定基準でもあるため、その場合の要件として挙げた、匿名組合員による営業者の事業への「業務執行関与の事実」又は「資本出資を通じた業務執行権限の保持」がメルクマールとなると考える。

3 結びにかえて

 本稿は、「匿名組合分配金」の租税条約上の取り扱い及びクロスボーダーの匿名組合契約において恒久的施設があると認められる場合について考察している。PEの有無については、事実関係であるので、個々の課税の場面においてしっかりと事実認定をすることが重要となる。一方、匿名組合分配金に租税条約の利子条項を適用することについては、これまでそのような解釈・運用がなされてこなかったという経緯がある。今後そのような条約解釈をする場合は、例えば、租税条約の実施に関する法令に、「租税条約の利子条項の利子の定義に『その他のすべての種類の信用に係る債権から生じた所得』と規定されている場合には、『匿名組合分配金』に対しては利子条項が適用される」旨の解釈規定を設けるなど何らかの手続的な対応を図ることが望ましい。また、時間はかかるかもしれないが、今後改訂する租税条約において、日米新租税条約や日英新租税条約のように「匿名組合分配金」の取扱いについて明文の規定を設けて課税関係を明確にすることにより解決することも考えられる。

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