酒井 克彦

税務大学校
研究部教育官


要約

 本稿は、税大論叢47号掲載の「行政事件訴訟法改正と税務訴訟(上)」の続編である。
既に、研究の目的等については述べているので、ここでは、差止訴訟と確認訴訟についての研究概要について要約することとする。

1 差止訴訟について

 これまでは、抗告訴訟とりわけ取消訴訟が救済方法の中心であったが、取消訴訟による事後的な救済方法のみでは、国民の権利利益のより実効的な救済が可能とならないとの問題があった。すなわち、処分又は裁決がされてからその処分又は裁決の取消しの訴えを提起して、その取消しを求める取消訴訟による方法では、十分な救済が得られない場合がある。例えば、行政の規制・監督権限に基づく制裁処分が公表されると名誉や信用に重大な損害を生じる虞がある場合には、事後的に制裁処分の取消しの訴えを提起しても、十分な救済を得られない場合がある。そこで、このような場合に救済すべき国民の権利利益を保護するために行政事件訴訟法が改正され、差止訴訟が法定された。
調査や更正処分あるいは滞納処分に対する差止訴訟が提起された場合に、行政事件訴訟法の改正が今後どのように司法判断に影響を及ぼすかについては判然としない。もっとも、調査があくまでも事実行為であるという点を強調すれば、調査に対する差止訴訟が認められる可能性は小さいのではないかとも思われる。更正処分あるいは滞納処分における問題と同様、積極的要件と消極的要件に当てはめを行って個別具体的に考えていくほかないのかも知れない。
ただ、行政事件訴訟法37条の4第1項は「重大な損害の生ずるおそれ」と規定しているのであるから、訴訟要件としては積極的要件として、「重大な損害」の有無が判断される必要がある。同条項にいう「重大な損害が生ずるおそれ」とはどのようなものを指すのであろうか。同条2項の配慮義務が単なる空文とされるような判断枠組みが構築されることは法の予定するところから外れるのではないかと思われる。
更正処分がなされてしまうとこれにより会社の決算に重大な影響をもたらすし、世間の信用、とりわけ金融機関との間の信頼関係を失墜する。多額の納税資金が必要になるという指摘もあるが、行政事件訴訟法が「世間の信用」という漠然とした損害を被る場合までをも想定していると考えるべきであろうか。三権分立の下で、司法が行政処分を差し止めるに値する重大性が要件とされていることを考えると疑問である。考察すべきはかかる損害が会社経営上の損害であるか否かではなく、事後救済を原則とする行政事件訴訟法の下で、例外的に事前に救済手段を講じなければ回復し得ない重大な損害であるか否かということである。すなわち、かかる損害は事前救済の性質からして、現実に発生している損害である必要はないものの、漠然とした損害を被る虞というだけでは司法による行政権への介入を正当ならしめるほどの根拠とはなり得ないのではないかと思われる。したがって、「世間の信用」や金融機関との間の信頼関係を失墜するおそれがあるとしても、それが漠然とした信用や信頼の毀損という意味に留まるのであれば、一般的にはここにいう「重大な損害」に当たるとはいえないと思われるが、いかなる違法な行政処分が目前にあるかによって判断に差異があってしかるべきと考える。
更に、消極的要件としての「損害を避けるために他に適当な方法があるとき」についても、法が補充性の要件をことさら課しているという意味を軽視することはできないと思われるのである。

2 確認訴訟について

 確認訴訟について、行政訴訟検討会の「考え方」は、「確認訴訟を活用することにより、権利義務などの法律関係の確認を通じて、取消訴訟の対象となる行政の行為に限らず、国民と行政との間の多様な関係に応じ、実効的な権利救済が可能となる」と述べる。具体的にはこれを受けて、「公法上の法律関係に関する訴訟」に「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の」という文言を追加し、当事者訴訟の一類型としての確認訴訟が明示された(行訴法4)。一方で、開放的な抗告訴訟観に立てば、新たな法定外抗告訴訟としての確認訴訟の途も考えられる。すなわち、改正行政事件訴訟法の下では、「ある行政の活動により私人との間に紛争が生じた場合」には、新法定外抗告訴訟としての確認訴訟によるか、公法上の当事者訴訟としての確認訴訟によるかの振り分けの問題が生ずることになると考えられる。
確認訴訟が、異議申立て・審査請求などの不服申立前置を要さないこと(通法115)、法に規定があるものを除き出訴期間がないこと(通法14)、更正処分等の取消訴訟に比して訴訟費用が低廉であることに鑑みれば、確認訴訟の間口が広がったことに寄せられる期待は大きいと思われる。かかる期待は十分に理解できるが、提訴に当たって訴訟要件が充足されていなければならないのはいうまでもない。
訴訟要件としては、そもそも当事者訴訟による確認訴訟によって救済すべき必要性があるのか否かという点が明確にされなければなるまい。また、実質的当事者訴訟の定義にいう「公法上の法律関係に関する訴訟」(行訴法4)に当たるというためには、通達や行政指導を当事者訴訟としての確認訴訟で争う場合には、なぜその訴訟が公法上の法律関係に関するものといえるのかというテストを踏む必要もある。更に、行政事件訴訟法4条の実質的当事者訴訟が具体的権利義務への引直しを前提としているのではないかという点についても考えなければならない。さすれば、通達や行政指導の違法確認を求める訴訟の場合にこの点を充足することができるかどうかという疑問も惹起される。加えて、補充性の要件については議論があるところであろう。
今後、裁判所の判断において、個別事案の具体的事情に応じて過去の裁判所判断をどこまで緩和するのか、どのような場合に確認の利益を肯定するのか、また、行政の手続が一定の段階まで達すれば、何らかの処分が行われるようなものについても、それ以前に公法上の法律関係に関する確認訴訟を可能とするのかなど検討すべき点はでてくるであろう。
この場合においても、裁判所は、まる1国税に関する処分が大量的・回帰的であること、まる2特に課税処分における課税要件の充足の有無の事実認定には納税者の協力が必要であること、まる3行政上の不服申立手続の役割が重視されるべきであること、まる4そのための慎重な不服申立制度が完備されていること、まる5不服申立制度には出訴期間の制限があること、まる6特に賦課処分には期間制限があること等の国税に関する処分の特殊性などを考慮し、当事者訴訟としての確認訴訟による救済の必要性を訴訟要件として捉えた上での検討が要請されるのではなかろうか。

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