田内 彦一郎

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点等

 近年、経済の自由化・グローバル化及び低金利の状勢等を背景として、海外資産への投資が法人・個人を問わず大幅に増加していることから、適正な課税を行うためには海外資産に係る資料の収集が不可欠なものとなっている。
ところで、海外資産の把握方法としては、資料情報制度、質問検査権及び租税条約の情報交換制度があるが、課税権の直接的な行使である質問検査権には国際法上の様々な制約がある一方、情報交換制度及び資料情報制度は、網羅的な収集という面からも、また納税者の適正申告の担保という面からも、より効果的であると考えられる。
そこで、本稿は、海外資産の中でも足が速く補足が困難な金融資産について、タックス・ヘイブン等からの把握上の問題点や対応策を、情報交換制度及び資料情報制度を中心として考察しようとするものである。
また、海外資産の中には英米法系の国におけるジョイント・テナンシー(合有財産権)のように我が国の法制と異なるものがあることに加え、その課税上の取扱いについて準拠法の適用とも絡んで様々な問題が生じている。本稿では、それらのうち、海外資産の取得に係る準拠法の適用について併せて考察を行うこととした。

2 研究の概要等

(1) 租税条約の整備

イ 情報交換ネットワークの拡大
租税条約は、まる1国際的な二重課税の排除、まる2課税権の調整及びまる3税務当局間の国際協力を目的として締結されているが、海外資産等に係る情報交換は、各国が自国の課税ベースへの主権を維持しながら条約締結国間における課税権の分配を確保する有効な方法であるとともに、そのネットワークの存在が納税者に与える課税逃れへの抑止効果は大きいものと認められる。したがって、租税条約の新たな締結等を通じ、情報交換ネットワークの拡大を図っていく必要があると考える。

ロ 二国間条約の改定
OECDは課税ルールの統一的基準を示すとともに各国の租税条約の模範とするべくモデル所得税条約及び相続税条約を定めているが、情報交換を強化するために2000年にモデル所得税条約における情報交換の対象税目を「条約が適用される租税」から「全ての種類の租税」に拡大した。そして、我が国はこれに沿った条約改定をアメリカ及びイギリスと行っているものの、それ以外の大部分の条約は従来のままである。
そのため、相続税等に係る海外資産情報の提供要請に当たって、上記両国以外に対しては個別的情報交換等が要請できないなどの不十分な面があることから、上記変更を反映させた条約改定を順次行って効果的な情報交換が実施できるようにしていく必要があろう。
また、我が国はアメリカとのみ相続税条約を締結しているが、資産保有や納税者の国際化が進んでいる状況に鑑み、情報交換のみならず国際的二重課税を排除するためには、相続税条約の拡大についても今後検討していく必要があると考える。

ハ タックス・ヘイブンとの情報交換
無税又は低税率に加え銀行秘密及び情報交換欠如という特徴を持つタックス・ヘイブンは、国際的租税回避、資産逃避及びマネーロンダリング等において重要な役割を占めている。
ところで、タックス・ヘイブンとの間ではそもそも控除すべき二重課税が生じないことから、租税条約は締結しないのが原則とされているが、OECDは2002年に情報交換条項のみに特化した情報交換モデル協定を公表して、個別的情報交換の途を開いている。
現在、情報交換にもっとも積極的なアメリカが主に締結しているが、国際取引におけるタックス・ヘイブンの重要性に鑑み、アメリカ等の運用状況をも踏まえて、我が国も締結を検討していく必要があると考える。

ニ 多国間税務執行共助条約の検討
徴収共助、文書送達及び情報交換の手続規定からなる多国間条約であるが、我が国は徴収共助の問題を理由として締結していない。しかし、EU諸国が域内非居住者の利子所得に関して相互の情報交換を段階的に実施していることや複数国に跨る国際取引が増加していることを考慮すると、今後多国間レベルでの情報交換について検討していく必要があるのではないかと考える。

(2) 国内法の整備

イ 海外預金等に係る情報申告
銀行秘密の厳格なスイスやタックス・ヘイブンのような国からの海外預金情報の入手は租税条約の情報交換だけでは困難であると考えられる。そのため、OECD加盟国の約半数で整備・活用されているように、一定額以上の海外預金等を保有する納税者に対して税務当局への何らかの情報申告制度を創設する必要があると考える。

ロ 利子等の支払調書の停止措置の解除
租税条約による情報交換は相互主義を前提としていることから、脱漏資金等の温床となりやすい海外預金情報を入手するためには、我が国においてもそれに見合う資産情報を提供できるように国内法を整備することが必要となる。
現在、非居住者を含む個人については、昭和63年に預金利子が源泉分離課税とされたことにより利子支払調書の提出義務が停止されているが、個人あるいは少なくとも非居住者の一定額以上の預金に対しては上記措置を解除して、その法定資料化を図る必要があるのではないかと考える。

(3) 海外資産の取得と準拠法の適用について
海外資産の取得に関して、相続税法における「贈与」等の借用概念の解釈に当たっては、法的安定性と予測可能性の観点から、その意義は民法におけると同様に解すべきものと認められるが(統一説)、それぞれの外国法ごとに法制度や規律内容が異なる状況下において借用概念の意義に外国法のそれを含むとすると、当該概念の意義が一義的に確定できず、逆に法的安定性を阻害することとなるから、借用概念の意義については、外国法は含めずに民法に基づいて解すべきであると考えられる。
しかし、借用概念の中でも民法の条文を引用しているものとそうでないものとがあること等を考慮すると、借用概念には借用した私法の効力までも含むものと解すべきではないと思われる。すなわち、海外資産の取得という法的効果については、当該資産を規律するところの準拠法が定める法律(不動産については物件所在地法)の法的効果によるものと認められ、取得時期等の判定については当該効果を基として判断されるべきである。
なお、この結果、課税処分に際しては外国法の調査という税務当局の負担問題が生ずるが、これについては、外国税務当局との情報交換ネットワークを整備するとともに、納税者に課税資料の提出を義務付けるなどの方法により対応すべきであると考える。

3 結論

 海外金融資産の効果的な把握のためには、租税条約による国際的な情報交換ネットワークの量的・質的拡大を図るとともに、それを補完するものとして、一定額以上の海外預金等を保有する納税者に対して情報申告を義務付けること等が重要であると考える。
また、海外資産の取得に係る準拠法の適用に関しては、相続税法等の文言解釈上はその適用はないが、取得という法的効果の判断においては適用があると解される。したがって、ジョイント・テナンシー等の不動産の取得時期については、物件所在地法の規定により判断されるべきこととなるが、外国法の調査という問題が生じてくることから、法解釈上においても外国税務当局との情報交換ネットワークを整備していく必要があろう。

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