朝長 英樹

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 近年、多様な事業体を使った事業が急速に拡大したり、非営利法人法制や信託法制の抜本的な見直しが行われるなど、多様な事業体に関する課税をどのように行うべきかということが大きな課題となっていることは、衆知のとおりである。
 本研究は、このような多様な事業体に関する税制がどのようなものであるべきかということを検討する前提として、法人の所得とはどのようなものか、また、法人税の納税義務者はどのように捉えるべきかということを明らかにすることを目的としている。
 なお、「所得」や「法人」に関しては優れた多くの理論研究が存在しているが、本研究は、実定法としての法人税法をより良きものに改めるという実務的・実践的な観点に立って行うものであることを、あらかじめ確認しておくこととする。

2 研究の概要

(1) 法人所得の意義

イ 法人所得課税の沿革
 わが国の所得税は、明治20年に創設されたが、その創設の際には、法人に対する課税を行うべきか否かということに関しても、相当な議論が行われている。しかしながら、最終的には、個人のみに課税することとされ、法人に対する課税は見送られた。
 その後、明治32年に至って、法人に対しても課税を行うこととなり、ここにわが国の法人税の歴史が始まることとなる。
 この法人税の草創期には、法人を実在と捉えるのか擬制と捉えるのかという議論をはじめとして、その後の法人税をめぐる重要な議論の原型ともいえる議論が行われており、法人税の創設に当たって実際にどのような考え方が採られていたのかということを確認しておくことは、法人の所得がどのようなものであるのかということを考える上で、非常に重要である。
 この草創期の法人税に関しては、法人を擬制と捉えて行う源泉控除と考えるものが多数説となっているが、法人税の創設時の議会の速記録によれば、立案者は、法人を株主とは別個の実在するものと捉えて法人税を創設したということを、明確に述べている。
 そして、その後、大正9年の個人が受ける配当に対する課税と法人の清算所得に対する課税の開始、昭和15年の法人税の所得税法からの独立などに見られるように、わが国の法人税は、なお一層、法人を個人から独立した納税義務者と捉える方向に進むこととなる。
 この流れを変えるのが、戦後のシャウプ勧告である。同勧告は、所得税を税制の根幹とし、法人税を所得税の補完税と位置付けるものであり、法人は擬制であって法人税は所得税の前取りであるという考え方を採っている。同勧告に基づき、昭和25年に、個人の資産所得課税の強化や法人の清算所得課税の廃止等の改正が行われることとなる。
 しかしながら、昭和28年の有価証券の譲渡所得課税の廃止と清算所得課税の復活をはじめとして、その後の累次の改正は一貫して法人を実在と捉えた改正であったと言っても過言ではなく、現在の法人税法は法人を擬制と捉えるよりもむしろ法人を実在するものと捉えているということに関しては、おそらく、多くの者の賛同するところであろう。法人の所得を課税標準として税を課する法律を、法人は擬制であって法人には本来は所得も担税力もないという考え方に拠って作るということ自体がそもそも極めて難しく、また、そのような考え方が現実に国民の理解・納得を得られていたとも思われない。
 このように、実定法である法人税法は、シャウプ勧告による改正後の一時期を除けば、法人は個人から独立した納税義務者であり法人の所得は個人の所得とは別の課税対象であるという考え方に軸足を置いてきたと考えることができる。
 なお、諸外国においても、実定法としての法人税法は、法人税を所得税とは区別された固有の税あるいは独立の所得課税と捉える方向に変化してきたと言われている。

ロ 法人所得と個人所得の関係
 上記のような沿革に加えて、次のような理由から、法人の所得が個人の所得となっているとは言えず、両者を同視することはできないと考えられる。

○ 法人は、すべての所得を配当するわけではなく、また、配当がすべて個人のものとなるわけでもない。

○ 法人の株価は、法人の留保所得以外の要因によって大きく変動し、法人の留保所得の有無や増減と法人の株価が対応していない例は、数多く存在する。

○ 法人税は、個人株主のみが負担するわけではない。
 このような点からすれば、法人の所得を個人の所得とは別の課税対象であるという考え方に軸足を置いてきた法人税の歩みは、基本的には、妥当であったと言ってよいであろう。
 しかしながら、法人の所得と個人の所得の異同を確認するだけでは、従来の法人実在説と法人擬制説等の議論の枠内に止まり、十分ではない。
 このため、課税の構造に視点を転じ、個人課税の仕組みを分析して整理してみると、課税標準である総所得金額が事業所得の金額を含む各種所得の金額から成っており、事業所得の金額が法人課税における課税標準である所得の金額と同様の計算構造となっていることが、容易に確認できる。
 このことからも明らかなように、法人税における所得は、正確に言えば事業所得であり、法人税の性格やあり方を考えるに当たっては、この点を改めて確認しておく必要がある。

ハ 法人所得と企業利益の関係
 経済活動が存在するところには、必然的に利益や損失が生ずることとなるが、利益があることが直ちに課税対象となる所得があることを意味するわけではない。
 明治32年の法人税の創設時に、非営利事業の所得は課税対象から除かれたが、このことからも分かるとおり、法人税は、本来、営利事業から生じた利益に対して課税を行おうとするものであると考えられる。営利事業から生じた利益は、株主等に分配されるか又は将来の分配若しくは利益の獲得等のために留保されることとなるため、担税力があると考えることが可能であり、これに課税を行うことには、合理性があると考えられる。
 現在の法人税法においては、公益法人等と人格のない社団等に関して収益事業から生じた所得に課税をすることとされているが、理論的には、営利事業でない事業から生じた利益に対して課税を行う確固たる根拠を示すことは難しい。明治20年の所得税の創設時の元老院の筆記には、神社仏閣には利益があってもその維持保存のための留保には課税をしないとの考え方が示されている。
 このように、法人税は営利事業から生じた利益に対する税であり、法人税における所得は営利事業から生じた利益であると考えることができるが、この法人税における所得は、基本的には、企業会計における利益と同じものと考えられる。

ニ 法人所得の意義のまとめ
 法人税における法人の所得は、個人の所得とは異なり、法人の事業所得であって、基本的には、企業会計における企業の利益と同じものであると考えられる。
 現に、ほとんどの国に法人税が存在し、多額の税収を上げているにもかかわらず、法人税は理論なき税であると言われ続け、また、財政学や経済学においてはその存在自体が等閑に付される感さえあるが、その最も大きな原因は、法人税が所得税とは異なる固有の税であることが明確に認識されてこなかったことにあると考えられる。
 今後は、法人税における所得が事業所得であり、法人税は事業所得税であるということを出発点として、法人税の理論やあり方を検討する必要があると考えられる。

(2) 法人税の納税義務者に関する基本的な考え方

イ 法人と納税義務者
 現行制度は、法人税の納税義務者を法形式によって捉えることとしているため、法人と納税義務者はその相違が明確には意識されていないように思われるが、当然、現行の法人税法においても、法人と納税義務者は異なっている。
 まず、法人税法において法人がどのようなものでなければならないのかということが問題となるが、法人は納税義務者を包含するものでなければならず、法人でないものを納税義務者とする場合には、それを法人に含めておく必要がある。
 このため、この法人については、基本的には、一般の例により、法人格を有するものを法人としつつ、法人格を有しないものであっても、営利事業を行う事業体については、これを法人とみなす必要があると考えられる。
 次に、どのような法人を納税義務者とするべきかということが問題となるが、この点に関しては、法人税が所得に担税力を認めて税負担を求めるものであることからすると、所得の帰属者となる法人を納税義務者とするべきであるということになる。

ロ 所得の帰属
 上記のとおり、所得の帰属は、法人税の納税義務者となるのか否かを決める判定基準とすべき重要なものである。
 しかしながら、所得は、そもそも課税対象として認識されるものであって、帰属の判定を行うことを予定して認識されるものではないため、帰属の判定に用いるべき所得とはどのようなものかということが、まず、問題となる。
 法人税の所得金額の計算から明らかなように、所得は、留保項目だけではなく、他の者に帰属することがあり得ない流出項目をも含んでいるため、帰属の判定に用いる所得は、この流出項目の調整を加えたものでなければならない。また、この「帰属」は、概念上のものではなく、現実に税負担を可能ならしめるものでなければならない。このような点からすると、この「調整を加えたもの」は、基本的には、現実に分配を行おうとすればそれが可能である企業会計上の単年度の利益と考えて良い。
 次に、この帰属を何によって判定するのかということが問題となる。
 この点に関しては、基本的には、当事者の取決め等に基づく私法上の法律関係によって判定することで足るものと考えられる。通常は、私法において利益が帰属するとされる者に、実際にその利益が帰属することとなっているはずである。

ハ 納税義務者の多様性
 上記のとおり、所得の帰属は、基本的には、私法によって判定するのが適当であると考えられ、これが法的安定性にも資することになる。
 しかしながら、納税義務者は一様ではなく、所得の帰属を私法によって判定するだけでは、実態と乖離した判定を行うこととなってしまうものがある。
 このため、所得の帰属を実態に即して捉えるという観点を加味して法人を大別してみると、次のようになると考えられる。

(イ) 標準的な法人
 この法人は、次の各法人に該当しない法人で、私法上も利益は法人に帰属し、実態においても利益は法人に帰属すると考えることができるものである。
 当然のことながら、この法人は、法人税の納税義務者とすべきものである。
 この法人には、大法人はもとより、(ロ)に該当しない組合・信託等や(ホ)に該当しない中小法人などが含まれる。

(ロ) 構成員に所得が帰属する事業体
 この事業体は、私法上、その営利事業の利益が出資者又は受益者に帰属するものであり、この事業体を法人税の納税義務者とするのは適当ではなく、利益が帰属するとされている出資者又は受益者を法人税又は所得税の納税義務者とすべきである。
 組合と信託のほとんどが、この事業体に含まれる。

(ハ) 被支配法人
 この法人は、他の者に出資持分の過半を持たれている法人のうち、(ニ)及び(ホ)に該当しないもので、一般に、他の者の支店等と同様とみるのが実態に合っており、その利益は、実態に即してみると、他の者に帰属すると考えられるものである。
 この法人を単独の法人税の納税義務者とすることに関しては、検討の余地があると考えられる。

(ニ) 連結法人
 この法人は、連結納税を行う法人で、私法上の利益の帰属とは異なり、税法上、連結法人全体を納税義務者と捉えるべきであると考えられる。
 なお、実態に即して所得の帰属を捉えるという観点からすると、現在の連結納税制度の任意選択制に関しては、疑義なしとしない。

(ホ) 経営者に所得が帰属する法人
 この法人は、経営者の個人事業と見るのが実態に合っている中小法人等で、私法上、利益は法人に帰属することとなっているが、実態に即して見ると、利益は経営者個人に帰属すると考えられるものである。
 本来は、この法人は、法人税の納税義務者とはせず、法人の事業は経営者の個人事業として申告を行うのが適当であると考えられる。

ニ 法人税の納税義務者に関する基本的な考え方のまとめ
 法人税の納税義務者となるのか否かに関しては、所得が帰属するのか否かによって判定を行うこととすべきであると考えられる。そして、この所得の帰属は、基本的には、私法上の利益の帰属によって捉えるのが適当であると考えられる。
 しかしながら、この利益の帰属については、実態に即して捉えるという観点が不可欠であり、このような観点を加味すると、納税義務者は、上記ハのとおり、複数に分類することができる。
 今後は、法人税の納税義務者に関しては、法人を一律に捉えるのではなく、所得の帰属の実態に即して捉えるという観点を持つことが重要であると考えられる。

3 結論

 以上、法人税における所得の意義と納税義務者に関する基本的な考え方の検討を通じて、次のような点を確認することができた。

  1. (1) 所得税と法人税から成る所得課税が富に対する課税であること。
  2. (2) 法人税は、本来は、営利事業の所得に対する課税であること。
  3. (3) 法人税は、所得税とは別個の固有の税であるという考え方に軸足を置いて生成発展してきており、今後とも、そのような考え方を採ることが妥当であると考えられること。
  4. (4) 法人税と所得税においては、「所得があれば課税する」、「所得があるところに課税する」と考えてよいこと。
  5. (5) 法人税の納税義務者には多様性があること。

 これらは、いずれも、多様な事業体に関する税制のあり方を考える上で、非常に有益なものとなると考えられる。

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