島津 留利子

研究科第41期
研究員


要約

1 研究の目的

 相続税法では、遺産分割前においては、各共同相続人が遺産を民法上の相続分(寄与分を除く。)で分割取得したものとして課税価格を計算し、課税することとしている。ただし、遺産分割が確定した後、遺産分割により取得した財産に係る課税価格が遺産分割前の課税価格と異なることとなった場合に、遺産分割により取得した財産に係る課税価格を基礎として算出した相続税額と遺産分割前の相続税額とを比して、後者が過大となる場合には、各共同相続人から遺産分割の確定を事由とする更正の請求をすることを認めている。また、この更正の請求を契機として、税務署長は、この更正の請求をした者及び他の共同相続人に対して更正をするとされている。
ところで、この遺産分割の確定を事由とする更正の請求について、近時の裁判例(神戸地判平14.10.28 税資252順号9221)において、遺産分割の前後で「課税価格の合計額」に変動のないことが要件になるとの解釈(合計額変動否認説)が示されている。同説を貫くと、例えば相続税の国際課税の場面では、課税財産の範囲の差異を原因として遺産分割の前後で「課税価格の合計額」に変動の生じる場合があるが、この場合でもこの更正の請求は認められないとの結果となる。この更正の請求が認められないということは、この更正の請求を契機とする更正もなされないということである。
相続税法は、いわゆる「法定相続分課税方式による遺産取得課税方式」を採用しており、この課税方式は、遺産分割の前後で「課税価格の合計額」及び相続税の総額が原則として一定となるという特色を有している。合計額変動否認説は、この特色を重視する立場から導かれたものと思われるが、先の相続税の国際課税の場合において、この更正の請求やこの更正の請求を契機とした更正が認められないとの結果には、相続税法が遺産取得課税方式を採用している立場からすると疑問がある。
そこで、合計額変動否認説の妥当性の検証を通じて、遺産分割の前後で「課税価格の合計額」が変動した場合に、この更正の請求やこの更正の請求を契機とした更正が認められるか否かについての解決策を見い出すこととした。

2 研究の内容

(1) 相続税の課税原則

イ 相続税の課税方式の趣旨
我が国の相続税法の課税方式について、シャウプ勧告において遺産取得課税方式を採用した目的及びその後に法定相続分課税方式を導入するに至った検討経緯並びに近時の税制調査会における相続税の在り方に関する資料の記述内容を考察すると、「法定相続分課税方式による遺産取得課税方式」をとる趣旨は、取得者の担税力に応じた課税の実現に置かれているものと解される。つまり、相続税法の課税方式の本来的な趣旨は、法定相続分課税方式ではなく、遺産取得課税方式をとるところにある。

ロ 「相続により取得した財産」の意義
相続税法上の「相続」とは、民法からの借用概念であると解されており、借用概念の解釈にあたっては、統一説によれば、原則として民法上の「相続」と同意義に解することとなる。そうすると、相続税の課税物件である「相続により取得した財産」とは、原則として「被相続人の死亡により包括承継した財産(相続財産)」と解釈できる。
民法上、相続開始と同時に、相続財産は共同相続人間の遺産共有状態となり、遺産分割前においては、各共同相続人は遺産共有状態の相続財産について自己の相続分に応じた共有持分権(遺産共有持分権)を持つことになる。この遺産共有持分権は実体法上の権利性が認められるものであり、これが「相続により取得した財産」であることは、異論をみない。
他方、遺産分割後においては、民法上、遺産分割の遡及効について、条文上は遺産が被相続人から直接各共同相続人に承継されるとの考え方(宣言主義説)をとりつつ、実質上は遺産が共有状態を経て各共同相続人に移転するとの考え方(移転主義説)に修正されていることから、例えば、現物取得した財産については、宣言主義説によれば、取得した財産の全部が「相続財産」に該当するが、移転主義説によれば、自己の相続分に相当する部分以外はこれに該当しない。また、代償債権には遡及効が及ばないと解されていることから、いずれの説によっても、代償債権は「相続財産」に該当しない。
しかしながら、実際には、裁判例及び課税実務においては、現物取得した財産の全部及び代償債権ともに「相続により取得した財産」に該当すると解している。これは「相続により取得した財産」とは、「自己の相続権に基づいて遺産分割により現実に取得した財産」をいうと解していることによる。このように、遺産分割後の「相続により取得した財産」の意義は、民法と同意義に解する場合と実際の解釈とでは、異なる概念となっている。これについては、統一説においても本来の法分野における制度の趣旨目的によっては別意に解釈することを肯定していること、遺産分割の遡及効と相続税法の課税物件とではその趣旨目的が異なること及び「相続により取得した財産」を課税物件とした趣旨は、課税方式の本来的な趣旨と同様であることからすると、裁判例等における実際の解釈が妥当である。

ハ 未分割遺産に対する課税規定の存在意義
相続税法は、遺産共有持分権に対して課税することを前提として、未分割遺産に対する課税規定を置いている。この規定の趣旨は、立法時の説明や裁判例の判示によれば、遺産共有持分権の計算規定を設けることで、長期間にわたって遺産分割を行わないことによる相続税の納付義務の回避を防止し、国家財源の早期確保を図ったものと解される。この趣旨を遺産分割の性質から導かれる遺産共有の暫定性に照らせば、遺産共有持分権については、この規定がなければ課税価格の計算をすることができないゆえに、相続税を課税することができないと理解できる。そうすると、この規定は、民法上の相続分による現実の取得を擬制し課税価格の計算を可能とすることで、遺産共有持分権に対する課税を実現させるという創設的な課税規定であるといえる。

ニ 相続税の課税構造
相続税法では、遺産共有持分権についての課税規定を創設的に定めているということは、裏返せば、遺産分割により現実に取得した財産については、特別な規定を要せず課税することができるということである。また、遺産共有持分権については、わざわざ創設的な課税規定を定めているにもかかわらず、遺産分割確定事由による更正の請求の規定やこの請求を契機とした更正の規定を設けて、遺産分割により現実に取得した財産に係る課税価格をもって改めて課税し直すことを認めているという課税構造となっている。
以上のイないしニを併せ考えれば、相続税法では、遺産共有持分権と遺産分割により現実に取得した財産とを課税物件としているが、遺産分割により現実に取得した財産に係る課税価格に応じた課税をすることが相続税の課税原則であると解される。

(2) 合計額変動否認説の妥当性
相続税の課税原則を踏まえると、遺産分割確定事由による更正の請求の趣旨は、遺産分割前の便宜的な課税関係を遺産分割により現実に取得した財産に係る課税価格に応じた課税関係に是正するところにあると解される。また、遺産分割確定事由による更正の請求を契機とした更正の規定の趣旨も同様である。これらの趣旨からすると、遺産分割により現実に取得した財産に係る課税価格に応じた課税関係を実現することこそが、遺産分割後の相続税課税の在り方であると自ずと導き出されてくる。さらにこれを鑑みれば、遺産分割の前後における「課税価格の合計額」が同額になる必然性はなく、合計額変動否認説には妥当性がないとの結論となる。

3 結論

 上記1に示したように、遺産分割の前後で「課税価格の合計額」が変動する場合は生じうるところ、上記2(2)からすると、遺産分割確定事由による更正の請求の際にもこの変動は当然に認められると解される。つまり、遺産分割の前後で「課税価格の合計額」が変動した場合にも、遺産分割確定事由による更正の請求が認められ、ひいてはこの更正の請求を契機とした更正をすることができるということになる。
もっとも、この変動は、遺産分割の確定に基因する変動である場合(例:課税財産の範囲の差異がある場合)に限られ、それ以外の事由(例:当初申告時の過誤がある場合)の場合には、この更正の請求の対象とはならないことに留意する必要がある。

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