原 省三

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的、問題点等

 法人税法と商法、企業会計の三者の間には、「三位一体」関係又は「トライアングル体制」と呼ばれる密接な相互関係があると考えられ、従来から三者間で調和が図られてきた。
しかしながら、平成9年に始まる「会計ビッグバン」と呼ばれる企業会計制度の国際会計基準化を皮切りに、商法、法人税法においても大規模な改正が行われるなど、近年において三者は大きく変容しており、「三位一体」関係と呼ばれる相互関係のあり方を見直すべき時期に来ていると言える。
この三者の相互関係のあり方については、従来から租税法、商法、会計学の研究者の間で多くの議論が行われてきたが、近年の三者の変容を踏まえ、今後の三者の相互関係のあり方まで言及した論文は、必ずしも多くはない。
そこで、本研究は、三者の相互関係を見直し、今後の相互関係のあり方を検討するとともに、法人税法が商法、企業会計と今後調整すべき課題について、調整の方向性を検討することとしたものである。

2 研究の概要等

(1) 「三位一体」関係の検証
三者の相互関係は、法人税法の「確定決算主義」及び「公正処理基準」を根拠として「三位一体」関係と呼ばれてきた。しかしながら、法人税法は、適正・公平な課税の実現という目的の下、同法第22条以下の規定により「所得の金額」を律しているのであり、「確定決算主義」及び「公正処理基準」を採用したことで、商法、企業会計に「所得の金額」の計算のすべてを依存しているわけではなく、また、三者が一体となることを指向しているものでもない。そもそも、三者の間には、「三位一体」と呼ばれるほどの密接な関係はないと考えられる。

(2) 法人税法と商法、企業会計の相互関係の現状分析
近年の企業会計の変革は、会計基準の国際的コンバージェンスへの動きの中で、投資家への情報提供という目的を重視して行われており、会社法の制定に至る商法の改正においても、定款自治を広く認める一方で、債権者保護という目的が確保されていると言える。
法人税法においては、近年の改正により、商法、企業会計と乖離する独自の取扱いが増加しているが、これは、近年の社会経済情勢の変化に対応するため、適正・公平な課税の実現という目的を重視して改正が行われた結果であると評すべきである。

(3) 今後の法人税法と商法、企業会計の相互関係のあり方
法人税法と商法、企業会計の間には「三位一体」と呼ばれるほどの密接な関係はなく、それぞれの目的のために必要とされる取扱いについては、それが合理的なものである限り、無理に調和を図るべきではない。
しかしながら、一方で、三者は、「会計」という共通の計算手段により健全な会計処理が行われること、つまり、会計上の事実が誠実に反映され、脱漏、重複その他の誤謬、虚偽又は粉飾などが行われていない会計記録が作成されることを前提として、法人の事業活動の成果を求めようとしている点では一致しているのであり、その意味で「トライアングル体制」は存在し、維持されるべきものである。
そして、三者間で共通であるべき健全な会計処理の考え方に差異が生じている場合や、それぞれの固有の目的のための取扱いが、他者の取扱いに影響を与えるような場合には、相互に調整を行うことが不可欠である。
つまり、三者の関係においては、健全な会計処理を共通の前提として、それぞれの固有の目的の達成のため、その立場を明確に主張した上で、相互に十分な調整を行うといったトライアングル体制を構築することが重要である。
したがって、法人税法においては、適正・公平な課税の実現という目的を踏まえ、健全な会計処理を基に算定される法人の事業活動の成果としてのあるべき「所得の金額」を追求し、商法及び企業会計と十分な調整を行っていくべきである。

(4) 今後調整すべき課題とその方向性
上記(3)の検討結果を踏まえ、法人税法が商法、企業会計と今後調整すべき課題について、調整の方向性を検討したところ、その概要は以下のとおりである。

イ 退職給与(給付)引当金・賞与引当金
これらの引当金は、債務の発生が確実であり、金額が客観的に確認できるものであると認められることから、費用収益対応の原則に基づき、その事業年度の収益に対応する金額を当該事業年度の損金の額に算入すべきである。

ロ 役員賞与
18年度税制改正において、定期定額でない役員賞与についても一定の要件の下で損金算入を認めることとされた。役員賞与のうち、職務執行の対価と認められるものについては、職務が行われた事業年度の損金の額に算入すべきであるが、利益(又は所得)の処分としての性格が強いものについては、従来どおり損金不算入とすべきである。

ハ 減損損失
取得原価主義を採用する法人税法は、資産の評価損については、従来から客観的に損失が実現していると認められる場合に限り損金算入を認めてきたのであり、減損損失が法人自らの判断で行う損失の見積計上であること等を勘案すると、現時点において減損損失の損金算入を認めることは難しいものと考える。

ニ のれん
18年度税制改正において、「資産(又は負債)調整勘定」という税制上の新たな概念が導入されたが、当該「資産(又は負債)調整勘定」の金額の具体的な算定方法等を示し、企業会計上の「のれん」との違いを明確にする必要がある。

ホ ストック・オプション
18年度税制改正において、ストック・オプションの被付与者が給与所得課税を受ける場合には、その費用の額を損金の額に算入することが認められたが、役務提供の対価として損金性を認識したのであれば、被付与者である個人の取扱いの如何にかかわらず、すべての役務の提供に係る費用の額を損金の額に算入すべきであり、また、被付与者の役務の提供に係る費用の額は、その役務の提供を受けた事業年度の損金の額に算入すべきである。

ヘ ファイナンス・リース
賃貸借処理とされている所有権移転外ファイナンス・リース取引の経済的実質は、所有権移転ファイナンス・リース取引と本質的に異なるものではなく、法人税法上、ファイナンス・リース取引は、売買・金融処理に統一すべきである。
また、オペレーティング・リース取引の中にも、実質的にはファイナンス・リース取引と認められるものがあることから、これらの取引についても実態に即した処理が行われるよう、リース税制全体のあり方について見直すべきである。

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