高木 美満子

税務大学校
研究科第41期研究員


要約

1 研究の目的

 近年、金融取引に関する技術の急速な発展や金融システム改革を要因として、企業経営における金融投資の重要性が高まっている。金融投資の拡大は企業会計にも変革を迫っており、平成11年には金融商品の時価評価を原則とする「金融商品に係る会計基準」(以下「金融商品会計基準」という。)が設定されている。こうした動向に伴い、税制面においては、金融商品会計基準の取扱いと法人税法との調整問題への対応を求められるとともに、デリバティブ等を利用した租税回避行為防止の観点からも、金融資産の価額を各期末において時価評価し、その時価評価損益を課税所得に反映させる措置が必要となる。
法人税法は、これらの問題に対し、平成12年の改正により、売買目的有価証券の期末時価評価制度(法税61の3)や未決済デリバティブ取引に係る利益相当額又は損失相当額の益金又は損金算入制度(法税61の5)を中心とするいわゆる時価法を導入し、一応の解決を図っている。
しかしながら、従来、収益の認識基準について実現主義を採用し、保有資産の未実現利益の計上を原則として認めていない法人税の所得計算において、担税力等の観点から、一部分の資産に対して、例外的に時価法を採用することについて、従前の所得計算規定とどのように整合性を持たせるべきかという点につき、必ずしも十分な議論はされず、今後の法人税法における時価法の位置付けに関する明確な指針があるとはいえない。
他方、近年では、金融商品を全面的に時価評価しようという国際的な動きがみられる。このため、現在、保有目的別の評価を採用しているわが国の金融商品会計基準においても、今後、時価評価の適用範囲が拡大する可能性があり、この場合に、法人税法においてどのように対応すべきかという点に関しての検討が必要となる。その際、個々の資産への時価法の採用の適否は、租税回避行為の防止、企業会計との調整、実務上の実行可能性あるいは租税歳入の安定的確保といった様々な政策的観点からの検討を踏まえ、決定されていくべきものではあるが、こうした政策判断とは別に、時価評価する資産と取得原価により評価する資産とを区分するメルクマールについて、所得計算全体の整合性という観点から検討することも、今後の法人税法の体系を考えていく上で意義が大きいと考えられる。
以上のような問題意識の下、本稿は、従来の法人税の所得計算の考え方と時価法との理論的整合性を検証し、その適用範囲について検討することを目的とする。検討に当たっては、現在、部分的に取り出して時価法が適用されている有価証券について、現行法における保有目的別の有価証券の評価規定の適否を検討するとともに、併せて、将来的な時価法の適用範囲の拡大可能性とその限界点について考察する。

2 研究の概要

(1) 法人税法における資産の評価規定と実現主義
法人税の所得計算においては、従来から、実現主義・取得原価主義が採用され、未実現の評価損益の計上は、原則として、これを認めないという立場がとられている(法税25まる1、33まる1)。ただし、例外的に、会社更生法に基づく評価換えにより資産の評価損益を計上した場合や、災害による著しい損傷等により資産の評価損を計上した場合などは、評価益または評価損を益金の額または損金の額に算入する措置が講じられている(法税25まる2まる3、33まる2まる3)。これらの措置はいずれも、実現主義の範疇において、一定の事実が生じた場合の評価損益を実現損益と同等のものとして認めようとする趣旨のものであると考えられる。
これに対し、平成12年に導入された有価証券の期末評価規定は、何ら「実現」と認め得る事実が生じていないにもかかわらず、その評価損益を課税所得に反映させていくものであり、従来の法人税の所得計算の基本的考え方との理論的整合性の適否を検討する必要がある。

(2) 純資産増加説と時価法
法人税法における時価法の論拠について、学説では、財政学上の純資産増加説に基づく所得概念により説明されている。純資産増加説に基づく所得概念によれば、保有資産の未実現キャピタルゲインも所得に含まれることから、課税所得の把握については、本来、全ての資産について時価法が妥当する。ただし、実際の法制度においては、評価の困難性等の実務上の問題があることから、次善の便宜的な方法として実現主義が採用され、どこまで時価法を採用するかは、立法政策の問題であるとされている。
上記見解は租税理論としては妥当であるが、実定法の規定との関係では問題が残る。すなわち、現行法の所得計算規定は、一定の期間に実現した損益を対象とした損益法的思考が支配的であるのに対し、時価法は財産法的思考が色濃い。したがって、実定法における時価法の具体的な適用範囲に関しては、単に政策論に委ねて片付けるのではなく、従前の所得計算規定との関係や法令構成上の基本的理念などを明確に整理する必要があると考えられる。

(3) 企業会計における時価評価の論拠
現行法人税法における有価証券の期末評価規定は、金融商品会計基準との整合性を重視していると考えられることから、企業会計において、有価証券の時価評価について、いかなる議論が展開されているかを考察することにより、法人税法との異同点を探った。
会計学の学説においては、企業の投資活動を、事業投資と金融投資とに区分し、前者には原価法が、後者には時価法が適合するとした上で、同じ有価証券投資であっても、その投資の実質的な性質に応じて、事業投資と金融投資とに区分すべきことを示唆する見解が有力である。こうした学説は、法人税の所得計算において、時価法の適用範囲の妥当性を考察する上でも大いに参考になるものと考えられる。

(4) 法人税法における有価証券への時価法適用の理論的根拠
損益法的な所得計算構造を基調とする法人税の所得計算においても、時価法の適用範囲の論拠につき、上記(3)で考察した会計学の学説で示された視点を取り入れ、理論的には、法人の行う事業活動を事業投資活動と金融投資活動とに区分して説明することが可能である。法人の稼得する利得が課税適状となるためには、その「成立の確実性」とその「金額の客観性」の各要件を満たす必要があるが、製造・販売などの事業投資活動により稼得される利得と、デリバティブ取引などの金融投資活動により稼得される利得とでは、その発生形態が異なるため、課税適状となるタイミングが自ずと異なることになる。すなわち、事業投資活動により稼得される利得は、販売等の対外的取引を待ってはじめて、確実性・客観性の各要件を満たすことから、実現主義による認識が妥当する。一方、金融投資活動より稼得される利得は、譲渡等のような対外的実現を待たずとも、時間の経過等に応じて、確実性・客観性の各要件を満たすことから、発生主義(時価法)による認識が妥当する。そして、この二つの系統を併せ持った所得計算構造は、純資産増加説による所得概念になるべく忠実で、かつ、現実的な所得計算の仕組みとして成り立ち得るものである。
ところで、同じ有価証券であっても、その保有によって稼得される利得の性質は、企業ごとにその投資の目的により異なる。従来、すべからく実現主義が適用されていた有価証券から生ずる利得について、上記の考え方をあてはめれば、高度に発達した証券市場において、市場価格差の変動利益の獲得を企図して市場性ある有価証券に投資する場合(以下「投機目的」という。)の当該有価証券に係る市場価格の変動差額は、金融投資活動による利得に該当し、市場価格の変動の都度、実体的な利益として、確実性・客観性の各要件を満たしていると認められる。したがって、有価証券投資のうち「投機目的」の利得については、本来的に、発生主義(時価法)が妥当する。

3 結論

(1) 時価評価の拡大可能性
以上のとおり、法人税法における時価法適用の理論的根拠を検証した結果、有価証券の時価法の対象範囲については、「投機目的」のものを取り出すべきであると考えられる。このため、将来、時価会計の範囲が拡大し、その他有価証券の時価評価差額を全て当期の損益に計上することとされた際には、現行法上、売買目的外有価証券に区分されているその他有価証券のうち、短期間に頻繁に市場で売買されているような市場価格のある有価証券について、法人税法においても時価法の対象範囲に含めることを積極的に検討すべきであると考えられる。すなわち、現行法上、売買目的有価証券のうち専担者売買有価証券以外の有価証券は、売買目的有価証券であるかどうかの選択を法人の意思に委ねることとしているが、「投機目的」の有価証券を時価法の対象として取り出すべきとの立場からは、より客観的な条件(例えば、一定の期間に、一定の回数又は数量の取引を行うこと等)を付して、時価法の対象となる有価証券を区分すべきであると考えられる。

(2) 時価評価の限界点
一方、全面時価会計を提唱する立場からは、市場価格のない有価証券であっても、一定の信頼性のおけるプライシングモデルにより算定された価額による時価評価の可能性が示唆されている。しかしながら、仮に、金融商品会計基準において、市場価格のない有価証券が時価評価の対象とされ、その評価差額を当期の損益に計上することになったとしても、当該評価差額は確実性・客観性を有している利益(又は損失)とはいえないから、時価法の対象範囲から除かれるべきであり、このような点において、時価評価の一つの限界点が存するものと考える。したがって、市場価格のない有価証券については、法人税の所得計算において、取得原価により評価するという現行の取扱いを継続すべきである。

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・770KB