黒坂 昭一

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 我が国の経済社会は、バブル崩壊後、21世紀に入り少子高齢化を迎えるなど、歴史的な転機という構造変化に直面しているといわれ、民間企業の活動において、「顧客満足度」、「コンプライアンス」という言葉が一般に脚光を浴び、従来とは異なった経営理念と企業倫理が求められている。
税務行政においても、経済のグローバル化、少子高齢化などの諸変化、公務員の定員を巡る厳しい状況の中にあって、「適正公平な課税・徴収の実現」という使命を果たすべく、申告納税制度の本旨に則りその定着を図るためにIT化や種々の納税者サービスを行ってきたところである。
しかしながら、従来の枠組みでの対応には限界がみえ始め、例えば次のような問題点にも見られるように、業務の基本的な見直しが必要となってきている。

まる1 納税者サービスの在り方に関し、例えば「自書申告」を基本とした巡回方式による指導体制は、納税者のニーズにあったものとなっているのか。

まる2 税務行政の運営に関し、その税務行政を取り巻く環境の変化、質的変化に対応し、また、顧客満足度及びコンプライアンス向上の視点に立ったトップ・マネジメントが望まれるところであるが、部下職員とのコミュニケーション不足、人材育成、能力開発が望まれるなどの指摘がなされる中、税務署におけるトップ・マネジメントがうまく機能しているのか。
そこで、本研究では、環境の変化等に対応した納税者サービスの在り方、顧客の視点に立った行政経営及び行政評価を踏まえ、税務署におけるトップ・マネジメントの在り方の一つとして検討を加えることとしたい。

2 研究の内容

(1) 顧客の視点に立った納税者サービス
税務行政による納税者サービスは、納税者数の増加等に伴う事務量の増加傾向に比し、税務職員の定員事情が厳しい状況にあって、これまでと同様のサービスを継続していくことは困難な状況にあることから、そのサービスの在り方、位置づけを踏まえ、限られた資源(人的資源等)を効果的、効率的に配分しながらメリハリのあるサービスを図る必要がある。従来のような官(行政)がすべて用意したものを納税者に一方的に与えるというやり方を変え、「官から民へ」、民間でできるものは民間に任せ、「サービスの分業化」、「アウトソーシング」などにより、サービスの質の向上と行政の効率化を図る必要がある。
例えば、「自書申告」に関しても、申告納税方式における自発的納税協力の定着が図られるとともに、納税環境も整備され、また、税の専門家としての税理士も国税職員の定員に比し大幅に増加している現在、上記のようなサービスの効率化、分業化を図る見地などからみても、現在行っている「自書申告」を基本とした巡回方式による指導体制は、申告納税制度の趣旨に則り納税者サービスの在り方に沿ったものとなっていると考えられる。
ところで、近年、公共部門における改革を目的として、新しい行政手法としてのニュー・パブリック・マネージメント(NPM:New Public Management)という行政経営及び業績評価が論じられるようになり、顧客本位の視点に立って、民間経営の手法を導入し、より効率的で質の高い行政サービスの提供を目指すマネジメントの実施が望まれている。
そこで、納税者サービスにおいては、今後はより一層、顧客という存在を意識して、「顧客(納税者)のために何を行うべきか」といった、その顧客のニーズの把握のため、まる1納税者サービスの向上を図るための組織の設置、まる2職員の意識改革、まる3顧客満足度の把握のための調査等の諸方策を採り入れるなど、顧客の視点に立ったマネジメントを行い、もって効果的なサービスの実現を図る必要がある。

(2) 税務署におけるトップ・マネジメント
トップ・マネジメントにおいてその目的とするところは、顧客の視点に立った納税者サービスはもとより、税務署の目標・使命の達成及び人材育成にある。そこで、マネジメント組織・システムを構築するとともに、その手法としては、まる1「見える行政」という視点、まる2「外からの目」という視点から、及びまる3「人材育成による組織文化の構築」の視点から、マネジメントを行う必要があることから、以下これらについて整理してみる。

 イ マネジメント組織・システム等
マネジメントを行う当たりその組織・システムとして、まる1署長、副署長等による職場の目標・使命を決定し、その執行責任者としての役割等を担うトップ・マネジメント、及びまる2統括官等による部門の業務管理、部下職員の人材育成、能力開発を中心としたミドル・マネジメントの組織を構築する。また、まる3マネジメントのサポート機能として、各部門のヨコの連携を図るため部門の代表する職員からなるコンプライアンス等委員会を構築する。このほか、まる4関係民間団体等の役員等及び国税モニター等による外部評価としてのモニタリング組織を構築する必要がある。

 ロ 「見える行政」の視点からのマネジメント

(イ) 目標の策定及び評価分析等
マネジメントにおいては、その目標・ビジョンを策定しその達成を図る必要がある。この目標策定として、まる1「管内概況」と同様に各税務署の取り巻く経営環境を把握した上、税務署全体の目標としての「総合プラン」を策定し、まる2国税庁の実績評価の評価指標項目を中心に、顧客(国民、納税者)、業務、人材育成の視点に立ったバランス・スコアカードを導入して各部門の達成目標としての「個別業務(各部門別)目標プラン」を策定する。また、まる3署の個別、重点施策におけるその後の継続管理(評価、改善等)ができるようなマネジメントシートなど、マネジメントプランの作成が必要である。なお、これらの各指標については、数値化した目標(目標達成値)として、職員個々がその目標等を認識できるようなものとする。
次に、このようなマネジメントプラン(Plan)を「実行し(Do)、その評価(Check))に基づいて改善(Action)を行うという工程を継続的に繰り返す」というマネジメントサイクルを実施する必要があり、特に、その評価においては、各部門における内部評価、ベンチマーキング(他署との比較)など職場内において評価分析を行う必要がある。
このような目標策定から評価、改善にいたる過程を職員全員に明らかにし、職員の共通認識が図るよう、部内における「見える行政」という視点に立ったマネジメントを行う必要がある。

(ロ) コミットメントとコミュニケーション
トップによる部下職員に対するコミットメントにより目標策定の意味づけを理解させ、その共通認識の上、各部門の職員個々が目標を達成するよう、また、部門間の垣根(壁)、世代間の壁などの非効率的な壁を崩して、より活力のある職場へと変身させるためのマネジメントが望まれるところである。このため、ミドル層から部下職員に対するコーチングを活用した職員相互間のフェイス・ツウ・フェイスのコミュニケーションを行う必要がある。

(ハ) 成果重視と品質管理
税務行政の特性として競争原理が働かない世界であることから、民間企業における成果主義を重視したマネジメントとは異なるものの、この「成果」を「本人に期待される役割をいかに果たすか」と定義した場合、どのような職種においても「期待される役割」がある限り、「成果」もあることになる。そこで、トップが職員に対し税務の使命及びマネジメントプランなどのコミットメントを行い、「何のための仕事をしているか」といった目標、意味づけを明確にして、その目標の達成を目指し、常日頃から上司と職員によるコミュニケーションを図り、職場全体で成果を意識した姿勢、雰囲気を作り上げてゆく必要がある。
また、日常業務において、仕事を管理し、進捗状況を把握の上、具体的な命令指示及びその結果を確実に報告するなど、徹底した経営品質活動を行う必要がある。このためトップ及びミドルは、定期的にフォローアップして自己評価を行い改善を加えるなどのセルフ・アセスメントを行うほか、ベンチマーキングを繰り返すなど、職員全員が「学習してゆく組織」としての経営品質の向上を目的としたマネジメントを行う必要がある。

 ハ 「外からの目」の視点からのマネジメント

(イ) 外部評価、モニタリング等のマネジメント
企業経営において「経営の始まりは評価にあり」といわれるが、行政部門の評価はしにくいと言われている。しかしながら、税務行政においては、目標の成果としての評価実績を明らかにし、「外からの目」で客観的に評価されることにより、納税者からの信頼と理解を得る必要がある。このため、この評価、モニタリング組織として、税の良きパトナーである関係民間団体等の役員等を通じて客観的な評価を受けるなど、「外からの目」という視点に立ったマネジメントを行う必要がある。

(ロ) 納税者サービスを基調としたマネジメント
企業経営において顧客のニーズの把握が必要であると同様に、税務行政においても、納税者は「税務行政に何を期待しているのか」といった、既に述べたとおり顧客のニーズの把握が必須であり、また、顧客満足度の向上を図るためという顧客の視点に立ったマネジメントを行う必要がある。つまり、トップとして、顧客のニーズを把握して顧客を満足させるということは、税務行政に対する信頼を高め、コンプライアンスの向上を図るという重要な役割を担っている。

(ハ) 関係民間団体等に対するマネジメント
関係民間団体等の役員等及び国税モニターの方々は、多業種にわたる人々が地域に密着したコミュニティを形成し地域社会に貢献している方々で、その活動は、これまでも申告納税制度の発展に寄与し、種々の活動を通じて協力関係を維持するなど、我が国における税務行政の下での特徴的な活動を行っている。
このような関係民間団体等の方々は、ボランティア活動を通じて、「まさに報酬を手にしていないゆえに、活動そのものから満足を得ている」貴重な組織で、社会に貢献している方々であることから、今後も税の良きパートナーとして、これまで同様、納税者へのサービス提供を担ってもらうとともに、「外からの目」としてサービスの在り方やニーズの把握など、マネジメントのモニタリング及び外部評価など、今後は新たな活躍も期待されるところである。

 ニ 「人材育成による組織文化の構築」の視点からのマネジメント

(イ) 職員の能力開発等の人材マネジメント
「ヒト、モノ、カネ」という経営資源の中で、基本的なものは「ヒト」であり、人材育成、能力開発が重要な課題となる。特に、次代を担う若手職員については、その人材育成、能力開発の充実を図ることが喫緊の課題である。
そこで、若手職員の現代における「個々の時代」、意識の変化等にも十分配意しながら、その職員個々の能力を高めるには、まる1自己を成長させたい、社会的使命を満たしたいといった自己実現の動機づけとしての「モチベーション」、まる2職員個々の目標の達成をサポートする「コーチング」、まる3トップが業務目標を明確に示す一方、その遂行に当たっては、職員の自主性に任せる「エンパワーメント」などの手法を活用する必要がある。
また、ミドルのこれまで培った経験・知識(様々な調査技法等)を部下職員に対しコミュニケーション等を通じて伝授するなど、このようなミドルの活躍を含めた職場活性化のためのマネジメントを行う必要がある。

(ロ) 職員のコンプライアンスのためのマネジメント
税務行政を行うに当たっては、「納税者の信頼の確保」があって初めて納税者からの調査・指導、徴収に対する協力が得られ、もって納税者のコンプライアンスが向上することになる。このため、例えば「職場のコンプライアンスとは何か」、「税務における使命(目的)に対し自分には何ができるか」という、納税者の信頼を得るということを常に職員に自覚、認識させるために、このような職員一人一人の意識改革と職員相互間のコミュニケーションによりコンプライアンスに関する意識を高める必要がある。

3 結論

 税務行政における納税者サービスに当たっては、前述のとおり顧客の視点に立ったサービス、顧客のニーズを把握し、そのサービスの特性に応じ、サービスの質の向上と行政の効率化を図る必要がある。
また、税務署におけるトップ・マネジメントにおいては、このような顧客の視点に立ち、そのマネジメントの目的とするところの目標(使命)の達成と人材育成を図る必要がある。この場合、マネジメントはトップ一人が行うものではなく、ミドルをはじめ職員全員の仕事であることから、トップは、マネジメントを行う上でその主体的な役割を担う必要がある。
つまり、マネジメント組織・システムについては、前述のとおり部内組織のほか、外部にモニタリング組織を構築し、また、そのマネジメントの手法としては次のようなことを行う必要がある。
第一に、「見える行政」の視点から、トップから部下職員に対しマネジメントプランの目標策定、その成果及び評価をコミットメントし、職場間のコミュニケーションによりその目標達成に向けての職員共通の認識をもたせるなど「職場内において見える行政」とし、また、関係民間団体等に対し税務署の使命等をコミットメントしてその理解を求めるなど「職場外から見える行政」としてのマネジメントを行う必要がある。
第二に、「外からの目」の視点から、納税者サービスを基調としたマネジメントを行うとともに、関係民間団体等から顧客(納税者)のニーズやサービスの満足度の把握を行い、また、マネジメントに関する外部評価、モニタリングを受けるなど、常に外からの目(納税者の目)を意識したマネジメントを行う必要がある。
第三に、「人材育成による組織文化の構築」の視点から、「組織は人なり」というように組織にとってまさに人材育成がその中心的課題として、職員の能力開発、ミドルの活躍などの組織活性化のための人材マネジメントにより、国税の職場という組織文化が構築されるようなマネジメントを行う必要がある。
このようなトップ・マネジメントにおいては、トップ自ら主体的な役割を行うほか、ミドルはもとより、すべての職員がマネジメントの必要性を認識し、また、納税者の信頼を得、納税者コンプライアンスの向上を図るという税務署の使命の達成を目指してマネジメントに当たるという職員各自の意識改革の下、常に環境の変化に即した積極的なマネジメントの手法を融合してゆく必要があると考えられる。

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