松田 直樹

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的等

 最近、主な諸外国ではタックス・シェルターの興隆が認められ、これらの国々の税務当局は、その対応に苦心している。我が国でも、所得格差の拡大傾向や規制緩和の進展に伴う国際的な投資活動の多様化等を背景として、富裕層を中心とするタックス・プラニングや租税回避スキームの利用が活発化してきているが、これらの中には、合法的とは言い難いものも含まれている。実際、租税回避行為は、年々、複雑化・巧妙化してきており、それに伴い、税務当局の使命である適正かつ公平な課税の実現は、益々困難な課題となってきている。また、納税者間でも税負担についての不公平感が高まってきている。
主な諸外国では、租税回避行為やタックス・シェルターに対抗するために、抜本的な対抗策も含めた様々な措置が講じられており、特に最近は、かかる措置が益々強化される傾向にあるが、それでもタックス・シェルターの興隆を必ずしも十分に押さえ込むには至っていないというのが実状である。他方、我が国の場合の対抗策は、従来通り、個別否認規定を事後的に手当てするというアプローチの域から基本的には脱しておらず、かかる対抗策は、租税回避スキームの利用が今後更に活発化する場合には、早晩、行き詰ることは明らかであり、その他の対抗策によって補完される必要性が高まるものと考えられる。
そもそも、現行の税体系は諸々の問題点を抱えているが、かかる問題点は、租税回避との関係において顕著なものとなる。これは、現行の税体系が租税回避スキームの主な属性(人為性、不透明性及び秘匿性等)に適切に対処するように構築されていないからである。その結果、税務当局は、租税回避スキームの全容を把握するという基本的な課題において、既に必要以上の困難を強いられている。現行の税体系が有するかかる問題点を是正すべく幾つかの提言がされているが、その租税回避スキームに対抗する上での有効性は、仮に、かかる提言が実現されたとしても、かなり限定的なものでしかない。
本稿は、租税回避スキームの利用が今後更に活発化し、それに適切に対応する必要性が高まる場合、上記のような問題点・課題にも対処し得る有効な対抗策としては如何なる選択肢が考えられるのかという点に関する議論に資することを主な研究目的とするものである。かかる研究目的を果たすため、本稿では、主な諸外国(米国、カナダ及び英国)が如何にしてかかる問題点・課題に対処しているのか、また、実際においてどの程度の成果を挙げているかなどを分析し、かかる分析結果が我が国にとって如何なる示唆を包含しているかを見出すことを試みる。
我が国の現行制度が租税回避行為に対抗するうえで重大な問題点を有していることは、少なからず認識されているところであるが、上記の国々では、このような問題点がどれほど深刻化し、如何なる補完・対抗措置が講じられ、その実態はどのようなものとなっているかについての研究は、我が国では未だ殆ど行われておらず、国内での情報源は非常に限られている。したがって、本研究に取り組むに当たっては少なからぬ困難にも直面したが、幸い、国税庁の関係各課(課税総括課、調査課、国際業務課及び長期海外出張者等)から貴重な御意見・情報の提供を受けた。この場を借りて御礼を申し上げたい。

2 研究の概要

 『序論』では、主な諸外国は、近年、タックス・シェルターに効果的に対処するために抜本的な施策を講じるようになってきているのに対し、我が国の租税回避スキームに対抗するための体制整備は、不十分なままであるという問題に着目している。かかる体制整備の遅れは、納税者間において税負担についての不公平感を醸成させているだけでなく、効率的な税務行政の実現をも困難なものとしている。今後は、従来の枠組みに囚われない施策も含めた対抗策を講じなければ、租税回避スキームを利用する者と税務当局が対峙する土俵は、益々、前者に有利なものとなっていく蓋然性があることを問題視している。
『第1章』では「租税回避行為への対応」を論じている。序論からも示唆されるように、租税回避スキームに対抗するために依拠されている従来のアプローチには大きな限界があることから、本章では、まず、新たなアプローチ・対抗策の一つの選択肢として、包括的租税回避否認規定について論考している。包括的租税回避否認規定は、想定外の租税回避行為に対抗し得ないという個別否認規定に内在する限界を克服するうえで、重要な手段となり得るものであるが、諸外国の実状等に鑑みると、その機能にも一定の限界があることが判明する。しかも、現行の税体系は、包括的租税回避否認規定の導入によっては必ずしも手当てできない問題を有しており、かかる問題に対処することが特に重要であるという点を指摘している。
上記の問題は、現行制度の下では、租税回避スキームの全容を把握するという税務行政上の基本的な問題をクリアーすることを担保するための措置が実質的に欠如しているという点に見出せる。この点は、例えば、税務調査に対する納税者や反面調査先の協力を確保し、スキームの全容を把握するという手段が担保されていないということからも明らかである。この問題を緩和するための方策が幾つか提言されているが、いずれも租税回避スキームに適切に対応するための手段としては不十分である。この問題は、実のところ、主な諸外国の税務当局も嘗て直面した問題であることから、かかる問題に対するこれらの国の取組み状況から示唆を得ることができる。
『第2章』では「米国のタックス・シェルター対抗策の意義・効果」を分析している。米国では、経済的実質主義が、タックス・シェルターを否認するうえで重要な機能を果たしているが、制度面でも、非常に多角的な対抗策が講じられている。このような対抗策の中で最も重要な制度の一つとして位置付けられるのが、タックス・シェルター開示・資料保存制度である。もっとも、当該制度に係るコンプライアンスは、ごく最近まで、低いレベルにとどまっていた。その理由としては、開示対象取引の不明瞭性及び執行体制の不備や不十分な罰則規定等が挙げられるが、2003年に米国雇用創設法が制定され、開示・資料保存義務の違反に対するペナルティが大幅に強化されたことなどによって、近年、大きな状況の変化が生じてきている。
かかる変化は、開示・資料保存制度に内在する一つの限界として位置付けられる法務職特権、租税実務家・依頼人特権及びワーク・プロダクト特権等の壁を税務当局が乗り越えようとし、裁判所も税務当局の情報開示要求を少なからず認める姿勢を示すという趨勢が生じてきていることなどによっても促進されている。さらには、開示・資料保存義務違反に対するペナルティの強化策等を背景として、その他の関係する対抗策・補完策の有用性も高まっている。米国の諸々の対応策は、我が国における対抗策のあり方を模索する上で少なからぬ示唆を包含しているが、特に参考となるのは、フロント・エンドの対抗策の重要性とアメと鞭を駆使した多角的な施策が相乗効果を生じさせているという事実である。
『第3章』では「カナダのタックス・シェルター対抗策の意義・効果」を分析している。カナダは包括的租税回避否認規定を有している。当該規定は、タックス・シェルターの税務効果を否認する上で一定の成果を挙げたが、裁判所は、当該規定を適用することに必ずしも積極的ではなく、その機能にも大きな限界があることの認識もかなり浸透している。かかる限界に対処する措置として採用されたのは、当該規定の強化策ではなく、米国のタックス・シェルター開示・資料保存制度と同様な制度を導入するという選択肢であった。カナダの開示・資料保存制度は、制度に従って開示された情報が有効に活用され、適時の税制改正や実地調査による更正・決定件数の増加に繋がるなど、少なからぬ効果を挙げている。
もっとも、カナダでも、我が国を含む多くの国々の場合と同様に、税務上の伝統的なペナルティの体系は、主に納税者を対象として構築されており、開示・資料保存制度も、義務の履行を行わないプロモーターに対する有効なペナルティによって担保されていないという点において、一つの大きな問題を抱えていた。この問題に対処するために導入されたのが第三者民事罰である。第三者民事罰は、プロモーターの詐欺的な行為に対して適用されるものであり、一定の牽制機能の発揮が期待され、同様な対抗策は、その後、豪州でも採用されている。第三者民事罰が立脚する視点は、我が国にも重要な示唆を包含しているが、その適用範囲や果すべき役割等を巡っては議論の余地がある。
『第4章』では「英国のタックス・シェルター対抗策の意義・効果」を分析している。英国では、1982年、貴族院が実質主義の適用を認めるラムゼイ原則を示したことによって、1936年に示されたウェストミンスター原則によって高められた形式的解釈主義の優位という趨勢には修正が加えられたが、ラムゼイ原則にも一定の限界があることが明らかになるにつれ、包括的租税回避否認規定を導入する動きが活発化したという経緯がある。もっとも、近年では、包括的租税回避否認規定の導入に当っては、クリアランス制度に代表されるような体制整備が必要となり、かかる体制の整備には少なからぬ困難が伴うという見方が強まり、導入論が声高に主張されることも少なくなった。
包括的租税回避否認規定の導入論が沈静化した背景には、2004年、英国でも租税回避スキーム開示・資料保存制度が導入され、当該制度がうまく機能しているという事実もある。当該制度は、法務職特権との関係から制度設計上の制約を余儀なくされたという経緯があるが、制度が簡素で開示対象取引が限定されていること、また、「脱税を目的とする新たな犯罪」を厳しく罰する財政法144条の制定等を背景として、その有用性が高まっている。当該制度は、その後、対象となる範囲を拡大する制度改正によって、米国やカナダの開示・資料保存制度により近いものとなったが、制度導入当初の制度設計と財政法144条が立脚する視点等は、我が国にも重要な示唆を提供するものである。
『終章』では、最近の米国最高裁判所の「電信詐欺法」に関する判決に目を向け、国内法の解釈・適用とその国際的な効果という問題の税務におけるインプリケーションを探るとともに、主要国における対抗策のグローバル化に向けた動きに着目している。このような解釈・動きによっても補強されている開示・資料保存制度の潜在的な有用性に鑑み、その我が国におけるあり方を検討する場合、制度設計上、特に重要なのは、1制度の実効性を担保する措置を組み込む一方で、2制度に係るコンプライアンス・コストを低く抑えるという視点である。かかる視点から、「税負担の軽減効果を伴う(商品)スキームの開示・資料保存制度案」を提示し、その具体的な制度設計上のポイントを論考している。
本制度案は、上記の視点にかなりの重きを置いていることから、各国の開示・資料保存制度とは、幾つかの点において大きく異なっている。例えば、当該制度案の下では、プロモーターによるスキームの事前開示という制度設計を行っていない。また、開示・資料保存義務の違反に対してペナルティを科するのではなく、かかる義務の違反と当該スキームの税務効果の否認という「二段階基準」が満たされる場合に、通常の過少申告・無申告加算税に代えて、高率の加算税を課するという制度設計を行っているが、そもそも、米国や豪州等のペナルティ体系からも示唆されるように、単純なミス等に起因する場合と租税回避を意図した行為に起因する場合とでは、過少申告に適用される加算税率が異なることには合理性がある。
『結語』では、本制度案は、制度設計上の柔軟性に富んでおり、例えば、上記2に係る負担を特に問題視する場合には、かかる負担を大幅に軽減する制度設計(例えば、開示義務を伴わない高率加算税制度の単独導入)も可能であるが、逆に、本制度案では、租税回避スキームの全容の早期把握という課題への対応が不十分であるという見方もあり得るという点にも着目している。後者の見方からすると、各国の制度と同様な制度設計案(「日本版租税回避スキーム開示・資料保存制度案」)が有力な選択肢となろう。結局のところ、いずれの制度設計が望ましいかは、租税回避行為の今後の趨勢及び現行制度の限界に対する認識の程度如何等に左右されようが、本制度案は一つの重要な視点を包含するものであると思料する。

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