高久 隆太

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点等

我が国企業と国外関連者との間で行われる無形資産の譲渡、使用等の取引については、独立企業間価格と異なる譲渡対価又は使用の対価で取引を行うことによって、意図的に所得移転を行うことも可能であり、課税庁としては移転価格課税上注目せざるを得ない。しかしながら、無形資産、特に巨額の利益を生むようなユニークな無形資産の場合、有形資産取引と比較し、資産価値の評価、比較対象取引の把握、及び、独立企業間価格の算定が極めて困難である。そのような状況下、無形資産取引に関して各国課税当局が自国の課税権確保のため巨額の移転価格課税を行うケースが生じているが、無形資産取引に関して国際的にコンセンサスを得ている移転価格算定方法が確立されていないことから、課税後に行われる相互協議あるいは課税を事前に回避するための二国間事前確認に係る相互協議において、当局間の見解が対立し、解決に時間がかかる状況にある。
こうした状況を踏まえ、無形資産の開発及び所有、無形資産の使用により生じた利益の帰属及びその配分等について、移転価格課税及び二国間事前確認から相互協議に至るまでを射程として捕らえ検討を行った。

2 研究の概要等

(1) 無形資産の本質と範囲
資産は将来のキャッシュ・フローを現在価値で表したものと解すれば、有形資産も無形資産も差はないが、無形資産の本質は目に見えない「情報」である点で大きく異なる。
無形資産に関しては、法人税法において、権利又は権利に準じていることが確実に認識されるものを減価償却資産としているものの明確な定義はされていない。一方、移転価格税制上の無形資産については、通達で規定されているものの、無形資産の範囲を明確にする必要がある。

(2) 無形資産取引と移転価格課税
多国籍企業の親会社が無形資産の開発費用及びリスクの負担者(以下「開発者」という。)かつ法的所有者である場合、無形資産の使用から生じた多額の利益は親会社に帰属し、子会社が当該無形資産を使用する際、親会社に対してロイヤルティを支払うことによって利益配分が行われる。その際、ロイヤルティの料率を恣意的に高く設定し、所得移転を行うことも可能である。また、適正な対価が支払われていないにもかかわらず、無形資産の開発者と法的所有者が異なる場合は、関連者間における無形資産の譲渡による所得移転の蓋然性があり、いずれの場合も移転価格課税上の検討が必要となる。
更に、近年関連者間での無形資産の開発に係る費用分担契約(CCA)も行われており、移転価格税制の観点からの検討も必要となっている。

(3) 無形資産の税務上の所有者
多国籍企業の親会社だけでなく、子会社も無形資産の形成に多大なる貢献をする場合は、単に法的所有者(Legal Ownership)であることをもって親会社だけが全ての利益を享受することは合理的でない。こうしたことから、無形資産の法的所有者ではないが無形資産の形成に多大な貢献をした者(Economic Ownership:以下「経済的所有者」という。)についても、その貢献度に応じて利益を享受すべきとの考え方が発生してきた。これは、私法上の所有権を否定するものではなく、移転価格課税上、経済的所有者にも法的所有者同様利益を享受することを認めるものである。
但し、経済的所有者にも利益を享受する権利を認めるとしても、無形資産から生じた利益を法的所有者と経済的所有者との間でどのように配分するかが大きな問題となる。

(4) 無形資産の開発及び所有に係る移転価格規則の比較

イ 米国国内法
1986年に改正された内国歳入法において、無形資産の譲渡又は実施権の供与に係る所得金額は、当該無形資産に帰すべき所得に相応したものでなくてはならない旨規定された(所得相応性基準)。それに先立つ1968年に財務省規則において、無形資産の開発を援助した者も利益を享受する旨の「開発者援助者ルール」が規定されており、その後、1994年に改正された財務省規則においては、法的に保護されている無形資産についてはそれを利用する権利の法的所有者、法的に保護されていない場合は開発者が移転価格上の所有者であり、無形資産から生じる利益を享受すべき旨規定された。ところが、2003年に出された財務省規則案では、無形資産の法的所有と無形資産の使用から生じる利益の配分の切り離しを図り、無形資産から生じる利益は、当該無形資産の開発又は価値の増加に対する貢献の度合いに応じて関連者間で配分されるべきとされている。近々最終規則が出される予定であるが、その内容に注目する必要がある。

ロ OECD移転価格ガイドライン
1995年に公表されたOECD移転価格ガイドラインでは、無形資産に関する規定は置かれていなかったが、1996年第6章「無形資産に対する特別の配慮」が追加され、無形資産の取扱いに関する規定が設けられた。そこでは、無形資産の定義、独立企業原則の適用、ブランドを有しない企業が行うマーケティング活動について、規定されており、充実化が図られたが、更に検討すべき項目もある。

ハ 我が国国内法
我が国の移転価格税制では、無形資産取引に係る独立企業間価格算定方法について規定しているが、無形資産の開発、使用等に関する具体的な規定は設けられていない。事務運営指針において、無形資産の使用許諾等については、無形資産の法的な所有関係のみならず、当該無形資産を形成し、維持、発展させるに当たり法人又は国外関連者の行った貢献も勘案するものと規定している。

(5) 無形資産の使用に係る独立企業間価格算定方法
無形資産取引については、我が国は伝統的に利益分割法を適用してきたのに対し、米国は当初利益分割法を最近では利益比準法を主に適用してきており、日米間で見解が対立している。先般我が国で取引単位営業利益率法が導入されたこともあり、無形資産取引に係る独立企業間価格算定方法について再検討をする必要がある。

3 結論

(1) 移転価格課税上の無形資産の定義
移転価格課税上の無形資産には、工業所有権や著作権といった知的財産権のほか、ブランド、マーケティングインタンジブル等が含まれることを法令上明確にすべきである。

(2) 無形資産の使用により生じた利益の帰属
法的所有者だけが無形資産の形成に貢献している場合は、無形資産の使用により生じた利益は、無形資産の法的所有者に帰属するが、複数の関連者が無形資産の形成に貢献している場合、無形資産の使用により生じた利益を法的所有者だけが享受するのではなく、無形資産に対する貢献度に応じて、当該利益を関連者間で合理的に配分すべきである。

(3) 無形資産の使用により生じた利益の配分
関連者間で利益を配分する際は、個別事情を勘案する必要があるが、一般に多大な利益を生む無形資産が存在する場合は残余利益分割法を、多大な利益を生む無形資産が存在しない場合は取引単位営業利益率法を適用することが妥当である。なお、残余利益分割法については、一貫性に欠く面もあり、より一層の明確化が必要である。

(4) 国内法の整備
無形資産取引の増加に伴い、移転価格課税の可能性あるいはその回避のための二国間事前確認申請が増加する中、費用分担契約も含めて無形資産取引全般について国内法を整備することが必要と思われる。特に、2004年改訂された日米租税条約交換公文においては、OECD移転価格ガイドラインに従った移転価格税制の運用をすることが規定されており、無形資産取引に関して同ガイドラインを踏まえた国内法を整備する必要がある。

(5) 国際的なルール作りとアジア諸国への的確な指導
OECD移転価格ガイドラインでは無形資産に関する規定が設けられたものの、配分方法等に関する一層明確な指針の策定及び公表が望まれる。
また、我が国にとっては、OECD加盟国との議論とは別に、非加盟国との間でも無形資産取引に係る移転価格課税問題に関する議論を深めることが重要である。特に、本邦企業が行う国外関連者との無形資産取引に対して移転価格課税を行う可能性があるアジア諸国については、国際会議、知的支援等を通じて指導することが重要である。

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