中村 隆一

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的、問題点等

不良債権ビジネスとは、不良債権を額面以下で取得して、債務者から元利金を回収する方法(以下「不良債権回収事業」という。)及び他の投資家に売却する方法等により投資額以上の金額を回収して収益を稼得する投機的ビジネスである。
当該不良債権ビジネスを行っている外国投資会社等・非居住者の中には、わが国に恒久的施設(以下「PE」という。)を有さないと主張して、当該不良債権ビジネスにより生ずる収益については、申告をしていないものがあるといわれている。
法人税法又は所得税法上、外国法人又は非居住者は、わが国にPEを有する場合には、原則としてすべての国内源泉所得について納税義務を有することとされているが、わが国にPEを有しない場合には、両税法とも同様の規定であるため前者について掲げると、法人税法第141条第4号により、「第百三十八条第一号に掲げる国内源泉所得のうち、国内にある資産の運用若しくは保有又は国内にある不動産の譲渡により生ずるものその他政令で定めるもの」等の国内源泉所得について課税されることとされている。
不良債権ビジネスにおいて、購入した不良債権を転売することにより生ずる収益についてはPEを有しない外国法人又は非居住者は法人税法第141条第4号又は所得税法第164条第1項第4号の規定により課税とはならないこと、及び不良債権回収事業から生ずる不良債権の利子については法人税法第138条第6号若しくは法人税法施行令第177条第1項第2号又は所得税法第161条第6号若しくは所得税法施行令第280条第1項第2号の規定に該当すれば国内源泉所得として課税されることとなることから、これらの収益については本稿の射程外とする。本研究においては、まず、不良債権回収事業を行う外国法人又は非居住者が、不良債権を、その債権金額を大幅に下回る価額で購入し、当該不良債権の回収を行うことによって購入価額と回収金額との差額である回収益(以下「不良債権の回収益」という。)を稼得した場合に、それが「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」に該当するのか、あるいは「国内において行う事業から生ずる所得」に該当するかについて検討を行ない、不良債権回収事業から生ずる不良債権の回収益についての国内法における課税関係を整理する。

2 研究の概要・結論等

(1) 不良債権の回収益の「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」の該当性
「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」という場合における資産に不良債権が該当することはいうまでもない。
次に、当該不良債権が「国内にある」資産といえるか否かについて検討する。まず法人税法第138条第6号又は所得税法第161条第6号をみると、債務者の居住地国にかかわらず、国内において業務を行う者に対する貸付金で当該業務に係るものの利子を国内源泉所得としていることから、その債務が使用された場所を源泉地としているものと認められ、使用地主義を採用していると解される。次に法人税法施行令第177条第1項第2号又は所得税法施行令第280条第1項第2号は、居住者に対する貸付金に係る債権で当該居住者の行う業務に係るもの以外のものの利子等を国内源泉所得としていることから、債務者の居住地国を源泉地としており、債務者主義を採用していると解される。使用地主義で源泉地を判断する利子を生み出す貸付金についてはその使用地に存在するものと考えるのが自然であり、また、債務者主義で源泉地を判断する利子等を生み出す貸付金については債務者の居住地国に存在するものと考えるのが当然ではないかと考える。このことから、不良債権が「国内にある」資産といえるか否かについては、それが国内において業務を行う者に対する貸付金である場合には使用地主義で判断する結果「国内にある」資産といえ、また、居住者に対する貸付金で当該居住者の行う業務に係るもの以外のものについては債務者主義で判断する結果、やはり「国内にある」資産であるということができるものと考える。
次に、「運用又は保有により生ずる所得」に該当するかについて考察する。「運用」とは、まる1字義どおり働かせ用いる意味で用いられる。「法律の運用」などという場合の「運用」は、この意味である。まる2金融法規等においては、この意味を更に敷衍して用いており、資産を利殖その他の目的のために他の資産形態に変えること等の意味に用いられる。「余裕金の運用」などという場合の「運用」は、この意味である。一方、「保有」とは、法律上又は事実上あるものを自己の支配下においている状態を指す用語であるが、「所有」「占有」、「所持」などのように、一定の明確な概念内容をもった法律用語ではなく、単に常識的に保ちもつことという程度の意味に用いられることが多い。このことから、「運用」と「保有」を平易な言葉でいえば、「運用」は資産を手元から外に持ち出し、その資産形態を変えるという動的な行為であり、「保有」は資産をそのままの形態でもつという静的な行為であるということができる。ただし、「運用」と「保有」の概念は重なる部分があるため、両者は明確には区分することはできない。なお、税法において用いる場合には、「運用」のまる1の意義は用いられないと思われる。本事案について考察した場合には、外国法人は、投資家から集めた資金を元手に、国内にある資産である不良債権を購入(資産形態の変換)し、当該不良債権を保有することにより回収益を得ていることから、不良債権の回収益は、「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」に該当するものと考えられる。

(2) 不良債権回収事業から生ずる不良債権の回収益の「国内において行う事業から生ずる所得」の該当性
「事業」の意義については、一定の目的をもって継続的・反復的に行われる経済活動をいうものと解される。
不良債権回収事業は、営利を目的として、投資家から集めた金銭をもって、大量の不良債権を取得し、当該不良債権の管理及び回収を行い、かつ、当該不良債権の管理及び回収により稼得した金銭をもって、当該投資に対する収益の分配を、継続的・反復的に行っていることから、「事業」を行っているものと考えられる。
次に、当該不良債権回収事業が、「国内において行う事業から生ずる所得」に該当するかという点については、次のように考える。外国法人又は非居住者が、国内にある不良債権の回収業務を内国法人であるサービサーに委託し、債務者から当該不良債権を回収し、その結果として国内において回収益を稼得していることから、領域的な意味において事業活動をわが国において行っていると考えられるため、当該不良債権回収事業から生ずる不良債権の回収益は「国内において行う事業から生ずる所得」に該当するものと考えられる。

(3) 課税関係
不良債権回収事業から生じる不良債権の回収益については、上記(1)及び(2)で考察したように、「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」及び「国内において行う事業から生ずる所得」のいずれにも該当することとなる。このことは、以下のとおり、PEの有無により、異なる課税関係を導き出すこととなる。すなわち、不良債権回収事業を行う外国法人又は非居住者がPEを有する場合には、法人税法第138条第1号又は所得税法第161条1号に掲げる所得のすべてが課税標準とされることから、不良債権回収事業から生ずる不良債権の回収益すべてについて課税されることになる。一方、PEを有しない外国法人又は非居住者の場合には、法人税法第138条第1号又は所得税法第161条1号に掲げる所得のうち「国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得」が課税標準とされることから、不良債権のうち国内において業務を行う者に対する貸付金で当該業務に係るもの及び居住者に対する貸付金に係る債権で当該居住者の行う業務に係るもの以外のものから生ずる回収益について課税されることになる。

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