小柳 誠

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 司法制度改革の推進により、我が国もますます訴訟型社会の到来を迎えようとしていると思われる。税務訴訟に目を向けても、税務訴訟の発生件数は、近年増加する傾向にあり、税務訴訟においても訴訟型社会の到来を意識せざるを得ない状況にある。このような状況で、税務訴訟の判決の結果に着目してみると、国側敗訴の件数も増加傾向が認められる。このような状況が発生している要因の一つとして、税務訴訟における処分の取消訴訟においては、原則として、課税庁側に立証責任があることが考えられる。
ところで、税務訴訟における立証責任に関しては、従来から政府税制調査会でも取り上げられるなど重要な課題であるが、管見したところ、その議論の多くは、原則として、課税庁側に立証責任が分配されることを前提とした立証責任の分配に関するものが中心である。課税庁側に立証責任が分配されていることが、税務訴訟における裁判実務において、具体的にどのような影響を及ぼしているのかについての検討を踏まえた議論は、あまり行われていなかったと思われる。そこで、本研究においては、近時の具体的な裁判例について、立証責任の負担が判決の帰趨に対してどのような影響を及ぼしているのかについて分析、検討を行うことを通じて、税務訴訟における立証責任のあり方について考察することとした。

2 研究の内容

(1) 課税訴訟における立証責任

イ 主要事実と立証責任
主要事実とは、当事者が主張する権利の発生・変更・消滅という法律効果を判断するのに直接必要な事実をいい、この主要事実の存否の認定があれば、法規の適用・不適用の判断は可能となり裁判ができることとなる。(客観的)立証責任は、主要事実の認定に関する裁判規範で、裁判官が主要事実の存否につき真偽不明となった場面で機能するものである。もっとも、主要事実の認定場面で常に客観的立証責任の原則が働くものではない。例えば、「過失」「正当理由」などの規範的要件と呼ばれる法律要件の場合には、それらの法律要件を満たすと評価される個々の具体的な事実が主要事実に該当する。しかし、これら個々の事実は一義的に特定される事実ではなく、法律効果を判断するのに直接必要な事実ではない。このような規範的要件の場合の主要事実の認定においては、客観的立証責任の原則を観念する必要がない(登場しない)と考えられる。

ロ 課税要件事実と立証責任
税務上、課税要件事実という用語が用いられる。訴訟法上、要件事実と主要事実が同義に解されている点に鑑みれば、この課税要件事実とは、課税訴訟における主要事実と同義に解すことになる。さらに、主要事実の意義に照らせば、租税法の規定に課税要件(法律要件)として示される具体的な事実と法律要件が規範的要件のような場合には、その要件を充足させる具体的な事実を課税要件事実というと一応解することができる。
しかしながら、課税要件事実として一般的に挙げられる内容は、必ずしも具体的な事実を指し示しているものではなく、抽象的な事実にとどまる場合がある。そもそも、租税法規は、要件事実を念頭に規定されているとは到底解し難く、そのため、租税法律関係を規律する租税法の規定は、法律要件を具体的な事実として規定するのみではなく、抽象的な事実としていることが少なくないと認められる。そして、そのような抽象的な事実を要件(評価的要件)とする段階を捉えて課税要件事実と認識されていることにその理由があると考えられる。しかし、この評価的要件の場合には、規範的要件と同様にその抽象的な事実を認定するに必要な具体的な事実が存在することに留意すべきである。このように解すると、課税要件事実と課税訴訟における主要事実とは、必ずしも一致する概念ではない。
この点に着目して、課税訴訟における客観的立証責任の原則の登場場面を考察して見ると、課税要件事実が評価的要件であり、それが、争点となる事件において、その評価的要件を充足させる個々の具体的な事実についての事実認定の場面では、民事法上の規範的要件の場合と同様に客観的立証責任の原則が機能しない、機能する場面が生じないと解されることになる。

(2) 課税訴訟の現状(客観的立証責任の負担の観点から)
平成16年度おける課税関係訴訟事件の国側敗訴事件(54件)について、事実認定が争点となっている部分に焦点を当て、争点内容により11の裁判例を抽出し、上記(1)の課税訴訟における客観的立証責任についての考察結果を念頭において、客観的立証責任が判決の結果にどのような影響を及ぼしているかを判決書の判示内容から分析、検討を行った。その結果、客観的立証責任が判決に影響を及ぼしていると認められる裁判例は1事例に留った。このような結果が生じた要因は、一つは、客観的立証責任の原則は、自由心証主義が尽きたところで適用される原則であり、当事者双方が証拠を提示して主張立証を尽くす場合には、元来、客観的立証責任の原則の適用場面は少ないと考えられること、また、争点内容を見てみると、「偽りその他不正の行為」、「正当な理由」、「時価」、「やむを得ない事情」などの評価的要件に関する事実認定が争われており、客観的立証責任の原則の適用場面がない事例であったことを見出すことができる。結果的に、課税訴訟において客観的立証責任の負担は、判決の帰趨には大きな影響を与えた(与える)ものではないと分析することができる。

(3) 課税訴訟における主観的立証責任

イ 主観的立証責任の意義
裁判所の心証の状態により、訴訟の経過の過程で生じる当事者の立証の必要性を主観的立証責任という。客観的立証責任に言及した裁判例を再評価して見ると、裁判所は、事実認定の場面で、当事者の公平な役割分担を基礎として、立証の必要性に応じて、いずれの当事者が主張・立証活動を行うべきかを判断していることがわかる。これらの裁判例は、立証の必要性を迫られた一方当事者がその義務を果たせないことにより、不利益を被った裁判例であり、主観的立証責任に関する裁判例とも考えることができる。
租税法規が、評価的要件を法律に定める課税要件としている場合が多いことにより、課税訴訟においては客観的立証責任の原則の登場場面はかなり少ない。一方、主観的立証責任としての証明の必要については、評価的要件の充足の判断の基礎となる具体的事実の認定場面においても生じるものであり、その法的評価を得るために訴訟当事者として当然行うべき負担であると考えられる。このように解すると、主観的立証責任の負担こそが、課税訴訟における訴訟の帰趨に大きく影響を及ぼすものであり、重要であると考えることができる。

ロ 主観的立証責任の適用場面とその分配
主観的立証責任は、自由心証主義に依拠し、裁判所の心証の程度に左右される点に鑑みれば、その登場場面やその分配は、一義的に定まるものではない。しかしながら、何らかの方向づけはできるものと考える。
まず、第一に、消極的な意味ではあるが、課税要件事実の的確な認定を行うことにより、すなわち、争点を評価的要件として捉える結果、客観的立証責任の原則の登場場面を回避し、主観的立証責任の原則が働くようになる場合が考えられる。客観的立証責任が、訴訟の係属中に一方当事者から他方当事者に転換されない点に鑑みると、訴訟における課税の根拠をどの法律要件に求め、訴訟における争点とすべきかの判断は、立証責任の分配という観点からも重要な意味を持つと解される。
次に、主観的立証責任の分配に関しては、国税通則法116条の規定が、その制定趣旨をも踏まえると主観的立証責任を法定化した規定と解され、同条の適用の現状からすれば、その活用はより一層、図られるべきである。
さらに、主観的立証責任(証拠提出責任)は、まる1認定されるべき事実に関する証拠との距離、まる2その距離と個別の利益状況、に応じてその負担が定まるべきものと考える。この二つの観点について、証拠との距離の関係から言えば、原則的に納税者側が証拠に近い立場にあることは自明のことと思われるが、課税庁側には質問検査権が存することから、これら双方を踏まえた利益状況を考慮する必要がある。例えば、推計課税における実額反証の場合や消費税法30条7項に規定する仕入税額控除の帳簿等の保存の有無の認定の場合のように、課税庁側が質問検査権の適正な行使に基づき調査を行っているにもかかわらず、納税者の調査非協力的な態度により実質的に質問検査が機能していない場合には、証拠収集の困難性に鑑みて、主観的立証責任が納税者側に分配されるべきものと考えられる。さらに、証拠収集の困難性に着目すれば、映画フィルムリース事件のようにその主張立証の対象となる事実関係が海外取引に及ぶような場合にも主観的立証責任は納税者側に分配されるべきものと考える。

3 結論

 本研究においては、裁判例の検討を通した税務訴訟における立証責任のあり方について検討することをその目的とした。その前提として、そもそも立証責任とはどのような場面で機能する原理であるかを、まず、民事訴訟法上の立証責任の意義、主要事実の意義、立証責任の適用場面等の考察を行うことから明らかにし、それを税務訴訟に投影する形で把握しようと試みた。その結果、課税訴訟における客観的立証責任の原則の登場場面の特徴として、租税法の法律の規定は、課税要件事実を評価的要件として定めている場合が多く、その評価的要件が、争点となる事件における事実認定の場面では、客観的立証責任の原則が機能しない、機能する場面が生じないと解された。
そこで、近年の具体的な裁判例を客観的立証責任の観点から検証したところ、客観的立証責任が判決の結果に影響を及ぼしたと解された事例は1事例に留まった。客観的立証責任の登場場面が少ないことにも基因するものであり、課税訴訟において客観的立証責任の負担は、判決の帰趨に大きな影響を与えるものではないと分析することができた。
一方、客観的立証責任とは、別個の概念として、主観的立証責任、つまり、訴訟の経過の過程で生じる当事者の立証の必要性(証拠提出責任)というものが観念される。この主観的立証責任は、客観的立証責任と同様に自由心証主義にその基礎をおくものであるが、訴訟の過程における具体的な証明の必要性であり、より判決の帰趨に影響を与えるものと認められる。そして、この主観的立証責任の分配については、国税通則法116条の活用が図られるべきであるとともに、まる1認定されるべき事実に関する証拠との距離、まる2その距離と個別の利益状況に応じてその負担が定まるべきものである。具体的には、質問検査権が十分に機能しない状況において、課税庁側が一応の立証を行えば、納税者側に主観的立証責任が転換されるべきものと考えられる。

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・763KB