松浦 剛

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 最近の我が国では拝金主義の風潮が蔓延し、ライブドア事件にもみられるような「法律に触れなければ何をやってもよい」といった規制緩和による自由の意味をはき違えた考え方が広まるなど、法令遵守に関するモラルの低下が問題視されている。
国税の分野においても同様に納税モラルの低下が懸念されており、たとえば外資系投資銀行等のプロモーターが、特定の企業や富裕層を対象に節税効果を強調した脱法まがいの投資商品を販売して「濡れ手に粟」の利益を得るといった行為が蔓延の兆しを見せている。そしてこのような「行き過ぎた租税回避商品の販売行為」は、間接的に国庫収入に損害を及ぼし、当該商品を「だめもと」で申告した富裕層等の税負担を他の納税者が結果的に肩代わりすることになるため、税負担の不公平感が増大して、コンプライアンスの維持に悪影響を及ぼすことになるが、当該行為は刑事罰により一罰百戒的に罰すべき脱税には該当せず、また、プロモーターの申告自体に隠ぺい・仮装行為が伴わないため重加算税も課すことができないなど、国税のペナルティ体系の中で「制裁の隙間」となっている。しかし他方、国税以外の制裁規定をみてみると、本年1月から談合等に対する課徴金を大幅に増額した改正独占禁止法が施行され、従来のように時間をかけて刑事告発に持ち込む刑事罰重視の姿勢を転換し、きめ細かな発動が可能な「課徴金」によって不正の芽を早めに摘むといった行政制裁が一段と強化される傾向にある。
そこで本稿では、租税回避商品の蔓延をプロモーターの段階で食い止めるといった観点から、入札談合等の収益の没収により違反企業に一定の牽制効果を与えている独禁法の課徴金制度を参考として、プロモーターに対して課徴金制度の導入の可能性を検討するものである。

2 研究の内容

(1) 租税回避否認規定の導入の可能性
租税回避商品の蔓延を未然に防止するためには、租税回避否認規定の導入が効果的と考えられるが、一般的否認規定は、過去にその抽象的・一般的な表現には問題が多いとして導入が見送られており、また、個別的否認規定を事後的に立法化するだけでは、課税上問題がある投資商品に対してタイムリーな課税処分ができず、しかも税法の複雑・難解化を招くおそれがあることから、新たな否認規定の導入は実務上困難のように思われる。

(2) 課徴金制度導入時における主要な検討事項
独禁法の課徴金とは、昭和52年の独禁法改正において刑事罰以外の手段で入札談合等を行った企業に何らかの経済的不利益を与えるために導入された行政制裁であり、3年を上限とする違法行為の実行期間における商品等の販売額に最高10%の算定率を乗じた額を算出し、これを課徴金として没収するというものである。課徴金は財政法3条において「国が国権に基づいて収納する租税以外の金員」と定義されており、租税の一形態である加算税とは根本的に異なることから、その根拠規定を国税通則法に接木するように規定するのは適当ではなく、新たな法律による立法化が必要と考えられる。そこで国税の分野に課徴金制度を導入する際に検討すべき主要な事項を整理すると、次のとおりとなる。

イ 対象行為
独禁法の課徴金の対象行為は、競争に及ぼす影響が重大であり、かつ、不当利得の発生が明瞭であるとの理由から、価格及び数量の2種類のカルテルに限定されている。
国税の課徴金についても、不当利得の「吐出し」といった観点からすると、租税回避商品の販売や仲介・斡旋行為など「制裁の隙間」となる行為のうち、その不当利得の額が算定可能なものに限定するのが相当である。

ロ 賦課期間
原則としてプロモーターが国内で租税回避商品を販売した期間となるが、課徴金はプロモーターへの牽制効果を狙った行政制裁であり、プロモーターの申告を過去に遡って是正するものではないことから、販売期間が複数年分に及ぶ場合には、独禁法と同様に賦課期間は3年を上限とするといった期間制限も必要と考えられる。

ハ 算定率
独禁法では業種別の平均的な営業利益率を参考として、会社の業種や規模に応じて最高10%から最低1%までの算定率が定められている。
国税の場合も、課徴金の本来の目的からすれば租税回避商品に係る不当利得はすべて没収すべきであるが、行政制裁を厳しくし過ぎると刑事罰との間で量刑の均衡を失するといった弊害が生じるため、独禁法と同様に租税回避商品の販売額に算定率を乗じた一定額をもってプロモーターの不当利得と擬制するのが現実的である。更にプロモーターの事業規模に応じて算定率に差を設けたり、プロモーターが短期間に販売行為を繰り返した場合には算定率を加重するといった措置も必要と考えられる。

ニ 賦課手続
租税回避商品の課税処分と課徴金納付命令は別個の法律行為であるため、プロモーターの国内における事務所等の所在地を管轄する税務署長が課徴金の納付命令権を有し、租税回避商品に係る販売額等の調査を行うのが相当である。

ホ 救済手続
独禁法では、事業者が課徴金納付命令に不服がある場合には、納付命令書の謄本の到達日から60日以内に公正取引委員会に対して審判手続の開始を請求し、公取委は請求を却下する場合を除き、遅滞なく審判手続を開始し、審決を行うこととされている。
国税の場合、課徴金納付命令の違法性は最終的には租税回避商品に係る課税処分の適否により判断されるなど両者は密接な関係にあることから、課徴金納付命令を新たな審査機関を設置して審理するよりも、本体の課税処分と併せて国税の救済手続に則って審理する方がより現実的である。

3 結論

 独禁法では課徴金の対象となる違反行為が限定されていることから、国税の課徴金についても対象行為を明確にするためには、「租税回避」等の定義について具体的に立法化することが必要不可欠となる。更に、課徴金の賦課期間や算定率等の具体的事項の決定に当たっては、プロモーターの国内における販売実績等を把握しておく必要があるが、我が国では課税上疑わしい投資商品に関する情報収集等の制度が十分とはいえないことからすると、国税の分野への課徴金制度の導入は、現時点では容易ではないと思われる。しかしながら、少なくとも裁判等により租税回避商品に対する課税処分の妥当性が認められた場合には、課税庁がプロモーターに対しても応分の経済的不利益を課すことにより、プロモーターに対して一定の牽制効果が期待できるとともに、納税者のコンプライアンスの維持・向上にも資するものと考えられる。
そこで課徴金制度の導入に向けた一つの方策として、課税庁が一般投資家等から課税上疑わしい投資商品に関する相談や情報提供を広く受け付け、租税回避のおそれがある場合には、プロモーターに警告等を発するとともに、一般投資家にはホームページ等により注意喚起を図るといった「事前相談制度」の導入も検討に値するものと思われる。そして課税庁としては、今後も改正独禁法や金融商品取引法等の国税以外の制裁規定の動向にも配意しつつ、国税の様々な違反行為に対する制裁論議を活発化させて、より迅速性・機動性のあるペナルティ制度の導入を広く社会に提言していくことが重要と考える。

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